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第一章
第19話
しおりを挟むイリスに組手を申し込んだことは、なにも勝つことを必要としていない。
「準備運動は?」
「僕は大丈夫」
着替えたついでに身体は伸ばしている。やっと身体の魔力が温まってきたところだぜ。
「私も平気です」
「自由形式でいい?」
「どうぞ」
ここで僕が使うの当然『シン・マケン』ではなく、イリスに合わせて王国伝統の『ダート流』、他の流派だと『ラリー流』なんてものがあると聞くけど、見たことはない。
「では」
まずはゆっくりと近づいて、距離を縮める。僕の意図するところを察して彼女も近づく。
自由組手だけど、いきなり切りかかることはしない。これはあくまで試合形式、実戦ではない。なら授業と同
じような手順に則る。
木剣が触れ合うか触れ合わないかの位置でいったん止まり、僕が置くように切りかかり、それに対してイリスは捌く。そしてイリスも僕と同じような動作でそれを繰り返す。
試合とは思えないほど緩慢な動作ではあるが、基礎をおろそかにしているとこういうのは意外とできないものだ。
ふーん、なるほどね。
その点で言えば、イリスの動きは、どこまでも手本のように美しい。
何度も研鑽を重ね、試行錯誤を繰り返した実直な剣。
その剣は姫騎士と呼ぶに相応しく、静かにそれでいて情熱を感じさせた。
「じゃあ、よろしくね」
「ええ」
ここからは組み合うザ・試合。授業ではめったにやらないが、一本先取。
いったん距離をとり、魔力を練る。
「やっぱり……そういうもんなんだ」
「クラウス君?なにか言いましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
「では、次は私から──」
彼女が魔剣士として目指した時間の重みが対峙した時の構え方からも伝わった。
「──いくわッ!」
踏み込んだ一撃。ナインでは決して出せない鋭い斬撃。
魔力と身体のこなし方、そのすべてが他人とは違う。普通であれば見事なもの。
でも。
「……」
「ッ!?……!」
初撃を受け流すように払うと、驚きながらもイリスはそこから次につなげてくる。
何度も捌き、時に僕もそれに応える。
手加減はしてくれていないのはわかった。彼女は剣術に誇りを持っている。ナインの僕に真摯に向き合ってることからも確かだ。
イリスはファーストに恥じない強さと勤勉さを感じられる。
──だが、それだけ。
だから僕も、イリスの厚意に全力を持って応えよう。
イリスの剣が左から切りかかり、僕はそれを迎えるように右から切り上げる。
今までにない強い鍔迫り合いにイリスは一瞬驚くも、すぐに気を引きしめる。
「!?」
拮抗した状態を解き、距離を取ろうとするイリスに僕はすかさず接近し、木剣を切り上げる。
カランカラン
木剣と床が当たる、木の素材特有の音が体育館に長く響く。
「な……え?」
「……」
茫然とするイリスに静かに礼をする。
……この木剣はどこに置けばいいんだろう?
「あの、これどうすれ──」
「──待って」
聞く前に遮られてしまい、何事かと向く。
「いまのは、なに?」
「うん、なにが?」
とりあえず、すっとぼける。
「だからいまのは……ッ!……いえ、なんでもないわ」
ふぅ。
あの一瞬で『ダート流』じゃなくて『シン・マケン』だと見破られたのかと思った。
「そう。じゃあ僕は戻るね」
「…………」
「あ、あのー」
黙るイリスに僕は何とも言えない心地の悪さを感じながら、いま言うべきことだろうかと迷う言葉がある。
「……なに?」
「いや、やっぱいいや」
やっぱ今じゃないな。口調が怖いもの。
「言ってみなさい。あなたは私に勝ったのだから、何を言われても何も思わないわ」
「うーん……」
「あなたもしかして───」
見かねたイリスが声をかけてくる。
「───私に気があるの?」
「はぁ……は?」
何を言い出すのかと思えば。
「こうして私の気を引こうとしているのでしょう?違う?」
「…………うーん」
先ほどの丁寧な雰囲気とは打って変わって、砕けた印象で話すイリス。
なるほど、やっぱりそういうことか。
なら、その挑発に乗らせてもらおう。
「じゃあ、言うけど」
「ええ」
「……そうやって、誤魔化して、演技して、見ないふりをするの。疲れない?」
「───……──……」
イリスの膨れ上がる魔力に気づいた時、僕は咄嗟に剣を構えていた。
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