馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

水沢緋衣名

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第六章 

第三話

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 林さんに借りた、洗えば落ちる白髪染めを髪に塗りたくり、就活していた時のスーツを身に纏う。
 道端で適当に買った伊達眼鏡を掛ければ、一見は俺だとは気付かない所まで化けた。
 これなら、どう見ても真面目そうなサラリーマンでしかない。
 親父と操さんが呑んでいるテーブルの隣に腰掛け、コーラを飲みながら枝豆を摘まむ。
 辛うじて暖簾で仕切られているので、俺の姿は見えない様だ。
 尾行だなんて、我ながら流石に大人気ないことをしたと思う。しかもわざわざ変装迄しているのだ。
 二人が話す暖簾の反対側では、俺が自分の恥ずかしさに打ち震えていた。
 
 
「すいません、操さん。お忙しい中お時間頂いてしまって……」
「えー?全然そんなことないですよぅ??むしろこちらこそですぅ!!」
 
 
 二人が乾杯をしながら会話をすすめてゆく。
 俺はそれに聞き耳を立てながら、メニュー表を眺めていた。
 適度に料理を注文しながら、操さんと親父の様子を観察を続けてゆく。
 すると親父はいきなり、操さんにこう云った。
 
 
「操さん。本当にうちの息子がお世話になって。何時もありがとうございます」
「えっ………そんな!俺なんにもしてないですよ!?」
 
 
 思わず拍子抜けした瞬間に、暖簾の向こうの操さんが慌ててバタバタと手を振る。
 親父は操さんに深々と頭を下げた。
 
 
「………虎之助は嘉生館の皆様のお陰で、大分素直に戻ったと肌で感じました。
アイツがあんな風に朗らかに笑う姿を見たのは、本当に久しぶりで…………。
妻が死んでから、あんな風に虎之助は笑わなかった………。ずっと頑なになっていた様な気がします」
 
 
 親父の言葉を聞いた瞬間、胸の奥底から何かがこみ上げてくる感覚がする。
 思わず泣きそうになるのを抑え、声を潜めた。言われてみれば確かに俺は、母さんが死んでから親父に笑っていない。
 親父が朗らかに笑わなくなった理由は、俺自身が笑わなくなったからなのかもしれない。
 俺はそれに今更になってやっと気付いた。
 
 
「俺の中の虎ちゃんは、よく笑うし優しい子ですよぉ!それに真面目だし素直だし。うちの子の面倒も凄くみてくれてぇ………」
 
 
 操さんが俺の事を褒めていると、思わず照れ臭い気持ちになる。
 両手で顔を覆って俯くと、親父が更に言葉を進めた。
 
 
「佐京君から聞きました。虎之助が私をとても優しいと云っていたよと、教えて下さったんです。
彼のお陰で虎之助に、嫌われていなかったと解りました」
 
 
 そういえば親父が佐京といる時に、俺の事を見ていた瞬間があったなと思い出す。
 あの時にその話をしていたのだろうなと思った。
 
 
「…………実は妻の命日が明日でね。私も長い間、仕事で忙しくしてそれを忘れようとしていたもので。
虎之助が居ない家でそれを思い返したら、なんだかとても寂しくなってしまって。
………だから、此処に来たんですよ。妻に、虎之助が頑張ってるのを見せたくて」
 
 
 親父がそう言った瞬間に、目頭がいきなり熱くなる。
 俺も忙しさに忙殺されてすっかり忘れてしまっていたが、明日は母さんの命日だ。
 
 
「ああ、だからお料理の隣に……奥様のお写真、何時も並べてたんですね?」
 
 
 親父、母さんの写真持って此処に来てたのかよ。
 
 
 それを知った瞬間に、涙がバラバラ目から溢れる。
 俺は隣の席に絶対に聞こえない様に、懸命に泣き声を抑えて泣いてしまっていた。
 
 
「貴方は亡くなった妻に似てます。
妻が亡くなった理由はね、昔の副作用の強い抑制剤を使いすぎて。身体を壊して。虎之助が大分それで、頭堅くなっちゃってね………」
「ああ、だからですか………俺も昔、虎ちゃんに抑制剤を使いすぎるなって怒られましたよ」
「そうですか……でも、それは私も気を付けて欲しいと思いますね。
…………私はこうして、世界一の番を失ってしまったので」
 
 
 やっぱり親父も操さんが、母さんに似ていると思ってたんだと知る。
 そして親父にとっての最愛は、やはり母さんなんだと理解した。 
 会計を終わらせた二人は店から出てゆき、俺もほんの少しだけ時間をおいて店を出る。
 明日は親父の所を訪ねて、飯位付き合ってみよう。久しぶりに親子三人で過ごす覚悟を心に決める。
 そう思って嘉生館に戻ろうと、一歩を踏み出した時だった。
 
 
「あー、やっぱり虎ちゃんだぁ!!」
 
 
 俺の背中に何かがぶつかった感触がしたと思えば、鈴を転がしたかの様な笑い声が聞こえる。
 そして俺の腕に白魚の様な手が絡まった。
 この笑い声にこの手の形なんて、操さんしかありえない。
 声の方に視線を向ければ、八重歯を見せた屈託ない操さんの笑顔があった。
 
 
「みっ、操さん!!!!」
 
 
 流石に心臓が口から飛び出るんじゃないかと思う位に、露骨に驚いて飛び上がる。
 操さんはそんな俺を見ながら、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていた。
 
 
「随分虎ちゃんに似てる人が入って来たなー、なんて思ってたんだよねぇ……。なあにその髪??イメチェン??」
 
 
 最初から操さんには俺の変装がばれていたと、この瞬間に理解する。
 流石の気まずさに、その場にへたり込む。
 
 
「えぇ……??嘘でしょ……??勘弁してください………」
 
 
 そんな俺を見下ろしながら、操さんはケラケラと笑う。
 俺は物凄く恥ずかしい気持ちに飲み込まれながら、顔を両手で覆って俯いた。
 
 
***
 
 
 嘉生荘へ向かって歩きながら、操さんとコンビニで買った飲み物を飲む。
 俺はコーラで操さんは缶ビール。束の間の散歩デートの気分を味わいながら、操さんを送り届ける。
 よくよく考えたら、これは初デートだ。初めての好きな人とのお出かけだ。コンビニエンスストアでも、外出には違いないと、前向きな気持ちで考える。
 素直に変装迄した経緯を告げると、操さんは豪快に笑い飛ばしてくれた。
 
 
「アハハハハ!!何それほんと虎ちゃんウケるんだけど!!虎ちゃんもそんな子供っぽいトコあるんだねぇ??」
「………ありますよ!!どうせ俺ガキですし!!俺だってこんな事して後悔してます!!うちの親父完璧人間ですし!!俺じゃ太刀打ち出来ないっすもん!!」
「あー!!それ喜ぶよぉ??本人に言ってあげたらいいじゃん!!」
 

 俺と操さんが歩いている道には街灯がなく、月の光が俺たちを照らしていた。
 街灯が無くても夜道は意外に明るいものだと、この時に俺は初めて気付く。
 それにこの町の空はとても綺麗で、星がキラキラと瞬いていた。
 
 
「だから何度もいってるけどさ、俺はたった一人しか選ばないって。心に決めた人待ってるっていったでしょ?
そんなお子様虎ちゃんには、今すぐ気持ちいいことして、ヨシヨシしてあげなきゃイケないかなぁ??」
 
 
 神社の前に差し掛かり、操さんが立ち止まる。操さんは俺にそう囁いて、俺の頬を優しく撫でた。
 セックスの直前にするような触り方に、身体中がぞわぞわする。明らかに誘っているみたいだとこの時に思う。
 けれど、今の操さんが佐京と侑京を大女将に預け、親父の話を聞くために出て来てくれているのを解ってる。
 操さんの帰りをきっと、二人は待っているに違いない。
 
 
「………明日の夜に、思う存分操さん独り占めさせて頂きます。だから今は、これだけで………」
 
 
 操さんの手に手を重ね、指を絡ませる。そして華奢な体を引き寄せて唇にキスを落とした。
 本当は抱きたい気持ちは山々ではあるが、明日の夜は朝まで一緒に居られるのだ。
 絡ませ合った舌を解いて、操さんと見つめ合う。すると操さんは目を細めて、八重歯を見せて微笑んだ。
 
 
「………ねぇ虎ちゃん」
「はい」
 
 
 キスの合間の仄かな沈黙に、遠くで鳴いている鈴虫の声が響き渡る。
 操さんは俺の首に腕を回して、啄ばむ様なキスをした。
 俺の身体から離れた操さんは、鈴を転がした様な声で笑い、踊るように夜道で回る。
 ご機嫌な様子で振りむいた操さんは、俺に向かってこう言った。
 
 
「俺さ、虎ちゃんのそういうトコがほーんと大好き!!………でも変な意味じゃないよ??勘違いしないで??」
 
 
 操さんから飛び出した『大好き』という言葉の破壊力に、俺は思わず言葉を失う。
 顔を真っ赤に染め上げて口元を手で抑えれば、操さんは慌てて目を泳がせていた。
 
 
***
 
 
 母さんの命日の夜、親父の泊まっている部屋の中で親父と向き合う。
 そして親父の手にある空のグラスに、なみなみとビールを注ぐ。
 俺は久しぶりに、親父に向かって微笑んだ。
 
 
「虎之助………お前、今日はどういう風の吹き回しだ??」
 
 
 親父は全く素直じゃない言葉を口にしながらも、その目はとても優しく笑う。
 その傍らには、仏壇に飾られていた母さんの写真があった。
 
 
「んー?たまには親子水入らずも良いかなって思ってよ………。それに今日、母さんの命日だろ……。
今日位………その………親子喧嘩一時休戦しようぜ??」
「………いい考えだな。今日位、晩酌を付き合って貰おうか……」
 
 
 この時に俺の頭の中には、嘗て母さんが生きていた頃の思い出が甦っていた。
 キラキラ光る海と真っ白い砂浜。そして、満面の笑みを浮かべて笑う母さん。
 そういえば母さんも操さんと同じで、口を開けて笑う人だった。
 
 
「………なあ虎之助、操さんって母さんに似てないか??」
「うん、笑い方そっくり」
 
 
 俺が親父の問い掛けに間髪入れずに答えると、流石の親父も笑い声を漏らす。
 この日久しぶりに、俺も親父も穏やかな夜を過ごしたのだった。
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