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遭遇
32.船
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楽しそうに盛り上がっている様子を眺めながら、ラズリウは不貞腐れていた。
乗る予定の船を目にしたグラキエ王子はヴィーゼル卿とばかり話しているのだ。
婚約者の祖国にはない船が興味を強くひくであろうことも、特殊な用途の船を所有するヴィーゼル卿の話が面白いのだろうということも、重々承知はしている。グラキエ王子は興味を持つと周囲が見えなくなることも知っている。
何とか彼の話についていこうと魔法について猛勉強した甲斐もあり、最近は分かる事も増えてきたというのに。
今のラズリウは完全に蚊帳の外だ。グラキエ王子とヴィーゼル卿が始めた船の動力についての話に、全くついていけない。
内容は魔法に全く絡みのない、ただの動力についてである。なのにこんなに話が弾むとは。薄々感じてはいたがグラキエ王子の興味を示す範囲が広すぎる。
「ご機嫌斜めですねぇ、ラズリウ殿下」
顔に出さないようにしていたつもりの感情をアスルヤに鋭く指摘され、ぎくりと肩が揺れた。
振り返ると人の悪い笑顔がニンマリとラズリウを見据えている。これは誤魔化してもきっも無駄だ。
「……話に入れないのは勉強不足が原因だと分かっているんです。でも……」
王宮ではほとんどラズリウだけを見ていた瞳が、今ではきらきらと輝きながら他人を見ている。
しかも数回会った程度であろう他国の人間に満面の笑顔を向けて、弾んだ声で楽しそうに話している。そしてそこに、ラズリウは入っていない。
「何だか、ヴィーゼル卿に取られてしまったような気がして」
……言っていて段々情けなくなってきた。まるで子供の駄々だ。
色々な意味でしょんぼりと肩を落とすラズリウに、スルトフェンは無言で呆れた視線を向けてくる。積もる沈黙で居心地が非常に悪い。いつもみたいに何か失言をしてくれればいいのに。
そんな事を思っていると、アスルヤが相変わらずニヤニヤとした顔で口を開いた。
「入りたいなら、物理的に間に入ってしまえばいいんですよ」
「よく分からない人間が話に割って入っても邪魔なだけでは」
「ラズリウ殿下が話す必要などないのです。横に入ればいいんですよ」
意図が見えずに困惑するラズリウに、目の前の顔は更に笑みを深くして。騙されたと思ってやってみてくださいよと、軽い調子で魔法師は言う。
ぐいぐいと背中を押されて数歩たたらを踏み、青筋を浮かべたテネスに引きずり戻されていくアスルヤを視線の端で見送った。改めて見つめたグラキエ王子は小さな騒ぎに気付きもせず、船舶の種類と使われている動力の違いについてヴィーゼル卿と話に花を咲かせている。
……やっぱり、少し面白くない。
そっとグラキエ王子の横顔に近付き、隣に立ってみた。袖を引くぐらいは許されるだろうかと手を伸ばしかけた瞬間、その腕が突然ラズリウの肩を抱く。
「やっぱりネヴァルストは凄いな! 魔法も使わずにいくつもの動力を使い分けている!」
きらきらとした笑顔がラズリウに向いて弾んだ声が話しかけてくる。咄嗟の反応できずに固まっていると、ハッと我に帰ったらしい顔が慌てだした。
「すっ、すまない……つい興奮して……」
そうは言いつつも、番の腕はラズリウを捉えたままで離す気配はない。
ヴィーゼル卿との会話が再開されても時折ラズリウに突然話が振り向けられ、まるで共に話しているような気分になる。難しい理論の話になるとついていけなくなるけれど、すかさず嬉しそうな顔でグラキエ王子が解説してくれる。
……そうだった。この人は話を理解できない人間が相手でも、聞いていると嬉しそうに話してくれる人だった。
アルブレアへ初めて訪れた年のことを思い出し、なんだか懐かしい気分になる。そのままグラキエ王子に頭を預けながら話を聞いていると、バタバタと船の方から数人の男が走ってきた。
「お、親方――っっ!!!」
「大変です親方ぁぁぁ――!!!」
目の前に立ち止まった男たちは、わぁわぁと早口で何かを話している。親方と呼ばれていたのはどうやらヴィーゼル卿らしく、慌てふためく二人を宥めすかして話を聞き出そうとしていたが。
「客人の前である! 手短に! 結論から話さんか!!」
どうやらお手上げだったらしい。
一喝された男たちはぴたりと動きを止め、ちらちらと視線をお互いに向け合っている。しかしそれもジロリと睨まれ、やがて比較的背の低い方の男がおずおずと口を開いた。
「ふ、船のエンジンが動かねぇんです! 朝の試運転はちゃんと動いてたんですけどっ」
「直前の点検で動かしたら何か変な音がして、うんともすんとも言わなくなって……!」
事の次第を理解したらしいヴィーゼル卿は、なんだと、と今小さく呟いて天を仰いだ。
しかし上を向いたままぶつぶつと少しの間自問自答した後、すぐに振り返って深々と頭を下げる。
「申し訳ございませんグラキエ殿下、すぐに代わりの船を御用意いたしますので宿へ……」
「ヴィーゼル卿。頼みがあるんだが」
「はっ………………はい?」
顔を上げてグラキエ王子を見る表情に、隠しきれなかったであろう困惑が浮かぶ。
無理もない。
乗る予定の船が航行不能になったと聞いたのに、何故か満面の笑顔を浮かべていたのだから。
乗る予定の船を目にしたグラキエ王子はヴィーゼル卿とばかり話しているのだ。
婚約者の祖国にはない船が興味を強くひくであろうことも、特殊な用途の船を所有するヴィーゼル卿の話が面白いのだろうということも、重々承知はしている。グラキエ王子は興味を持つと周囲が見えなくなることも知っている。
何とか彼の話についていこうと魔法について猛勉強した甲斐もあり、最近は分かる事も増えてきたというのに。
今のラズリウは完全に蚊帳の外だ。グラキエ王子とヴィーゼル卿が始めた船の動力についての話に、全くついていけない。
内容は魔法に全く絡みのない、ただの動力についてである。なのにこんなに話が弾むとは。薄々感じてはいたがグラキエ王子の興味を示す範囲が広すぎる。
「ご機嫌斜めですねぇ、ラズリウ殿下」
顔に出さないようにしていたつもりの感情をアスルヤに鋭く指摘され、ぎくりと肩が揺れた。
振り返ると人の悪い笑顔がニンマリとラズリウを見据えている。これは誤魔化してもきっも無駄だ。
「……話に入れないのは勉強不足が原因だと分かっているんです。でも……」
王宮ではほとんどラズリウだけを見ていた瞳が、今ではきらきらと輝きながら他人を見ている。
しかも数回会った程度であろう他国の人間に満面の笑顔を向けて、弾んだ声で楽しそうに話している。そしてそこに、ラズリウは入っていない。
「何だか、ヴィーゼル卿に取られてしまったような気がして」
……言っていて段々情けなくなってきた。まるで子供の駄々だ。
色々な意味でしょんぼりと肩を落とすラズリウに、スルトフェンは無言で呆れた視線を向けてくる。積もる沈黙で居心地が非常に悪い。いつもみたいに何か失言をしてくれればいいのに。
そんな事を思っていると、アスルヤが相変わらずニヤニヤとした顔で口を開いた。
「入りたいなら、物理的に間に入ってしまえばいいんですよ」
「よく分からない人間が話に割って入っても邪魔なだけでは」
「ラズリウ殿下が話す必要などないのです。横に入ればいいんですよ」
意図が見えずに困惑するラズリウに、目の前の顔は更に笑みを深くして。騙されたと思ってやってみてくださいよと、軽い調子で魔法師は言う。
ぐいぐいと背中を押されて数歩たたらを踏み、青筋を浮かべたテネスに引きずり戻されていくアスルヤを視線の端で見送った。改めて見つめたグラキエ王子は小さな騒ぎに気付きもせず、船舶の種類と使われている動力の違いについてヴィーゼル卿と話に花を咲かせている。
……やっぱり、少し面白くない。
そっとグラキエ王子の横顔に近付き、隣に立ってみた。袖を引くぐらいは許されるだろうかと手を伸ばしかけた瞬間、その腕が突然ラズリウの肩を抱く。
「やっぱりネヴァルストは凄いな! 魔法も使わずにいくつもの動力を使い分けている!」
きらきらとした笑顔がラズリウに向いて弾んだ声が話しかけてくる。咄嗟の反応できずに固まっていると、ハッと我に帰ったらしい顔が慌てだした。
「すっ、すまない……つい興奮して……」
そうは言いつつも、番の腕はラズリウを捉えたままで離す気配はない。
ヴィーゼル卿との会話が再開されても時折ラズリウに突然話が振り向けられ、まるで共に話しているような気分になる。難しい理論の話になるとついていけなくなるけれど、すかさず嬉しそうな顔でグラキエ王子が解説してくれる。
……そうだった。この人は話を理解できない人間が相手でも、聞いていると嬉しそうに話してくれる人だった。
アルブレアへ初めて訪れた年のことを思い出し、なんだか懐かしい気分になる。そのままグラキエ王子に頭を預けながら話を聞いていると、バタバタと船の方から数人の男が走ってきた。
「お、親方――っっ!!!」
「大変です親方ぁぁぁ――!!!」
目の前に立ち止まった男たちは、わぁわぁと早口で何かを話している。親方と呼ばれていたのはどうやらヴィーゼル卿らしく、慌てふためく二人を宥めすかして話を聞き出そうとしていたが。
「客人の前である! 手短に! 結論から話さんか!!」
どうやらお手上げだったらしい。
一喝された男たちはぴたりと動きを止め、ちらちらと視線をお互いに向け合っている。しかしそれもジロリと睨まれ、やがて比較的背の低い方の男がおずおずと口を開いた。
「ふ、船のエンジンが動かねぇんです! 朝の試運転はちゃんと動いてたんですけどっ」
「直前の点検で動かしたら何か変な音がして、うんともすんとも言わなくなって……!」
事の次第を理解したらしいヴィーゼル卿は、なんだと、と今小さく呟いて天を仰いだ。
しかし上を向いたままぶつぶつと少しの間自問自答した後、すぐに振り返って深々と頭を下げる。
「申し訳ございませんグラキエ殿下、すぐに代わりの船を御用意いたしますので宿へ……」
「ヴィーゼル卿。頼みがあるんだが」
「はっ………………はい?」
顔を上げてグラキエ王子を見る表情に、隠しきれなかったであろう困惑が浮かぶ。
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