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遭遇
31.帰路の道
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のんびりと揺れる馬車の中で、教育係のテネスがひとり眉をつり上げていた。
「まったく……! ネヴァルストへ来てからというもの、お二方は慎しみが無さすぎます!」
離宮でラズリウ王子を押し倒していた所を見咎められ、盛大に雷と説教を食らっての今である。いつもは一発雷が落ちれば鎮静化するのだけれど、今日はなかなかにしつこい。
「良いですか! 婚姻前の交わりは本来、慎み控えるべき事項なのですぞ!」
アルブレアは閉鎖的な環境からか、お堅い考えの国だと言われている。他国ではそうでもないらしいけれど、多くの国民は結婚するまで伴侶となる相手と肌を重ねたりはしない。
……まぁ、それをきちんと守ったのは最終的に王太子の長兄だけだったのだが。
次兄は現在の妻である婚約者を決めた後、当然のように人目を忍んで触れあっていた。
優秀な兄の数少ない欠点である。あんな真似はしてくれるなと、グラキエはそれはもう念仏のように聞かされたもので。
だからつい、ふと思った言葉が口から滑り落ちてしまった。
「その注意は耳にタコが出来るほど聞いたな」
それを聞くが早いかテネスの眉が更に吊り上がり、ギロリと鋭い目がグラキエを睨む。落ち着きかけた火に油を注いでしまったと理解した頃にはもう遅い。
「分かっておられるならば控えられよ!!!!」
どこからそんな声が出てくるのかと言いたくなるほどの声量で、テネスの一喝が馬車の中に響き渡った。
「全く嘆かわしい!! 宿のみに留まらず他国の王宮でまモガッ」
馬車の外まで響かんばかりの大声で話を続けようとする師の口を、隣に座っていたスルトフェンが慌てた様子で塞ぐ。いつもは逆の役回りだというのに珍しい光景だ。
しかし、テネスはひとつ大きな誤解をしている。
「離宮での事はちゃんと許可を得たぞ」
確かに宿屋では失態を演じたが、王宮ではそうではない。両日ともにきちんと事前に断っての話なのだから。
グラキエを見る教育係の顔は、そんな話などこれっぽっちも信じていなさそうだけれども。
「戯れ言を。そんな許可を誰が下ろすというのです」
「国王陛下だな」
「は?」
「シュクラーファ国王陛下に許可をいただいた。戻って尋ねてみるか?」
更に怒り出しそうな雰囲気ではありつつ、あまりにも余裕綽々なグラキエの様子にテネスの表情が俄かに曇った。じいっと疑わしげな目が無遠慮な視線を向け、まさかと小さく呟きながら息を呑む。
「……一体何の許可を……」
「離宮で、ラズリウと、交わる許可、だ」
ゆっくりと、はっきりと。
恐らく最も聞きたくないであろう答えをテネスの耳に流し込む。青白い顔で凍りつくように動きを止めた教育係は、そのまま白目をむきながら仰向けに倒れていった。
「おや、顔色がよろしくありませんね。何かありましたか」
帰りの船に乗る港街へ着いて、よぼよぼと覚束ない足取りで馬車を降りた教育係にアスルヤが話しかける。鳥に変じて外に居たとはいえ、音の増幅か何かの魔法を使って話を聞いていたのだろう。
その証拠に、じろりとひと睨みされて肩をすくめた魔法師はニヤニヤとした顔をグラキエに向けた。どう見てもテネスを心配する表情ではなさそうである。
別の馬車で同行していたヴィーゼル卿が話しかけてきた頃には元のテネスに戻っていたけれど、何か違和感感じたのか僅かに首を傾げていた。
案内されたのは、行きの船が着いた場所から少し離れた場所。
大型のものは多くなく、中型から小型の船舶がずらりと停泊する港が広がる。遠目に見ても豪華な装飾が目立つ客船らしきものから、無骨な形で少し無機質な雰囲気のする作業船のようなものまで、見た目は様々だ。
「変わった船が多いな」
「こちらは国有船の集まる港でございますゆえ、様々な用途の船が並んでおります」
「こくゆうせん……? そんな区別があるのか」
きょとんとした顔のグラキエに、ヴィーゼル卿はにこやかに頷いた。
「軍船から我が国の貴族が所有する客船まで、様々な理由から国有船とされている船がございます。それらが集まるのが、この港です」
「へぇ……!」
海に面した港のないアルブレアには、船に関する文化はほとんど無いと言ってもいい。何百と人が乗り込む船を、ひとつの国が大量に保有しているというだけでもお伽話のようなものである。
よくよく話を聞けば、ネヴァルストでは国民の所有できる船舶数が決められているらしい。建造やメンテナンスにかかるコストの高さと要人警護の都合から、その規制は貴族の方が厳しいのだそうだ。
数が限られるだけに所有する目的も厳選する必要がある貴族の船は、その領地の特性や領主の意向を大いに反映するもので。
「帰路は我が領の船でお送りいたします」
ヴィーゼル卿が指し示したのは、港の中では中型、ともすれば小型に思える一隻。装飾は地味だが閉じた小さな窓が沢山並び、刻まれた意匠は細かく繊細で美しい。
「意外と小型なんだな。貴殿は貨物を多く積み込める大型船を好むものだと思っていた」
港湾を多く抱えるというヴィーゼル卿の領地では交易が主な産業だと聞いた。彼が時折アルブレアへやって来ていたのも、官吏としての視察半分、自領の営業ルート開拓半分だったのだと。
貴族にしては珍しい商魂のたくましさである。
であれば当然、商品を大量輸送できる船を保有していると思っていたのだが。目の前の船は行きで乗った客船よりも少し小さいくらいで、勝手ながら驚いてしまった。
よほど変な顔でもしていたのか、ヴィーゼル卿はくすりと小さく笑う。
「この船以外は仰るとおりでございますよ。こちらは貴重品や貴賓の護送に使用するものでして」
「そう聞くと物々しいな」
「貨物を多く積んだ商船は海賊どもに狙われやすいのです。大型船の走力では逃げ切れず戦闘になることもありますので、別行動が出来るよう中小型の船も保有しております」
「なるほど……じゃあ、あの船には仕掛けが?」
もちろんですと誇らしげに頷くヴィーゼル卿の様子に、グラキエの悪癖が顔を出すのに時間はかからなかった。
「まったく……! ネヴァルストへ来てからというもの、お二方は慎しみが無さすぎます!」
離宮でラズリウ王子を押し倒していた所を見咎められ、盛大に雷と説教を食らっての今である。いつもは一発雷が落ちれば鎮静化するのだけれど、今日はなかなかにしつこい。
「良いですか! 婚姻前の交わりは本来、慎み控えるべき事項なのですぞ!」
アルブレアは閉鎖的な環境からか、お堅い考えの国だと言われている。他国ではそうでもないらしいけれど、多くの国民は結婚するまで伴侶となる相手と肌を重ねたりはしない。
……まぁ、それをきちんと守ったのは最終的に王太子の長兄だけだったのだが。
次兄は現在の妻である婚約者を決めた後、当然のように人目を忍んで触れあっていた。
優秀な兄の数少ない欠点である。あんな真似はしてくれるなと、グラキエはそれはもう念仏のように聞かされたもので。
だからつい、ふと思った言葉が口から滑り落ちてしまった。
「その注意は耳にタコが出来るほど聞いたな」
それを聞くが早いかテネスの眉が更に吊り上がり、ギロリと鋭い目がグラキエを睨む。落ち着きかけた火に油を注いでしまったと理解した頃にはもう遅い。
「分かっておられるならば控えられよ!!!!」
どこからそんな声が出てくるのかと言いたくなるほどの声量で、テネスの一喝が馬車の中に響き渡った。
「全く嘆かわしい!! 宿のみに留まらず他国の王宮でまモガッ」
馬車の外まで響かんばかりの大声で話を続けようとする師の口を、隣に座っていたスルトフェンが慌てた様子で塞ぐ。いつもは逆の役回りだというのに珍しい光景だ。
しかし、テネスはひとつ大きな誤解をしている。
「離宮での事はちゃんと許可を得たぞ」
確かに宿屋では失態を演じたが、王宮ではそうではない。両日ともにきちんと事前に断っての話なのだから。
グラキエを見る教育係の顔は、そんな話などこれっぽっちも信じていなさそうだけれども。
「戯れ言を。そんな許可を誰が下ろすというのです」
「国王陛下だな」
「は?」
「シュクラーファ国王陛下に許可をいただいた。戻って尋ねてみるか?」
更に怒り出しそうな雰囲気ではありつつ、あまりにも余裕綽々なグラキエの様子にテネスの表情が俄かに曇った。じいっと疑わしげな目が無遠慮な視線を向け、まさかと小さく呟きながら息を呑む。
「……一体何の許可を……」
「離宮で、ラズリウと、交わる許可、だ」
ゆっくりと、はっきりと。
恐らく最も聞きたくないであろう答えをテネスの耳に流し込む。青白い顔で凍りつくように動きを止めた教育係は、そのまま白目をむきながら仰向けに倒れていった。
「おや、顔色がよろしくありませんね。何かありましたか」
帰りの船に乗る港街へ着いて、よぼよぼと覚束ない足取りで馬車を降りた教育係にアスルヤが話しかける。鳥に変じて外に居たとはいえ、音の増幅か何かの魔法を使って話を聞いていたのだろう。
その証拠に、じろりとひと睨みされて肩をすくめた魔法師はニヤニヤとした顔をグラキエに向けた。どう見てもテネスを心配する表情ではなさそうである。
別の馬車で同行していたヴィーゼル卿が話しかけてきた頃には元のテネスに戻っていたけれど、何か違和感感じたのか僅かに首を傾げていた。
案内されたのは、行きの船が着いた場所から少し離れた場所。
大型のものは多くなく、中型から小型の船舶がずらりと停泊する港が広がる。遠目に見ても豪華な装飾が目立つ客船らしきものから、無骨な形で少し無機質な雰囲気のする作業船のようなものまで、見た目は様々だ。
「変わった船が多いな」
「こちらは国有船の集まる港でございますゆえ、様々な用途の船が並んでおります」
「こくゆうせん……? そんな区別があるのか」
きょとんとした顔のグラキエに、ヴィーゼル卿はにこやかに頷いた。
「軍船から我が国の貴族が所有する客船まで、様々な理由から国有船とされている船がございます。それらが集まるのが、この港です」
「へぇ……!」
海に面した港のないアルブレアには、船に関する文化はほとんど無いと言ってもいい。何百と人が乗り込む船を、ひとつの国が大量に保有しているというだけでもお伽話のようなものである。
よくよく話を聞けば、ネヴァルストでは国民の所有できる船舶数が決められているらしい。建造やメンテナンスにかかるコストの高さと要人警護の都合から、その規制は貴族の方が厳しいのだそうだ。
数が限られるだけに所有する目的も厳選する必要がある貴族の船は、その領地の特性や領主の意向を大いに反映するもので。
「帰路は我が領の船でお送りいたします」
ヴィーゼル卿が指し示したのは、港の中では中型、ともすれば小型に思える一隻。装飾は地味だが閉じた小さな窓が沢山並び、刻まれた意匠は細かく繊細で美しい。
「意外と小型なんだな。貴殿は貨物を多く積み込める大型船を好むものだと思っていた」
港湾を多く抱えるというヴィーゼル卿の領地では交易が主な産業だと聞いた。彼が時折アルブレアへやって来ていたのも、官吏としての視察半分、自領の営業ルート開拓半分だったのだと。
貴族にしては珍しい商魂のたくましさである。
であれば当然、商品を大量輸送できる船を保有していると思っていたのだが。目の前の船は行きで乗った客船よりも少し小さいくらいで、勝手ながら驚いてしまった。
よほど変な顔でもしていたのか、ヴィーゼル卿はくすりと小さく笑う。
「この船以外は仰るとおりでございますよ。こちらは貴重品や貴賓の護送に使用するものでして」
「そう聞くと物々しいな」
「貨物を多く積んだ商船は海賊どもに狙われやすいのです。大型船の走力では逃げ切れず戦闘になることもありますので、別行動が出来るよう中小型の船も保有しております」
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