はざまの中の僕らの話

むらくも

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2年目

ねこの日【β×Ω】

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 猫の日。
 
 通販のサイトでそんな文言がちらほらと見えるようになり、仁科儀にしなぎ冬弥とうやはふと恋人を思い浮かべた。
 予測のつかない行動が、何処か猫を思い出させる彼を。

 
 通っている学校は全寮制で、最寄りの街から遠く離れた場所にある。
 だからといって粗末な環境だという訳ではない。むしろ良家の子息が通う故に集まる寄付金を使って、小さな町のような施設や設備を揃えられている。
 しかし全ての人間を満足させられる訳ではなく、一般庶民と呼ばれる階層の家庭から来ている生徒には不足もあるらしい。彼らは通信販売というシステムを使って、わざわざ外の店舗へ発注をかけるのだそうだ。

 そんなシステムを大いに活用している生徒の一人が、恋人の行家ゆきいえ春真はるまである。
 言ってくれれば外商くらいは呼べるのだけれど、頼まれたことは未だにない。
 そんな事まで頼るのは気が引ける、自分の欲しいものは己の小遣いから買うと言って譲らないのだ。冬弥としては恋人が、いつどんなものを求めて、何を購入しているのか知りたいのだけれど。
 せめて何かの参考になればと、冬弥はよく恋人の使っている通販サイトを眺めている。
 
 そこで宣伝の画像に踊り始めたのが「ねこの日」という文字。
 
 詳細ページには猫がモチーフの愛らしい商品が並ぶが、このサイトには時々コンセプトに首をかしげるものが混ざっている。 
「……ふむ。首輪、か」 
 目が留まったのは黒い革に大きな鈴がついた首輪。商品写真に映る女性の首もとにあるそれは華奢な作りで、Ωの項を守るためのものではなさそうだ。
 これはコスチュームプレイ用のものと考えるのが妥当だろうか。何故堂々と雑貨のカテゴリに入っているのかは謎だけれど。
 ……恋人の首もとに揺れる金の鈴。
 うっかり興がのってしまった冬弥は、関連商品のページまで見漁り始めてしまった。


 ――2月22日。
 部屋に来るなり、恋人の春真が口を開いた。
「な、なあ、とーや先輩。今日は猫の日らしいぞ」
 普段校舎から直行してくるくせに、今日は一旦部屋に帰って紙袋を持参している。おまけにそわそわと落ち着きがない。
 何か企んでいるのが丸分かりで、冬弥は笑いを噛み殺すのに必死だった。
 渡された紙袋には黒い猫の耳を模した頭飾りと、際どい丈の衣装。どう見てもあの通販サイトの商品である。
「ふむ、これは?」
 意図なんて透けて見えているけれど、あえてそう尋ねてみる。
 するとこちらを見る春真の顔があっという間に朱く染まった。
 
「つ、着けてほしい……とーやがしたら可愛いかなって……その」

 ――可愛いのはどっちだ。
 
 もじもじと言葉を返してくる恋人を、衝動的にソファへ押し倒しそうになる。しかし冬弥はにっこりとわざとらしい笑みを作り、何とか堪えた。
「男同士の場合、受け入れる側はネコというらしいぞ」
「……え、な、何だよ急に」
 突然の返しに怪訝そうな表情になった春真は、一歩後ろへ下がる。しかし逃がすまいと大きく一歩、距離を詰めた。
「猫の日というなら、猫になるのはネコの春真じゃないか?」
「は? …………!?」
 ようやく状況を理解したらしい。
 無言で逃げ出そうとする右手を掴んで、今度こそソファへ押し倒した。
 
 組み敷いた春真からは、馬鹿だとか変態だとか抵抗の声が聞こえる。しかし悔し紛れの罵りは大体そのパターンで聞き慣れてしまった。
 自分でも男相手に何を要求しているのかと思うし、変態くさいことは重々承知している。本気で拒否されようものなら立ち止まるしかない。
 けれど冬弥を見つめる恋人の顔は朱に染まっていて、睨みを利かせているつもりらしい瞳はとろんと潤んでいた。
「なぁ、俺の可愛い子猫ちゃん」
 そっと頬を両手で包むと、あ、と艶っぽい吐息がこぼれた。
「……わ、かった、からっ。でも、その、服は冬弥のサイズ、だから……」
 一度でいいから着てほしいと、この期に及んでも恋人は諦め悪く懇願してくるのだった。

 
 別に、コスチュームプレイは嫌いではない。
 自身の興は大して乗らないけれど、恋人の喜ぶ顔を見るのは楽しい。喜んで、もっと好いてもらいたい。だからよほど嫌悪感を抱くものでなければ、頼まれれば何だって着るだろう。
 際どかろうと露出が高かろうと、布地がほぼ透けていようと。
「……かわいい……」
 己をねっとりと見つめる視線を向けられるのも、好いた相手からのものであれば嬉しいものだ。
「ふふ、満足したか?」
「ん……ありがとう、とーや」
 膝の上に乗ってやれば、確かめるように恋人の手が布のない肌を滑る。耳を食んできたり、布の薄い部分に口付けてきたりと、存分に堪能しているようだ。

「春真は?」

 耳元に流し込むように囁くと、肌を撫で回していた手が離れていった。ちりんと安っぽい鈴の音がして、黒い布が春真の首に巻き付いていく。
 着ていた服を脱がせて頭に黒い猫耳の飾りを着けてやれば、思い描いていた恋人の姿が出来上がっていた。 
「うん、可愛い」
 普段春真がしているものより首輪が少し頼りないけれど、嗜好用だと分かりやすくて逆に良い。黒い色が髪色に上手く溶け込んで違和感もない。
 満足感に浸りながら頭を撫で回していると、じろりと真っ赤な顔が睨んでくる。
「全裸に猫耳とかっ……へ、変態……っ」
「おや、お前に言われるとは心外だな」
「俺は全裸になんかしてない!」
 
 そうは言うけれど。
 
「ほぼ全裸じゃないか? 布も透けているし、極端に少ないし」
 透けていないのは局部と胸周りくらいで、他はほぼシースルーだ。布の面積で言えば、もはや服というより下着の域だといっても過言ではない。
「それに、春真は……俺が服を着ている方が興奮するだろ?」
 Ωであっても男である恋人は隙あらば組み敷こうとしてくるのだ。押し倒した冬弥の服の中に手を入れてまさぐっている時は、息の荒さと瞳のギラつきに呑まれそうになってしまう事すらある。
「っ、う……うう――ッ……」
 どうやら本人も自覚はあるらしい。
 低く唸りながら睨んでくる真っ赤な顔に、ふと隠し球の存在を思い出す。

 さすがに欲望へ忠実すぎたと軽く反省した、あの道具。
「ちなみに、尻に差す尻尾もあるんだが」
 しっぽ?と小首を傾げた春真は、ぱっと何の事を指しているのか分からない様子だ。これは己の方がよっぽど猫の日に踊らされてしまっていたかもしれない。
 そっと尻尾を取り出し、春真を寝そべらせて根本を尻の割れ目に当てる。さすがに何をどうするのか理解したらしく、一気にソファの端まで距離を取られてしまった。
「なっ、なっ、なんつーもん買ってんだよドスケベっ! 変態――っっ!!」
「ははは」
 
 まったく返す言葉もない。 
 けれど真っ赤な顔で泡を食って慌てる春真を眺めていると、己はそうなんだろうなと素直に認める事が出来る。
 他の人間にそう揶揄されたなら、きっと一生許さない程度には怒るだろうに。 
「笑い事じゃねぇよ! ぜっ、絶対入れねぇからな!!」
 尻を手で隠しているらしいのだけれど、後ろに意識が行きすぎて股が全開だ。
 思わぬ絶景に笑いを堪えながら距離を詰めて覆い被さる。手に持った尻尾を足の付け根に当てて尻の方へ滑らせると、あっと息を呑む音が聞こえた。
 
「大丈夫だ。俺のものよりは細いだろ?」
「そっ、そりゃ……いやそういう問題じゃねぇよ馬鹿とーやぁぁ――っ!!」

 全身の毛を逆立てる猫のように威嚇してくる恋人に、緩んだ頬が戻らない。
 いつの間にか床に落ちていた尻尾の玩具にも気付かず、冬弥は真っ赤な顔で騒ぐ春真を飽きることなく見つめていた。
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