籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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遭遇

39.企み

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 グラキエ王子の匂いや温度に気を取られていたからか、一度逃走して一息ついたからか。 
 魔力の警戒線を引き忘れ、あの男に気がついたのはすぐ近くまで接近を許してからだった。

「グラン、下がって!」

 咄嗟に包まれていた腕の中から飛び出し、後ろへ力いっぱい押し下げる。
 王家に取り入ろうとしていた連中は、その機会を潰した褒賞の番を嫌う。絶対に攻撃させる訳にはいかない。
 振り下ろされるであろう斧を受け流すべく懐剣を抜き放った――が、伸びてきたのは斧の刃ではなくて。
「あ……ッ……!?」
 ゴツゴツとした大きな手。左の手首を掴まれ、勢いよく引きずられて脳裏に離宮での記憶が蘇る。
 
 ほんの一瞬。
 ただそれだけの硬直の間に、握っていた懐剣が地面に落ちる音がした。
「リィっ!!!」
 後ろからグラキエ王子の焦りを含んだ声が耳に届く。
 けれど鳩尾に鋭い一撃を食らったラズリウは、振り返る余裕すらなく崩れ落ちてしまった。


  
 
 ――ぽたり、ぽたりと。
 耳に届くのは、ゆっくりと落ちる水の音。
 
 目を覚まして映ったのはゴツゴツとした岩肌の空間と板張りの床。両手は後ろ手に縛られている。明るい森の広場に皆と居たはずが、いつの間にか薄暗い洞窟と思しき場所に一人転がされていた。
 直前まで温かい体温に包まれていたからだろうか。途端に肌寒さと心細さが滲み込んでくる。
「……グラキエ……」
 聞いたことのない声だった。きっと心配させてしまっている。あれだけ君を守ると自信満々に言っていたのに、まさか己が捕まるなんて情けない。
 何ひとつ上手くいかない。
 じわりと目尻が熱くなった頃、ふと遠くに人の声が聞こえた。
 
 上げた視線の先には人影がふたつ。会話が途切れて影が動いたけれど、明かりを背にやって来るのは一人だけだ。
 背がかなり高く、体格もいいのが影でも分かる。そして薄闇にぼんやりと浮かぶのは白く短い髪。
「目ェ覚ましたか」
 暗さに慣れてきた目が映したのは、気を失う前に見た人間だった。
 ゆっくりと近くまでやってきた足がすぐ目の前に立ち止まる。見下ろしてくる蒼と銀の瞳にびくりと肩を震わせたラズリウを見、小馬鹿にしたように右の口角をゆるく上げた。
 ――王家やその関係者を目の敵にしているくせに、王家へ入り込もうと何度もラズリウとの一夜を望んだ男。いくら繰り返しても子を孕まない苛立ちを暴発させ、遂には王宮から拒絶された愚か者。
 二度と見たくなかった顔が、薄暗い中で目の前にある。

 もう数年前のことなのに、未だに心臓が嫌な走り方をし始めた。すくんだ身を冷たい汗が伝っていく。
「まさかお前が女の格好でウロついてるとはな。ついに王宮から放り出されたか、不良品」 
 いい気味だと嗤う男の手がラズリウの肩を床に押さえつけた。抵抗しようにも手首の拘束で自由がきかない。早くなる呼吸をどうにか落ち着け、睨み返すのが精一杯だ。
 しかしそんな事に構う様子はなく、力任せに服の前が開かれた。ひんやりとした空気が素肌に触れ、ふるりと身が震える。
「……襲ったって無駄だよ。もうネヴァルストの王宮が君を受け入れることなんて、ない」
 ただでさえ王族への暴力で追い出されたのだ。万が一にもラズリウが子を孕んだとて、この男に何の恩恵があるはずもない。
 それは本人も分かっているはずなのに、一体何を考えているのだろう。

 怯えに固まる体とは反対に、頭はどこか冷静になっていく。黙々とラズリウの服を剥いでいた男は、ク、と抑えた声で笑った。
「あのクソッタレ王はそうだろうよ。だがテメェの弱そうな飼い主はどうだろうな」
 飼い主――グラキエ王子のことを言っているのだろう。ラズリウが自分から飛び出してしまうまで、ずっと抱きしめてくれていたから。
「な、にを……」
「たかがΩを大事に大事に抱え込んでたんだ。ボロボロになった姿を見りゃ、出す金は惜しまないだろ」
 かっと頭に血が昇るのが自分でも分かった。縛られてさえいなければ、自慢げに言うその顔に拳をねじ込めたのに。
 
 強請ゆする気だ。
 あの優しい人に、人質を盾にして金をせびる気なのだ。
「嫌がる芝居は盛大にしろよ? その方が飼い主サマも目の色変えるだろうからなぁ」
 にやにやと笑いながら男は覆い被さってくる。すぐそこにやってきた顔を、ラズリウは力一杯睨み返した。
 冗談じゃない。思い通りの道具になどなってやるものか。
 そう意気込んで奥歯を食いしばったけれど、肌に男の手が触れた瞬間ぞくりと違和感が背筋を走った。
 
 見知らぬ相手に触れられるのは、不本意ながら初めてじゃない。
 四年の間、色々な手に触れられて耐えてきた。今更触れられた所で何も感じない……はずだったのに。
「っう……や……ッ!」
 ぞわぞわと違和感が全身を走る。嫌悪感、と言うのが正しいだろうか。
 
 気持ち悪い。触れられたくない。
 
 あっという間にそんな感情が溢れ出してきて、留めることも出来ずにぼろぼろと涙が目からこぼれ落ちた。
 おかしい。
 この程度で泣いていたらお役目など果たせていない。抵抗感なんて、最初のうちに無くしてしまったはずなのに。
「ははっ、何だそりゃ! 生娘じゃあるまいし」
 ラズリウの反応が相手の嗜虐心を煽ってしまったらしい。ぎらりと目を光らせたかと思えば、嫌がらせのようにベタベタと肌を撫で回してくる。
 その度に吐き気に近い嫌悪感が込み上がってきて、何とか逃げ出そうと本能的に身をよじる。
 
 気持ち悪い。
 どうして。

 こうなっては向こうの思う壺だ。可哀想なΩになってはいけない。毅然としていないといけない。
 そう、頭では分かっているのに。
「やめっ、さわらな……ッ、やぁぁぁ――っ!」
 大きな手が下半身に触れた瞬間、堪えていたものが限界に達して喉が悲鳴をあげる。その瞬間じわりと首輪の飾りが熱を持ち、視界が真っ白な光で覆われていった。
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