籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

文字の大きさ
30 / 54
王宮

30.願い

しおりを挟む
 訪問者が去り、部屋へ静かに沈黙が降りてくる。
 以前は無かったソファに腰を下ろして、侍女の運んでくれた水出しの紅茶と焼き菓子を摘むことにした。母の話から始まってラズリウの兄弟の話、王宮で見つけた珍しい魔法の術式の話と、とりとめのない話題に花が咲く。
 第一王女である長姉の魔法に対する熱量を話すついでに、過去の奇行も多少ばらしてしまったけれど……魔法に目のない兄王子のようなものかと、逆に親近感が湧いたらしいので良しとしよう。
 ただ、笑っていたグラキエ王子も人のことは言えないと思う。
 
 ラズリウの幼い頃に話題が移ってしばらく。ふと、明らかに話の途中で言葉が途切れた。 
 急に黙り込んだグラキエ王子は、何かを考え込むように俯いている。
「キーエ?」
 そっと頬に触れると金色の瞳がラズリウを映した。先程まで微笑みながら話していたのに、向けられた表情は少し固い。
 何事かと身構えるラズリウに向かって、番の両腕が伸びてくる。
「すまない」
 少し強く抱きしめてくるグラキエ王子の口から、ただその一言だけがこぼれ落ちた。話が見えない。その状態のまま、次の言葉が出てくるのを待つ。
「君のやりたいことは何でも応援しようと思っていた。けれど……騎士になることだけは応援できそうにない……」
「急だね」
 頭の中がこんがらがっているようだ。ぽんぽんと背中を軽く叩き、ゆっくりと撫でる。
 すると徐々に落ち着いてきたのか、縋りつくように巻きついていた腕から力が抜けていった。
 
「君の戦いぶりを見て怖くなったんだ……本当に有事が起きて前線にいってしまったら、俺はどう足掻いても追いつけない」
 じっと金色の瞳が覗き込んでくる。
 もしかしたら、アルブレアの騎士のような模範的な戦い方を想定していたのかもしれない。あるいはもっと未熟だと思われていたのかもしれない。
 なんだかんだで本当の戦に出ることはないだろうと心のどこかで思っていたから、応援するよと笑ってくれていたのではないだろうか。
 ……武勇の国に育った王族を甘く見られたものである。きっと以前のラズリウなら、馬鹿にするなと怒っていただろう。
 けれど。
「騎士になる目標は本当に幼い頃からのものだと理解はしたんだ。でも……そんな時に君と離れるのは……どうしても、いやだ」
 どこか切なそうな表情で見つめられ、湧いてくる感情は嬉しさだった。離れたくないと言い募るその言葉がラズリウの奥深くに染み込んでくる。 

 離れたくない、置いていかないでほしいと願うのは己だけかと思っていた。いつもマイペースに進むのはグラキエ王子だったから、そんな不安を抱くことなどないのだと。
 そう思っていたのは己だけではない。改めてそう感じたラズリウの顔は締まりなく緩んでいく。
「騎士にはならないよ」
 誰に影響されたのか、端的な回答が口をついて出てきた。当然、グラキエ王子の顔はポカンと間の抜けた表情を浮かべている。
「だ、だが目指していたって」
 確かに、かつては騎士となった兄の背に憧れ、目指していたけれど。
「騎士なんて君は置いていくじゃないか。キーエの側に居られないのは嫌」
 グラキエ王子が命を落とす確率が高いのは、起こるかどうかも分からない戦ではない。参加がほぼ確定している危険な屋外調査のトラブルである。
 実際、彼は婚約前にもそれで危機に瀕したのだ。
 だからラズリウは魔法の勉強も始めた。次に何かあった時、すぐ側で力になれるように。
 しかし件の調査に参加出来るのは認められた研究員のみ。彼に同行できないのであれば騎士の肩書きには何の意味もない。
 
 もちろん、今の弱い自分のままでいるつもりはないけれど。
「訓練はするよ。今回みたいな奴がまた現れたら、次こそ一度で首を取る。でも……騎士にはならない」
 武勲をあげた猛者とはいえ、たった一人の、しかも元戦士に勝つことすら出来なかった。打ち合うのが精一杯で、グラキエ王子の魔法がなければ負けていたかもしれない。
 もう、あんなみっともない戦いはしない。大切な番を守る実力を身につけなければ。
「……今、どさくさに物凄く不穏な言葉が聞こえた気がするんだが」
 少しばかり遠慮がちに向けられる視線。危ないことはしないでくれと、小さな声と共にぎゅうっと服を握る手に力が入る。 
 それはお互い様だ。グラキエ王子とて、己の命を危険に晒しながら豪雪の中の調査に勤しんでいるのだから。
「いつも近くで、君を守りたい。それが僕の今の一番。騎士じゃなくてもいいんだ」
「おわっ」 
 グラキエ王子の体をソファに押し倒して、覆い被さるように閉じ込める。困惑の浮かぶ表情は少しだけ頬が赤く染まっていた。
 
「だから、キーエ……置いて行かないで。あの世の果てでも着いていくから、最期まで手を引いてて」
 祈るような気持ちでじっと金色の瞳を見つめる。動揺しているのか視線があちこちに彷徨っていたけれど、やがて真っ直ぐにラズリウをとらえた。 
「君が望んでくれるなら、離したりしない。あの世は流石に行き先変更を頼みたいが」
「キーエが行かないなら行かないよ」  
「そうか、よかった」 
 もちろん、あの世になんて行かせるつもりはない。しかしどうしても行かねばならないというのであれば、絶対についていく。 
「……約束だからね。最期まで」
「最後まで手を離したりしない」
 背に回ってきた腕が、やんわりとラズリウを抱きしめた。

 ゆっくりと背筋を撫でる手。伝わってくる体温。
「きーえ……」
 ここのところよく肌を重ねていたからだろうか。ヒートでもないのに鼓動が速くなっていく。 
 そっとグラキエ王子の唇に口付けると、ふわりと体が宙に浮いた。部屋の中央にある寝台へ降ろされたかと思えば、はにかむような笑顔が近づいてきて。
 とくとくと速く脈打つ心拍に押され、そっと触れてきた唇に応えて少しだけ口を開いた。滑るように入り込んでくる舌を出迎えて撫で合う。
 あれよあれよと口付けが深くなり、服がはだけていって。
 
 ……様子を見にきたグラキエ王子の教育係から、いい加減しろと特大の雷を食らう羽目になってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

処理中です...