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第2章
第2話 誰も救わぬ優しい者達
しおりを挟むその世界では、空色が全てだった。
創生虹記を語り継ぐことを天命とし、
民に伝え諭すことが彼らの役目。
空の神を奉り、その御心に従い生きる。
神に仕えし銀色は、彼らにとって至高の偶像。
銀に似た白は、偶像の配下。
その次に並ぶ色は人間に相応しいと、
神は祝福とともに色を与えた。
それが空色、水の色。
草木を守り、人間を支えしすべての色。
その色を宿す者は、神の祝福を受ける運命にある。
教会に所属する者ならば、誰もが知る常識だった。
「明日には、発つのですね」
郷愁と悲哀がない混ぜになった、紺碧に沈む言葉を吐息が撫でる。
水色の髪は緩い弧を描いて背中に溢れ、淡青色の瞳に憂う影を写す。人形のように白い肌はその上に淡い影を乗せ、可憐な唇の頼りなさを隠していた。
蝋燭の火に照らされた、小さな指先。震えるそれを視界に入れぬよう、長い睫毛が静かに上下する。
椅子に腰掛け、彼女は夜明けの遠い空を見上げた。
月の無い夜を越えて、六度日が昇り、沈んだ。
「不安ですか?」
その手元に、白く輝く茶器が置かれた。
大理石の円卓に映える花柄のそれは、成人のお祝いに彼女がもらったものだ。芳しく優しい香りが不安を誤魔化し、彼女の口元に淡い笑みを呼ぶ。
少しの沈黙の後、騎士の問い掛けに眉根を傾け彼女は言う。
「……不謹慎な話です。あの方と、ようやく同じ場所で話ができる。そう思うと、不安の意味が変わってしまうのです」
合わせた掌の震えに気付いて、騎士は主人の可愛らしい幼さに微笑んだ。膝をつき、忠誠を示すことでその本意を見なかったことにする。
「大丈夫ですよ」
差し出された手の優しさは、彼女には無慈悲に、哀しく思われた。
拒絶を受け入れてきた騎士にとって、主人の背中を押すことなど容易いのだと思い知らされるようで居た堪れなくなる。
「……晴加様、私は、」
狡い優しさを拒めない素直さが声に潜む。
彼女は知っていた。騎士のその狡さこそ、何者にも行えない尊い優しさであることを。
「契約の間は、私が貴女をお守りします」
騎士は知っていた。彼女のその素直さにこそ、本当の優しさが生まれるなのだと。
彼は主人の為に在ることを許されなかった。それでも未だ、仮初めの主人を求める己の愚行を正す心は生まれていなかった。
只々、契約を遵守する。騎士としての、彼の矜持。
ある意味でそれは一種の諦念を感じさせた。氷漬けにされた青灰色の瞳には、熱も光も消えている。
空ではないが、実はない。
けれど、初心な瞳はその瞳を見捨てられない。
仮初めであっても、主人としては赦すわけにはいかない諦めだったから。
「そうですね。私はただ、務めを果たしましょう」
騎士の手を取る主人の姿がゆらゆらと紅茶の水面で揺れる。
異なる優しさが擦れあって、波紋を立てているようだった。
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