籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

文字の大きさ
32 / 44
遭遇

32.船

しおりを挟む
 楽しそうに盛り上がっている様子を眺めながら、ラズリウは不貞腐れていた。

 乗る予定の船を目にしたグラキエ王子はヴィーゼル卿とばかり話しているのだ。
 婚約者の祖国にはない船が興味を強くひくであろうことも、特殊な用途の船を所有するヴィーゼル卿の話が面白いのだろうということも、重々承知はしている。グラキエ王子は興味を持つと周囲が見えなくなることも知っている。
 何とか彼の話についていこうと魔法について猛勉強した甲斐もあり、最近は分かる事も増えてきたというのに。
 今のラズリウは完全に蚊帳の外だ。グラキエ王子とヴィーゼル卿が始めた船の動力についての話に、全くついていけない。
 内容は魔法に全く絡みのない、ただの動力についてである。なのにこんなに話が弾むとは。薄々感じてはいたがグラキエ王子の興味を示す範囲が広すぎる。
 
「ご機嫌斜めですねぇ、ラズリウ殿下」
 顔に出さないようにしていたつもりの感情をアスルヤに鋭く指摘され、ぎくりと肩が揺れた。
 振り返ると人の悪い笑顔がニンマリとラズリウを見据えている。これは誤魔化してもきっも無駄だ。
「……話に入れないのは勉強不足が原因だと分かっているんです。でも……」
 王宮ではほとんどラズリウだけを見ていた瞳が、今ではきらきらと輝きながら他人を見ている。
 しかも数回会った程度であろう他国の人間に満面の笑顔を向けて、弾んだ声で楽しそうに話している。そしてそこに、ラズリウは入っていない。
「何だか、ヴィーゼル卿に取られてしまったような気がして」
 ……言っていて段々情けなくなってきた。まるで子供の駄々だ。
 
 色々な意味でしょんぼりと肩を落とすラズリウに、スルトフェンは無言で呆れた視線を向けてくる。積もる沈黙で居心地が非常に悪い。いつもみたいに何か失言をしてくれればいいのに。
 そんな事を思っていると、アスルヤが相変わらずニヤニヤとした顔で口を開いた。
「入りたいなら、物理的に間に入ってしまえばいいんですよ」
「よく分からない人間が話に割って入っても邪魔なだけでは」
「ラズリウ殿下が話す必要などないのです。横に入ればいいんですよ」
 意図が見えずに困惑するラズリウに、目の前の顔は更に笑みを深くして。騙されたと思ってやってみてくださいよと、軽い調子で魔法師は言う。

 ぐいぐいと背中を押されて数歩たたらを踏み、青筋を浮かべたテネスに引きずり戻されていくアスルヤを視線の端で見送った。改めて見つめたグラキエ王子は小さな騒ぎに気付きもせず、船舶の種類と使われている動力の違いについてヴィーゼル卿と話に花を咲かせている。
 ……やっぱり、少し面白くない。
 そっとグラキエ王子の横顔に近付き、隣に立ってみた。袖を引くぐらいは許されるだろうかと手を伸ばしかけた瞬間、その腕が突然ラズリウの肩を抱く。
「やっぱりネヴァルストは凄いな! 魔法も使わずにいくつもの動力を使い分けている!」
 きらきらとした笑顔がラズリウに向いて弾んだ声が話しかけてくる。咄嗟の反応できずに固まっていると、ハッと我に帰ったらしい顔が慌てだした。
 
「すっ、すまない……つい興奮して……」
 そうは言いつつも、番の腕はラズリウを捉えたままで離す気配はない。
 ヴィーゼル卿との会話が再開されても時折ラズリウに突然話が振り向けられ、まるで共に話しているような気分になる。難しい理論の話になるとついていけなくなるけれど、すかさず嬉しそうな顔でグラキエ王子が解説してくれる。
 ……そうだった。この人は話を理解できない人間が相手でも、聞いていると嬉しそうに話してくれる人だった。
 アルブレアへ初めて訪れた年のことを思い出し、なんだか懐かしい気分になる。そのままグラキエ王子に頭を預けながら話を聞いていると、バタバタと船の方から数人の男が走ってきた。

「お、親方――っっ!!!」
「大変です親方ぁぁぁ――!!!」

 目の前に立ち止まった男たちは、わぁわぁと早口で何かを話している。親方と呼ばれていたのはどうやらヴィーゼル卿らしく、慌てふためく二人を宥めすかして話を聞き出そうとしていたが。
「客人の前である! 手短に! 結論から話さんか!!」
 どうやらお手上げだったらしい。
 一喝された男たちはぴたりと動きを止め、ちらちらと視線をお互いに向け合っている。しかしそれもジロリと睨まれ、やがて比較的背の低い方の男がおずおずと口を開いた。
「ふ、船のエンジンが動かねぇんです! 朝の試運転はちゃんと動いてたんですけどっ」
「直前の点検で動かしたら何か変な音がして、うんともすんとも言わなくなって……!」
 
 事の次第を理解したらしいヴィーゼル卿は、なんだと、と今小さく呟いて天を仰いだ。
 しかし上を向いたままぶつぶつと少しの間自問自答した後、すぐに振り返って深々と頭を下げる。
「申し訳ございませんグラキエ殿下、すぐに代わりの船を御用意いたしますので宿へ……」
「ヴィーゼル卿。頼みがあるんだが」
「はっ………………はい?」
 顔を上げてグラキエ王子を見る表情に、隠しきれなかったであろう困惑が浮かぶ。

 無理もない。

 乗る予定の船が航行不能になったと聞いたのに、何故か満面の笑顔を浮かべていたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する

子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。    僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。 ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。  想うだけなら許されるかな。  夢の中でだけでも救われたかった僕の話。

【完結】Ωになりたくない僕には運命なんて必要ない!

なつか
BL
≪登場人物≫ 七海 千歳(ななみ ちとせ):高校三年生。二次性、未確定。新聞部所属。 佐久間 累(さくま るい):高校一年生。二次性、α。バスケットボール部所属。 田辺 湊(たなべ みなと):千歳の同級生。二次性、α。新聞部所属。 ≪あらすじ≫ α、β、Ωという二次性が存在する世界。通常10歳で確定する二次性が、千歳は高校三年生になった今でも未確定のまま。 そのことを隠してβとして高校生活を送っていた千歳の前に現れたαの累。彼は千歳の運命の番だった。 運命の番である累がそばにいると、千歳はΩになってしまうかもしれない。だから、近づかないようにしようと思ってるのに、そんな千歳にかまうことなく累はぐいぐいと迫ってくる。しかも、βだと思っていた友人の湊も実はαだったことが判明。 二人にのαに挟まれ、果たして千歳はβとして生きていくことができるのか。

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

転生場所は嫌われ所

あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。 ※ ※ 最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。 とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった ※ ※ そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。 彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。 16:00更新

全サのバニーちゃんは不器用な恋をする

秋臣
BL
「好き?です。俺と付き合ってくれる?」 全サこと応募者全員サービスと呼ばれてるイケメンに疑問符付きで告白された海凪。 全サのイケメン・春臣が海凪を好きになった理由とは… そして二人の意外な共通点とは… 拗らせた男たちの不器用な恋の話。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

処理中です...