異世界は小説より奇なり

依悖

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幼少期

【IV】新しい家

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「おーい、そっちは終わったか?」
「はい!装備品の確認完了しました!」
「誰かこっちを手伝ってくれ!」

朝食を終える頃、兵士達が撤収作業で慌ただしくしていた。街までは約半日かかるらしく、準備ができ次第すぐに出発した。道中では街についていくつか教えてもらった。季節毎の催し物があったり、こっそり城を抜け出して平民の子供達と遊んでいた事など様々だった。

「意外とヤンチャしてたんだ」
「人々との交流も大事だからね」
「そうやって言い逃れしてたんじゃ…?」
「あはっバレた?」

弾けんばかりの笑顔を向けられ、思わず目を細めた。
まったく、これだからイケメンは!

「もしかして、アレ?」
「あぁ、見えてきたね。あれが東部で二番目に大きい街、ランガルドだ」

薄暗い森を抜けると大きな防壁が見えた。本当に異世界にいるのだと実感し気分が高揚する。これで二番目というから恐ろしい。近くまで来ると衛兵が出迎えてくれた。

「カイエル団長、ご無事でしたか!」
「皆もご苦労。良い結果では無かったが、生存者がいた為早めに戻った」
「そうでしたか…もしやその子供が?」

ルシエルへと複数の視線が向けられる。

「こ、こんにちは…」
「こんにちは、とても怖かっただろう?街でゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
「僕は父上に報告がてら屋敷に戻る。お前達は片付けが終わったらそのまま解散してもらって構わない、報告書等は明後日までによろしく頼む」
「あいよー、行くぞお前ら!」
「「「おぅ!」」」

兵士達と別れたルシエル達は大通りをさらに進み、豪邸へと辿り着いた。門から建物の入口までかなり遠く、馬車で中へ入っていく。

「でか…」
「うちは伯爵領だけど、防衛や地形の関係で辺境伯と同等のお金や権限があるんだ。一応これでも控えめなんだけど」
「これが、控えめ…?」

玄関らしき大きな扉に近づくと、見計らったように扉が開き使用人が数名出迎えた。カイエルに馬から降ろしてもらっていると、一人の執事が前に出てきた。

「お帰りなさいませ、お客人もようこそおいで下さいました」
「ただいま、父上は?」
「執務室にいらっしゃいます」
「すぐに向かおう。ルシエル、帰ってきて早々に悪いけど挨拶をしに行こうか」
「うん」

カイエルに手を引かれ屋敷に入ると、美しい装飾を設えたホールが広がった。見慣れない光景にあちこち目を回していると、横から小さな笑いが聞こえた。現代日本で過ごしていた頃と比べ物にならないような建物にいるのだから仕方ないとはいえ、少し恥ずかしくなり視線を足元へ移す。

「父上、ただいま戻りました」
「入りなさい」

扉を潜り抜け部屋に入ると、カイエルと同じような金髪の男性が座っていた。

「お待たせしてしまったようですみません」
「そんなに持っておらんから気にするな、その子は?」
「この子はアリオ村唯一の生存者です」
「は…初めまして、ルシエルと申します。倒れていたところを、助けて頂きました」
「うむ、歳の割にはしっかりしているようだね。私はアルベル・グリムロード、この街の領主をしている。此度の襲撃では辛い思いをしただろう、心身の傷が癒えるまで寛いでいきなさい」
「ありがとうございます」

目元に薄く皺を寄せ微笑んだ。優しそうな雰囲気がカイエルとそっくりだ。

「父上にお願いしたい事があるのですが、お時間はよろしいですか?」
「お前が珍しくお願いか、とりあえず座りたまえ」

アルベルに促され先に座ったカイエルに続いて長椅子に座る。

「単刀直入に申しますと、ルシエルをグリムロード家の養子にして頂きたいのです」
「ほぉ、養子にか…」

先程の笑みとは違い、見定めるような目でこちらを見てきた。街を治める者とはこういう顔をするのかと、喉が鳴りそうになる。

「何か理由があるのだな?」
「はい」

カイエルは腰のサイドポーチから小さなオルゴールのような箱を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。上の部分には水晶のような物が埋め込まれており、それに触れると映像が映し出された。まるで投影機のようで、水晶自体に録画機能があるようだ。

「ルシエルは初めて見るのかな?これは魔道具の一種で、残したい風景を一時的に記録することが出来るんだ」
「魔道具…この映っている場所は?」

そこには地表が抉られ、土が剥き出しになっている様子が映し出されていた。

「君が倒れていた場所だよ」
「えっ…?」

この更地のような場所で?と衝撃を受けた。孤児院の周辺一体は芝生で覆われており、時折荷馬車が通る際にできる車輪の跡がいくつかある程度だ。よく見ると建物の半分が消し飛び残りは瓦礫の山になっている部分があった。もしやこれはなのだろうか。

「まるで強力な魔法攻撃を叩き付けたような状態でした。恐らくこの子が放ったものだと思われます」
「なるほどな…ルシエル君と言ったか、気を失う前に魔法を使った覚えはあるかい?」

やはりアレは魔法だったのか。魔法が存在していることは確かなようだ。

「他の子を助けることで精一杯だったので記憶が曖昧ですが、どうにかして魔物を倒したいと念じたら、いつの間にか意識を失っていました」
「ふむ……こう表現するのもなんだが、火事場の馬鹿力というものかもしれんなぁ」
「今回はこの程度で済みましたが、この子はまだ幼く天涯孤独です。それならばいっそのこと、ここで使い方を学ばせた方がよいかと思ったのです」
「あぁ、その方がルシエル君の為にもなるやもしれぬ。平民で魔法を使える者はかなり稀少な上、別の孤児院に入れた後で制御が効かなくなる可能性も無くはない」

裏を返せば、他の子供や施設に被害が出てしまう恐れがある。伯爵はそう言いたいのだろう。

「ただで学びたいとは言いません。いつか必ず、ランガルドやグリムロード家に恩返し致します。独り立ち出来るまで、ここで勉強させて下さい!」

最後のひと押しだと言わんばかりに、立ち上がり深々と頭を下げた。数秒ほど沈黙が続いたが、突然伯爵が大きな声で笑った。

「ハーッハッハッハッハッ!」
「………あ、あの…?」
「父上?」
「クハハ…!頼み込まなくともしばらくは置いておくつもりだったのだ。むしろここまで聡い子供なら、こちらから養子に来ないか提案するくらいだ!」

つまりはグリムロード家に迎え入れてもらえる、ということでいいのだろうか。これでもかと輝く笑顔が逆に怖い。

「知り合いに優秀な教育者がいるからすぐに手配しよう。デビュタントまでに礼儀作法もマスターしてもらうから、そのつもりでいるように」
「あっ…ありがとうございます!至らない点が多いと思いますが、一生懸命頑張ります!」
「うむ、向上心があるのはとても良いことだ。しかし、まずは身なりを整えるところからだな」

それから、案内するよう指示を受けたカイエルに連れられ応接室をあとにすると、部屋に向かう途中で一人の青年を紹介された。明るい茶髪に柔らかい雰囲気でとても優しそうである。

「これから専属の従者を付ける。彼はレイナルド、歳も近いだろうからすぐ仲良くなれると思うよ」
「誠心誠意お仕えさせていただきますので、何卒よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」

片付けなければならない仕事があると言って、カイエルは自身の部屋へと戻っていった。

「それではルシエル様のお部屋へご案内致します」
「あっ、はい」


カイエルの部屋からそう遠くない一室。扉の大きさからして、この部屋も普通ではないと察した。

「な……」
「急遽準備いたしましたので、何かと不便ではありますが…」
「いやいや不便だなんて!十分過ぎるくらいです!」

何十人も入れるほどの広さに絶句した。中央には向かい合わせのソファとテーブル、有名人の家などでしか見ないような天蓋付きベッド。その横にはサイドテーブルと椅子が一脚あり、奥には更に部屋が続いている。恐らく個人専用の浴室やドレスルームなどがあるのだろう。

「最低限のご用意をさせて頂きましたので、ご要望があれば何なりとお申し付け下さい」
「は…はい……」
「それから、私はルシエル様の従者でございます。私を含め屋敷の使用人には、敬語を使わないようお願い申し上げます」
「わ…分かった、気を付けるよ」

これから自分は貴族の仲間入りをするのだから、今のうちから意識しなければならないというわけか。

「浴室は右奥にございます。入浴担当の者が参りますので、中で少々お待ち下さい」
「分かった」

そこからは怒涛の入浴タイムだった。メイドにあちこちをゴッシゴッシと洗われ、香油の様な物を塗りたくられる。しまいにはマッサージまでされて色んな意味で疲れた。上等な服に着替えさせられ、髪までしっかりセットされるとあら不思議。終わる頃には死んだような目をした美少年が鏡の前に立っていた。

「見違えたな」
「……貴族っていつもこんな感じなんですか?」
「ははは、今回は特別だよ。毎回こんなんじゃ僕だって疲れるさ」

ようやく解放されたかと思えば、そのままの勢いで食堂に連れて来られ、アンティーク調の椅子に座らされた。

「さぁ、今日は君の歓迎会だ。マナーとかは気にせずたくさん食べてくれ!」

目の前のテーブルには豪華な食事が所狭しと並べられ、現在進行形で次々と料理が運ばれてくる。

「これも何かの縁だ、君がこの屋敷に来て良かったと思えるよう、我々も尽力しよう」
「僕達の事は本当の家族だと思って接してくれると嬉しい」
「……はい、これからよろしくお願いします!」

温かい言葉に泣きそうになった。彼らの優しさに応えられるように努める決意をするのだった。
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