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旧知
18.遺跡を往く
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翌日。
イチェストと合流したハーファ達は遺跡の入り口へと向かった。街中から遠目に見える程の高い防護壁と門で囲われている遺跡は、街の近くにあるというのに異様な圧を放っている。
というのも、ミラウェルト遺跡と呼ばれるこの場所はグレイズ教最古といわれる神殿だからだ。
この世界と同じ名前のついた神殿は、遺跡ダンジョンとなった今も厳重に護られている。大神殿の管理する遺跡の中で、神官による定期的な手入れが特に念入りに施されている聖地だ。
イチェストが立ち入り許可証を警備の神官兵に見せると、ちらっと冒険者二人を見てイチェストに頷いた。ゆっくりと門を塞ぐように傾けられた槍が天へ向いて門扉が開いていく。
「激しく今更だが……ここに部外者を入れていいのか?」
言われてみればその通りだとハーファも思う。
この遺跡は神殿の中でも特に大事にされている。引き受けておいてなんだけれど、よその人間を入れたがらない場所のはずなのに。
「致し方ありません。侵入者の噂の方が気になります」
「なら昨日入っておくべきだったんじゃないか?」
素朴な疑問という名の、容赦のない指摘を食らってイチェストが黙り込む。
まぁ、その理由は予測がつくけれど。
「……申請を……」
「うん?」
「申請を……してなくて……探索許可取得は最短が翌日なんです」
恥ずかしそうに答えるイチェストに、やっぱりな、とハーファは心の中で呟いた。
神殿の管理下にある遺跡は、緊急時を除いて許可証がないと入る事が出来ない。内部の探索許可は特に承認まで時間がかかる。同行者の変更は申請でよかったはずだから、そもそもの探索許可を出していなかったんだろう。
普段はしっかりしてるのに、変なところで抜けるのがイチェストという男である。
そんな事を考えつつ、頷きながら会話を聞いていたけれど。
「……さすがハーファの同期だな」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、反射的に二人を睨む。やらかしているのはイチェストなのに、なぜここでハーファが引き合いに出されるのか。
「何だよそれ!?」
「ううっ、俺は違うんですっ……魔術師探しに必死で……!」
「おい! どういう意味だよイチェスト!」
ハーファならやりかねないといった意見だけでもムッとするのに、二人揃って頷き合う姿が余計に気に食わない。反論してもお前はそうだろうがと返ってくるし、リレイは何も言わず傍観を貫いている。
余計に腹が立って噛みつくハーファと反論するイチェストの声を響かせながら、一行は遺跡の奥深くへと潜っていくのだった。
ただただ階段をへ下りて、一体何階分になっただろう。
ひたすらにだだっ広いフロアをくまなく歩くだけ。戦闘のひとつでもあればいいのに。さすが神殿の重要な遺跡、魔物一匹いやしない。
なるほど光色と盾だけで探索に来るはずだと思いつつ、いつまでも続く同じような景色をぼんやりと見つめながら歩いていく。この時間がどれだけ続くのか鬱々としてきた頃、ようやく前を行くイチェストが立ち止まった。
「ここがお願いしたい所です。この装置は魔術師にしか反応しなくて」
イチェストの背後には巨大な両開きの扉。手前には糸車みたいな形をした一対の装置が置かれている。
石みたいな素材の車輪がついてはいるけれど、手で動かそうとしてもびくともしない。質素な作りの割に台の部分には細長い透明な石が組み込まれている。何かの飾りかと思ったけれど、石にくっくいている針のようなものが扉の外枠に向けられているのは……その仕掛けに関係するんだろうか。
目の前の装置へ気を取られている隙に、リレイが装置の間にある丸い模様の床で立っていた。すると床が急に光りだして魔法陣のような模様が浮かんでくる。
「ん、よし。……へえ、面白い術式組んでるな」
何かを確認するように周りを見回して、相棒は楽しそうな顔で笑う。
一体何を見ているのか気になって【眼】を開けてみたけれど、ぼんやりと糸みたいなものが見えただけで。それが何なのかすらイマイチよく分からなかった。
小さく頷きながら周りを観察している相棒をぼんやり眺めていると、あっ、とイチェストが急に声を上げる。小走りでリレイに近付いたと思ったら、リレイが見ていた装置との間に割って入った。
「聖地の装置を解析しようとしないで下さいっっ!」
「仕組みが分かった方が修理もしやすいぞ?」
「ご安心ください、設計図は大神殿にあります」
腕を左右に振ったり反復横跳びしてみたり、イチェストはどう頑張って見ても不審者でしかない動きをし始めた。でもその顔はニッコリと笑っていて余計に不気味だ。
そんな様子に埒が開かないと思ったらしく、リレイは珍しく舌打ちをする。まるでずっと前から仲間だったみたいに気安い雰囲気で。
魔術の素養がないハーファには、二人の見ているものが分からない。何の話をしているのか想像もつかない。目の前の話に入れないまま、彼らだけの会話が続く様子をただ見つめるだけだ。
じっと二人を見つめすぎたのかもしれない。リレイがぱっとハーファを振り返る。
「さっきから静かだが……どうかしたのか、ハーファ」
その言葉にはっと我に返った。するともやもやと体の内側を覆っていた何かがすうっと晴れていく。ただリレイの意識が自分に向いただけなのに、つくづく単純なものである。
問いかけに応えないハーファへ違和感を覚えたのか、不思議そうな相棒の目がじっと視線を向けてくる。
「あ……何でもない。やることなくて」
……嘘ではない。
戦闘もなく、必要とされるのが魔術師の能力ならハーファに出来ることなど何一つないのだから。
「それが一番だろ! 何もなければ報告書も薄いし、その分のんびりリフレッシュできるし、楽々で出張完了できる!」
横からきたのは神殿の人間に聞かれたら説教が始まりそうな台詞。急に入り込んできたイチェストに、思わず吹き出してしまった。
真面目ではあるけれど仕事はほどほどを望んでやまないイチェストらしい発言だ。
……結局は、とことん巻き込まれるタイプだけれど。
そんなハーファの思考を読んだかのように、しばらくの間の後にリレイが小さく首を傾げる。
「ここは先に誰か入ったか?」
「いえ、ここ一週間は俺たちだけのはずです」
「誰か一度開けてるぞ。それもついさっき」
「えっ」
どうして分かったのかは謎に包まれているけれど、突然立ち込めてきた侵入者の気配。ハーファだけでなくイチェストもその言葉をすんなり聞き入れたらしい。ちらっと見た顔は完全に引き攣っていた。
さっきの発言の今だというのに。本当に予想を裏切らない人間である。
「これは早々に合間見えそうだな」
「嘘だろ……あぁー……報告書が面倒なことに……」
描いていた楽々出張の野望が潰えそうな状況に、絶望にまみれた顔のイチェストは頭を抱えてしゃがみ込む。
その姿を嘲笑うような音を響かせて、仕掛けが解けたらしい扉がゆっくりと動き出した。
イチェストと合流したハーファ達は遺跡の入り口へと向かった。街中から遠目に見える程の高い防護壁と門で囲われている遺跡は、街の近くにあるというのに異様な圧を放っている。
というのも、ミラウェルト遺跡と呼ばれるこの場所はグレイズ教最古といわれる神殿だからだ。
この世界と同じ名前のついた神殿は、遺跡ダンジョンとなった今も厳重に護られている。大神殿の管理する遺跡の中で、神官による定期的な手入れが特に念入りに施されている聖地だ。
イチェストが立ち入り許可証を警備の神官兵に見せると、ちらっと冒険者二人を見てイチェストに頷いた。ゆっくりと門を塞ぐように傾けられた槍が天へ向いて門扉が開いていく。
「激しく今更だが……ここに部外者を入れていいのか?」
言われてみればその通りだとハーファも思う。
この遺跡は神殿の中でも特に大事にされている。引き受けておいてなんだけれど、よその人間を入れたがらない場所のはずなのに。
「致し方ありません。侵入者の噂の方が気になります」
「なら昨日入っておくべきだったんじゃないか?」
素朴な疑問という名の、容赦のない指摘を食らってイチェストが黙り込む。
まぁ、その理由は予測がつくけれど。
「……申請を……」
「うん?」
「申請を……してなくて……探索許可取得は最短が翌日なんです」
恥ずかしそうに答えるイチェストに、やっぱりな、とハーファは心の中で呟いた。
神殿の管理下にある遺跡は、緊急時を除いて許可証がないと入る事が出来ない。内部の探索許可は特に承認まで時間がかかる。同行者の変更は申請でよかったはずだから、そもそもの探索許可を出していなかったんだろう。
普段はしっかりしてるのに、変なところで抜けるのがイチェストという男である。
そんな事を考えつつ、頷きながら会話を聞いていたけれど。
「……さすがハーファの同期だな」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、反射的に二人を睨む。やらかしているのはイチェストなのに、なぜここでハーファが引き合いに出されるのか。
「何だよそれ!?」
「ううっ、俺は違うんですっ……魔術師探しに必死で……!」
「おい! どういう意味だよイチェスト!」
ハーファならやりかねないといった意見だけでもムッとするのに、二人揃って頷き合う姿が余計に気に食わない。反論してもお前はそうだろうがと返ってくるし、リレイは何も言わず傍観を貫いている。
余計に腹が立って噛みつくハーファと反論するイチェストの声を響かせながら、一行は遺跡の奥深くへと潜っていくのだった。
ただただ階段をへ下りて、一体何階分になっただろう。
ひたすらにだだっ広いフロアをくまなく歩くだけ。戦闘のひとつでもあればいいのに。さすが神殿の重要な遺跡、魔物一匹いやしない。
なるほど光色と盾だけで探索に来るはずだと思いつつ、いつまでも続く同じような景色をぼんやりと見つめながら歩いていく。この時間がどれだけ続くのか鬱々としてきた頃、ようやく前を行くイチェストが立ち止まった。
「ここがお願いしたい所です。この装置は魔術師にしか反応しなくて」
イチェストの背後には巨大な両開きの扉。手前には糸車みたいな形をした一対の装置が置かれている。
石みたいな素材の車輪がついてはいるけれど、手で動かそうとしてもびくともしない。質素な作りの割に台の部分には細長い透明な石が組み込まれている。何かの飾りかと思ったけれど、石にくっくいている針のようなものが扉の外枠に向けられているのは……その仕掛けに関係するんだろうか。
目の前の装置へ気を取られている隙に、リレイが装置の間にある丸い模様の床で立っていた。すると床が急に光りだして魔法陣のような模様が浮かんでくる。
「ん、よし。……へえ、面白い術式組んでるな」
何かを確認するように周りを見回して、相棒は楽しそうな顔で笑う。
一体何を見ているのか気になって【眼】を開けてみたけれど、ぼんやりと糸みたいなものが見えただけで。それが何なのかすらイマイチよく分からなかった。
小さく頷きながら周りを観察している相棒をぼんやり眺めていると、あっ、とイチェストが急に声を上げる。小走りでリレイに近付いたと思ったら、リレイが見ていた装置との間に割って入った。
「聖地の装置を解析しようとしないで下さいっっ!」
「仕組みが分かった方が修理もしやすいぞ?」
「ご安心ください、設計図は大神殿にあります」
腕を左右に振ったり反復横跳びしてみたり、イチェストはどう頑張って見ても不審者でしかない動きをし始めた。でもその顔はニッコリと笑っていて余計に不気味だ。
そんな様子に埒が開かないと思ったらしく、リレイは珍しく舌打ちをする。まるでずっと前から仲間だったみたいに気安い雰囲気で。
魔術の素養がないハーファには、二人の見ているものが分からない。何の話をしているのか想像もつかない。目の前の話に入れないまま、彼らだけの会話が続く様子をただ見つめるだけだ。
じっと二人を見つめすぎたのかもしれない。リレイがぱっとハーファを振り返る。
「さっきから静かだが……どうかしたのか、ハーファ」
その言葉にはっと我に返った。するともやもやと体の内側を覆っていた何かがすうっと晴れていく。ただリレイの意識が自分に向いただけなのに、つくづく単純なものである。
問いかけに応えないハーファへ違和感を覚えたのか、不思議そうな相棒の目がじっと視線を向けてくる。
「あ……何でもない。やることなくて」
……嘘ではない。
戦闘もなく、必要とされるのが魔術師の能力ならハーファに出来ることなど何一つないのだから。
「それが一番だろ! 何もなければ報告書も薄いし、その分のんびりリフレッシュできるし、楽々で出張完了できる!」
横からきたのは神殿の人間に聞かれたら説教が始まりそうな台詞。急に入り込んできたイチェストに、思わず吹き出してしまった。
真面目ではあるけれど仕事はほどほどを望んでやまないイチェストらしい発言だ。
……結局は、とことん巻き込まれるタイプだけれど。
そんなハーファの思考を読んだかのように、しばらくの間の後にリレイが小さく首を傾げる。
「ここは先に誰か入ったか?」
「いえ、ここ一週間は俺たちだけのはずです」
「誰か一度開けてるぞ。それもついさっき」
「えっ」
どうして分かったのかは謎に包まれているけれど、突然立ち込めてきた侵入者の気配。ハーファだけでなくイチェストもその言葉をすんなり聞き入れたらしい。ちらっと見た顔は完全に引き攣っていた。
さっきの発言の今だというのに。本当に予想を裏切らない人間である。
「これは早々に合間見えそうだな」
「嘘だろ……あぁー……報告書が面倒なことに……」
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