籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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遭遇

40.暴風雪

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 光が収まると男は少し離れた所に倒れていた。
 しかしすぐに起き上がって、ラズリウの方へ詰め寄ってくる。
「テメェ一体何しやがっ……くそっ、何なんだこれは!」
 勢いに任せた大きな手が伸びてきてきたけれど、見えない何かで弾かれた。まるでそこに壁があるかのように、何度伸ばされてもラズリウまで届く気配はない。
「これ、は……一体……」
 魔法を使った覚えなんてない。目の前の現象はどう見ても、魔法の類が起こすものに見えるのに。
 
「ラズリウ! どこだ!?」
 
 困惑する頭に、聞き馴染んだ声が耳を通って飛び込んできた。
 遠くで響く怒号や物音を抜けて何人かの影が走ってくる。そしてその中には銀の髪と金の瞳を持つ人間も混ざっていた。
「グラキエっ!」
 見つけた番の姿に思わず声を上げると、金色の瞳がラズリウの方へ向いて。その表情がみるみる間に表情を失っていく。
「……なん、て、事を……!!」
 ぐしゃりと崩れた無表情が、これまでになく明確に怒りに染まって男の方を睨んだ。 

「チッ、来るのが早すぎるだろうが!」
 集まりつつある騎士達をちらりと見やり、男が腰に差していた剣を抜く。人質にでもしようとしたのかラズリウへ手を伸ばすけれど、やはりその手は弾かれて行き場を失った。
 ざっと周囲を見回した男は、グラキエ王子へ向かって地面を蹴る。
「グラキエ! 逃げて!」
 いつもの斧ではないとはいえ、地面を打ち砕く技を持つあの男の一撃はきっと重い。グラキエ王子の腕力で受け止め切れるかは危うい。
 なのに金色の瞳は向かってくる男を見つめたまま、微動だにしない。
「早く! グラキエ――っっ!!」
 彼の元に向かいたいのに、がっちりと結び上げられた拘束が邪魔をする。せめて守りの魔法だけでもかけられればと集中しかけた瞬間、氷の混じった暴風が洞窟の中に吹き荒れた。

 
 轟々と唸る風音と、凍えそうな冷気が叩きつけて皮膚が痛い。たまらずに身を丸めて地面に伏せる。
「大丈夫ですか? 遅くなり申し訳ございません」
 ふわりと外套がかけられ、見上げた先にはアスルヤの姿があった。
 するりと拘束を解かれた瞬間に走り出そうとするラズリウを、駆けつけてくれた魔法師は微笑みを浮かべながら制する。
「近付いてはいけません。理由はお分かり頂けますよね?」
 ちらりと視線が示した先は、右腕が凍りかけて悲鳴をあげている大男。その周囲を渦巻く猛吹雪のような魔力も覚えがある。
 ――グラキエ王子だ。王宮の宴席での騒ぎで感じたものと同じ。

 けれど、何だかおかしい。
 以前に比べて凍結の広がりがやけに早いような。

 違和感に駆られて周囲を見回した瞬間、洞窟内の壁面が急激に凍りつき始めた。壁から天井まで瞬く間に氷が覆い、あちこちから巨大な氷の柱がバキバキと音を立てながら生えてくる。
 流石にまずいと判断したのか、いつものようにアスルヤが割って入ろうと右腕をかざして――その手すらも氷の結晶が覆い始めた。
「アスルヤ!?」
 今までは軽々と現象を収めていたのに、勢いよく目の前の人間の腕が凍りついていく。呻くような声と共に地面を睨んでいたアスルヤは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ラズリウ殿下。皆と一緒に外へ」
「え、で、でも」
 普段とは打って変わって笑顔のひとかけらもない表情。気を抜くと気圧されそうなその雰囲気に、視線を返すのが精一杯だ。

 ちらりと周囲に視線をやり、再びアスルヤの瞳がラズリウを見た。その顔はぎこちなく眉を下げて、困ったような表情を浮かべている。
「この洞窟には恐らく魔法鉱石の鉱脈があります。グラキエ殿下の魔力と相性が良すぎて、情けない話なのですが……私の手には余るようで」
 ふと声が途切れて、ひとつ。
 小さく息を吐く音が聞こえたと思えば、目の前の魔法師はへらりと笑った。
「このまま居れば全員が氷漬けです。早く外へ」
 どこか嫌な予感を含む言葉に息が詰まる。どくどくと走り出す心臓をどうにか落ち着けながら、橙色の目を見つめ返した。
「で……も、っ、それじゃアスルヤとグラキエが……」
「致し方ありません」
「っ、な……見捨てろっていうの!?」
 はっきりと二年前の事件を思い出し、声が大きくなってしまった。

 アルブレアの王都を包むドームの外で行われていた調査中に起きたトラブル。そのせいでグラキエ王子が戻ってこないかもしれないと告げられたあの日。
 ただただ無事を祈りながら待つしかなかったあの時間が、どれほどラズリウを押し潰しそうになったことか。そんな歯痒い思いを、二度と会えない可能性が高い状況で再びしろというのか。
 
 ……冗談ではない。そんな事態を避けようとラズリウはずっと学んできたのだ。
 だというのに、目の前の魔法師はどこか覚悟の滲む目で微笑みをたたえている。 
「グラキエ殿下には私が最期までお供します。運が良ければ、止められるかもしれませんから」
 運が良ければ、なんて。
 それはもはや不可能だと言われているにも等しい。諦めの滲む意志でこの状況が好転するとは思えない。
 気休めの言葉は、ラズリウにとって何の意味もない。 
「あっ! ダメですって!」
 たまらず駆け出した背中をアスルヤの声が追いかけてくる。けれどすぐに両耳は轟々と唸る風音に包まれて、他は何も聞こえなくなってしまった。

  

 風の発生元に向かって歩くほど、その風量や混ざる氷雪の量が増えていく。
 時々押し戻されそうになりながらも、何とか光の膜を周囲に張る魔法で風雪を防ぎつつ前へ進んでいた。元々はアルブレアの吹雪対策で覚えたものだったのに、まさか祖国で役に立つとは。
 悪戦苦闘しながらもじりじりと進む内、片膝をついて地面にうずくまる男の背中が見える。体の右半分ほどが凍りついて動けなくなっているようだ。
 宴席の騒ぎで武器や手足を上手く凍らされた連中とは違い、肌が青白いし声も出せる様子でもない。横を通り過ぎつつチラリと見ると、虚ろな目が地面の上に視線を彷徨わせている。
 本当に死の影が近づいているのかもしれない。知ったことではないけれど。 
 
 この男がいるということは、近づいているのだ。
 周囲にグラキエ王子が居るはず。
 揺れる首輪の飾りを握りしめ、吹き付けてくる風に向かって再び歩き始めた。
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