オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水

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第6章

1話 オバちゃんの守護神

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「女王陛下。こちらがご所望の品でございます」

 神官がケツァルを入れた鳥籠を掲げ、女王の前に恭しく跪く。
 女王はその鳥籠に目を遣り、相好を崩した。

「アハッ! 待ってたのよ!」

 玉座から立ち上がり、待ちきれないように両手を広げる女王。
 神官は階段を上り鳥籠を彼女に手渡すと、もとの場所に戻り仰々しく平伏す。

「おい! キサマが極悪非道の女王かっ!」

 鳥籠の中からケツァルが怒号を発した。
 神官が鎮めようと顔を上げる。
 女王はそれを目で制してから、鳥籠に顔を近づけケツァルを覗き込む。そして悪戯っぽく顔を歪めた。

「うふふっ。随分と口が悪いのねぇ……アンタのお友達はとても大人しいのに……」

 女王はそう言いながら、玉座の左側に置かれた鳥籠に、意味深な視線を投げる。
 その鳥籠の中にいたのは――真っ白なケツァル。

 ――いや正確には、白くモフっとしたケツァルに、真っ赤な二本の長い角を生やし、これまた赤い鞭のような尻尾を持つ生き物である。
 それを見たケツァルは、大きく目を見張り呻き声を漏らす。

「オ、オヌシは! ム、ムシュフシュ……なの……か?」

「……ケツァルコアトル。貴方はなぜ、こんな世界に来てしまったのです」

 ムシュフシュと呼ばれた生き物は、悲しげに俯く。

「な⁉ 何故なにゆえじゃと……ふざけるな! そんなの決まっておるではないか! オヌシを捜してじゃよ! 他に理由なんてあるかっ!」

「私のことなど放って置けばよかったのです……そうすれば貴方を巻き込まずに済んだと言うのに……」

「こらこら、ケンカしないの」

 女王が茶化すように口を挟んだ。そして控えていた侍従に命じ、ケツァルの入った鳥籠を玉座の右側に置かせる。
ケツァルとムシュフシュを両側にはべらせた玉座。女王はその玉座にゆっくりと腰を下ろしながら、彼らを窘めた。

「これからアンタたちは、死ぬまでワタシに飼われるのよ。仲良くしなきゃダメじゃない」

「死ぬまで飼うじゃと? 何故なにゆえ、キサマはそんなことをするのじゃ!」

 女王は軽く肩を竦めた。

「だってドラゴンはとっても貴重なのよ。現にこの世界には、ドラゴンが一匹もいないんだもの……どうしてそんな世界にしたのかしら……せっかくこれがあるのに……」

 そう言うと女王は、胸のペンダントを摘まみ上げケツァルの前で振って見せる。

「これはね……『ドラゴン・ジュエル』っていうアイテムなの。ドラゴンの魔力を奪って、なんでも願いを叶えてくれるのよ。まるで魔法のランプみたいでしょう! それでね――」

 嬉しそうに喋る女王を遮るように、ガシャンと音を立ててケツァルが鳥籠の格子を掴んだ。

「――ちょっと待て! ならば……あの傀儡石を生み出しているのは……」

「あら! この世界に来たばかりなのによく知ってるのね。そうよ、もとを正せばドラゴンの魔力よ……ああ、ドラゴンが二匹ともなると素晴らしいわ! 傀儡石が桁違いにパワーアップしたのよ! アンタ、本当によく迷い込んでくれたわね。アンタの魔力、有意義に使ってあげる! ふふっ」

 無邪気に微笑む女王。反対にケツァルは、格子を掴んだまま表情を失った。
 その時、広間の重厚な扉が開け放たれる。そこに隊列をなした騎士たちが、赤い髪の青年と巨大な狼を引き連れ姿を現した。
 列の中程にいる青年は手脚を鎖に繋がれ、その隣の狼には傀儡石の首輪がガッチリと嵌められている。
 騎士たちは、女王の前に青年と狼を平伏させると、後ろに下がり整列した。
 その中から騎士の一人が進み出て、女王に跪く。

「女王陛下。魔族王、並びにその腹心フェンリル。御前おんまえに」

 女王は騎士に頷くと、美しい眉をワザとらしく顰めてケツァルを覗き込んだ。

「楽しいおしゃべりの途中だけど……ごめんなさいね、ゲストが来ちゃったわ」

 力なく平伏す青年を見つめケツァルが呟く。

「……あの者が魔族王」

 女王は「ふん」と鼻で笑う。

「魔族王なんて大層な呼び名だと思わない? あんな貧相なのに。それに比べて……隣のフェンリルは格好いいわ! 巨大な狼の怪物って素敵! ずっと欲しかったの。でもね、今まではあの狼の力が強すぎて服従させられなかったのよ。でもこれからは……アハッ!」

「キサマ……何をするつもりだ」

 ケツァルが怒りに肩を震わせ、唸るように言った。
 女王は勿体ぶった態度で唇の前に両手を合わせると、邪悪な笑みを浮かべる。

「うふふっ。何だと思う?」

「いいから、早く答えぬかっ! どうせ、ろくなことではないのであろう! キサマは何故なにゆえ、魔族を虐げる。一体、なんの恨みがあると言うのじゃ!」

「別に恨みなんてないわ」

 女王はあっけらかんと言い放った。そしてクスクスと笑いながら、魔族王を顎でしゃくる。

「ただ、アレをいたぶるのに格好の餌ってだけよ。だってアレを直接痛めつけるより、仲間の苦しむ姿を見せた方がより効果的でしょう?」

何故なにゆえそんな真似を……」

 女王は「なぜ?」とケツァルに聞き返すと、一瞬の内に笑みを消し去る。その無表情の顔は彫刻のような冷たさが露わになり、寒ささえも感じさせた。

「アイツが大嫌いなのよ」

 女王はそう言い捨てると、鼻白んだように玉座から立ち上がった。
 そして階段を一段一段ゆっくりと降りる。静まり返る広間に、女王の靴音だけが鳴り響いた。
 女王は平伏す魔族王の前で立ち止まると、彼の髪を乱暴に掴み上を向かせる。
 赤い髪を思い切り掴まれ、顔を引き攣らせる魔族王。だが深い藍色の目は女王の姿をしっかりと捉えていた。

「今回も存分にワタシを楽しませるのよ」

 死神の如くニヤリとほくそ笑む女王。魔族王の返事を待たずに「まずは……」と隣のフェンリルに目を遣る。

「フェンリル! 魔族王を殺さない程度にいたぶれ」

 フェンリルは「オォォォーーーーン」と雄叫びを上げた。そして、その大きな前足で魔族王を躊躇なく薙ぎ倒す。
 鋭い鉤爪に脇腹を抉られた魔族王は、グシャと壁に激突してからゴムまりのように床に転がる。

「あはははは! いいわ! もっと、もっとよ!」

 女王が手を叩き、黄色い歓声を上げた。
 フェンリルは転がる魔族王の肩をガブリと咥え、その体を持ち上げる。そしてまるで玩具で遊ぶ犬のように振り回した。
 フェンリルが頭を振る度、魔族王の鮮血が周囲に飛び散る。その真っ赤な血が、笑顔で見物していた女王の頬を汚した。
 女王がその生暖かい感触に顔を顰め、フェンリルに「待て」と指示を出す。
 すると、フェンリルはピタリと動きを止めた。その大きな口は、魔族王をボロキレのように咥えている。
 女王が血を嫌がり「やだー、気持ち悪い」と子供のように喚き立てた。

「いい加減にせぬかっ!」

 ケツァルから怒号とも言える叫びが上がった。
 女王はピクリと眉を動かし、ケツァルを振り返る。

「ちょっとー、アンタまで水を差さないでくれる? そうじゃなくても薄汚い血をつけられて興が削がれたのに!」

「キサマと言う奴は……」

 ケツァルは憎しみを滾らせた目で諭すように続ける。

「救いようのない大馬鹿者じゃ。その内、手痛いしっぺ返しを食らうじゃろうよ。他人に穴を掘る者は自らそれに落ちるものじゃ……」

 女王は目を丸くし、やがてあざけるようにわらう。

「あはははは! 何それ~? 爺臭~い!」

「笑うだけ笑うがいいさ。リコが……我が友がお前を倒す!」

 女王の顔から笑顔がスーッと消える。

「何を言ってるの? リコって誰よ?」

 ケツァルは何も答えず、前足を組み「ふん」とそっぽを向いた。
 女王が不機嫌そうに「チッ」と舌打ちし、隅に控える神官に鋭い視線を送る。
 神官は自分に向けられた女王の殺気を感じて、うわずった声で報告した。

「じょ、女王陛下。リ、リコとは、その生き物をヨーク村にて保護していた年増女です。と、取るに足らない者ですので、ど、どうぞお気になさらぬよう……」

「村のオバサン? ふーん……そんな年寄りに一体、何が出来るのよ? まぁ、どうでもいいわ。この『ドラゴン・ジュエル』がある限り、ワタシを倒せる奴なんてこの世界にいないんだから」

 女王は「御託はもう十分」とでも言うようにケツァルを一瞥し、前に向き直った。
 そんな女王に、今度は頭上から邪魔が入る。

「……ぼ、僕の……友達を……解放して……あげて……」

 フェンリルに咥えられたままの魔族王であった。そう言い終えると、血を流し過ぎたのかスーッと気を失う。
 女王は顔を忌々しそうに歪める。そして、腰に手を当て大袈裟に「はぁ」と溜息を吐いた。

「なんだか白けちゃった……とりあえず一旦、お開きにしましょう。お前たち、コイツとフェンリルを牢にぶち込んで置きなさい」

 指示を受けた騎士たちは、速やかに魔族王とフェンリルを連れ、謁見の間を後にする。
 彼らのいなくなった広間を見回す女王。
 白い壁や大理石の床に、魔族王の鮮血がベットリとついている。
 所々に、フェンリルがつけたであろう鋭い爪の跡も残っていた。

「あーあ。ここで楽しむとせっかくの広間が台無しね。ワタシも汚い血で穢されて不快な思いをするし……そうだ! 感動のフィナーレはコロシアムで開催しましょう! ああ! 今から楽しみでしょうがないわ!」

 女王はその新しいアイデアに気分を良くして、浮かれた声ではしゃぐ。
 そして、躍るような足取りでケツァルのもとまで来ると、腰屈め顔を近づけた。

「残念だけど……その時アンタは、お友達とここでお留守番。アタシの楽しいお遊び。またアンタに水を差されたくないからね。ふふっ! あははははは!」

 女王は高笑いを残し、広間から去って行った。
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