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第2章
7.魔力の大食漢
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『クロエ、あなたは私の自慢の娘よ』
青い髪の美しい女性が、クロエを頭を撫でながら優しく微笑んでいる。
形の良い唇からは紅い血が流れている。
『強く、気高く生きなさい……それが、私の唯一の望みです』
そして、ゆっくりとその瞳を閉じてしまう。
そこでクロエは目を覚ます。
頬に伝った一筋の涙を拭い、寮のベッドから起き上がる。
毎日のように見る、悲しい夢。
顔を洗い、学区園の制服に着替え、鏡の前で櫛で優しく髪を梳かす。
夢の中で母が撫でてくれた、自分の体の中で一番自慢の髪を。
丁寧な宝物を触るかのように、丁寧に梳かしていく。
そうして立ち上がり、部屋の入り口へと向かうのだ。
「行って参ります、お母様、お父様」
玄関に飾っている、まだ幼い自分と若き父と母を描いた肖像画に挨拶をし、そっと部屋を出た。
* * *
女子寮を出てクロエが学園の廊下を歩いていると、皆自然と彼女に道を開けていく。
一角獣もフェンリルもキョンシーも、彼女の凛とした姿勢と表情に気押され、友人同士楽しく始業開始までの朝の時間の会話をしているのが止まってしまう。
教室までの真っ直ぐの廊下を歩いていると、すっと一人の青年がクロエの前に立った。
「おはようございます、クロエさん」
レヴィンである。
エルフである彼は、特徴的な長く尖った耳に、眼鏡をかけており、柔和な笑みを向けてきた。
「おはようございます。レヴィンさん。昨日は学園の案内をしていただいて助かりました」
「はは、広いから覚えるのも一苦労ですよね」
また何かわからないことがあればいつでも聞いてください、と優しく言い、彼はそっとクロエの横に並んで教室へと歩き出した。
同じ授業を受けるため同じ教室に向かうのだが、動作がスマートで優雅だ。
「ありがとう。今日の授業のことだけどーーきゃっ!」
クロエが隣のレヴィンに話しかけようとした途端、目の前に転がっていたものに足を引っ掛けて驚きの声をあげる。
「大丈夫ですか」
「ええ……これは…?」
クロエがつまずきそうになったのは、石ころや段差ではなく、倒れている生徒だったのだ。
這いつくばって震えている者、行き倒れている者、体操座りでうずくまっている者と、三人ほど違う種族の悪魔たちが、廊下に倒れているのだ。
敵襲か、と異常事態にクロエが気を張った時、隣のレヴィンの盛大なため息が聞こえた。
「やれやれまたですか。ローレン、出てきなさい」
レヴィンが慣れた調子でそう言うと、
「はあい」
気の抜けた声と共に、天井裏に隠れていたローレンがふわふわと浮遊しながら降りてきた。
妖精族の彼は、歩くよりもいつも空中を飛んでいる方が楽らしい。
「また勝手に『食べた』んですか?」
「ごめんねぇ、寝坊しちゃって朝ごはん抜きだったからさ…」
「本人の同意なく魔力を吸い取っちゃダメだって言ってるでしょう!」
真面目なレヴィンにガミガミと怒られ、ローレンは唇を尖らせてしょんぼりしている。
「それにしてもレヴィン、抜け駆けずるいんだ!
クロエちゃんと登校するなんて。 おはよう、クロエちゃん!」
「おはようございます」
「抜け駆けとかじゃないですよ、昨日学校案内を頼まれたので……」
無邪気に挨拶をするローレンに返事をするクロエと、少し気恥ずかしそうに頬をかくレヴィン。
魔王令嬢というだけでなく、見目麗しいクロエと連れ立って歩いていたら、目立つのは仕方がないだろう。浮き足だった噂を囁かれてしまうかもしれない。
「勝手に『食べた』、というのはどういうことですの?」
レヴィンの言葉の意味がわからず、クロエが問い返す。
「ああ、ローレンはピクシーなので、他人の魔力を吸い取ることができるんですよ。
口から食事を取る代わりに、魔力を吸うことでお腹を満たすんです」
「そうそう。毎食、魔法石の魔力を食べてるんだけど、あんまりおいしくないし、量が少ないんだよねぇ」
ピクシーは、妖精族の中でも随一の魔性の悪魔である。
可愛らしいルックスで他人をたぶらかし、相手が心を許したところ魔力を吸い尽くし、再起不能にするという恐ろしい魔物だ。
人間たちには、美しい女性の姿をしたピクシーに骨抜きにされてしまわないように、と教訓や童話が語り継がれている。
ローレンは男だが、翡翠色の髪と同じ色の大きな目、少女と見間違えるほどの可愛らしい見た目なのだ。
「魔法石には、数日戦闘しても大丈夫なほどの魔力が込められているはずですが」
この学園、ヴィンスガーデン・アカデミーの近くには『黒曜石の洞窟』と呼ばれる、薄暗く大きな洞穴があり、魔力のこもった地脈で取れる魔法石は、良質かつ大量の魔力が込められている。
それが、一食分の魔力にもならないというのは驚きである。
「ローレンは、魔力の大食漢なんですよ」
「そうそう。だからお腹が空いたら、通りすがりの人たちからちょーっとだけ魔力の味見をさせてもらうんだよねぇ」
彼の華奢な体からは想像できないが、魔力の吸収が人一倍多く必要らしい。
魔力を勝手に吸い取られ、廊下に倒れ、しゃがみ込んでいるクラスメイトたちは、保健室担当のゾンビナースに運ばれていった。
「さ、授業始まるよ! 教室行こう、レヴィン、クロエちゃん」
誰が見てもトラブルメーカーだというのに、ローランは全く気にしてないといった様子で、可愛らしい笑顔を浮かべ教室へと向かった。
青い髪の美しい女性が、クロエを頭を撫でながら優しく微笑んでいる。
形の良い唇からは紅い血が流れている。
『強く、気高く生きなさい……それが、私の唯一の望みです』
そして、ゆっくりとその瞳を閉じてしまう。
そこでクロエは目を覚ます。
頬に伝った一筋の涙を拭い、寮のベッドから起き上がる。
毎日のように見る、悲しい夢。
顔を洗い、学区園の制服に着替え、鏡の前で櫛で優しく髪を梳かす。
夢の中で母が撫でてくれた、自分の体の中で一番自慢の髪を。
丁寧な宝物を触るかのように、丁寧に梳かしていく。
そうして立ち上がり、部屋の入り口へと向かうのだ。
「行って参ります、お母様、お父様」
玄関に飾っている、まだ幼い自分と若き父と母を描いた肖像画に挨拶をし、そっと部屋を出た。
* * *
女子寮を出てクロエが学園の廊下を歩いていると、皆自然と彼女に道を開けていく。
一角獣もフェンリルもキョンシーも、彼女の凛とした姿勢と表情に気押され、友人同士楽しく始業開始までの朝の時間の会話をしているのが止まってしまう。
教室までの真っ直ぐの廊下を歩いていると、すっと一人の青年がクロエの前に立った。
「おはようございます、クロエさん」
レヴィンである。
エルフである彼は、特徴的な長く尖った耳に、眼鏡をかけており、柔和な笑みを向けてきた。
「おはようございます。レヴィンさん。昨日は学園の案内をしていただいて助かりました」
「はは、広いから覚えるのも一苦労ですよね」
また何かわからないことがあればいつでも聞いてください、と優しく言い、彼はそっとクロエの横に並んで教室へと歩き出した。
同じ授業を受けるため同じ教室に向かうのだが、動作がスマートで優雅だ。
「ありがとう。今日の授業のことだけどーーきゃっ!」
クロエが隣のレヴィンに話しかけようとした途端、目の前に転がっていたものに足を引っ掛けて驚きの声をあげる。
「大丈夫ですか」
「ええ……これは…?」
クロエがつまずきそうになったのは、石ころや段差ではなく、倒れている生徒だったのだ。
這いつくばって震えている者、行き倒れている者、体操座りでうずくまっている者と、三人ほど違う種族の悪魔たちが、廊下に倒れているのだ。
敵襲か、と異常事態にクロエが気を張った時、隣のレヴィンの盛大なため息が聞こえた。
「やれやれまたですか。ローレン、出てきなさい」
レヴィンが慣れた調子でそう言うと、
「はあい」
気の抜けた声と共に、天井裏に隠れていたローレンがふわふわと浮遊しながら降りてきた。
妖精族の彼は、歩くよりもいつも空中を飛んでいる方が楽らしい。
「また勝手に『食べた』んですか?」
「ごめんねぇ、寝坊しちゃって朝ごはん抜きだったからさ…」
「本人の同意なく魔力を吸い取っちゃダメだって言ってるでしょう!」
真面目なレヴィンにガミガミと怒られ、ローレンは唇を尖らせてしょんぼりしている。
「それにしてもレヴィン、抜け駆けずるいんだ!
クロエちゃんと登校するなんて。 おはよう、クロエちゃん!」
「おはようございます」
「抜け駆けとかじゃないですよ、昨日学校案内を頼まれたので……」
無邪気に挨拶をするローレンに返事をするクロエと、少し気恥ずかしそうに頬をかくレヴィン。
魔王令嬢というだけでなく、見目麗しいクロエと連れ立って歩いていたら、目立つのは仕方がないだろう。浮き足だった噂を囁かれてしまうかもしれない。
「勝手に『食べた』、というのはどういうことですの?」
レヴィンの言葉の意味がわからず、クロエが問い返す。
「ああ、ローレンはピクシーなので、他人の魔力を吸い取ることができるんですよ。
口から食事を取る代わりに、魔力を吸うことでお腹を満たすんです」
「そうそう。毎食、魔法石の魔力を食べてるんだけど、あんまりおいしくないし、量が少ないんだよねぇ」
ピクシーは、妖精族の中でも随一の魔性の悪魔である。
可愛らしいルックスで他人をたぶらかし、相手が心を許したところ魔力を吸い尽くし、再起不能にするという恐ろしい魔物だ。
人間たちには、美しい女性の姿をしたピクシーに骨抜きにされてしまわないように、と教訓や童話が語り継がれている。
ローレンは男だが、翡翠色の髪と同じ色の大きな目、少女と見間違えるほどの可愛らしい見た目なのだ。
「魔法石には、数日戦闘しても大丈夫なほどの魔力が込められているはずですが」
この学園、ヴィンスガーデン・アカデミーの近くには『黒曜石の洞窟』と呼ばれる、薄暗く大きな洞穴があり、魔力のこもった地脈で取れる魔法石は、良質かつ大量の魔力が込められている。
それが、一食分の魔力にもならないというのは驚きである。
「ローレンは、魔力の大食漢なんですよ」
「そうそう。だからお腹が空いたら、通りすがりの人たちからちょーっとだけ魔力の味見をさせてもらうんだよねぇ」
彼の華奢な体からは想像できないが、魔力の吸収が人一倍多く必要らしい。
魔力を勝手に吸い取られ、廊下に倒れ、しゃがみ込んでいるクラスメイトたちは、保健室担当のゾンビナースに運ばれていった。
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