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遭遇
33.機関部
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「全く……なんという突拍子もない願い事を……」
項垂れながらもぐちぐちと文句が止まらないテネスに小突かれながら、グラキエはヴィーゼル卿の後をついて歩いていた。
それも致し方ない。乗るはずの船のエンジンが故障したと分かるや否や、修理作業に立ち合わせてくれと頼み込んだのだから。
なにせネヴァルストの誇る、数多くの港湾を擁する領地の船だ。
しかも貴重品を載せたり要人を護送するための特別製。航行中に発生する可能性のある数々のリスクに対して防御を展開する仕組みと、それを支えるための設備が散りばめられた技術の塊。
その心臓部への立ち入りなど普通であればお断りされるところだけれど。
グラキエは一応王族な上に、トラブルが発覚する直前まで故障した船について盛り上がっていた。代わりの船の手配に時間がかかることは明白で、作業への立ち合いは一番確実に相手の機嫌を取る材料になる。
だからこそ、ヴィーゼル卿は渋々といった様子で首を縦に振ってくれたのだ。怪我の功名とはこのことである。
船内に入って機関室に近づくにつれ、船内は慌ただしくなってきた。
貴族だというのにヴィーゼル卿の顔は船員に知れ渡っているらしく、親方親方と方々から声がかかる。常に船へ乗り込んでいる訳ではないはずだが、指示をとばす姿は迷いが全くない。
「ふむ……ずいぶん慕われているんだな」
物語に出てくる海の男は、こう、殴り合って勝った者の言うことを聞く!という気風のように思ったのだが。普通に殴り合えば海の男達の方が勝ちそうである。
「ヴィーゼル卿は海軍の指揮官だったんだよ。今は引退して王宮務めだけど」
「かいぐん?」
首をかしげるグラキエに、ラズリウ王子がこそこそと耳打ちをしてきてくれた。しかし聞き慣れない単語に思わず見つめ返すと、ああそっかと笑う。
「海上で戦うための軍隊だよ。軍馬の代わりに軍艦……ええと、戦うための船に乗って戦をするんだ」
どうやら海の上でも戦争があるらしい。陸の警戒のみに留まらないとは、海のある国は大変である。
つまり、ラズリウ王子の言う海軍は海上の軍隊。船に乗って戦う騎士達の集団で。
「ヴィーゼル卿はその船の指揮官だったということか?」
「うん。海に隣接する領地だからか、あの一族は代々そうなんだよ」
「なるほど……しかし軍人には見えないな」
物腰穏やかに話をする姿からは、貴族らしさは感じても軍人時代の様子を思い浮かべることは出来ない。全方位に淀みなく指示を出す姿から辛うじて感じるだろうかという程度だ。
人は見た目によらないものである。
「ふふ。だから早々に引退しちゃったのかもね」
「領主も大変だ」
戦争をしない主義らしいシュクラーファ王が方向性を変えてしまったら、彼はまた戦場に立つ羽目になるのだろうか。少なくとも交易より自領の防衛に気を揉まなくてはならなくなる事は間違いない。
王宮で穏やかに笑っていた王太子が、即位をしても父王の意向を継いでくれる事を祈るばかりだ。
機関室に入ると、設計図らしき図面を手にエンジンらしき装置とにらめっこしている面々が居た。船内を走り回っている男達よりいくぶん小柄だが、その手は使い込まれた存在感がある。
「機関長。様子はどうだね」
「基盤に取り付けられた鉱石に破損があるようだ。今まで騙し騙し動いていたという印象だな」
どうやらエンジンを構成するパーツの破損らしい。まさか毎回そこまで分解してメンテナンスをする訳ではないだろうから、動作に支障を出さない程度に稼働しつつ、徐々に不具合が進行していったのだろう。
深い溜め息をつく機関長を思わず観察していると、ばちっと視線が合った。
「ところで親方。そちらは客人か?」
「……ああ、ええと、それがだな……」
歯切れの悪い様子のヴィーゼル卿にグラキエ達を紹介され、機関長は目を見開いて床に尻餅をついてしまった。
「なんつー客人を前触れもなく連れてくるんだ! 腰が抜けるかと思ったぞ!!」
「す、すまん……」
こそこそと会話をする体の二人だが、狭い室内では全て聞こえてしまている。
内容を聞いている限り、機関長とヴィーゼル卿は気の置けない仲らしい。ラズリウ王子とスルトフェンのようなものかもしれない。
「あー、ええと、申し訳ございません。お聞き頂いたとおりエンジンの取り換えが必要で、こちらの船での出航は難しく……」
「外した後のエンジンを分解するのか? できればエンジンの内部構造を見たい」
「は? ……いや、ええと、そんなものを見てどうなさるので……?」
何を言っているんだコイツは、と言いたげな顔が一瞬グラキエを見た。
すぐにその表情は取り繕われてしまったけれど、困惑する様子は変わらない。
まぁ確かに他国の王族がいきなり来て、故障したエンジンの中を見たいと言い出す展開はあまりないか。
何だかんだ昔から交流のあったヴィーゼル卿はともかく、機関長はグラキエがどのような習性をもつのか知らないのだ。ネヴァルスト王宮の人々が前提にあるなら、目の前の王族は意味不明な事を言っていると認識されても仕方がない。
「彼は機械に目がないんです。船の内部もずっと見たいと言っていたくらいで」
「こんな立派な船を動かすエンジンがどんなものか知りたいんだ。見せて貰えないだろうか」
ラズリウ王子のフォローに乗って頼み込むと、はぁ……と不思議そうな声と共に、あっさりと機関長の頷きが返ってきた。
まさに婚約者さまさまである。
項垂れながらもぐちぐちと文句が止まらないテネスに小突かれながら、グラキエはヴィーゼル卿の後をついて歩いていた。
それも致し方ない。乗るはずの船のエンジンが故障したと分かるや否や、修理作業に立ち合わせてくれと頼み込んだのだから。
なにせネヴァルストの誇る、数多くの港湾を擁する領地の船だ。
しかも貴重品を載せたり要人を護送するための特別製。航行中に発生する可能性のある数々のリスクに対して防御を展開する仕組みと、それを支えるための設備が散りばめられた技術の塊。
その心臓部への立ち入りなど普通であればお断りされるところだけれど。
グラキエは一応王族な上に、トラブルが発覚する直前まで故障した船について盛り上がっていた。代わりの船の手配に時間がかかることは明白で、作業への立ち合いは一番確実に相手の機嫌を取る材料になる。
だからこそ、ヴィーゼル卿は渋々といった様子で首を縦に振ってくれたのだ。怪我の功名とはこのことである。
船内に入って機関室に近づくにつれ、船内は慌ただしくなってきた。
貴族だというのにヴィーゼル卿の顔は船員に知れ渡っているらしく、親方親方と方々から声がかかる。常に船へ乗り込んでいる訳ではないはずだが、指示をとばす姿は迷いが全くない。
「ふむ……ずいぶん慕われているんだな」
物語に出てくる海の男は、こう、殴り合って勝った者の言うことを聞く!という気風のように思ったのだが。普通に殴り合えば海の男達の方が勝ちそうである。
「ヴィーゼル卿は海軍の指揮官だったんだよ。今は引退して王宮務めだけど」
「かいぐん?」
首をかしげるグラキエに、ラズリウ王子がこそこそと耳打ちをしてきてくれた。しかし聞き慣れない単語に思わず見つめ返すと、ああそっかと笑う。
「海上で戦うための軍隊だよ。軍馬の代わりに軍艦……ええと、戦うための船に乗って戦をするんだ」
どうやら海の上でも戦争があるらしい。陸の警戒のみに留まらないとは、海のある国は大変である。
つまり、ラズリウ王子の言う海軍は海上の軍隊。船に乗って戦う騎士達の集団で。
「ヴィーゼル卿はその船の指揮官だったということか?」
「うん。海に隣接する領地だからか、あの一族は代々そうなんだよ」
「なるほど……しかし軍人には見えないな」
物腰穏やかに話をする姿からは、貴族らしさは感じても軍人時代の様子を思い浮かべることは出来ない。全方位に淀みなく指示を出す姿から辛うじて感じるだろうかという程度だ。
人は見た目によらないものである。
「ふふ。だから早々に引退しちゃったのかもね」
「領主も大変だ」
戦争をしない主義らしいシュクラーファ王が方向性を変えてしまったら、彼はまた戦場に立つ羽目になるのだろうか。少なくとも交易より自領の防衛に気を揉まなくてはならなくなる事は間違いない。
王宮で穏やかに笑っていた王太子が、即位をしても父王の意向を継いでくれる事を祈るばかりだ。
機関室に入ると、設計図らしき図面を手にエンジンらしき装置とにらめっこしている面々が居た。船内を走り回っている男達よりいくぶん小柄だが、その手は使い込まれた存在感がある。
「機関長。様子はどうだね」
「基盤に取り付けられた鉱石に破損があるようだ。今まで騙し騙し動いていたという印象だな」
どうやらエンジンを構成するパーツの破損らしい。まさか毎回そこまで分解してメンテナンスをする訳ではないだろうから、動作に支障を出さない程度に稼働しつつ、徐々に不具合が進行していったのだろう。
深い溜め息をつく機関長を思わず観察していると、ばちっと視線が合った。
「ところで親方。そちらは客人か?」
「……ああ、ええと、それがだな……」
歯切れの悪い様子のヴィーゼル卿にグラキエ達を紹介され、機関長は目を見開いて床に尻餅をついてしまった。
「なんつー客人を前触れもなく連れてくるんだ! 腰が抜けるかと思ったぞ!!」
「す、すまん……」
こそこそと会話をする体の二人だが、狭い室内では全て聞こえてしまている。
内容を聞いている限り、機関長とヴィーゼル卿は気の置けない仲らしい。ラズリウ王子とスルトフェンのようなものかもしれない。
「あー、ええと、申し訳ございません。お聞き頂いたとおりエンジンの取り換えが必要で、こちらの船での出航は難しく……」
「外した後のエンジンを分解するのか? できればエンジンの内部構造を見たい」
「は? ……いや、ええと、そんなものを見てどうなさるので……?」
何を言っているんだコイツは、と言いたげな顔が一瞬グラキエを見た。
すぐにその表情は取り繕われてしまったけれど、困惑する様子は変わらない。
まぁ確かに他国の王族がいきなり来て、故障したエンジンの中を見たいと言い出す展開はあまりないか。
何だかんだ昔から交流のあったヴィーゼル卿はともかく、機関長はグラキエがどのような習性をもつのか知らないのだ。ネヴァルスト王宮の人々が前提にあるなら、目の前の王族は意味不明な事を言っていると認識されても仕方がない。
「彼は機械に目がないんです。船の内部もずっと見たいと言っていたくらいで」
「こんな立派な船を動かすエンジンがどんなものか知りたいんだ。見せて貰えないだろうか」
ラズリウ王子のフォローに乗って頼み込むと、はぁ……と不思議そうな声と共に、あっさりと機関長の頷きが返ってきた。
まさに婚約者さまさまである。
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