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第一章

≪第21話 始≫ 孤独の夜

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 窓の外は夜闇に包まれ、部屋にも光源はない中で一人うずくまるイリス・マルクト

 特別体育館から一人、自室に戻ってから長い間考えていた。

「……クラウス・エテルナ」

 平凡な雰囲気にそれを補強する容姿、ありていに言えば、どこにでもいそうで取り柄のない少年。

 私は彼を知っていた。

 理由は二学年上のクラス『ファースト』、ステラ・エテルナの弟だから。

 ステラさんの噂は学校に入学する以前から知っていた。

 私の姉、ティファレト姉さまと比べられていたから。

 ティファレト姉さまと比べられることの凄さはどちらが強いかという結果より『比べられたという事実』それだけで称賛に値する。

 現に歴代王国最強の騎士としてティファ姉さまは世界に広く知れ渡っている。そんな存在に比肩しうるステラさんは相当の実力者ということなのだから、知らない者はいないのではないか。

 それに私は小さいころではあるが何回か会ったことがある。二歳違いとは思えないほどに、やさしさの中に人間としての揺るぎない芯を持った人、そんな印象を持った。

 そしてその弟、クラウス・エテルナ。

 入学当初、彼の姿を見た時には、そんなステラさんのような威厳を持った人間だとは思えなかった。

 現に彼のクラスは最底辺の『ナイン』、はっきり言って、有象無象と何ら変わりない存在。

 ステラさんのように完璧な人間のそばで暮らして、彼は何も思うことはなかったのだろうか?

 少しでも近づきたいと、そうなりたいと考えなかったのだろうか?

 彼から組手試合を持ち掛けられた時には困惑した。

 その意味を彼は理解していなかったから。

 セカンドには親からの縁故で所属している生徒がいる、サードにも多額な賄賂で融通を利かせた生徒がいることも知っている。だが、彼らには腐っても親の成功がある。彼らの両親は少なくとも自身の実力で上位クラスに上り詰めた成功者なのだ。

 魔剣士は親の実力を少なからず引き継がれることが魔術学院の研究で判明したのはもう昔の話。

 そんな親の力を引き継がれることもなかったのがナイン。

 最底辺である『ナイン』はセカンドには勝てない。たとえ血縁と親の力で入学したセカンドであろうと。

 今回の試合は『ファースト』と『ナイン』

 彼我の実力差は歴然、そんなこともわからない。なんて哀れなのか、持ち掛けられた時にはそう思った。

 私は彼とは絶対に違う。実力を見誤ったりはしないし、無謀な賭けにも出たりしない。そしてあの姉の妹なのだ、負けるはずがない。

 私には目標がある。

 そのためにファーストに相応しい努力と時間と勉強を研鑽を時間で積み重ねてきた。

 無責任な人間からは「無理だ」「不可能だ」と言わるかもしれないけれど、それでも、私は…

 だから、彼にも思い知るべきだ。

 自身の前に立ちはだかる大きな壁、そしてそれを超える困難を。

 なにより、抗うことのできない無力さを。

 そのつもりだったのに──

「…………ありえない」

 彼の実力を見定めなければ。

「……」

 でも、わかることはある。それは彼には不思議な雰囲気があること。

 私が王女だからという理由でこびへつらうこともなく、権威に臆することのない姿勢。

 組手を申し込むあたりに対等でいようとするような、他の人間にはないものを彼は持っている。

 見透かされたようなことを言われて、襲った理由もなってわかっている。

 恥ずかしかった。虚勢をはり、他人の理想を演じている自分。

 見抜かれたことが、どうしようもなく幼い私の心がそれを許せなかった。

 私は他の学生たちと比べれば腕はたつ方だし、相応に努力をしてきた。

 でも、本当は自分も人に甘えられるような弱い人間でいたいと考えていたことがある。

 だから、甘えたかったのかもしれない…

 そうなると、私は心のどこかで彼に甘えようとしていた──?

「──ありえない」

 思ってもみなかった考えに目を開けると、傍の写真立てに目が写る。その中に飾られた写真に目が移ることのないように伏せられているが写真に誰が写っているのか、見なくても知っている。

 知っているからこそ、見たくないものもある。

 大切だからこそ、傷つけたくない。

 なにより、自分が傷つきたくない。

「……バカみたい」

 自覚はしている、今日みたいな無意味な感傷的になる日がたまにあることを。

 でも考えないようにすればするほど、意識がいつの間にかそのことに向いてしまう。

 だから私は気が済むまで考えるのだ。

 夜は長い。考えられる時間はまだある。

 今夜は眠れたとしてもきっと短いだろう。

 顔を上げれば窓の外には、星々の光が闇の空に散りばめられている。

 それすらも疎ましいと思ったことにこれが八つ当たりだとは自覚しながらも、ねばりつく感情が私を苛立たせる。

「やっぱり……ありえない」

 虚しい独り言が、孤独な部屋に響くだけだった。

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