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第二話 豊橋
第1話
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新幹線で昼過ぎに豊橋駅へ到着した由紀恵は、まず駅構内で「あん巻き」を買い求めた。
これまでの依頼で、乗り換えのため豊橋駅を利用した事はあった。その時に買ったあん巻きの味が忘れられなかった。要はどらやきを縦長にしたようなものなのだが、中のあんが生あんで、独特の味わいがあった。
こしあんとカスタードの二本を買い、駅のベンチで食べた。非常にしつけの悪い昼食ではあったが、他に食べたいものもなかったので由紀恵は満足だった。一度食べて感動しても二度目は大して美味しくないと思うこともあるが、あん巻きはいつ食べても安定して美味しかった。
これですっかり今回の依頼に満足した由紀恵は、上機嫌で豊橋鉄道市内線に乗った。
由紀恵は四国出身なので、豊橋市という県庁所在地でもない都市に路面電車があるのを不思議に思ったが、調べてみたら徳島県徳島市よりも人口は多かった。改めて、四国は田舎なのだと思い知った。
豊橋鉄道市内線は都会でも田舎でもない中堅の街をゆらゆらと走る。途中に、道端の狭い駐車場のようなスペースに電車が二両留置されているスペースがあって、路面電車のコンパクトさに由紀恵は驚いた。
依頼者の家は、終点の赤岩口駅から十分ほど歩いたところにあった。何のことはない、一般的な住宅地の、ちょっと古い一軒家だった。
依頼者の渡辺恵子は八十歳を超える老人で、同じく高齢の夫と二人暮らし。認知症の気配は今の所なく、足腰も元気で、夫婦仲良く暮らしているという。
今回の依頼は夫・文俊に関わるもので、文俊がいない時間を指定されていた。
インターホンを押すと、ほどなく恵子が玄関まで現れた。
「こんにちは、魔法子の日和佐由紀恵です」
「あら、まあ、お若い方だこと」
恵子は驚いていたが、物腰が軽く、とても丁寧な人だったので由紀恵は好感を持った。
着くやいなや、和室の居間に通され、お茶やらお菓子やらを出された。お菓子と言っても市販のチョコレートだった。あん巻きですでに甘いものをとっていた由紀恵は、少し後悔した。高齢の依頼者だと、いつもこうなる。暇なのか、身の上話を聞かされる事も多い。魔法士はそこまで暇じゃないぞ、と由紀恵は愚痴りたくなる。とはいえ魔法庁から斡旋される仕事なので、文句は言えなかった。
由紀恵は長くなることを覚悟していたが、恵子は意外にもさっさと話をはじめた。
夫・文俊が最近町内会で写ったという写真を出された。髪は一本もないスキンヘッド状態。歯がふぞろいで、いつもにこにこしているような爺さんだという。
「この人が浮気してないか、調査してほしいんです」
由紀恵はお茶を吹きそうになった。この人からは依頼内容を細かく書いておらず、「夫・文俊に関する依頼」としか聞いていなかった。
その歳で浮気なんかしないだろうし、それを心配するのはどうなんだ。
「浮気ですか……? そんなに悪い人には見えませんけど」
「まあいい人ですよ。力仕事はやってくれますし、優しい夫です。でも歳をとると、他の人とあらためて結婚する人が多いから、心配になって」
そこから老人特有の長話が始まった。長年連れ添った夫・妻が亡くなると、急に寂しくなり、相方がいない者同士で再婚する高齢者が多いのだという。まだ元気な恵子が心配することではないだろう、と由紀恵は思ったが、周りでそうなった話を何度も聞いているから、心配になったらしい。
由紀恵は高校時代に、女子たちが誰々が付き合い始めた、別れたなどという話を毎日のように繰り返していたことを思い出した。いつになっても女は変わらないのかもしれない。まあ、由紀恵はそのような話に一切興味がなく、輪に入れられることすらなかったのだが。
「それで、この人今はどこにいるんですか」
「パチンコです」
「パチンコ? 元気ですね」
「はい。いつも駅前のパチンコ屋で遊んでるんです。もともとサラリーマンだったから、昼間は外に出ないと落ち着かない、って言って。暗くなる前には戻ってくるんですけどね。私も歳だから、なかなかパチンコ屋まで追いかけられなくて」
「なるほどです。じゃあ、一週間ほど調査してみますね」
魔法士の尾行調査は一週間まで、と相場が決まっていた。依頼料は二十万円。恵子は惜しげもなく、銀行から降ろしてきたらしい綺麗な札束を由紀恵に渡した。このひと最近流行りの特殊詐欺にひっかからないだろうか、と由紀恵はなぜか不安になった。
調査は翌日の月曜から。家を出る頃には夕方になっていて、駅前に戻った由紀恵は豊橋カレーうどんというご当地グルメを夕食に選んだ。
見た目はなんのことはないカレーうどんだが、独特のダシでたしかに美味しかった。しかしそのままではただのカレーうどんに変わりない。どこか変わったところがあるだろうと思っていたら、器の底にご飯が詰まっていた。うどんの麺だけで満足していた由紀恵は、いまからこれを食べるのか、と少しがっかりした。まあ全部食べたし、その後ホテルではまた例のあん巻きを夜食にしたのだが。
これまでの依頼で、乗り換えのため豊橋駅を利用した事はあった。その時に買ったあん巻きの味が忘れられなかった。要はどらやきを縦長にしたようなものなのだが、中のあんが生あんで、独特の味わいがあった。
こしあんとカスタードの二本を買い、駅のベンチで食べた。非常にしつけの悪い昼食ではあったが、他に食べたいものもなかったので由紀恵は満足だった。一度食べて感動しても二度目は大して美味しくないと思うこともあるが、あん巻きはいつ食べても安定して美味しかった。
これですっかり今回の依頼に満足した由紀恵は、上機嫌で豊橋鉄道市内線に乗った。
由紀恵は四国出身なので、豊橋市という県庁所在地でもない都市に路面電車があるのを不思議に思ったが、調べてみたら徳島県徳島市よりも人口は多かった。改めて、四国は田舎なのだと思い知った。
豊橋鉄道市内線は都会でも田舎でもない中堅の街をゆらゆらと走る。途中に、道端の狭い駐車場のようなスペースに電車が二両留置されているスペースがあって、路面電車のコンパクトさに由紀恵は驚いた。
依頼者の家は、終点の赤岩口駅から十分ほど歩いたところにあった。何のことはない、一般的な住宅地の、ちょっと古い一軒家だった。
依頼者の渡辺恵子は八十歳を超える老人で、同じく高齢の夫と二人暮らし。認知症の気配は今の所なく、足腰も元気で、夫婦仲良く暮らしているという。
今回の依頼は夫・文俊に関わるもので、文俊がいない時間を指定されていた。
インターホンを押すと、ほどなく恵子が玄関まで現れた。
「こんにちは、魔法子の日和佐由紀恵です」
「あら、まあ、お若い方だこと」
恵子は驚いていたが、物腰が軽く、とても丁寧な人だったので由紀恵は好感を持った。
着くやいなや、和室の居間に通され、お茶やらお菓子やらを出された。お菓子と言っても市販のチョコレートだった。あん巻きですでに甘いものをとっていた由紀恵は、少し後悔した。高齢の依頼者だと、いつもこうなる。暇なのか、身の上話を聞かされる事も多い。魔法士はそこまで暇じゃないぞ、と由紀恵は愚痴りたくなる。とはいえ魔法庁から斡旋される仕事なので、文句は言えなかった。
由紀恵は長くなることを覚悟していたが、恵子は意外にもさっさと話をはじめた。
夫・文俊が最近町内会で写ったという写真を出された。髪は一本もないスキンヘッド状態。歯がふぞろいで、いつもにこにこしているような爺さんだという。
「この人が浮気してないか、調査してほしいんです」
由紀恵はお茶を吹きそうになった。この人からは依頼内容を細かく書いておらず、「夫・文俊に関する依頼」としか聞いていなかった。
その歳で浮気なんかしないだろうし、それを心配するのはどうなんだ。
「浮気ですか……? そんなに悪い人には見えませんけど」
「まあいい人ですよ。力仕事はやってくれますし、優しい夫です。でも歳をとると、他の人とあらためて結婚する人が多いから、心配になって」
そこから老人特有の長話が始まった。長年連れ添った夫・妻が亡くなると、急に寂しくなり、相方がいない者同士で再婚する高齢者が多いのだという。まだ元気な恵子が心配することではないだろう、と由紀恵は思ったが、周りでそうなった話を何度も聞いているから、心配になったらしい。
由紀恵は高校時代に、女子たちが誰々が付き合い始めた、別れたなどという話を毎日のように繰り返していたことを思い出した。いつになっても女は変わらないのかもしれない。まあ、由紀恵はそのような話に一切興味がなく、輪に入れられることすらなかったのだが。
「それで、この人今はどこにいるんですか」
「パチンコです」
「パチンコ? 元気ですね」
「はい。いつも駅前のパチンコ屋で遊んでるんです。もともとサラリーマンだったから、昼間は外に出ないと落ち着かない、って言って。暗くなる前には戻ってくるんですけどね。私も歳だから、なかなかパチンコ屋まで追いかけられなくて」
「なるほどです。じゃあ、一週間ほど調査してみますね」
魔法士の尾行調査は一週間まで、と相場が決まっていた。依頼料は二十万円。恵子は惜しげもなく、銀行から降ろしてきたらしい綺麗な札束を由紀恵に渡した。このひと最近流行りの特殊詐欺にひっかからないだろうか、と由紀恵はなぜか不安になった。
調査は翌日の月曜から。家を出る頃には夕方になっていて、駅前に戻った由紀恵は豊橋カレーうどんというご当地グルメを夕食に選んだ。
見た目はなんのことはないカレーうどんだが、独特のダシでたしかに美味しかった。しかしそのままではただのカレーうどんに変わりない。どこか変わったところがあるだろうと思っていたら、器の底にご飯が詰まっていた。うどんの麺だけで満足していた由紀恵は、いまからこれを食べるのか、と少しがっかりした。まあ全部食べたし、その後ホテルではまた例のあん巻きを夜食にしたのだが。
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