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第2章 十年前の話
風呂の入り方
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一人用のバスタブの中に浸かって、青銅の蝋燭立ては小さく息を吐いた。
「湯加減はどうだ」
ナギリが尋ねると、蝋燭立ては丁度いい、と呟いた。
前に彼が風呂に入った際、夜が明けるまで長々と入っていたらしいのだ。
朝食を運びに来た者が、冷めてただの水になったバスタブにぼんやりと入っている蝋燭立てを見て、死んでいるのかと勘違いして大騒ぎしたほどである。
聞くと、山の上では体を拭くだけで風呂に入るという習慣はないらしく、彼はお湯に浸かったままどうすればいいか途方に暮れていたと言うのだ。
腹がよじ切れるほど笑ったナギリは、正しい風呂の入り方を教えてやったのだ。
ゆっくりするのは良いが、湯が冷めては風邪をひくだろう、と。
水を入れるところから一から十まで甲斐甲斐しくやってやる。
これではまるで下女ではないか、とナギリは自然と笑みがこぼれた。
しかし、この千年族の男には、何でもしてやりたいと思ってしまう不思議な魅力があった。
これでもかとばかりに入れた入浴剤のせいでバスタブは泡だらけになった。
その泡を両手ですくい、興味深そうに眺めている。
露出した蝋燭立ての肌は驚くほど白かった。
横に椅子を持ってきて本を読み、ナギリは蝋燭立ての体が温まるまで待つ。
「人間は面白い」
と唐突に蝋燭立ては喋った。
カーテン越しに、そんなに風呂が珍しいのか、と聞くと、それもあるが、と続ける。
「我々には、『怒り狂う』と言う事が無い。
『号泣する』事も無ければ、『笑い転げる』事も無い。
そもそもそんな言葉は存在しない。だから、面白い」
そう淡々と語る蝋燭立てからは、確かに喜怒哀楽の感情は伝わってこない。
まるで人形と喋っているのではないかという錯覚すら覚える。
「感情をあらわにしないということだな、ロウ」
湯に浸かったままの蝋燭立てが黙り込んだ。
「青銅の蝋燭立てでは呼ぶ時長いだろう。
お前のあだ名はロウだ」
肯定も反論も聞こえてはこなかった。
「千年族は、恋をしたら死んでしまうかもしれないな」
ナギリは本のページをめくりながら、何気なく口に出した。
すると、蝋燭立ては一言、
「さあ」
と言うと、手のひらの泡を取ってカーテンの隙間からナギリへと腕を伸ばし、その人差し指をナギリの鼻の頭にそっと添えた。
何をする、と口をとがらせるも、蝋燭立ては鼻の頭に泡をつけたナギリを見て目を細めるのが見えた。
笑ったのである。
蝋燭立ての表情が明るくなってきたのか、自分が、彼の小さな表情の変化さえも読み取れるようになったのかは分からないけれど。
ナギリはその顔を見て、得体の知れない痺れのようなものが胸の中心に走るのを感じた。
「湯加減はどうだ」
ナギリが尋ねると、蝋燭立ては丁度いい、と呟いた。
前に彼が風呂に入った際、夜が明けるまで長々と入っていたらしいのだ。
朝食を運びに来た者が、冷めてただの水になったバスタブにぼんやりと入っている蝋燭立てを見て、死んでいるのかと勘違いして大騒ぎしたほどである。
聞くと、山の上では体を拭くだけで風呂に入るという習慣はないらしく、彼はお湯に浸かったままどうすればいいか途方に暮れていたと言うのだ。
腹がよじ切れるほど笑ったナギリは、正しい風呂の入り方を教えてやったのだ。
ゆっくりするのは良いが、湯が冷めては風邪をひくだろう、と。
水を入れるところから一から十まで甲斐甲斐しくやってやる。
これではまるで下女ではないか、とナギリは自然と笑みがこぼれた。
しかし、この千年族の男には、何でもしてやりたいと思ってしまう不思議な魅力があった。
これでもかとばかりに入れた入浴剤のせいでバスタブは泡だらけになった。
その泡を両手ですくい、興味深そうに眺めている。
露出した蝋燭立ての肌は驚くほど白かった。
横に椅子を持ってきて本を読み、ナギリは蝋燭立ての体が温まるまで待つ。
「人間は面白い」
と唐突に蝋燭立ては喋った。
カーテン越しに、そんなに風呂が珍しいのか、と聞くと、それもあるが、と続ける。
「我々には、『怒り狂う』と言う事が無い。
『号泣する』事も無ければ、『笑い転げる』事も無い。
そもそもそんな言葉は存在しない。だから、面白い」
そう淡々と語る蝋燭立てからは、確かに喜怒哀楽の感情は伝わってこない。
まるで人形と喋っているのではないかという錯覚すら覚える。
「感情をあらわにしないということだな、ロウ」
湯に浸かったままの蝋燭立てが黙り込んだ。
「青銅の蝋燭立てでは呼ぶ時長いだろう。
お前のあだ名はロウだ」
肯定も反論も聞こえてはこなかった。
「千年族は、恋をしたら死んでしまうかもしれないな」
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すると、蝋燭立ては一言、
「さあ」
と言うと、手のひらの泡を取ってカーテンの隙間からナギリへと腕を伸ばし、その人差し指をナギリの鼻の頭にそっと添えた。
何をする、と口をとがらせるも、蝋燭立ては鼻の頭に泡をつけたナギリを見て目を細めるのが見えた。
笑ったのである。
蝋燭立ての表情が明るくなってきたのか、自分が、彼の小さな表情の変化さえも読み取れるようになったのかは分からないけれど。
ナギリはその顔を見て、得体の知れない痺れのようなものが胸の中心に走るのを感じた。
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