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遭遇
38.忍び寄る影
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少し開けた広場のような場所に辿り着き、地面を蹴り続けた足をようやく止めた。共に駆け出したヴィーゼル卿、テネス、スルトフェンはもちろん、交戦していた騎士達も欠けることなく合流できたようだ。
最初に気絶させられていた騎士は未だに状況を飲み込めない様子だが、それ以外の面々は青い顔をして立ち尽くしている。
無理もない。実戦の経験が少ない彼らが相対するには、戦を知らぬグラキエから見ても実力の差が大きかった。負傷だけで済んでいるのが奇跡に思えるくらいに。
……まぁ、それはいいとして。気になるのはラズリウ王子だ。
あの男が現れてから落ち着きがない。地面を叩き割る技を知っていたからかと思いはしたが、未だ僅かに震えていることを考えると、単にそれだけだという訳ではなさそうだ。
「大丈夫か?」
再び声をかけると、しがみつくように抱きついていた体が僅かに揺れた。恐る恐る見上げてくる琥珀色がグラキエを映して、少し引き攣った微笑みが向けられる。
そんな顔で、消え入りそうに大丈夫だと言われても。
剣を抜いた時のラズリウ王子は惚れ惚れするほど雄々しいのに、今はその影も見えない。あの男と何かあったのだろうと察しはつく。けれどその内容を問う勇気は出なくて。
出来ることといえば、必死で作り上げたであろう微笑みに応えることぐらいだった。
「ここで少し休みましょう。完全に引き返すのは少々リスクが高うございます」
「お、お待ちを。ヴィ……この方をこんな場所で待機させるのはいささか問題が。この近くに村がございますので、そこに」
辺りの様子を窺っていたヴィーゼル卿の護衛騎士の提案に、検閲をしていた騎士達の長は慌てた様子で口を挟む。
しかし、どうやらそれは逆効果だったようだ。
「あの者達がつけてきていたら、貴殿はどうする。この人数で村人を守れるのか?」
「……それは」
ぞくりとするほどの圧をもったヴィーゼル卿の低い声に、部下をちらりと見やった男は「いえ……」と吹けば消えそうな声で呟いて首を横に振った。
ヴィーゼル卿は領主だ。
彼にとって、あの村の住民は己が守るべき民。彼らを危険に晒す判断はしない。
とはいえ睨まれた方も己の役割を果たそうとしているのが分かるだけに、気の毒な役回りである。
「そう怖い顔をしなくてもいいじゃないか。貴族連れの騎士なら、一般的には彼のような判断になるのでは」
ラズリウ王子を抱えたまま近くの岩に腰掛け、ヴィーゼル卿にも座るよう声をかける。騎士隊の長は何だか妙な顔をしたが、護衛の騎士達をチラリと見て沈黙を選んだようだった。
「……左様でございますな。いやはや、お恥ずかしい所をお見せいたしました」
「良い領主に恵まれたようで何よりだ」
すっかり元の様子に戻った顔にどこかほっとしながら、先ほどの光景を思い出す。
「ところで、あの巨大な斧を持った男の事なんだが。何か知っているだろうか」
あまり触れられたくない部分なのだろう。
ヴィーゼル卿やその護衛騎士達は一斉に渋い顔をした。
「……直近に起きた最後の戦で、抜きん出た戦績を収めた男にございます。しかしあの通り広範囲を破壊する技を得意としており、その犠牲者には味方も多数含まれておりまして」
少しの沈黙を破って話し始めた卿の顔は表情が重い。眉間に皺を寄せて額を手で押さえながら、深いため息を吐き出している。
「実力は申し分ないものの、礼節が身に付かず王宮に召し上げられる事もなく。挙げ句の果てに問題を起こしまして、早い話が厄介払いをした者にございます」
なるほど、とグラキエは小さく呟いた。
荷物を奪いにきていた他とは違い、あの大男は動きが違っていた。
護衛の格好をしたスルトフェンよりも検閲部隊の長へ、アルブレア騎士のグノールトよりもヴィーゼル卿の護衛騎士へ。明らかにネヴァルストの騎士だと分かる人間を狙って斧を向けていたのだ。
彼があの集団の要のようだから、てっきり敵の注意を引きつける役をしているのだと思っていたけれど。どうやら私怨ゆえの行動だったらしい。
グラキエの上着を握りしめて身を固くしているラズリウ王子をゆるく抱きしめ、ひとつ息をつく。
「……このまま野放しにするのは良くないな」
周囲を気にせずあんな大技を使う人間を放っておけば、いつ負傷者が出てもおかしくない。ネヴァルスト王宮へ憤りの目を向けているのなら、尚更。
ふと、石のように固まっていたラズリウ王子の手がぴくりと動いた。
「だめ、駄目だグラキエ……あいつは……」
揺れる琥珀色の瞳が不安げに見上げてくる。まさかこのまま討伐に出ると思ったのだろうか。
「あの一団には近付かない。万が一にも君を戦わせる訳にはいかないからな」
どう自分贔屓に考えても、武術も魔法もろくに修練していないグラキエは良い攻撃の的である。さすがにそこまでの無茶をする度胸などあるはずもない。
もしもそんな無謀に身を投じたとしたら、きっとラズリウ王子を危険に晒してしまう。それだけは避けたい。カーネリア妃とも約束したのだから。
しかしどうにか、あの集団を止める手伝いはできないものか。
……そんなことに気を取られていたからだろう。
大きな影がすぐ近くに寄ってきているというのに、気付くことが出来なかった。
最初に気絶させられていた騎士は未だに状況を飲み込めない様子だが、それ以外の面々は青い顔をして立ち尽くしている。
無理もない。実戦の経験が少ない彼らが相対するには、戦を知らぬグラキエから見ても実力の差が大きかった。負傷だけで済んでいるのが奇跡に思えるくらいに。
……まぁ、それはいいとして。気になるのはラズリウ王子だ。
あの男が現れてから落ち着きがない。地面を叩き割る技を知っていたからかと思いはしたが、未だ僅かに震えていることを考えると、単にそれだけだという訳ではなさそうだ。
「大丈夫か?」
再び声をかけると、しがみつくように抱きついていた体が僅かに揺れた。恐る恐る見上げてくる琥珀色がグラキエを映して、少し引き攣った微笑みが向けられる。
そんな顔で、消え入りそうに大丈夫だと言われても。
剣を抜いた時のラズリウ王子は惚れ惚れするほど雄々しいのに、今はその影も見えない。あの男と何かあったのだろうと察しはつく。けれどその内容を問う勇気は出なくて。
出来ることといえば、必死で作り上げたであろう微笑みに応えることぐらいだった。
「ここで少し休みましょう。完全に引き返すのは少々リスクが高うございます」
「お、お待ちを。ヴィ……この方をこんな場所で待機させるのはいささか問題が。この近くに村がございますので、そこに」
辺りの様子を窺っていたヴィーゼル卿の護衛騎士の提案に、検閲をしていた騎士達の長は慌てた様子で口を挟む。
しかし、どうやらそれは逆効果だったようだ。
「あの者達がつけてきていたら、貴殿はどうする。この人数で村人を守れるのか?」
「……それは」
ぞくりとするほどの圧をもったヴィーゼル卿の低い声に、部下をちらりと見やった男は「いえ……」と吹けば消えそうな声で呟いて首を横に振った。
ヴィーゼル卿は領主だ。
彼にとって、あの村の住民は己が守るべき民。彼らを危険に晒す判断はしない。
とはいえ睨まれた方も己の役割を果たそうとしているのが分かるだけに、気の毒な役回りである。
「そう怖い顔をしなくてもいいじゃないか。貴族連れの騎士なら、一般的には彼のような判断になるのでは」
ラズリウ王子を抱えたまま近くの岩に腰掛け、ヴィーゼル卿にも座るよう声をかける。騎士隊の長は何だか妙な顔をしたが、護衛の騎士達をチラリと見て沈黙を選んだようだった。
「……左様でございますな。いやはや、お恥ずかしい所をお見せいたしました」
「良い領主に恵まれたようで何よりだ」
すっかり元の様子に戻った顔にどこかほっとしながら、先ほどの光景を思い出す。
「ところで、あの巨大な斧を持った男の事なんだが。何か知っているだろうか」
あまり触れられたくない部分なのだろう。
ヴィーゼル卿やその護衛騎士達は一斉に渋い顔をした。
「……直近に起きた最後の戦で、抜きん出た戦績を収めた男にございます。しかしあの通り広範囲を破壊する技を得意としており、その犠牲者には味方も多数含まれておりまして」
少しの沈黙を破って話し始めた卿の顔は表情が重い。眉間に皺を寄せて額を手で押さえながら、深いため息を吐き出している。
「実力は申し分ないものの、礼節が身に付かず王宮に召し上げられる事もなく。挙げ句の果てに問題を起こしまして、早い話が厄介払いをした者にございます」
なるほど、とグラキエは小さく呟いた。
荷物を奪いにきていた他とは違い、あの大男は動きが違っていた。
護衛の格好をしたスルトフェンよりも検閲部隊の長へ、アルブレア騎士のグノールトよりもヴィーゼル卿の護衛騎士へ。明らかにネヴァルストの騎士だと分かる人間を狙って斧を向けていたのだ。
彼があの集団の要のようだから、てっきり敵の注意を引きつける役をしているのだと思っていたけれど。どうやら私怨ゆえの行動だったらしい。
グラキエの上着を握りしめて身を固くしているラズリウ王子をゆるく抱きしめ、ひとつ息をつく。
「……このまま野放しにするのは良くないな」
周囲を気にせずあんな大技を使う人間を放っておけば、いつ負傷者が出てもおかしくない。ネヴァルスト王宮へ憤りの目を向けているのなら、尚更。
ふと、石のように固まっていたラズリウ王子の手がぴくりと動いた。
「だめ、駄目だグラキエ……あいつは……」
揺れる琥珀色の瞳が不安げに見上げてくる。まさかこのまま討伐に出ると思ったのだろうか。
「あの一団には近付かない。万が一にも君を戦わせる訳にはいかないからな」
どう自分贔屓に考えても、武術も魔法もろくに修練していないグラキエは良い攻撃の的である。さすがにそこまでの無茶をする度胸などあるはずもない。
もしもそんな無謀に身を投じたとしたら、きっとラズリウ王子を危険に晒してしまう。それだけは避けたい。カーネリア妃とも約束したのだから。
しかしどうにか、あの集団を止める手伝いはできないものか。
……そんなことに気を取られていたからだろう。
大きな影がすぐ近くに寄ってきているというのに、気付くことが出来なかった。
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