籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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王宮

28.最後の晩餐

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 勧められて入り口に一番近い席に座ると、一家の紹介が始まる。
 王の隣に居る男性は王太子である第一王子で、反対隣に居る女性は第一王女だった。王太子の隣が第一妃、その隣が第二妃。第一王女の隣が第三妃、さらに隣が第四妃。第二妃側は第二王子から末の王子までが、第四妃側には第二王女から末の王女までが並ぶ。
「本当は妻も呼びたかったのだけれど、流石に人数が多くてね」
 紹介もそこそこに、明るい蜂蜜色の金髪をさらりと揺らす王太子が微笑んだ。文武両道の誇り高き騎士であると王都でも評判だった男性だ。
 そういえば長兄も文武両道と称されている事を思い出す。何処の国も王太子という存在は本当に規格外なのだと、ここに来てしみじみ思うグラキエだった。

  
 昼間の騒ぎのこと、使った魔法のこと、人攫いに遭ってしまったこと、祖国アルブレアのこと――食事の合間にあちこちから飛んできて渋滞する言葉を、王太子が上手く整理して流してくれる。
 さすがは大家族の長兄。手慣れたものだ。
「それにしても、ネヴァルストに来て災難続きだね。至らぬ所ばかりで申し訳ない」
 まさかそんな言葉が飛んでくるとは夢にも思わず、グラキエは目を瞬かせた。
「いえ、どちらも身から出た錆ですので……」
 特に人攫いの一件は完全にグラキエの警戒不足である。一般市民にまで気をつけろと言われていたものを、すっかり舞い上がって耳を傾ける事が出来ていなかった。
 忠告を自分事と捉えなかった結果があの様だ。情けないことこの上ない。
「祝宴での騒ぎは違うでしょう?」
 そう言って微笑みを寄越すのは第一妃。まさかの王妃直々のフォローである。祖国ならまず次兄にからかわれ、王妃である母に追い討ちで叱られるというのに。

 しかしこれも勇んで突っ込んだのはグラキエだ。普段の情けない姿も相まって、ラズリウ王子には必要以上に心配をかけてしまった。
 それに。
「処罰をするだけなら言葉を引き出すだけでもよかったはずです。それを挑発に乗って騒ぎを大きくしてしまい……申し訳ありません」
 今思えば、王族への侮蔑だけでも十分だった。言葉で戦えばよかったものを、彼らの口を塞ごうと短絡的な行動に出てしまった。
 それでも宴が続いていたのは流石大国の度量だ。普通なら流れてしまってもおかしくはない。万が一にも国王主催の宴席を潰してしまえば、その責はグラキエのみならずアルブレアにもかかる可能性があったのに。
 
「父はそれを織り込み済みで静観していたんだ。気にしないでくれ」
「お陰で素晴らしい魔法を見る事ができましたしね。不死鳥に変じる術者など見たことがありませんもの」
 冷静に宥めてくれる王太子とは反対に、第一王女は冷静な顔をしつつもギラギラと輝く目を向けてくる。 
 ……この雰囲気の表情は見た事がある。魔法に目のない次兄が珍しい文献を見つけた時の顔だ。
 これはよくあることなのだろう。
 第一王女の様子に、末の弟妹達は示し合わせたように視線を一斉に彼女から逸らした。その顔には戸惑いというよりも呆れが見える。
 また始まった、とでも言いたげに。
 
 対してネヴァルストの長兄は構う事なく、にこやかに妹へ微笑みかけていた。
「空想の動物は変化が難しいのだったかな」
「そうです。知った動物の動きを元に再現する術ですから、実在しないものへの変化は難しいのですよ」
「なるほど。さすがは魔法使いの国の王族だね」
「え。いや、ええと……」
 まだ話し足りなさそうな妹の話を切り上げ、王太子の視線がグラキエへ向いた。
 第一王女の話ぶりには妙な期待を上乗せされている気配がするけれど。差し向けられた視線に、話を合わせろと言わんばかりの圧を感じて口ごもった。
「……畏れ多いことです」
 変化の魔法ぐらいしかまともに使えないとは、とても言えない。退路が断たれるとはこのことかとグラキエは心の中で深く溜息を吐いた。


 それからはネヴァルストについての話が盛り上がり、食事がゆったりと進んでいく。
 和やかな雰囲気で囲む食事。
 仲の良さそうな家族の姿。
 話に聞く冷酷な王とも、関係の希薄な家族とも違う景色。少し妻と子供の人数が多いぐらいで、他は至って普通の家族である。
 もちろん伝聞全てを鵜呑みにするつもりはなかったけれど、あまりにも耳に入る話と異なっていて戸惑ってしまう。
「久方ぶりに楽しい晩餐でした。これで最後なのが名残惜しいですわね」
 デザートを食べ終え、しばらくして席を立ったのは第二王女だ。席から少し離れた場所で立ち、美しい動作でスカートを僅かに持ち上げて一礼をした。頭を上げたその顔には少し寂しそうな微笑みが浮かんでいる。
 
「皆様お元気で。戦場で相見えぬことを願っております」
 あまりにも物騒な結びの言葉にぎょっとするグラキエへ、近くに座っていた末の王女と王子がこそこそと話しかけてきた。 
「第二姉様は仲の悪い国に花嫁しに行くの。戦争になったら敵になっちゃうの」
「第二姉様はとーっても強いんだよ。戦いたくないなぁ」
 他国では政略結婚が主だと言うことは知っている。敵国との和平を繋ぐために結ばれる婚姻も、ネヴァルストではよくある事だとテネスの講義で聞いた……気がする。
 しかしさも当たり前のような顔で恐ろしい可能性を話す彼らを、戦火と縁遠い国で生きてきた人間は呆然と見つめる事しか出来なかった。

 
 扉へ向かって歩く第二王女を見守っていると、急に歩みの方向が変わる。ラズリウ王子へそっと近付き、立ち止まった。
「第五王子。今まで皆を守ってくれて、ありがとう」
 何の事かは聞かなくても分かったようだった。
 やはりラズリウ王子が離宮で役目を与えられていたのは、兄弟姉妹の婚約が成立するまでの時間を稼ぐ目的もあったのだろう。子を孕む可能性のある時期が女性に比べて短いΩを宛てがい、他の王族をならず者から守る防波堤として。
 言葉が出ない様子のラズリウ王子に、第二王女は穏やかに微笑みかける。
「平和な国で飼われる事になって何よりです。見つけた番を大切にね」
「…………はい」
 
 ラズリウ王子の献身に守られて嫁ぐ王女。けれど一歩間違えば祖国の敵となりうる状況に、一体どんな思いでいるのだろうか。
 柄にもなく、そんな事を考えてみたけれど。
 グラキエにその胸中は想像すら出来なかった。
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