籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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王宮

29.母と子と

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 晩餐を終えて、ラズリウはグラキエ王子と共に再び離宮へと足を踏み入れた。
 大きな寝台が置かれた宮の中は相変わらず物寂しい。今まではお役目で交わった人間の影がちらついていたけれど。
「本当に大丈夫か?」
 心配そうに覗き込んでくる番の姿でかつての影はかき消えていく。グラキエ王子と過ごした時間は、少しずつ過去の散々な記憶を塗り潰してくれているらしい。
 もう大丈夫だと言いかけると同時に、けたたましい音と共に入口の扉が勢いよく開いた。
 何事かと振り返った先には、腰まで届く長い黒髪を揺らしている女性が一人。その毛先にはラズリウと同じ翡翠色がほのかに滲んでいる。
 
 第三妃カーネリア。
 四人いる現国王の妃の中で唯一、Ωの第二性をもつ女性だ。
 
「母上……? どうしてこんな所に」
「それはこちらの台詞です」
 突然やってきた母親は渋い表情を浮かべている。
 政治的な目的でも文化的な繋がりでもなく、ただのヒート事故で王の番となった珍しい妃。その立場の弱さ故か、他人に庇護される生き方をラズリウに説き、時には押し付けてきた人。
 
 今なら立場の弱い我が子を守ろうとしたのだろうと考えることも出来るけれど。少し前までは煩わしく思って、実の親ながら避けていた。
「何故貴方が離宮などに押し込められているのです。もうお役目は解かれているのですから、然るべき部屋に滞在すべきでしょう」
 久しぶりに会っても母は変わっていない。顔を合わせれば小言である。 
 青みの混ざった薄金の瞳がキッと睨むのはグラキエ王子。それも変わらない。何かあるとラズリウではなくその相手を睨む癖も、昔のまま。
「僕が望んだんです」
 そんな事を思い出していたからだろうか。
 思った以上に棘の混ざった声が飛び出して、我ながら驚いた。
 
 ラズリウの反論に目を丸くしたのは母ではなくグラキエ王子だった。何だかんだでいつも大人しく説教を受けている素直な息子は、おろおろとした様子で視線を向けてくる。
「離宮を番と過ごす場所にしたいと、父上にお願いしたんです。押し込められているのではありません」
 アルブレアに行ったばかりの頃は離宮で過ごした事だけが頭に残っていた。詳しい出来事の輪郭がぼやけた今でも、身に受けた事の漠然とした記憶が未だこびりついている。
 けれどグラキエ王子と居ると、この離宮での時間すらも穏やかなものに変わっていくのだ。まるで魔法のように、見たくない影が薄くなって消えていく。
 だから。
「本当にその方を番に選んだというの? 昼間の騒ぎでの剣術は雛鳥のようだったと聞きますが」 
 ……あの場を見てもいないくせに、と。
 あんまりな言い分に、思わず眉を顰めてしまった。

 けれどネヴァルストの民にとって、Ωは守られるべきもの。他者の庇護を受けなければ生きていけない弱きもの。その番となるαは強くあれと育てられる。
 だからこの反応なのだと即座に思い直して、何とか眉間に寄った皺を元に戻す。
「グラキエ王子がいいんです。共に居てくれるなら、剣術なんて必要ない」
 ラズリウの言葉に、今度は母の眉間に皺が寄った。
「αがそれでは、何かあった時に誰が剣を抜くというの」 
「僕が抜きます」
「貴方はΩなのですよ。弱きものは強きものを選ぶべきです」
 話は平行線のまま、進みも戻りもしない。 
 半ば睨み合いになっている母子の間に、そろりと白い手が割って入ってきた。
 
「あの……」
 二人の顔色を伺うように、グラキエ王子はラズリウの母親へ話しかける。何ですかとつっけんどんな声音の答えにも関わらず、素直な婚約者は発言が許可されてほっとした様子で口を開いた。
「ラズリウ王子は弱きものではありません。武勲を立てた猛者と渡り合っていた腕前です」
「しかしΩなのですから」
「それなら私はα故に強きものという事になりませんか」
 もはや屁理屈だ。けれどそんな切り返しを想定していなかったらしい母は、彼の言葉に否定も肯定もしない。ただ唸るように消えそうな声をもらして口ごもった。

 黙しながらも何処かじとりとした視線を送る母を、金色の瞳がじっと見つめ返す。
「私はラズリウ王子のように強くありません。だからこそ、剣を抜かずに済むよう守りたいと思っています。誰も彼に近付けないように」
 そっと引き寄せられ、グラキエ王子の香りがラズリウを包み込んだ。大人しく番の腕に収められた我が子を見、母は少し目を見開く。
「……そう。貴方はシュクラーファ陛下と似ているのですね」
「そ、それは無理があるかと」
「あの方は武芸も魔法もさほど優れてはいません。だからこそ、戦にならぬよう努めておられます」
 突然の展開に戸惑う異国の王子へ、母は微かに笑みを浮かべた。そのままゆっくり近づいてきたと思えば細い指がラズリウの頭を撫でる。
「軟弱な主君だと揶揄されながらも、陛下が守ってきた子供達の一人なのです。どうかくれぐれも……諍いの道具にはなさらないで」
 
 己へ向けられた視線に、彼は母が言わんとした所を察したらしい。グラキエ王子の戸惑った表情が緩んで頷き返していた。
 二人は初めて会ったはずなのに。実の子より通じ合うのが早い気がするのは何故だろう。
「もちろんです。ラズリウが傷を負うなど、考えたくもありません」
 少しだけラズリウを抱く腕に力が入り、先日の打ち合いで走った切り傷の跡を白い指がなぞる。見上げた番の顔はどこか真剣な眼差しをラズリウに向けていて、出かかった言葉も喉の奥に戻っていった。
「……そうですか。その言葉、くれぐれも違えることのないように」
「はい」
 グラキエ王子の言葉に満足したのか、母は憑き物が落ちたような顔で部屋を後にする。けれどラズリウを包む腕はしばらく解かれることのないまま、閉まる扉の音を聞いていた。
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