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第1章
第1話 誕生日式典にて
しおりを挟む鳥も飛ばぬ冬の空は、どこまでもどこまでも広く澄み渡り、蒼く、冷めきっていた。
「開門──ッ!」
荘厳な鐘の音が響き、門が開く。
紅玉とも見紛う魔石を掲げた、王城の正門。
その両脇に聳える白亜の壁に陽光が反射し、押し寄せる民の顔を照らしていた。皆、一様に笑みを浮かべ、門の向こうを臨む。
「聖光国第一王子・青芝蘭様のご入場です!」
彼らの視線の先、バルコニーの上に現れたのは、二人の従者を引き連れた一人の青年だ。
夜明け色の髪は段をつけて切り揃えられ、襟足は首の後ろでまとめられている。王城と同じ、白を基調とした礼服に身を包み、彼は民の姿が見えるように前へ進んだ。黒の長靴が、静寂を刻む。
「この日を迎えられて、嬉しく思う」
城外にまで配置された兵士達。王子の胸元に輝く魔石と、兵士の持つ魔石とが音を繋ぎ、若々しい青年の声を遠くまで届けていく。
「集まった民よ、私は貴方達に感謝を伝えたい。この国が今この時まで平穏で在ったのは、ひとえに貴方達が私たち王族を信用してくれたからだ。そしてこれからも、どうか私を見守り、支えてほしい。次期国王となった暁には、貴方達から頂いた分の返礼を必ず果たす。宜しく頼む。……有難う」
薄い唇から紡ぐ声は、彼の考えを理解するものの心を掴んで離さない。
言葉が途切れ、一拍の沈黙を置いて歓声が沸き起こる。民の一人一人に応じるように、王子は笑みを浮かべて手を振る。
遠くから見ても、彼は目立つ容姿をしていた。
鋭く太い眉は意志の強さを思わせ、目つきの悪さと、百九十近い身長が威圧感を与えるが、見た目とは真逆の甘く優しい声は馴染みやすく、穏やかな微笑みが距離の近さを感じさせる。
(俺は近くにいるから、よくわかんないけど)
本来の彼を知っている優越感から、自然と笑みが浮かぶ。どこか清々しい気持ちだった。
「何ニヤついてるの」
「いたっ」
浮ついた爪先を踏まれて、直井透火は小さな悲鳴を上げた。民の歓声にうまく紛れたようで、従者二人の会話に、王子は気付かない。
透火は、金の両瞳で隣を睨んだ。桃色の髪を背中に払い、踏みつけた当人は眦の刺青を歪めるように、暗紫色の目を細めて透火を嗤う。
「そうしていると、聖歌隊の子供みたいよ」
言っているそばから聖歌隊の歌が始まる。鈴蘭の白い花をひっくり返したような制服は、幼さと可愛らしさを演出していた。
王子の誕生式典に合わせ、透火も白い外套を羽織っているので、確かに似たような格好ではある。外套の下は普段の空色軍服ではなく海色の衣装で、肩から腰にかけてゆるやかな曲線を作る白布に覆われる。肩口に留める色鮮やかな装飾品と足元の黒の長靴が、かろうじて聖歌隊の少年少女たちとの違いを示していた。
太陽の光に淡く煌めく金髪が、白によく映える。
「ソニアだって、貴族用の靴なんか履いちゃってさ。お姫様にでもなったつもり?」
鼻先を持ち上げ、隣を睨めつける。
「まさかこの後、着替えて式典に参加しようなんて考えてないよね」
言葉を続ければ、ふん、と高い声で跳ね返された。
女性従者──ソニア・ルーカスが身体を反らすと、女性らしい凹凸が布地に現れる。近くに控える衛兵たちが小さく吐息するのを視界の端に捉えて、透火は溜息をついた。
服の上からも伺える豊満な身体と澄ました雰囲気が男心をくすぐるらしい。桃色の明るい髪は土地柄珍しい色ではなく、透火と同じ身の丈はともすれば他者を圧倒するが、女性というには幼い態度がそれを無きものにしている。
「さあね。それに、目的さえ達成されればなんでもいいじゃない」
透火には良さがわからないが、衛兵たちの様子を見るに、なにかがいいのだ。気に食わないが。
一方、透火はなにをせずとも人目を引く外見をしていた。
金髪金目という『神の落とし子』と称される特殊な外見を持ち、中性的な顔立ちに軍人としては貧相な痩身、平均男性よりも上を行く身の丈。
なによりも、彼は十六歳という若さを持っていた。愛嬌のある微笑みは相手の緊張を解き、変声期後でも高い声と穏やかな口調は、身の丈で劣る年長者の心にゆとりを持たせ、余計な争いを防ぐ。
「……取り違えて許されるのは、玉子くらいだと思うけど」
「は? あんた何言ってんの」
とはいえ、年若くして王族の従者になるだけの実力は確かだ。遠い目をしてぼやいた透火に、意図を察しきれなかったソニアが不機嫌な声を出す。
バルコニーの端から端までを歩き終え、芝蘭が中央に移動する。
「二人とも」
背後からの不意打ちに、二人は姿勢を正した。
肩を強張らせたまま、首から上だけ振り返る。
「国王様」
「驚かさないでください」
「浮かれているようだったからな」
シャン、と錫杖の先で繊細な音が鳴る。
黄金色の錫杖を持ち、王冠を暗紫色の頭の上に乗せた初老の男性が二人の背後に立っていた。
長い髪は純白の法衣の上に散るよう、片側で一つにまとめられている。その髪飾りも、頭上に乗せられた王冠も、この国では一人しか身につけることを許されない宝具だ。
薄い眉の下、鈍色の目に青空を写し、男性はバルコニーに歩み出る。
「国王」
靴音に振り返った王子の顔に、緊張が滲んだ。
王家の者が開く祝賀には、必ず国王も顔を出す。それは次期継承者としての可能性が途絶えていないことを示唆するとともに、国王直々の査定の意味も含まれていた。
聖光国は、二十数年前に統合されたばかりの国だ。
統治者にして現国王の名は、青紫亜。
彼らの種族が存在して以降、最も優れた王と謳われる彼は、又の名を賢王シアという。
「めでたいな」
狡猾な瞳に隙の無い表情。民にとっての誇りとも評されるその男は、血の繋がりがあろうなかろうと容赦のない、実力主義者であることで有名だ。
「……どうも」
堅い親子の会話は民衆の歓声に紛れて消える。
紫亜は、笑いかけることもなく息子の横を通り、バルコニーから民を見下ろした。
「今日は良き日だ」
声音は柔らかくあるのに、聞く者は誰しも肌に緊張を感じた。
深みのある掠れた低い声。彼の声は息子とは異なる意味で力強く、民の心をよく惹きつける。
「民の顔には明日への希望があふれている。貴方達のおかげで、我々王族もまた、今年の冬も無事に乗り切ることが出来そうだ。──そして、今日は息子の芝蘭が二十二回目の誕生日を迎える日だ。継承権を得てもいい頃合いだと、誰もが思うはずだろう」
彼の話の流れに、民がどよめく。
父親の背を見つめていた芝蘭は不意に透火を一瞥し、目が合ったと思えば慌てて父親に近付いた。
「父上」
その声は魔石に拾われず、足下に落ちる。
紫亜の持つ魔石が、声を響かせていた。
「早朝、《銀の託宣》の予兆があった」
それは創生虹記に記された、世界の浄化の始まり。
空の神により生み出された三人のヒトは、穢れた世界を祓い眠りについた空の神の代わりとして、世界を守る力を授かった。
一人が神に、残りの二人が人間へと転生することで世界は穢れなく保たれる。二つの立場から守られるこの世界を、人間は緑紫と呼ぶ。
緑紫には、それぞれのヒトと似た特徴を持つ人間と、ヒトを監視する空の神の使い『銀の守護者』と呼ばれる人間の四種族が存在する。
透火の住まうこの国は、智慧を与えられた種族が多い。心臓を持ち、特定の魔法を使い、百年ほどを生きることができる人間で、心魔と呼ぶ。
残りの二つのうち、心臓代わりの魔石を身体に宿す短命の種族を珠魔、数百年の時を生きた後、死して魔石となる種族を羅魔といった。
そして、銀の髪とサファイアの瞳を持ち、銀の翼竜を従え空を駆ける人間を『銀の守護者』といった。
彼らは、時が来るとヒトの生まれ変わりに役目を伝えるため、どこからともなく現れる。
《銀の託宣》は、各種族の代表にしてヒトである基音、壱音、始音の生まれ変わりが役目を受理し、かつての力を目覚めさせる儀式のことをいった。
儀式の前には予兆として、月のない夜、銀の光がどこからか現れ、国を統治する者に銀鎖の鈴を託すとされている。
鈴を持つ者と銀の守護者とが出会うことで封印が解け、ヒトの力が目覚める。ヒトが空の神となることで、世界の浄化は始まる。学を受けた者ならば、聞き馴染みのある話だ。
この国にはまだ、基音はいない。空の神を崇める教会が大掛かりに探しているものの、四種族で唯一共通認識のある、創生虹記自体の信仰に地域差があり、国土全体で捜索しきれていないことが理由にあたる。
それでも、銀の守護者が現れば、自ずとその存在は明るみになる。国を機能するためにも、王族は基音を利用する必要があった。
「銀鎖の鈴が鳴り響く時、私たちの前に基音が現れ、穢れに苦しむ我が国を、貴方達を、救ってくれることだろう」
紫亜の掲げた先で銀鎖の鈴が陽を反射する。
音の鳴らぬ鈴に、賢王の確信を持った力強い言葉。
民の目に、それはどのように映っただろうか。
「喜ばしいことに、これは息子の芝蘭が授かった。
貴方達のこれからは、若い世代に託されようとしているのかもしれない。より一層の信頼を、双方に願いたい」
戸惑う者は誰一人として居なかった。
鳥の声も聞こえぬ空の下、告げられた王の言葉に民が歓声をあげ、自ら進んで膝を折る。
己が忠誠を態度で示す。
それは征く征く、彼の後継が背負わなければならないものだ。その当人の手が固く握り締められているのを透火は目を伏せて見逃し、気付かないふりをした。
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