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王宮
27.意外な事実
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心配事が減ったラズリウ王子に元気な様子が戻り、グラキエは密かに胸を撫で下ろした。
「それにしても意地が悪いな。お役目の事を知っていたなら教えてくれればよかったのに」
グラキエしか知らないと思っていたから必死に隠していたのだ。最初から知っている人間が周りに居たのなら、ラズリウ王子だってこんなに怯えずに済んだのに。
「はて、話を聞いていただけるお耳の状態でしたかな?」
絵姿に描かれた人物の説明が始まる瞬間に逃げ出していた過去を思い出し、そろりとテネスの視線から目を逸らす。
当時はこれでもかと詰め込まれた婚約者候補との顔合わせから逃げ回っていたのだ。確かに説明されても、きちんと椅子に座っている事は無かっただろう。
「しかしラズリウ殿下にも黙ったままでしたのは申し訳ございません。あえて触れぬ方がと考えておったのですが……まさかこうなるとは」
グラキエに対する時とは違い、落ち着きなく髭をなでつけている。しかしラズリウ王子はふるふると首を振った。
「ずっと見守られていたという事ですよね。なんだろう……とても温かい気持ちです」
腕に抱きついてきたラズリウ王子は微笑みを浮かべながらグラキエを見る。思わずその額に口付けると、頬に口付けが返ってきた。
すると少し離れた所からスルトフェンのわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「で? 何も知らされてなかった俺に言う事はねぇのかよ」
「あ……えーと、ごめんね。スールに一から説明するのは気が引けて」
少し俯きがちに微笑むラズリウ王子の様子に、どこか諌めるような周囲の視線がスルトフェンへ向いた。
落ち着いた話を蒸し返すな――これは流石のグラキエにも分かったけれど。当の本人は不服そうだ。
やれやれとアスルヤがわざとらしい溜息を吐いて、スルトフェンの肩をぐっと掴む。
「デリカシーは持ってた方がいいぞぉスルトフェン。リーネに振り向いてもらえないぞ~」
揶揄うような口調で唐突に出てきた名前に首を傾げていると、無言の非難を浮かべる男の顔が慌てだした。
その名に全く聞き覚えがないというわけではない気がするけれど。一体誰だったか。
「リーネって……司書の?」
――それだ。
聞こえてきたラズリウ王子の声に思わず手の平を打つ。
頭に浮かんできたのは研究所の司書。いつも無表情だが書物の事になると非常に熱心な女性だ。貸出資料の扱いが雑な魔法技術フロアの研究員への対応が、吹雪に例えられるほど冷たいことで有名である。
城の訓練場によく居るスルトフェンと関わりがあるようには思えない。不思議なこともあるものだ。
そんな事を思いながらラズリウ王子に視線をやれば、向こうも同じようにグラキエを見ていた。
「おやおやおやぁ? お二人とも、スルトフェンの恋路をご存知でない!?」
「こンのっ……デリカシーがねぇのはどっちだ!!」
きょとんとする二人を見て、アスルヤは爛々と目を輝かせた。飛びかかってくるスルトフェンをひらりひらりと舞うようにかわし、悪戯を思いついた子供のようにニンマリと笑っている。
そして何か耳打ちされる度にスルトフェンの顔へ焦りが浮かぶ。最近はすっかり小言役になっている彼の、こんな表情を見たことがあっただろうか。
バタバタと繰り広げられる攻防を興味深く見守っていたけれど。いつまでも喧しいとテネスの一喝が入って、二人仲良くぴたりと動きが止まってしまった。
改めて支度を終えた頃にヴィーゼル卿が訪れ、晩餐会の場へ足を進めた。昼間より装飾が追加されて重くなった衣服を引きずり、ゆっくりと進む一団の後ろについて歩く。
隣のラズリウ王子を見ると、心なしかにこやかな表情を浮かべている。
「何だか嬉しそうだな」
「うん。スールを僕につき合わせたままでいいのかなって思ってたから……少しホッとしたんだ」
聞けばスルトフェンは急な従者の募集に手を上げてくれただけらしい。正式に婚約が成った今、王命でないのならば身の振り方を考えても良い頃だ。
細々とした懸念ごとを沢山抱えてきていたのだろう。荷物をひとつ下ろして微笑む姿は晴々としているように見えた。
「それにしても、恋路か。しかも司書が相手とは」
「ね。すっごく意外」
てっきり騎士への目標一直線かと思っていたのに。人は見かけによらないものである。
行く先は正門に向かって左手に広がる建物だ。翼のように広がる棟のひとつに向かって真っ直ぐに進んでいく。
長い回廊を歩き、もういくつの扉を通り過ぎたか数えきれなくなった頃。これまでよりも二回りは大きかろうという巨大な扉の前で一団の足が止まる。先を歩いていた人々は振り向いて首を垂れ、そのまま後ろへ下がっていった。
「こちらに皆様お揃いでございます」
扉を示しながらヴィーゼル卿が合図をすると、両脇に立っていた騎士が扉の取っ手に手をかける。
ゆっくりと開いていく扉の向こうには巨大な円卓がひとつ。グラキエ達を見つけるや否や、席に着いていた全員が立ち上がった。
「よくぞ参った」
そう声を発したのは一番奥に居るネヴァルスト王。
その左右には子供と思しき若い男女が一人ずつ。更に外側に王と歳が近そうな女性が二人ずつ――近い年代で四人いるということは、彼女らが王妃だろうか。
その外側にはラズリウ王子の兄弟姉妹だと思われる年若い男女がずらりと並ぶ。こうして見ると本当に多い。その中でも比較的幼い子供達が、観察するようにグラキエをじっと見つめていた。
「それにしても意地が悪いな。お役目の事を知っていたなら教えてくれればよかったのに」
グラキエしか知らないと思っていたから必死に隠していたのだ。最初から知っている人間が周りに居たのなら、ラズリウ王子だってこんなに怯えずに済んだのに。
「はて、話を聞いていただけるお耳の状態でしたかな?」
絵姿に描かれた人物の説明が始まる瞬間に逃げ出していた過去を思い出し、そろりとテネスの視線から目を逸らす。
当時はこれでもかと詰め込まれた婚約者候補との顔合わせから逃げ回っていたのだ。確かに説明されても、きちんと椅子に座っている事は無かっただろう。
「しかしラズリウ殿下にも黙ったままでしたのは申し訳ございません。あえて触れぬ方がと考えておったのですが……まさかこうなるとは」
グラキエに対する時とは違い、落ち着きなく髭をなでつけている。しかしラズリウ王子はふるふると首を振った。
「ずっと見守られていたという事ですよね。なんだろう……とても温かい気持ちです」
腕に抱きついてきたラズリウ王子は微笑みを浮かべながらグラキエを見る。思わずその額に口付けると、頬に口付けが返ってきた。
すると少し離れた所からスルトフェンのわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「で? 何も知らされてなかった俺に言う事はねぇのかよ」
「あ……えーと、ごめんね。スールに一から説明するのは気が引けて」
少し俯きがちに微笑むラズリウ王子の様子に、どこか諌めるような周囲の視線がスルトフェンへ向いた。
落ち着いた話を蒸し返すな――これは流石のグラキエにも分かったけれど。当の本人は不服そうだ。
やれやれとアスルヤがわざとらしい溜息を吐いて、スルトフェンの肩をぐっと掴む。
「デリカシーは持ってた方がいいぞぉスルトフェン。リーネに振り向いてもらえないぞ~」
揶揄うような口調で唐突に出てきた名前に首を傾げていると、無言の非難を浮かべる男の顔が慌てだした。
その名に全く聞き覚えがないというわけではない気がするけれど。一体誰だったか。
「リーネって……司書の?」
――それだ。
聞こえてきたラズリウ王子の声に思わず手の平を打つ。
頭に浮かんできたのは研究所の司書。いつも無表情だが書物の事になると非常に熱心な女性だ。貸出資料の扱いが雑な魔法技術フロアの研究員への対応が、吹雪に例えられるほど冷たいことで有名である。
城の訓練場によく居るスルトフェンと関わりがあるようには思えない。不思議なこともあるものだ。
そんな事を思いながらラズリウ王子に視線をやれば、向こうも同じようにグラキエを見ていた。
「おやおやおやぁ? お二人とも、スルトフェンの恋路をご存知でない!?」
「こンのっ……デリカシーがねぇのはどっちだ!!」
きょとんとする二人を見て、アスルヤは爛々と目を輝かせた。飛びかかってくるスルトフェンをひらりひらりと舞うようにかわし、悪戯を思いついた子供のようにニンマリと笑っている。
そして何か耳打ちされる度にスルトフェンの顔へ焦りが浮かぶ。最近はすっかり小言役になっている彼の、こんな表情を見たことがあっただろうか。
バタバタと繰り広げられる攻防を興味深く見守っていたけれど。いつまでも喧しいとテネスの一喝が入って、二人仲良くぴたりと動きが止まってしまった。
改めて支度を終えた頃にヴィーゼル卿が訪れ、晩餐会の場へ足を進めた。昼間より装飾が追加されて重くなった衣服を引きずり、ゆっくりと進む一団の後ろについて歩く。
隣のラズリウ王子を見ると、心なしかにこやかな表情を浮かべている。
「何だか嬉しそうだな」
「うん。スールを僕につき合わせたままでいいのかなって思ってたから……少しホッとしたんだ」
聞けばスルトフェンは急な従者の募集に手を上げてくれただけらしい。正式に婚約が成った今、王命でないのならば身の振り方を考えても良い頃だ。
細々とした懸念ごとを沢山抱えてきていたのだろう。荷物をひとつ下ろして微笑む姿は晴々としているように見えた。
「それにしても、恋路か。しかも司書が相手とは」
「ね。すっごく意外」
てっきり騎士への目標一直線かと思っていたのに。人は見かけによらないものである。
行く先は正門に向かって左手に広がる建物だ。翼のように広がる棟のひとつに向かって真っ直ぐに進んでいく。
長い回廊を歩き、もういくつの扉を通り過ぎたか数えきれなくなった頃。これまでよりも二回りは大きかろうという巨大な扉の前で一団の足が止まる。先を歩いていた人々は振り向いて首を垂れ、そのまま後ろへ下がっていった。
「こちらに皆様お揃いでございます」
扉を示しながらヴィーゼル卿が合図をすると、両脇に立っていた騎士が扉の取っ手に手をかける。
ゆっくりと開いていく扉の向こうには巨大な円卓がひとつ。グラキエ達を見つけるや否や、席に着いていた全員が立ち上がった。
「よくぞ参った」
そう声を発したのは一番奥に居るネヴァルスト王。
その左右には子供と思しき若い男女が一人ずつ。更に外側に王と歳が近そうな女性が二人ずつ――近い年代で四人いるということは、彼女らが王妃だろうか。
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