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妖精の噂
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「ここに本当にいるのか? 華の精」
とある山の麓にある大樹海。
ここは特殊な植物が巣食う森と言われている。なんせ、ここにある木々の幹はあれもこれもが紫色なのだから。
そんな不気味な森の中を一人、勇ましく進む男がいた。蔦の隙間を通り抜け、獣道を一歩一歩踏みしめていく。
男には悩みがあった。
男は一国を治める王であるが、臣下が思うように付き従ってくれないのである。それも男が傲慢だとか、悪辣な王というわけではない。ある時を境に、臣下の態度が変化したと言えば良いだろうか。
この森のどこかにいると言われる華の精。彼女は迷える者に五つの質問をして的確な助言を与えてくれる──らしい。
男は目を見開いた。
脚の代わりに大地に根を張り巡らせ、気持ち良さそうに伸びをする、アルラウネの少女。
髪は鮮やかな紫色で、ルビーのような真紅の瞳。頭頂の黄色い花から地面まで届く長い髪を垂らし、今も背筋が伸びている。ちょっと欠伸をしたところで、ちょうど目が合った。
「……っ、ああ。これはこれは、珍しいお客さんですね」
「本当に華の精、なのか?」
「その通りですよ。私はアルラウネのシニカと申します」
「アル、ラウネ……が華の精の正体」
男の考えることを想像してか、アルラウネの少女──シニカは口を開く。
「貴方が思っている華の精は私のことですよ。これまで沢山の方々の悩みにアドバイスして、取引をしてきましたから」
取引という言葉のニュアンスにどうも引っかかるが、華の精ご本人なのは間違いなさそうだ。
「取引なのか?」
「ええ、そうです。私のアドバイスの対価に、貴方の血を少しだけ分けてください。人間の血液は栄養豊富なので、暗い森の中で光合成をしなくて済むのです」
男はなるほど、と妙に納得してしまった。ここは余程背丈がなければ光を吸収できない。ここにいる背丈の低い少女が光合成出来るかと問われれば難しいだろう。
「じゃあ、取引させてくれ! 後生のお願いだ、アドバイスを頼む」
「では少し血を分けてくださいな。三滴ほどで構いませんから」
男は果物ナイフで指先の上を少し滑らせた。滴る血液を張り巡らされた根のあたりに落とす。
「交渉成立ですね。それでは、悩みを教えてください」
「俺は一つの国を治めている国王なんだが最近、大臣達の働きぶりがあまり良くなくてな。俺の人望が無いのか、それとも誰かに懐柔されているのか……分からないんだ」
一国の王だと言う男は、明らかに上等な服装で森に来ていた。枝の破片が肩に着いていることから、険しい道を自ら進んできたのが見てとれる。
「そうですね、いくつか質問をさせてください」
「ああ、もちろんだ!」
「まずその大臣たちに何か指示をした時、どのような反応をされましたか?」
「様々だ。頷く奴もいれば、視線で頷く奴もいた。だが人によってかなりバラバラだった。目をしっかりと合わせてくれるとは言い難いな。でもしっかりと働いているぞ」
男の答えにシニカは顎に手を当ててうむ、と唸った。
次の質問がシニカの口から投げられる。
「では、大臣たちが貴方のいない所で集まる機会はありますか?」
「それは、あるな。執務中に大臣たちは会議をしているはずだ。だから俺は会議の結果しか知らないことになる」
「それなら、大臣たちの中に取り纏めることのできる人物はいますか?」
シニカは第三の質問をした。
「それはいな……いや、大臣ではないが一人いる。昔からの親友で今は宰相の友人が」
「宰相の親友、ですか。その方とはどこまで腹を割って話せますか?」
「初恋の相手から幼い頃のイタズラに、かなり深いところまで話せていた」
そして最後の質問。シニカはその宰相について尋ねた。
「では最後の質問です。その親友を信頼していますか?」
「ああ、それは勿論そうだとも!」
「……良く分かりました。ならば、まずはその親友を疑いなさい」
シニカの発言に男は耳を疑ってしまう。今までの質問は一体なんだったのか、どうしてそのように言い切れるのか分からなかった。
シニカは優しく微笑むと、真面目な表情へ戻す。
「まず一つ一つ、順を追って説明しましょうか。目を合わせないという貴方の大臣たちはどうして目を合わせないのでしょう。それは無礼に値すると思いませんか?」
「それはあまり考えたことがなかった。目線を合わせることこそ烏滸がましいと考えたのではなかろうか?」
男は訝しげな目でシニカを睨む。しかしその眼光を次の一言、二言でシニカはひっくり返した。
「それこそが間違いです。目下の立場からすれば失礼に当たるかどうかは確りと理解しているはずです。儀礼を学ぶ機会は幼い頃にいくらでもあったでしょう?」
「それはそうだが」
「それに考えてもみてください。その宰相とかなり深い部分まで腹を割って話せる仲だった。その分、良い面悪い面を見せていたはずです」
同時に話の善し悪しを決めるのは必ず聞き手だとシニカは言う。だから相談事をした国王の良い面よりも悪い面が目立ってしまったのではないかと、シニカは続いて述べた。
「ならば、あいつは俺を見限ったとでも言うのか?」
「その可能性もあれば、事実は違うかもしれません。あくまで私は助言するだけの存在。決めるのは貴方です」
そのように言い切ったシニカの目には妖しい眼光が灯っている。思い切り伸びをしてぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと開眼した。男に対して帰路を促すような、そんな瞳。
男は自らが治める国へと帰っていった。
その後、かの国は内乱が起こり滅びを迎えたという。
***
アルラウネの少女、シニカという名前はフルネームではない。
助言の一つで人がどのように変わるのか。それを観察することが趣味の魔王。自ら直接手を下すことを決してしないのがルールである。
彼女の名前は「不殺の魔王」エフェドラ=シニカといった。
とある山の麓にある大樹海。
ここは特殊な植物が巣食う森と言われている。なんせ、ここにある木々の幹はあれもこれもが紫色なのだから。
そんな不気味な森の中を一人、勇ましく進む男がいた。蔦の隙間を通り抜け、獣道を一歩一歩踏みしめていく。
男には悩みがあった。
男は一国を治める王であるが、臣下が思うように付き従ってくれないのである。それも男が傲慢だとか、悪辣な王というわけではない。ある時を境に、臣下の態度が変化したと言えば良いだろうか。
この森のどこかにいると言われる華の精。彼女は迷える者に五つの質問をして的確な助言を与えてくれる──らしい。
男は目を見開いた。
脚の代わりに大地に根を張り巡らせ、気持ち良さそうに伸びをする、アルラウネの少女。
髪は鮮やかな紫色で、ルビーのような真紅の瞳。頭頂の黄色い花から地面まで届く長い髪を垂らし、今も背筋が伸びている。ちょっと欠伸をしたところで、ちょうど目が合った。
「……っ、ああ。これはこれは、珍しいお客さんですね」
「本当に華の精、なのか?」
「その通りですよ。私はアルラウネのシニカと申します」
「アル、ラウネ……が華の精の正体」
男の考えることを想像してか、アルラウネの少女──シニカは口を開く。
「貴方が思っている華の精は私のことですよ。これまで沢山の方々の悩みにアドバイスして、取引をしてきましたから」
取引という言葉のニュアンスにどうも引っかかるが、華の精ご本人なのは間違いなさそうだ。
「取引なのか?」
「ええ、そうです。私のアドバイスの対価に、貴方の血を少しだけ分けてください。人間の血液は栄養豊富なので、暗い森の中で光合成をしなくて済むのです」
男はなるほど、と妙に納得してしまった。ここは余程背丈がなければ光を吸収できない。ここにいる背丈の低い少女が光合成出来るかと問われれば難しいだろう。
「じゃあ、取引させてくれ! 後生のお願いだ、アドバイスを頼む」
「では少し血を分けてくださいな。三滴ほどで構いませんから」
男は果物ナイフで指先の上を少し滑らせた。滴る血液を張り巡らされた根のあたりに落とす。
「交渉成立ですね。それでは、悩みを教えてください」
「俺は一つの国を治めている国王なんだが最近、大臣達の働きぶりがあまり良くなくてな。俺の人望が無いのか、それとも誰かに懐柔されているのか……分からないんだ」
一国の王だと言う男は、明らかに上等な服装で森に来ていた。枝の破片が肩に着いていることから、険しい道を自ら進んできたのが見てとれる。
「そうですね、いくつか質問をさせてください」
「ああ、もちろんだ!」
「まずその大臣たちに何か指示をした時、どのような反応をされましたか?」
「様々だ。頷く奴もいれば、視線で頷く奴もいた。だが人によってかなりバラバラだった。目をしっかりと合わせてくれるとは言い難いな。でもしっかりと働いているぞ」
男の答えにシニカは顎に手を当ててうむ、と唸った。
次の質問がシニカの口から投げられる。
「では、大臣たちが貴方のいない所で集まる機会はありますか?」
「それは、あるな。執務中に大臣たちは会議をしているはずだ。だから俺は会議の結果しか知らないことになる」
「それなら、大臣たちの中に取り纏めることのできる人物はいますか?」
シニカは第三の質問をした。
「それはいな……いや、大臣ではないが一人いる。昔からの親友で今は宰相の友人が」
「宰相の親友、ですか。その方とはどこまで腹を割って話せますか?」
「初恋の相手から幼い頃のイタズラに、かなり深いところまで話せていた」
そして最後の質問。シニカはその宰相について尋ねた。
「では最後の質問です。その親友を信頼していますか?」
「ああ、それは勿論そうだとも!」
「……良く分かりました。ならば、まずはその親友を疑いなさい」
シニカの発言に男は耳を疑ってしまう。今までの質問は一体なんだったのか、どうしてそのように言い切れるのか分からなかった。
シニカは優しく微笑むと、真面目な表情へ戻す。
「まず一つ一つ、順を追って説明しましょうか。目を合わせないという貴方の大臣たちはどうして目を合わせないのでしょう。それは無礼に値すると思いませんか?」
「それはあまり考えたことがなかった。目線を合わせることこそ烏滸がましいと考えたのではなかろうか?」
男は訝しげな目でシニカを睨む。しかしその眼光を次の一言、二言でシニカはひっくり返した。
「それこそが間違いです。目下の立場からすれば失礼に当たるかどうかは確りと理解しているはずです。儀礼を学ぶ機会は幼い頃にいくらでもあったでしょう?」
「それはそうだが」
「それに考えてもみてください。その宰相とかなり深い部分まで腹を割って話せる仲だった。その分、良い面悪い面を見せていたはずです」
同時に話の善し悪しを決めるのは必ず聞き手だとシニカは言う。だから相談事をした国王の良い面よりも悪い面が目立ってしまったのではないかと、シニカは続いて述べた。
「ならば、あいつは俺を見限ったとでも言うのか?」
「その可能性もあれば、事実は違うかもしれません。あくまで私は助言するだけの存在。決めるのは貴方です」
そのように言い切ったシニカの目には妖しい眼光が灯っている。思い切り伸びをしてぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと開眼した。男に対して帰路を促すような、そんな瞳。
男は自らが治める国へと帰っていった。
その後、かの国は内乱が起こり滅びを迎えたという。
***
アルラウネの少女、シニカという名前はフルネームではない。
助言の一つで人がどのように変わるのか。それを観察することが趣味の魔王。自ら直接手を下すことを決してしないのがルールである。
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