異世界は小説より奇なり

依悖

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幼少期

【Ⅰ】目覚めるとそこは

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ある日、私は不思議な光景を眺めていた。

美しい銀が何かを大事そうに抱えていた。

側には吸い込まれる様な黒が立っていた。

この穏やかさが、続いて欲しいと思った。

同時に、羨望の眼差しを送る自分もいた。

自分も彼らのような愛が欲しかった…と。





……!

なに?

……ろ…、……!

こえが、きこえる

い…かげ……し…、…ズ!

だれかが、よんでいるような





延々と広がる暗闇の中、一点が明るく光った。

光は徐々に輝きを増し、一面が真っ白になると急激に意識が浮上していき──。





「はっ!…はぁっ…うっ……!」

見慣れない天井と視界の隅には木枠の窓、そこには満月が何食わぬ顔で浮かんでいた。しんとした部屋とは裏腹に、心臓はドクドクと脈打ち、呼吸が乱れている。

「おい!クズのくせにいつまで寝てやがる!」
「ぅえっ…?」

降りかかる怒声に驚き、顔をその方向に動かすと、声の持ち主であろう中年の男性が鬼のような形相で立っていた。どうして怒鳴られたのかよく分からないが、ビクビクしながら起き上がり、今しがた寝ていたと思われるベッドから降りた。

「す、すみませ…」
「ったく…寝てる暇があるなら顔でも洗ってさっさと朝食の支度をしろ!今日は私が領主様の屋敷に出向くから早く用意しろと言っただろう!」
「はっはい!すぐ、じゅんびっ、します!」
「チッ……私は忙しいんだ!急いで持って来い!」

男性はフンと鼻を鳴らしてくるりと背を向け、六畳程のこぢんまりとした部屋を出ていった。
朝食の支度?ここはどこ?声は高いし手足は短いし、起き上がった時にちらっと見えたこの髪は?
疑問が次々と押し寄せつつも、軽く周りを見渡した。ほこりっぽい部屋に子供用のベッドと、申し訳程度のサイズの机にランプ、若干傾いている椅子に汚れた布、ドア付近には壊れかけの木箱。着ている服も衛生的によろしくなさそうに見える。何もかもがボロボロで、かなり劣悪な環境にいることだけは分かった。

「一体どうなってんの?……と、とりあえず顔洗いに行った方がいい、かな?」

しばらく呆然としていたが、男性が言っていた言葉を思い出し建物の外へと向かった。まだ日も出ていない暗がりで、階段のきしむ音が響く。まるでお化け屋敷にでもいるような気分だ。不思議なことに外への出方は体が覚えているようで、裏口らしき扉を出るとかなり年季の入った井戸がポツンとあった。

「どこの中世だよ…」

月明かりに照らされた建物は木造で、見るからに築ウン十年という雰囲気だ。民家と言うよりは宿舎というイメージで、確実に日本の建築物では無い。一部屋だけ明かりがついているからそこが先程の男性の部屋なのだろう。しばらく眺めていたが、そうしている内にまた怒られるかもしれないと思い、慌てて繋がれてある木桶でなんとか水を汲み上げて顔を洗った。

「ぼんやりとだけど、する事が分かるからそれに従えばいいんだよな。すごく…嫌な記憶しかないけど……なんでこの子はこんな扱いをされてんの?」

私という意識とこの子供の記憶がごちゃ混ぜになっているせいか妙な感覚だ。頭の鈍痛を抱えながらも、建物内のキッチンのような場所で食事を用意した。お盆に硬いパンと具の少ないスープ、干し肉とコップに入った水を乗せて部屋の前まで運ぶ。

「重い…腕プルプルするぅ…」

この体は少々力が弱いようで、部屋が近いとはいえとても辛かった。ドアの横に設置されている台にお盆を置き、軽くノックをする。食事を持ってきたと伝えると自分の部屋に戻った。

「はぁ…あの感じだと、中世ヨーロッパみたいな文明なんだろうな。物は古いし食べ物は硬いパンに味の薄そうなスープ、オマケにこんな状態…」

こんな状態・・・・・───つまり、【私という人間】が【知らない体で目覚めた】という事実。これじゃまるで、小説や漫画で描かれる転生や憑依みたいではないか。
異世界転生とか何それどんなファンタジーだよふざけんなっての。そういうのは二次元に限るんだ三次元はお呼びじゃねぇ!
苛立った足取りで部屋に入り、ドアを背にズルズルと座り込んだ。恐らくここはド田舎の孤児院で、各階の部屋には子供達が住んでいる。その中で自分だけが家事全般を担当しているようだ。
どうしてそんな差別をされているのだろうか?この子が気弱な性格だからか?

「鏡とかは無いの?せめて見た目の確認をしたいんだけど…」

部屋の木箱を掘り返すもそんな物は無く、髪の毛を手で引っ張って見ることしか出来なかった。全体的に長く、首が隠れる程度の長さである髪はかなり変わった色をしていた。

「…これ、本物?こんな色滅多に見ないけど」

僅かな光を反射してキラキラと輝くそれは、紛れもない銀色だった。髪を染めればこの色にならなくもないが、最近髪を染めた記憶は無い。だとしたらここは外国なのかと言われると、それはそれでイエスとは言えない。男性とは普通に日本語で喋っていたからだ。異世界なのだからきっと文字も日本語や英語ではないのだろうが、喋ることに関しては問題無さそうだ。

「じゃあ、ここはどこなんだよ。せめて知ってそうな名前とかあれば…」

そこでふと思った。
私は誰だっけ?・・・・・・・、と。

「えっと…目が覚めるまで、何をしてた?」

必死に過去を遡るが、はっきりと思い出すことが出来ない。自分の名前やどんな生活をしていたのかほとんど覚えていないのだ。かろうじて覚えているのは、一般成人女性であったことと、最後に強烈な痛みを感じたこと。

「死んじゃった、とか…?」

残念なことに全然思い出せない。じわりと目元が熱くなり、透明なものがポロポロと流れ落ちた。
たぶん、家族はいたような気がする。仲が良かったかまでは分からないけど。どうしてこうなってしまったのだろう。
この部屋の狭さが、体の持ち主であった子供の全てで、ここにいるということは孤児であることは間違いない。

「……さみしぃ…」

夢ならば覚めてくれ。
とてつもない孤独感に顔を膝に埋め、時が過ぎるのを待つしか出来なかった。



*****



どれくらい経ったのだろう。重い瞼を持ち上げた。いつの間にか眠っていたようだ。窓から朝日が差し込み、暖かな光に目を細める。数分ほど動けなかったが、頭が覚醒してくると再びキッチンへと足が動いていた。
そうだ、朝になったら他の子供達の世話から始まるんだった。
面倒だが自分がやらなければならない。憂鬱な気持ちを追いやりながら、キッチンに連なる食堂にパンとスープを人数分並べ始めた。子供の数は自分を含め二十五人だが、テーブルが二つしかない為毎日ぎゅうぎゅう詰めだ。大人数いるのに家事をほぼ一人でやっているなんて!と憤慨しても、そんなことは露知らぬ子供達はバタバタと食堂に集まり、一瞬にして騒々しくなった。ガリガリとまではいかないが、どの子も痩せっぽちでよく生きているなという様子に少しばかり同情してしまう。あぁ、もちろん自分も痩せっぽちだ。

「掃除しなきゃ…それから洗濯もして…ハァ…めんどくさいけど他にやることないし…」

溜め息しか出ない。今のうちに一部屋ずつ簡単に掃除して溜まった衣服やタオルをかき集める。心の中ではぶつくさ文句を言いながらも、黙って作業することにした。子供達は食べ終わった順に外へと駆け出し、敷地内の空いたスペースで思い思いに遊び始めた。良いご身分だと横目に、掃除を終えて流れるように食器の片付け作業に入った。といっても、パンを盛る大皿とスープ皿を洗うだけなので意外と早いものだ。

「おい、お前!」
「……何?」

それから井戸の側で洗濯をしていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、いかにもガキ大将というようなガタイの良い男の子と、子分らしき男の子が数人立っていた。
これはもしや…絡まれる感じか?え、だるいからやめてくんない?悪ガキの相手するの嫌なんだけど?

「お前、昨日言ったこと覚えてるよな!」
「昨日?なんのこと?今は構ってる暇ないからあっちで遊んでて」

気だるそうなテンションでそう返すと、ガキ大将君と男の子達は奇妙なものを見るような目をした。

「…なな、なんだとっ!?クズのくせに偉そうに言うな!」
「そうだそうだ!昨日、お前の髪を全部剃るって約束しただろ!?」
「はぁ?何それ、悪いけどそんなの覚えてない。剃ったところでなんも面白くないだろ。作業の邪魔するなら院長に言うよ」
「グッッ、クズが生意気言いやがって…!」
「あんちゃん、今日はやめとこ…!」
「くそぉ…お、覚えてろよー!」
「「「覚えてろよー!」」」

負け犬の遠吠えさながら、捨て台詞を吐いたガキ大将君は子分達を連れて走り去っていった。
ふむ、院長をダシにしたのは正解だったらしい。何もされなくてラッキーだ。てか呼び方は普通に院長で合ってたのね。
家事が終わらなければ子供達にも飛び火するだろうし、そうでなくても昨日まで気弱だった(らしい)自分が、院長へ告げ口する勇気など無いと思っていたのだろう。だがしかし、中身は元大人であった私だ。これからは簡単に手出しさせるつもりは無いから覚悟しておいて欲しい。

「そういえばあのオッサンいつ帰ってくんの?」

いたらいたで警戒しなければいけないのだが、さっきのガキ大将君の相手をするより幾分かはマシである。
でも暴行は勘弁してくれ、痛いのは本当に嫌。
記憶の片隅に、この子の鈍い動きが気に入らずに殴る蹴るなどの虐待をされた思い出が残っている。誰だって痛いのは嫌なのだから、避けられるならなるべく避けたい。

「はぁ、疲れた…シャワー浴びるか風呂入りてぇ…」



*****



ようやく洗濯物を干し終え、思いっきり伸びをすると大きな欠伸をした。

「ふぅ…やっと終わったー。あとは夕飯を作るだけだし……そうだ、川に行ってみるか」

孤児院の裏側にはちょっとした森があり、少し入ったところに川が流れている。風呂の代わりに水浴びでもしようと思ったのだ。元の世界に帰れるかどうかも分からず、ここで生活するしかないのであれば、どう動こうが好き勝手するのみである。
何故なら心のどこかで、もう向こうに帰れないかもしれないという、確信に近い何かを感じていたから。
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