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第一章
第20話
しおりを挟むイリスの剣はどこまでも手本のように美しい。
何度も研鑽を重ね、試行錯誤を繰り返し、自然とそうなるように取り込んだ苦労が見える。
その剣は姫騎士と呼ぶに相応しく、静かにそれでいて情熱を感じさせた。
彼女が魔剣士として目指した時間の重みが対峙した時の構え方からも伝わった。
だが、それだけ。
時間をかけても完成していない型は自分のものであるとは到底言い難い。
イリスはたしかにファーストに恥じない強さと勤勉さを感じられる。
まるでそうあるよう、仕向けられたように理想的な振舞いをしているのだ。
コミュニケーションは意思の応酬。
なら、言葉を交わさなくとも、見つめ合い、触れ合い、交われば人を垣間見ることができる。
だから戦いからも人間の心が表れる。
故にわかる。
彼女の心がどこにあるのかを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女は勤勉で真面目ではあるが、表面をまとう優しさは嘘だと感じた。僕の不躾な願いを聞き入れたとて、彼女の目はどこか鋭さがあったから。
きっと、このことに気づいたのは僕だけなのだろう。証拠としてイリスは他人に…まぁ男子の噂しか知らないが、好かれているのだから、周りはそう錯覚していると言える。あるいは別の部分でも偽っている。
だから僕の前だけでも気取らずに自然体でいてくれれば良いと、言ったつもりだったのだが…
「それってどういう意味かしら…ッ?」
いきなり切りかかってくるあたり、地雷でもあったようだ。
木剣は放っておいても良いと言われたが、なんとなく持っていて正解だった。彼女の不意打ちに対処するのに白刃どりは目立ちすぎる。
急接近と剣による押し出しで、見つめ合うという距離にすらならない近さにイリスの顔があるため、とりあえず弾く。
「っと」
「ッ!?」
イリスは驚いた顔を見せるが、もう目的は達した。適当にいなして帰ろう。
「さっきので組手はおしまいじゃないの?」
「ふふっ…いいえ、まだ終わってないわ。再戦よ」
イリスは先ほどの温和な雰囲気を崩し、いまは冷たい印象を与えながら、話を続けた。
「あなたが最初に誘って、私が承諾したのだから、責任をもってくれるわよね?」
これは面倒なことになってしまった。ここで彼女を伏せることは容易。おまけに人目もない。終わらせるにはこれが手っ取り早いだろう。
しかし、相手は王女、しかもクラスはファースト。僕はただの貴族、クラスはナイン。ここで非公式とは言え雌雄を決するのはあまり得策ではない、なんかそんな気がする。なにより面倒だ。
大体僕は目立たない学生生活を送ろうと思っていて、イリスがどれくらいの実力かを見たかっただけなのにここまで怒ることある?どうしてこうなった?
「まぁまぁ、ここはいったん落ち着かない?僕が間違ってたよ」
「そうね。それもそうだわ、あなたが間違ってる。それに私は、落ち着いてるわ」
すー…全然落ち着いてない、困った。目は据わっているが、鬼がそこにいる。
「あはは…美人な顔がもったいないよ、そんな怒んないで──」
「私、これでも人望があるほうなの。男子からも学年を問わず告白されたわ。女子もまぁ、なんとかなるでしょうけど」
「な、なんの話?」
「明日からあなたの居場所の話よ?わからないの?」
「ん?」
一瞬の熟考。
「……ま、まさかっ!」
「もしここで勝敗を決めないのなら。私、あなたに乱暴されたと言うわ」
こ、この女っ…っ!
こんな女子に惹かれた男子はもれなく容姿しか見てないだろ!美人は性格悪いはやはり本当だったのか?
「おわかり?立場を弁えたのなら、今すぐ構えなさい。あなたの実力を、本気を見せて頂戴」
「ぐっ、うぅぅっっ……う?」
観念して構えようと顔を上げると、イリスの後ろには白いタオルが落ちていた。それは汗を拭いていたタオル、イリスの位置から二メートルくらい離れた場所にあることから一瞬にしてその倍に近い距離を詰めたことになる。
イリスのタオル…汗…そうか!わかったぞ!この状況を打破する答えが!
『気のせい』というものがある。現実にはそうではないのに、錯覚することを指す。
例で言えば、誰かに見られてるかも、誰かが呼んでいるかも。そんな日常にありふれた『かも』を作り出すことに僕は成功した。
鍛錬中にイリスが前触れもなく、僕のいる扉に来たようにそれは実効性を確認している。
僕は体育館の扉まで誘導した時と同じように、魔力の糸を紡ぎ、今度はそれを備えられた別室にいるであろう人間に向けて伸ばす。この魔力糸は魔力感応度が高いほど、効果が高い。その点で言えばイリスは高感度だ…なんか卑猥。
しかし魔力糸は先週思いついたために、感度が低い人間にどう影響するかを確認していない。そのためお付きの人がどれくらいで来るのかはわからない。はやく来てくれれば御の字だが、こない可能性もある。
だが、逃げることが叶わない状況において、第三者の介入でうやむやにしたいところ。魔力糸、すがるべき蜘蛛の糸、これに賭けるしかない。
「…わかった」
だから腹をくくろう。弱い自分を演出しながら、できるだけ時間を稼ごう。相手を満足させる手段はステラ姉さんで散々学んだ。
「っ!」
僕は気の抜けた声で切りかかり、イリスは防御する。そこから彼女は弾き返すようにして、防御から攻勢に転じる。
「!」
攻撃を返された僕は姿勢を崩されたフリをして、攻撃を誘導し、一撃をもらう。
「ぐぅっ。うぅ…」
ここではうめき声を上げながら、まだ闘争する意思を眼で表現する。睨みつけるようにするとリアリティがある。
「なんでそんな目で見つめるのかしら?まだ終わりではないでしょう?」
「ああ、僕はまだ負けてないんだ!」
ここから、時間をかけるため形を変えながら、剣戟を重ねる。
彼女の型は基本に忠実なため、どういう攻撃で、どういう防御をするのかは五手くらいは読めるが、これはあくまでフリ。ファーストに立ち向かう無力なナインを演出しなくてはならない。
「!」
「…」
「!!」
「……」
幾分か過ぎたころ、彼女は途端に静かになってしまった。人は単調な作業になれると思考に余裕が生まれ、人によっては顧みることがある。それに外もそろそろだろう。彼女は構えながらも僕を見ようとせず、先ほどは反撃していたが防御に徹している。髪に隠れてその表情は見えないが、ここらへんで一発かましておこう。こういうのはあまり好きじゃないけど、しょうがない。
「怖いの?」
「え?」
イリスは唐突に声をかけられために顔を上げる。
「自分の頑張りが努力じゃなく、苦労のままで終わりそうで」
「…苦労と努力は同じことでしょう?」
「成功したから努力、成功していないなら苦労。まぁこれは僕が勝手に思ってるだけなんだけどね」
僕は続けて言う。
「だから、君がその先にあるものに気づいてるかは知らないけど…悩んでるなら話ぐらい聞くよ?」
「…へぇ、ずいぶんとお優しいことなのね、もしかして私に気があるのかしら?」
イリスは意地の悪い笑みを浮かべ、似つかわしくない手段で挑発してくる。
「ははっ、まさか。面白い冗談はよしてくれ」
それに対し端的に答える。するとイリスは顔をしかめ、短く息を吐く。
「…私、こう見えても人から好意を寄せられたことが人より多いと思うの。だからいろんな人間の欲を見る機会がたくさんあったわ。けれど、あなたにはそれらが一切感じられない」
イリスは目の前の僕を睨みつけるようにしてくる。
「あなた……何者?」
「……」
「…はっきり言えば?」
どう答えるか逡巡していると催促してくる。またこれだ。言ったら怒るじゃん。
「まだ言わないよ。それに…ほら」
扉に目を向けるとつられてイリスも視線を向ける。
「?…なにが──」
「鍛錬中失礼いたします。イリス様、そろそろご休憩を──」
イリスの疑問はお付きの人が水差しと新しいタオルを持って来たことによって答えとなった。
「じゃあ、僕は帰るね。今日は楽しかったよ」
僕は礼をして、早々に体育館をあとにしようとする。
「ちょ、待ちなさ──!」
「イリス様?」
「…いえ、なんでもないわ。ありがとう」
背中にはビシビシと視線を感じつつも、体育館から出るのだった。
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