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三章 量産型勇者の歩く道
三章九話 『勇者殺し』
しおりを挟むイカれている。彼を一言で表現するならばこれほどピッタリな言葉はないだろう。
自分は勇者だから人を殺す事が許されて、だから他の勇者を偽物と決めつけて殺し回っている。
ルークとはまた違う、勇者とはかけ離れた存在だ。
「……お前自分で気付いてんのか、すげーキモいぞ」
「酷いな、これでも顔には自信があるんだ。これも僕が本物の勇者だからかな」
「本当に気持ちわりぃ奴だな。誰も外見の話なんかしてねぇんだよ、中身の話だ」
「中身……心外だな、僕は勇者としても自覚も立ち振舞いも理解しているつもりだが?」
「……そうかよ、お前本物のイカれ野郎だ」
言葉が通じないというよりも、彼は本気で自分のやっている事が正しいと信じているらしい。それはルークも同じだが、他人の言う事は聞く努力はしているつもりだ。
彼は全く違う、その言動はまるで、自分が世界の中心かのようなのだ。
悪寒が走る。話が通じない、そして考え方が違うだけでこんなにも居心地の悪い空気を取り込むのは初めての事だったから。
息を吐き、改めてイリートを見据える。
「テメェが勇者だろうがなんだろうが知ったこっちゃねぇが、人を殺すなんてのは誰だって許される事じゃねぇぞ」
「君は話を聞いていたのかな? 僕は許されるんだ、だって本物の勇者なんだからね。それに、君が周りの人間を気にするような性格には見えないけど?」
「たりめーだろ、他の奴なんてどうだって良いんだよ。ただ、テメェが勇者を殺し回ってるせいで俺に迷惑がかかってんだ、だからとっとと止めろ」
「迷惑……? 僕が君と会ったのは昨日が初めての筈だよ、それに偽物を殺す事のどこが迷惑なんだい?」
「チッ……お前と話してると頭がおかしくなりそうだ。選べ、大人しく投降するかボコられて捕まえられるのか」
ルークはイリートと会話をする事を諦めた。飄々とした態度のくせに、彼の吐き出す言葉はどこか耳障りが悪い。
これならば、魔元帥であるデストの方がまだマシだろう。
イリートは顎に手を当てて考える仕草をとると、
「……捕まる理由がないね。だからどちらも選ばない」
「そう言うと思った。なら後者だ、ぶっ飛ばして引きずって騎士団の宿舎に連れて行くぞ」
「聞き間違いかな? 君が誰をぶっ飛ばすって?」
「テメェ以外に誰が居るんだよ。頭おかしい事に加えて状況処理も出来なくなってんのか?」
剣に巻かれた布を引きちぎり、ルークは戦闘準備へと入る。
しかし、イリートはそれを見るだけで構えようとはしない。
「僕が君と戦う理由はないけど」
「こっちにはある。テメェが外歩いてる時点で俺に迷惑かかってんだ、あと……なんか気に食わねぇ」
「……まさかそんな理由で剣を向けられるなんて思ってもみなかったよ。でも、そうだね……気に食わないっていうのは同意する」
「だったらかかって来いよ、それでも理由が足りねぇなら教えてやる」
剣を抜き、その切っ先をイリートへと向ける。首を傾げてルークの言葉を待つイリートに、静かに告げた。
「俺は本物の勇者が誰なのか知ってる。それに、この剣は勇者の剣だ」
「……あり得ない。仮にそれが本当だとしても、君程度に扱える筈がない」
「実際に使えちまってんだからしょうがねぇだろ。それともなんだ、お前は勇者なのにこの剣の価値が分からねぇとでも言うつもりか?」
挑発するように剣を軽々と振り回しながら口を開くルーク。
彼が本当ならば見ただけで剣の価値は分かるだろうし、分からなくても挑発するには十分な言葉だろう。
そして、それは成功したようだ。
「赤い宝石……あり得ない、あってはならない。だってそれは……」
「ぐちぐちうるせぇぞ、やんのかやらねぇのかどっちだ。逃げても良いんだぜ? 本物の勇者さんよォ」
「……うん、そうだね。話すくらいなら君から剣を取り上げてしまえばいい……良いよ、その挑発に乗ってあげる。君を殺してからそれが本物なのか確かめる」
そう言って、イリートは剣を抜いた。刀身にはなにか文字がかかれており、素材は分からないが赤く鈍い光を発している。
構え、そしてーー、
「直ぐに終わらせる」
「ーー!」
瞬間的にルークの本能が働き、振り下ろされた一撃を防いだ。素早さだけならデストの方が上だが、彼のその動きは流れるように一つ一つが洗礼さているようだった。
お互いの剣が交わり、火花を散らせる。
「ドォォラ!」
剣を傾けて軌道を逸らし、体勢を崩して横へ凪ぎ払うようにして剣を振るう。が、膝を曲げてそれを回避され、立ち上がり様に放たれた刃が顔面へと迫る。
首を後ろへ逸らせてなんとか避けると、後ろへ下がると同時に腹へと蹴りを打ち込んだ。
「お粗末としか言いようがないね、やっぱりその剣は君には相応しくない」
「そりゃ俺も同感だ、でも使えちまったもんは仕方ねぇだろ」
どうやら蹴りは片手で防いでいたようで、イリートは何事もなかったかのように微笑む。
たった一回でルークは理解した。
この男は強く、まともにやりあったんじゃ勝てないと。
しかし、最初から正々堂々真正面からやりあうつもりはない。
右手に剣、左手に鞘を握りしめると、ルークは再び突撃を開始。鞘を振り上げ、
「オラァ!」
「ーーッ!」
イリートの目の前へと鞘を振り下ろした瞬間、青い宝石が光を放ち、触れた地面を中心にして黒い煙が広がった。二人を包み、一瞬にして視界を奪う。
だが、その煙は瞬く間にはれる。恐らく、イリートが風の魔法を使用したのだろう。
しかし、
「隙ありだ、クソ野郎」
「なに……!」
ルークは彼が魔法を使うのを昨日見ている。そして、それなりの実力があれば簡単に対処する事は想像でき、それを見越して行動する事も出来る。だからこそ、攻撃ではなく目眩ましに宝石を使用した。
怯まずに突っ込み、イリートの左腕に向けて剣を振るうーー、
「は」
思わず声が漏れた。本来であれば剣はイリートの腕を切り裂き、殺すまではいかなくても致命傷にはなり得た筈だ。
しかし、勇者の剣は空を切った。イリートの衣服だけを斬り、腕をすり抜けて。
だから、反応が遅れた。
なにが起こったのかに頭を集中し過ぎたため、反撃の一太刀を見逃していた。
咄嗟の判断で全力で後ろへと飛んだが、イリートの剣がルークの肩を切り裂いた。
鮮血が飛び散り、それでもルークは後ろへと下がる。
「……どういうつもりだい、まさか僕を斬る事を躊躇ったのか」
「んな訳あるか……腕もぎ取るつもりだったっての」
「まぁどっちだって良い。人を斬れない剣……そんな物に興味はないからね」
傷口を抑え、息を切らしながら剣を見る。
そしたルークは思い出した。館でデストと戦った際、放った斬撃が取り巻きの体をすり抜けていた事を。
ドラゴンや魔元帥は斬れた、そしてこの剣は魔王を倒すための剣、そこから導き出された結論に思わず渇いた笑みを溢し、
「勘弁しろよ……人は斬れないってのか」
前回の事、そして人だけを通り抜けた事を考えるに、恐らくこの考えは間違っていない。出来れば間違っていて欲しいが、目の前で起きて体験した出来事を信じないほどバカではない。
この剣は、魔獣を殺すためだけの剣なのだと悟った。
「宝石を見てまさかとは思ったけど、勇者の剣がそんな欠陥品な訳がない。君を殺してその偽物も破壊する事にするよ」
「クソが……ビートのおっさんはなんでこんな重要な事言わなかったんだよ……」
肩に走る激痛に意識を奪われながらも、ルークは余裕を取り繕って微笑む。しかし、重症なのは誰が見ても明白だった。
それはイリートから見ても同じという意味で、
「そろそろ終わりにしよう、人が来るのは厄介だしね。どうせ放って置いても死ぬだろうけど……君も苦しむのは嫌だろう?」
「……アレ、もしかしてピンチな感じ……?」
「そうだね、ピンチってやつだ」
走り、突き出された一撃を防ごうと無意識に剣を前に出すが、イリートは寸前で剣を引っ込め、攻撃手段を拳へと切り替える。
当然の事ながら、真っ直ぐに伸びる右ストレートは剣を通り抜け、血を流すルークの肩へとめり込んだ。
「ガッ、グゥ……!」
容赦のない拳を受け、一瞬意識が飛びそうになる。それをなんとか繋ぎ止めて反撃しようと剣を振るうが、再びイリートの手首を通過した。
「往生際の悪い人だね、死ねば楽になれるのに」
「バカ言え、今すげー事思いついたばっかだっての」
至近距離で減らず口を叩き、力の入らない左腕に渇を入れると鞘をイリートの剣へとぶつける。甲高い音と共に宝石が砕けてまぶしいほどの光を放つと、ルークは一旦距離をとるべく大きく後ろへと跳躍した。
「また目眩ましか……美しくない戦い方だね」
「喧嘩に綺麗もクソもあるか、勝てばそれで良いんだよ」
「勝てないだろう? 君の剣は僕を斬れない、その鞘は不思議な力を宿しているようだが、正直言って反応出来る自信がある。万事休す、君の負けだ」
「何度も言わせんな、すげー事思いついたって言ってんだろ」
「ハッタリだ」
「そう思うなら来いよ」
血を流し過ぎて意識が朦朧とし、視界がぐにゃりとネジ曲がる。しかし、ルークは強がる事を止めずに口角を上げて微笑んだ。
イリートはそれを見て苛立ったのか、冷たい瞳へと変化すると挑発に乗るようにルークへと突っ込んで行った。
構え、その瞬間を見極める。ボヤける視界を定め、一撃が届く範囲に足を踏み入れた瞬間、ルークは身を屈めて突っ込んだ。
イリートは余裕の表情でいる。鞘に警戒しているようだが、剣本体には見向きもしない。
だから、全力で剣を振り回した。彼の腹に向かって、特大のホームランを打つように。
「な、んーー!」
ベコ!と鈍い音を立てたかと思えば、刀身の面の部分がイリートの腹へとめり込む。そのまま卯なり声を上げながら振り切り、イリートの体を吹っ飛ばした。
フラつく体を剣を地面に突き刺して支え、ルークはしてやったりと微笑む。
「どういう……事だ。まさか初めから僕を騙していたのか……?」
「ちげーよ、俺も人を斬れない事は今さっき知った」
「だったら何故……!」
「人は斬れない、でも物は斬れる。テメェの服に剣の面の部分を叩き付けただけだ、服は通り抜けねぇからちゃんとダメージは与えられる。言っただろ、すげー事思いついたって」
ドヤ顔で親切に説明するという暴挙に出た直後、身体中の力が抜けるように尻餅をついた。手をついて立ち上がろうとするが、足腰に力が入らず、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。
そこで気付く、足腰だけではなく、体の左半分が痺れて動かない事に。
「……やっとか、正直今のは驚いたよ。でも、これで終わりだ」
「出血だけじゃねぇな……毒か」
「違うよ、毒なんて使ったら直ぐに誰がやったのかバレちゃうじゃないか。それは呪いだ、死ぬまで君の体を蝕み、君が命を落とせば消え去る。僕の剣はちょっと特別でね、斬った相手を呪う事の出来る剣なんだ」
「勇者のくせに呪いかよ……テメェの言う美しさはどこ行った」
地べたに這いつくばりながら、ルークは改めて目の前の男がどれほど異常な行いをして来たのかを理解した。
呪いという人を殺せる手段を持っていながら、彼は何度も被害者を切りつけた。死ぬと分かっていながら、あえて自らの手で相手を傷付ける事を選んだのだ。
そして、それすらも許されると本人は思い込んでいる。
ルークはなんとか立ち上がろうとするが、既に左半身の感覚はなくなっている。辛うじて動く右手でもがくけれど、呪いという存在と初めて出会ったルークでは対処法が分からない。
「さて、そろそろ終わりにしようか。僕がこの手で殺してあげるよ、いらないんだ……僕以外の勇者も、僕の思想に頷く事の出来ない人間も」
「イカれ野郎が……テメェ中心で世界が回ってる訳じゃねぇぞ……!」
「まだ動けるんだ、アグルといい君といい、無駄に足掻くのが好きみたいだね」
「ハッ……諦めがわりぃもんでね、今もテメェをぶちのめす算段を考えてる最中だ」
「それはご苦労様。でも、もうなにも考えなくて良いんだよ、だって……もう死ぬんだから」
もがくルークの側まで寄ると、イリートは剣を振り上げる。既に半分意識を失っている状態だが、ルークは歪んだ男の顔を睨み付ける。
しかし、無情にもその剣が振り下ろされーー、
「待ちなさい!」
路地にその声が響いた。
特徴的な桃色の髪を揺らし、いつになく真剣な眼差しでたたずむ少女が居た。
少女の名前はティアニーズ・アレイクドル。
ルークが勇者だと、誰よりも信じている少女だ。
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