雪の華

おもち

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1.はじまり

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 はぁ。はぁ。深い森の中、一人の荒い息遣いだけが虚しく響く。
「なんだよ……。あれ……。あんな奴がいるなんて……聞いてない……!」
 全速力で走る男の背後からこの世のものとは思えない雄叫びが上がった。

 ――北国の雪を甘く見てはいけない。
 知り合いの言葉は本当だった。

 友人のコテージの片づけを手伝いに来ただけだった。
 ちょっとあたりを散歩しようと思ってぶらぶらと歩いていたら、吹雪が来て、あっという間にもと来た道が分からなくなってしまった。
 電話しようにも県外。
 さてどうしようかと考えあぐねていたら、これだ。
 
「うわっ」
 地面から出ていた木の根に足を取られた男は、体からもんどり打って倒れ込んだ。
 再び立ち上がろうとするが、どうやら足を負傷したらしい。激しい痛みに顔をしかめた。
 
 ドン。ドン。
 雪に覆われた大地を踏みしめる重たい足音がみるみる近づいてくる。
 とっさに振り返った男の瞳孔は、恐怖で大きく見開けれた。
 
 ぎょろりと開かれた大きな目玉。
 ギラギラと鈍く光る眼光は、しっかりと男の姿をとらえている。
 体表は粘液で覆われているのか月明かりの下で不気味に黒光りしていた。
 森に生えている針葉樹と大差ないほどの巨体であるにも関わらず、その動きは俊敏で、今にも飛びかからんばかりだ。
 「バケモノ……。」
 思わず出たその言葉に男ははっとする。
 
 そうだ。化け物だ。
 どこかで見たような気がしたけど、たしかアニメにもあんなキャラが出ていた。
 まあ、あんな化け物でも、アニメの中だと、雑魚キャラなのだが……。

 映画やアニメは昔から好きだった。子供のころはよく正義のヒーローにあこがれていた。
 もしも自分が主人公なら、かっこよく怪物を倒すのに……。

 そう思っていた。

 実際に化け物を目の前にした俺は、何もできずに震えているだけじゃないか。

 あれ。俺、なんでこんなこと……。
 そうか。俺は今、走馬灯を見ているのか。
 
 死ぬ。
 本能がそう告げている。

 次の瞬間、得体のしれない何かは、宙へと飛び上がった。
 一直線に男へと向かっていく。
 みるみる近づいてくるそれに、男はとっさに頭を覆った。
 
 やられる……。
 一瞬が永遠に感じた。
 攻撃が来ない。おかしい。

 「ん?なんだ、これ。」
 男の手に冷たいものが当たった。

 ――雪?
 
 彼の手のひらにとん、とおちたのは、一片の雪の結晶だった。
 
 
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