フリーの魔法士さん

瀬々良木 清

文字の大きさ
3 / 24
第一話 大船渡

第2話

しおりを挟む
 翌日の午後。
 菊池玲美は、高校の制服姿でホテルのロビーに現れた。
 初めて会う魔法士に緊張しているのか、慣れないホテルのロビーに戸惑っているのか。菊池玲美はとてもおどおどしていた。その様子を少しだけ観察してから、由紀恵は玲美に話しかけた。

「こんにちは。魔法士の日和佐由紀恵です」

 由紀恵は名刺を渡した。名刺と言っても、名前と肩書しか書いておらず、電話番号やメールアドレスは一切教えないのだが。

「あっ、えと、菊池です、きょ、今日はよろしくお願いします」
「はーい。じゃ、そこのラウンジでお話聞こうか?」
「えっと、その、ここじゃまずいっていうか……誰にも見られないところがいいんですけど」
「そっか。じゃあ、私の部屋に来る?」
「……はい、お願いします」

 身体的なコンプレックスについての相談だったので、こうなることは由紀恵も予想していた。部屋は片付けてある。いつもは荷物が散らかりっぱなしで、だらしないのだが。
 玲美は緊張していたが、想像よりはきはきしていて、明るい子のように見えた。
 ツインルームだったので、由紀恵と玲美は椅子に座り、机をはさんで話をはじめる。

「えっと、最初に依頼料いただけます?」
「あっ、はい。これでいいんですよね」

 玲美が封筒を取り出し、中から万札を取り出した。由紀恵は五万円あることを確かめ、仕事用の財布に納めた。

「はい。確かにいただきました。領収書いります?」
「あっ、えっと、いらないです、特に」
「そうですか。それで、あなたのご相談はなんですか?」
「えっと……見てもらった方が早いと思うんですけど、ちょっと服脱いでもいいですか」
「いいですよ」

 玲美はブレザータイプの制服を脱ぎ、それからカッターシャツを脱いだ。さらに肌着のキャミソールを脱ぐと、紫色のとても綺麗な柄がついたブラジャーが現れた。

「……勝負下着?」
「えっ、いや、そういう訳じゃないですけど! 人に見せるのに地味なやつだと失礼かなと思って!」
「そう? 私なんかいつもブラトップで、ちゃんとしたブラなんか何年もつけてないよ」
「えっ、そうなんですか? ブラトップだと胸の形が綺麗にならなくないですか」
「そ、そうなの? あんまり気にしたことないけど」

 由紀恵は正真正銘のAカップで、膨らみがほとんどない。対する玲美の胸はかなり大きく、確かにちゃんとしたブラジャーでなければ、固定できなさそうだ。

「……ちなみに何カップ?」
「一応、Fカップですけど」
「Fカップもある女の子に悩み事なんかないんじゃない?」
「あ、ありますよ。ほら、ここ見てください」

 玲美が、左胸の上のほうを指さした。
 そこには、二センチほどの細く、赤い傷跡があった。鮮明な赤い線が、きれいな胸の表面に沿って横切っている。自然にできた傷ではなさそうだった。

「実は、一ヶ月前に手術したんです。葉状腫瘍、っていうらしいんですけど、悪性かもしれないから早めにとった方がいいってお医者さんに言われて。そうしたら、この傷跡が残っちゃったんです」
「ふうん」

 由紀恵は傷跡をじっと眺めた。その傷跡の他には、玲美はにきびの一つもないキレイな白い肌をしていた。確かにこれは目立つ。特に、高校生というお年頃の玲美なら気にしてしまうだろう。

「腫瘍は小さかったからよかったんですけど……この傷跡、どうしても彼氏に見られたくなくて」
「見せなければいいんじゃない?」
「それが……今度、彼氏の家族が誰もいない日に、遊びに行く約束しちゃって」
「ほう……」
「そうなったら、絶対、その、しちゃうじゃないですか。その時までになんとかしてほしいんです」
「……それが今回の相談なの?」
「はい」

 由紀恵は頭を抱え、数十秒の間、黙っていた。
 それから急に立ち上がり、ベッドへダイブした。

「知らないっ!」
「え、ええっ!?」

 突然子供のように駄々をこねはじめた由紀恵を見て、玲美は慌てた。

「ちょ、ちょっとまってください、私の依頼、受けてくれたんですよね?」
「知らない。レーザー手術でもすれば治るんじゃないの」
「それはお医者さんに勧められましたけど、お金かかるし、完全には消せないんですよ」
「じゃあ知らない。傷跡が消えるまで待ってればいいじゃん!」
「魔法でなんとかしてくれるんじゃないんですか!?」
「私よりずっと大きいんだから、そんなことでうじうじ悩むんじゃないの!」

 傷跡があるとはいえ、玲美の胸はとても綺麗だった。傷はそんなに大きくないし、男は大して気にしないんじゃないか、と由紀恵は考えた。
 というか、恵まれた体を持っているのに、小さな事で悩んでいる玲美を見て、由紀恵は腹が立っていた。もちろん玲美にとっては切実な悩みなのだが。

「じゃ、じゃあお金返してくださいよ! 頑張ってバイトして貯めたんですよ? しかも時給はいいけどめっちゃ魚臭い水産工場で!」
「やだ」
「なんでですか!」
「その依頼料って手付金だから。魔法士への依頼料は二割負担だから、本当は二十五万円するんだよ。私を今日ここに呼んだだけで五万円の経費はかかってるの。だから、仮に依頼を解決できなかったとしても返せない」
「そ、そんな……」
「ふんだ」

 由紀恵は布団をかぶり、完全にすねてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...