17 / 24
第五話 聖蹟桜ヶ丘
第3話
しおりを挟む
いつの間にか飲み始めて三時間以上経過し、かなり遅い時間になっていると気づいた由紀恵は、麻里子をタクシーに乗せた。飲み代もタクシー代も全部、由紀恵が『子供ができたお祝い』と称して支払った。麻里子は最初遠慮していたが、最後は受け取った。そもそも飲んでいたのはほとんど由紀恵なので、妥当な線ではあった。
その後、由紀恵はバーに戻り、ギムレットを一杯頼んでから加熱式タバコで一服を始めた。さすがに妊婦の前で吸う気にはなれなかったのだ。酔い醒ましにはちょうどよかった。
一人で一服しながら、由紀恵は色々なことを考えていた。
麻里子も由紀恵と同じように、魔法大学を卒業した後はフリーの魔法士として仕事をしていた。ただしフリーと言っても、駆け出しのうちはベテラン魔法士が構える事務所での下働きだった。数年修行をして独立するのが普通なのだが、麻里子は早々に結婚してしまい、フリーの仕事はしていない。
だから由紀恵は、麻里子が経験していない世界として自分の活動を話してあげようと思っていたのだが。麻里子の妊娠に全て、話題を持っていかれた。
うーん、こんなはずじゃなかったんだけどなあ。
別に、麻里子が幸せなことを妬むつもりはなく、むしろどんどん幸せになってほしいと本心から思っているのだが、残念だったのは、自分にはその手の話題が一切ないことだった。
魔法大学に入り、初めて男子と話すようになり、頑張って豪星にアプローチして幸せな結婚を手に入れた麻里子。それとは対照的に、由紀恵は許嫁がいるといういい身分にあぐらをかき、そういった努力は何もしてこなかったのだ。何も話せないのは当然の帰結だった。
由紀恵はフリーの魔法士という今の身分を気に入っていたが、一方で結婚や出産といった次のライフステージに進む麻里子のことを羨ましく思う気持ちもあった。つまり「一生独身でいいや」とは、まだ言い切れない、微妙なお年頃なのだった。
そうは言っても、許嫁とは色々あって破局寸前だし、今更彼氏を作るために新しい出会いを求める気にもなれない。二十代後半、いわゆるアラサーに差し掛かってからは、新しいことに挑戦するという気持ちがだいぶ小さくなった。特に由紀恵の場合、魔法士の仕事で色々なところへ行くので、その刺激と疲労が強すぎて他の新しいことをはじめる気力がない、という部分が大きかった。
皆、それなりの歳になると、いそいそと相手を見つけて結婚していく気持ちが、由紀恵にはわかり始めていた。あれは、他にすることがないからなのだ。多分。
「どうしてこうなっちゃったんだろうなあ」
由紀恵は一人呟いた。基本的にポジティブな由紀恵だが、たまにはこういう気分の時もある。
結局、楽しいままのテンションで終われず、複雑な心持ちで京王線に乗った。ラッシュと逆方向のためか、電車は空いていた。由紀恵はロングシートの一番隅の席に座り、仕切り板にもたれかかって深く眠った。まるで疲れきったサラリーマンみたいだな、と由紀恵は思った。
* * *
『お疲れ様でした。魔法庁魔法管理官の天原です』
「勝目麻里子です。お電話ありがとうございます」
『いえ。それで、由紀恵さんはどんな様子でしたか』
「特に変わったことはないようです。いつもの調子でした。しいて言えば、以前より酔いはじめるのが早くなった気がしましたけど、歳だから仕方ないかと」
『そうでしたか。貴方がそう言ってくれると安心です。妊娠されて、無理をさせてはいけないと思っていたのですが』
「とんでもないです。わたしも、由紀恵ちゃんと久しぶりに話せて楽しかったですよ。それより、天原さんも大変ですね」
『どういう意味ですか?』
「あっ、いや、深い意味はないんです。あんなに自由奔放な由紀恵ちゃんの監視だなんて、すごく振り回されて、疲れちゃいそうだなって」
『確かに、おっしゃる通りの辛さを感じることはあります。ただ彼女は、振り回すといっても迷惑をかけるのではなく、我々になにか新しいものを教えてくれる。そういう才能がある人だと、勝目さんも思いませんか』
「そうですね。わたし、由紀恵ちゃんがいなかったら、今の生活はありませんでしたから」
『今後も、依頼させていただくと思います。もちろん出産や育児を最優先するよう、十分配慮しますが』
「大丈夫ですよ。わたしも、由紀恵ちゃんと話すのは大好きですから」
『話すだけで済めばいいのですが』
「心配しすぎですよ。由紀恵ちゃんは悪い子じゃないんですから」
『そう祈っています』
その後、由紀恵はバーに戻り、ギムレットを一杯頼んでから加熱式タバコで一服を始めた。さすがに妊婦の前で吸う気にはなれなかったのだ。酔い醒ましにはちょうどよかった。
一人で一服しながら、由紀恵は色々なことを考えていた。
麻里子も由紀恵と同じように、魔法大学を卒業した後はフリーの魔法士として仕事をしていた。ただしフリーと言っても、駆け出しのうちはベテラン魔法士が構える事務所での下働きだった。数年修行をして独立するのが普通なのだが、麻里子は早々に結婚してしまい、フリーの仕事はしていない。
だから由紀恵は、麻里子が経験していない世界として自分の活動を話してあげようと思っていたのだが。麻里子の妊娠に全て、話題を持っていかれた。
うーん、こんなはずじゃなかったんだけどなあ。
別に、麻里子が幸せなことを妬むつもりはなく、むしろどんどん幸せになってほしいと本心から思っているのだが、残念だったのは、自分にはその手の話題が一切ないことだった。
魔法大学に入り、初めて男子と話すようになり、頑張って豪星にアプローチして幸せな結婚を手に入れた麻里子。それとは対照的に、由紀恵は許嫁がいるといういい身分にあぐらをかき、そういった努力は何もしてこなかったのだ。何も話せないのは当然の帰結だった。
由紀恵はフリーの魔法士という今の身分を気に入っていたが、一方で結婚や出産といった次のライフステージに進む麻里子のことを羨ましく思う気持ちもあった。つまり「一生独身でいいや」とは、まだ言い切れない、微妙なお年頃なのだった。
そうは言っても、許嫁とは色々あって破局寸前だし、今更彼氏を作るために新しい出会いを求める気にもなれない。二十代後半、いわゆるアラサーに差し掛かってからは、新しいことに挑戦するという気持ちがだいぶ小さくなった。特に由紀恵の場合、魔法士の仕事で色々なところへ行くので、その刺激と疲労が強すぎて他の新しいことをはじめる気力がない、という部分が大きかった。
皆、それなりの歳になると、いそいそと相手を見つけて結婚していく気持ちが、由紀恵にはわかり始めていた。あれは、他にすることがないからなのだ。多分。
「どうしてこうなっちゃったんだろうなあ」
由紀恵は一人呟いた。基本的にポジティブな由紀恵だが、たまにはこういう気分の時もある。
結局、楽しいままのテンションで終われず、複雑な心持ちで京王線に乗った。ラッシュと逆方向のためか、電車は空いていた。由紀恵はロングシートの一番隅の席に座り、仕切り板にもたれかかって深く眠った。まるで疲れきったサラリーマンみたいだな、と由紀恵は思った。
* * *
『お疲れ様でした。魔法庁魔法管理官の天原です』
「勝目麻里子です。お電話ありがとうございます」
『いえ。それで、由紀恵さんはどんな様子でしたか』
「特に変わったことはないようです。いつもの調子でした。しいて言えば、以前より酔いはじめるのが早くなった気がしましたけど、歳だから仕方ないかと」
『そうでしたか。貴方がそう言ってくれると安心です。妊娠されて、無理をさせてはいけないと思っていたのですが』
「とんでもないです。わたしも、由紀恵ちゃんと久しぶりに話せて楽しかったですよ。それより、天原さんも大変ですね」
『どういう意味ですか?』
「あっ、いや、深い意味はないんです。あんなに自由奔放な由紀恵ちゃんの監視だなんて、すごく振り回されて、疲れちゃいそうだなって」
『確かに、おっしゃる通りの辛さを感じることはあります。ただ彼女は、振り回すといっても迷惑をかけるのではなく、我々になにか新しいものを教えてくれる。そういう才能がある人だと、勝目さんも思いませんか』
「そうですね。わたし、由紀恵ちゃんがいなかったら、今の生活はありませんでしたから」
『今後も、依頼させていただくと思います。もちろん出産や育児を最優先するよう、十分配慮しますが』
「大丈夫ですよ。わたしも、由紀恵ちゃんと話すのは大好きですから」
『話すだけで済めばいいのですが』
「心配しすぎですよ。由紀恵ちゃんは悪い子じゃないんですから」
『そう祈っています』
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
秋月の鬼
凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。
安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。
境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。
ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。
常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる