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第3章 リロイの追憶

15.これ以上僕から何も奪うなよ

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魔獣が襲ってきたので、街に侵入される前に先兵たちが倒しに行ったらしい。


黒騎士ヴィクターがいの一番に向かい、最前線で戦い、一応勝利したが、結構な怪我を負ってしまったとのこと。


医務室に入ると、デカい図体がベッドの上に寝かされていた。


応急手当てはされているが、腕や肩に巻かれた包帯には血が滲んでいるし、屈強な騎士の彼が大怪我しているのは一目瞭然だった。


ベッドの上で肩で息していたヴィクターの耳に、入り口の扉が開く音が聞こえた。


「ル……ナ……」


自分を回復しにきてくれた、聖女ルナの姿だと思ったのか、ヴィクターはゆっくりと瞼を開く。

しかしそこにいたのは、


「ルナぁ?」


瞳を見開き、不気味な笑みを浮かべた大魔導士リロイの姿だ。

招かれざる客が来たと、ヴィクターは眉を寄せる。

ベッドに寝ているヴィクターにつかつかと歩み寄ると、怪我人にも関わらず乱暴にベッドの端に座り太々しく足を組んだ。

寝ているヴィクターの耳に、リロイは顔を近づける。


「お前さあ、聖女様に回復して欲しくて、わざとやってるだろ?」


ヴィクターは強いが慎重な性格で、むやみやたらに強大なモンスターに立ち向かっていくような男では無いはずなのに、最近では単身での行動がやけに多い。


「1人でモンスターに突っ込んでいって、大怪我して帰ってくる。かまってちゃんかよ」


聖女に対する、ただならぬ思いがあるのなんて、お見通しなんだよ。


「ほんとうざいね。お前なんてこれで十分だよ」


リロイが手に持っていたフラスコの中に入った毒々しい緑色のポーションを、躊躇いなく逆さにし、ヴィクターの頭にぶっかけた。


それは口から飲むものなのに、顔や黒髪に滴らせてやる。


空っぽになったフラスコを壁に投げ捨てると、パリンと乾いた音がした。


戦闘に同行していた部下の兵から、ヴィクターの治癒するよう聖女ルナが呼び出されたのだが、2人きりになどさせないと、ルナに要件は言わず代わりに来たのだ。


孤児だかなんだか知らないけど、わざとらしく怪我をするなんて、くだらない試し行動でルナにアピールしてるつもりかよ。


傷だらけのヴィクターに嫌がらせをしても、しかしそんな宣戦布告さえ慣れたもんだとヴィクターは笑う。


「……やきもち焼きか? 貴族様」


リロイの貴族の資格は剥奪されていると知っているのに、びしょびしょの顔のまま嫌味を言うヴィクター。

こめかみに青筋を浮かべているリロイに、喉の奥で笑いながら告げる。


「俺に嫉妬するより、好きな女ぐらい自分の力で手に入れてみろよ、意気地なし」


その瞬間、リロイはヴィクターに手をかざし、その太い首に魔力の縄を巻き付けた。


「殺す、殺してやる!」


一寸の躊躇もない殺意だが、ヴィクターはすぐにその魔力の縄を力づくで引きちぎる。


「やってみろよクソ野郎」


全身包帯だらけでボロボロなのに、紅い目を見開いて笑っているヴィクターと、完全に頭に血が回って、手がつけられず魔力を行使するリロイ。


結局、騒ぎを聞きつけた兵の部下たちに羽交締めにされ止められて、ラインハルト騎士団きっての黒騎士と大魔導師の命懸けの喧嘩は仲裁されたのだ。



* * *



部屋に戻ると、何も知らないルナはリロイの不在中も魔力の錬成訓練をしていたようだ。


結構な騒動だったはずなのに、集中していて気がつかなかったのだろうな、呑気な女。


不機嫌な顔で帰ってきたリロイに、出来上がった宝石を見せようとして、その顔を見て驚くルナ。


「リロイ様、頬が赤いですが大丈夫ですか?」


「ちょっと転んだ」


本当はヴィクターにぶん殴られたのだが、そんなことも言いたくはないリロイは視線を逸らしながら適当に言い訳を放つ。


「いま、治癒魔法をかけますね」


慌てて立ち上がり、リロイの頬に手をかざしてきたルナ。

リロイはじっとその顔を見つめると、彼女の細い手首を握り、壁に押し付けた。


「り、リロイ様……?」


「このまま2人でどこかに逃げようか」




誰もいない世界に、2人きりになれたらいいのに。


この世界には、腹立つ奴とバカな奴からの雑音が多すぎる。


月の裏側にでもいって、君と2人だけで過ごせたらいいのにな。


貴族でも魔導士でも前科者でも聖女でもない、ただの男と女で。



「逃げるって、どこへ……?」



突然の言葉に面食らいながらも、ルナは眉をひそめてリロイの頬を撫でる。

こんな状況でも、僕の怪我を心配している、甘ったれのお嬢様。


可愛くて世間知らずなオンナノコ。


困った顔をしているルナが、無性に憎たらしくてたまらない。

少なくともヴィクターのクソ野郎になんてあげるもんか。



リロイはルナの腰を引き寄せると、その首筋に顔を埋めた。

ハニーブラウンの髪は柔らかく、太陽の香りがした。



手錠に繋がれ、貴族の地位を剥奪され、来る日も来る日も独房の檻の目を数えていた冷たい床を思い出し、目を瞑る。



これ以上、僕から何も奪うなよ。
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