美食耽溺人生快楽

如月緋衣名

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隔世之感

隔世之感 第二話

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 奏太の舌が俺の身体を這い回る淡い快楽を帯びた感覚と、俺の身体に歯を立ててゆく鋭い痛み。
 そして今にも食い殺されてしまいそうな位の、どうしようもない絶望感と恐怖感。
 
 
「涼……ごめん………ごめん………でも止まんないんだ………」
 
 
 奏太がそう言いながら俺の胸元の突起に歯を立てて、今にも泣きだしそうな声を上げる。
 奏太の身体は完全に興奮しきっていて、奏太のものが立っているのが、奏太の履いていた部屋着のハーフパンツ越しからでもわかる。
 俺は痛みと快楽と恐怖と愛しさがゴチャゴチャに混ざりあって、ずっと眩暈の中にいた。
 
 
 奏太のベッドの周りの床は、奏太に無理矢理脱がされた俺の服の残骸で埋もれている。
 俺はベッドの上で殆ど全裸の状態で、辛うじて奏太が俺から破って剥いだワイシャツの布が、身体に纏わりついているだけだ。
 何もかもが滅茶苦茶な状態で、奏太が俺のものに舌を絡ませた。
 
 
「まっ……やめて……奏太………!!!」
 
 
 奏太の頭を押さえつけようとしても、うまく力が入らない。
 体中が痛くて怖くてどうしようもなく恐ろしいのに、奏太の舌の感覚は気持ちが良くて気持ちが良くて仕方ない。
 こんな訳の分からない状況の中で気持ちがいいなんて、いよいよ俺は狂ったのかもしれない。
 
 
「あっ………んんんう……!!だめ………!!!だめ奏太!!」
 
 
 女みたいな声を上げながらシーツをきつく握りしめて、乱れる呼吸を必死で正そうとすればするほど乱れてゆく。
 けれど俺はこの時、奏太に食い殺されてもいいとさえ感じてしまっていた。
 このまま食い殺されて、奏太のものになってもいい。それくらいに与えられる感覚は甘美だった。
 体中に寒気が走る感覚がして、思わずびくりと身体が跳ねる。俺の目の前で口の端から精液を漏らした奏太が顔を上げた。
 
 
「甘い……これも甘い……なんで……」
 
 
 奏太が焦ったように俺の身体を舐めては、瞳孔の開いた眼のままで絶望の表情を浮かべている。
 まるで何か違うものが奏太の中に巣食い、その体を動かしているかのような狂気を感じていた。
 怯える奏太の顔に手を伸ばしてその顔を撫でる。すると奏太はまるで何かに陶酔しているような表情を浮かべた。
 
 
 深く舌を絡みつかせるようなキスを繰り返しながら、奏太が俺の中に入ろうと指を這わせてゆく。
 正直俺はこの時に、奏太に完全に犯される覚悟を決めた。
 近くにあったハンドクリームを潤滑剤代わりに使いながら、初めて自分の身体の中を探られてゆく。
 その感覚は正直戸惑いしかないのに、俺の声帯からは快楽に打ち震えた声が溢れ出した。
 
 
「ぅあ…………も………これ……こわれ…………んんっ!!」
 
 
 時折気持ちのいい場所を摺り上げられる度に、自分が自分じゃないような感覚に襲われる。
 俺もまた奏太とは違った別の何かが、俺に巣食っている気がした。
 
 
「あ………そうた…………ぜんぶ、あげる………おれを………」
 
 
 その気持ちは本当。恋をしていた。大好きだと気付いた。けれど俺を突き動かす気持ちが違う。
 俺じゃない別の生き物が俺の代わりに蠢いて、勝手に体を動かしている。
 奏太は俺の中に入る為に、入り口に自身を宛がう。俺の身体がゆっくりと奏太を呑み込もうとすればするほど、身体がきしむような感覚がした。
 
 
「う、あああ!!!んんんぅ………!!!」
 
 
 奏太と身体が繋がり、奏太は俺の身体を揺らす。淡い痛みと快楽が襲い掛かってきて、正気を保つのに必死だ。
 奏太は俺を揺さぶりながら時折脚に噛み付いたり、俺の唇にキスをする。
 俺はどうしていいか解らないまま、奏太から与えられる熱を必死で受け入れていた。
 形としては好きな人と結ばれた、というものだということは理解している。
 
 
 けれど感情は全くそんな幸せなものなんかじゃなかった。
 
 
「だめ………!!どうにかなっちゃう……!!あああ!!!」
 
 
 気持ちがいい場所を摺られれば、頭が痺れてゆくみたいに気持ちがいい。
 身体ばかりは気持ちがいいのに、心ばかりがついていかない。
 すると奏太が悩まし気に眉間に皺を寄せて、小さく身体を震わせた。
 
 
「あ…………!!」
 
 
 奏太の自身が俺の中で脈を打ち、俺の中に何かが広がっていくのが解る。
 その時に俺はこれがただの強姦であることを、心から理解した。
 気が付けば奏太の部屋に差し込む窓の光は夕焼けに変わり、だんだんと紫がかってゆく。
 その頃には俺の身体は完全に限界に達していて、奏太の部屋で呆然としながら天井を仰いでいた。
 
 
「………ごめん……ごめん……涼本当にごめん………」
 
 
 奏太の動きと発する言葉が全くイコールにならない。奏太はそういって泣きながら、俺を味わい犯している。
 けれど奏太はこんなことがしたくて俺にこうしてる訳ではない事を、俺はちゃんと解っていた。
 けれどもう、俺の意識は限界だった。
 
 
***
 
 
 目を覚ました瞬間、見慣れない白い天井が視界に入る。
 カーテンレールで仕切られた世界の中で、ナース服の女性が俺の顔を覗き込む。そして静かにこういった。
 
 
「お話できますか?お名前答えられますか?」
 
 
 俺は看護師に言われたままに、その質問に答えた。話すだけでも体中が犇々と痛い。
 
 
「………はい、加藤涼介、です……」
 
 
 そのあと沢山の人が俺を訪ねてきては、俺に色んな質問を繰り返す。
 
 
「何が起きたのか詳しく話を聞いて良いですかね?」
 
 
 警察官が俺の前に来た時、俺は言葉を失った。それと同時に奏太の事が心配で仕方なくなった。
 警察官がきたということは今、一体奏太は何処にいるのだろう。
 俺は正直言葉を完全に失ってしまい、警察官の質問に対して何も答えられずに凍り付く。
 質問の大半は奏太の事で、俺は正直全てまともに答えられるわけが無かった。
 
 
 奏太の事は、奏太としたことだけは、正直口が裂けても話したくなんてない。
 すると一人、白衣を着た男性がやってきて、俺に微笑んだ。
 
 
「こんにちは加藤君。初めまして。僕は君の担当医の浅間っていいます。ちょっとお話良いかい?」
 
 
 浅間先生はすらりと背の高い男性で、優しそうな雰囲気を醸し出している。
 正直誰かと話す事に疲れ切っている俺でさえ、思わず返事を返した。
 
 
「…………はい」
 
 
 警察官の目の前で浅間先生は優しく微笑む。そして俺の近くに腰かけて、警察官にも聞こえるように話し出した。
 
 
「君の身体を調べたら、君はケーキでした。バース性ってわかるかな?最近は多分学校でも習ってるよね?」
 
 
 この時から確かに頭の中の知識では、ケーキとフォークの話は分かっていた。けれど自分がケーキだなんて事を、俺は正直解らないできた。
 時折自分の事をケーキだと解らないまま育つ人もいると聞いたことがあるが、まさに自分がそれだったとは思いもしない。
 呆気に取られて呆然としている俺に、先生は微笑みかけてくれた。
 
 
「今お友達も同じように体を検査されているところでね。フォークはケーキの検査よりちょっと時間がかかるんだ。
ちょっと恥ずかしいかもしれないし、辛いかもしれないけど、お友達の為にも話してくれないかい?」
 
 
 助け舟のような存在に思わず、安心して涙が出る。俺は静かに頷いて、先生のサポートに沿いながら話を始める。
 
 
「解りました……話します……」
 
 
 
 
 我を失った奏太を見付けたのは、仕事から帰ってきたばかりの奏太の母親だった。
 ボロボロの状態の俺を見て救急車と警察の手配をしてくれたそうだ。
 俺がケーキであることが発覚して抑制剤なしの状態であることと、奏太がフォークであることの自覚が一切なかった場合はこの件は刑事事件に発展させなくていいと聞いた。
 
 
 そして奏太がフォークであったことが分かったのだ。
 
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