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序曲

第7話 彼とデートする話。

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 わたしは斜陽が霞を美しく橙色に染め上げる様を眺めていた。

「これが王都…」

 花火大会当日、時刻は夕方、わたしは彼に連れられ王都まで来ていた。

 周囲は同じ目的であろう人々であふれかえり、主要な街道には出店というものまで出ていた。

「やっぱり人がたくさんいるな」

「それはそう。今日は花火大会」

「ははっずいぶん落ち着いてるね。花火みたことあるの?」

「…ない」

 花火大会はおろか花火というものがどういうものかすら知らないし、わたしが落ち着いているように見えるのはそうふるまっているからでしかない。

 ほんとうはここにあるものすべてがどういうものかを彼に聞いてみたかったけど、彼には子どもっぽい自分を見られてたくないという思いが勝った。

「やっぱり夕方とはいえ夏だし熱気で暑いね。飲み物買ってくるよ。なにがいい?」

「わからないから、あなたと同じでいい」

「わかった。じゃあちょっと行ってくるよ」

 出店に向かう彼を見届け、街道に並んだ出店に目を移す。食事を出す屋台や宝石や服飾、アクセサリーを売る露店、数は少ないけれど家畜や武器防具、本といったものまで売りに出す店もあったり、人に比例するように様々な店が軒を連ねていた。

 本でしか知らなかった世界がここにはある。そう思うとなんだか身体がむずむずするような感覚が走った。

 あらかた店を眺めた後、彼の向かった店を見れば、なにやら店主ともめているようでまだ時間がかかりそうだった。

 彼と離れて動くわけにはいかず、だからと言って彼のところに向かっても意味はないだろう。

 行き交う人々は様々でその誰もが楽しそう。

「あれ食べたい!」「あたし花火大会なんてはじめて~」「この仕事もハズレだったな」「はなれないようおててつなぎましょうね」「パパはどこにいったのかしら」「じゃあ並びましょうか」「でも俺の隣には満開な花火があるよ」「よう久しぶり!」「わざわざこっちの国まで来たのに」「はーい!」「儚く散るってこと?」「パパは運営の人にあいさつに行くって」「え、いやそういうわけじゃ…」「でも命の危険がないだけマシじゃない」

 彼の方を見ると、代金を渡していてあと少しで戻ってきそう。

「1年ぶりくらいか?」「もうせっかく家族で来たのに」「じゃあ行きましょうか」「てかチケット持ってる?」「せっかくきたんだ楽しもうじゃないか」「もうそんなに経つのか」「クラウスも来ればよかったのに」「え、俺持ってないよ」「見つけた」「は?さっけんなよ、てかてめえだれだよ」「すいませんまちがえました」

 なんだか変な会話ばかりでよくわからなかった。

「おまたせ」

「ん、ありがとう」

「なにみてたの?」

「いろいろな人、家族とか友人で来てる人が多い」

「こういうイベントはいつも人が来るものだよ、特に花火なんてデートの王道のようなものだよ」

「恋人…」

 周りを見れば男女のカップルというのもたくさんいる。

 男女で来ているのがみんなカップルなら、手をつないで笑いあってるあの人たちも、腕を絡めて歩いている人たちも、噴水の前で女の人に土下座?してるあの人たちも、暗い路地裏で重なっている人たちもみんなカップルってことなの?

 なら子どもだけど男女のわたしたちも─

「そうみえるのかな…」

 お願いしたら聞いてくれるかな。人も多いからはぐれたら危ないって言えば手、つないでくれるかな…?

 でも彼にそんな失礼なこと言えないよね。

「時間的には早いけどそろそろ行こうか、食事も買わないとね」

「あ、まって」

 急に歩を進める彼に考え込んでしまっていたわたしは慌てて、つい彼の袖を引っ張ってしまった。

「どうした…の」

「あ、えとその」

 彼はわたしを見てくれたけど、わたしは咄嗟の行動だったからどう言い訳すればいいかわからず、下を向いてしまう。

 勉強の質問の時にわたしは服を引っ張るこの行為を最初の頃は意図的にやっていた。

 理由は彼の名前を知らないうえ、どう呼び掛けていいかわからなかったから。それで目に留まった服をたまたま引っ張っただけだったのだ。

 でも彼はそのことに対して不満も言わず、質問に答えてくれて。しかもただ教えるのでなくいろんなことを教えてくれた。

 そして癖になっていたこと自覚した時には──

 いつもは話す内容が決まっていたけど、今は恥ずかしくて顔を見せられない。

 少しだけ顔をあげ彼の様子を伺うと顔をしかめ、わたしの後ろをみていた。

 いくらご褒美とはいえ呼び止めた本人がこんな態度だったら怒るのも当然だ。

 だから素直にお願いを言おうと思った。

「あ、あの──」

「ごめん、手借りるよ」

 彼はわたしがつかんでいた方の手を取り、急に走り出した。

 彼は何かを見つけたのだろう。でもなんであれ、こうして彼に触れ合えているのだから、それがなんであれ、いまはこの温もりに身体と心を預けてもいいよね…

 わたしは彼の背中に見つめながらそう思った。


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 屋台にあふれた街道から離れ、それとは対照的な妙に静けさのある裏路地まで走ってきた。

「急に悪かったよ」

「平気」

 こんなに広いのにまさかね、なんて言いながら、彼はどこからか木箱を運んできた。

 どうやらわたしのために椅子を見繕ってきたみたい。

「ちょっと待っててね。時間になったら戻るから」

「わかった」

「まずはどこいるか探さないと、よっと」

 彼は一息に建物の間を縫うようにして屋根に上っていく。

 彼の身のこなしを見届けた後わたしは木箱に座り、さっきつないだ手を見つめる。

「やっぱり…あたたかい」

 彼に握られた手はどこかあたたかく、不思議と力が湧いてくる気がした。

 胸に手を当てれば彼がいなくなった今でもはやく脈打ち、心もドキドキしている。

 あの場所から離れて10か月。

「はやかったなぁ」

 あの場所での思い出はないことはないけど、やっぱり一人になるとどうしても彼のことを考えてしまう。

 私の運命は彼と出会った8ヶ月前に変わった。

 そして今度の実戦でわたしは試される。

 ほんとうは薄々気づいてはいた。彼のそばにわたしをおいてはくれないということに。

 だから今まで名前を教えてくれず、名付けてもくれなかった。

 はっきりとは言わなかったけど、わたしに対する態度からは想像はできた。

 でも、これに成功したらきっと彼はわたしを認めてくれると思っている。

 そうすれば最低限の力ではあるけど、彼を支えていけるから。

「がんばらないと…!」

 認められるかどうか、そのことに緊張しているせいで自然と呼吸が浅くなっていることが自分でもわかる。

「ふぅ…」

 深く息を吐いて呼吸を整える。

 落ち着いたら、彼から学んだことを思い出す。

 彼との出来事はわたしにとって大切な思い出だ。

 だからゆっくりと思い出していく。

 その一つ、剣術「シン・マケン」

 これはわたしの知っていた流派とは少し違っていて彼独自の型。

 どの流派もそうだけれど魔剣士とは魔力が前提で、あの場所でも剣術はあったが魔剣士の流派でしかなかった。だけど彼は魔力が上手く扱えないわたしが扱える剣術をわざわざ考えてくれていた。

 過去になぜそんな芸当ができるのか聞いたことがある。

「ははっ…あんまり聞かないでくれ…」

 バレたら大変だ、と小さく独り言のように言った彼がなぜか印象的だった。

 バレた時とは一体どういうことだろうか。

 確かに彼ほどの腕前ならいろんな国が抱え込みたいだろうから、そういう意味で大変ということならわかる気がする。

 でも彼の考えていることはわたしでは思いも及ばない領域にいる。実際はもっと別の意図があるのだろう。

 そして勉強。

 わたしが唯一自信のあった勉強は今までの努力はなんだったのかと彼の前で思い知らされた。

 驚くことに彼は『内の人』以上の知識量を持っていて、この世界にない技術や理論を考えついていたことだ。

 そのうえ、教えられる側にも考察の余地を残せるところが優れたところだ。

 彼曰く。

「『物を与えるのではなく、文化を授けよ』ってね。」

「どういう意味?」

「ははっ、いつかわかる時が来るよ」

 最初はわからなかったこの言葉の意味も、最近になってわかった。同じ10歳とは思えない見識の深さに感動したのを覚えている。

 でも彼のように真似できるかは自信がないのが事実だ。

 それにしても料理。

 料理というものは今までやったことがなかったし、そもそも食べたことすらなかった。

 そんな彼が最初に作ってくれたのはオムライスという食べ物。

「ほんとうに、おいしかった…また食べたいな」

 わたしも少しはできるようになったが、彼に作ってもらう料理が一番だ。

 でも、なぜ料理を教えてくれたのか。

 やはり思いも及ばないけれど、彼が軽食ではあれど美味しいと言って食べてくれたことは宝ものだ。

「ふふっ…」

 その顔を思い出してはわたしは嬉しい感情で口角が上がるのを抑えずにはいられないのだから。

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