籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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遭遇

41.導く光

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 目の前が白一色に染まって、どれくらいの時間が経ったんだろう。
 
 吹雪が吹き荒れる光景に呆然としながらも、何とか魔法を止めようとグラキエは足掻いていた。しかし一度暴走を始めた魔力はいくら働きかけても唸るばかりで、言うことを聞いてくれる気配はない。
 せめて皆が撤退するまでは抑えておきたいけれど、冷気のせいか頭がぼんやりとして時間感覚が曖昧になっている。
 
 連れ去られたラズリウ王子をようやく見つけ、着ている服が乱された姿を目にして頭に血が昇った所までは覚えている。
 向かってくる男が視界に入ると何も考えられなくなって、相手を打ち倒そうと衝動的に氷結の魔法を放った。 
 ……それが、いけなかった。
 温暖な気候ゆえかネヴァルストは氷結の進みが遅い。その傾向を知って油断していたと思う。
 けれどこの洞窟は魔法鉱石の影響で気温が低く、魔力の溜まり場のようになっている。掌握できない魔法を迂闊に使ってはいけないと、少し考えれば分かるはずだったのに。
 
「……ラズリウ……」
 彼は、無事に逃げられたのだろうか。 
 乱暴されたであろう身体を包んでやれなかった。瞳からこぼれた涙すら拭わなかった。
 あの時はアスルヤもグノールトも近くに居た。変化すればあの男の攻撃は回避できた。どう考えても実力が上回っている周囲に頼るべきだったのに。
 優先すべきラズリウ王子を二の次にして、この様だ。己は一体何をしたかったのだろう。
 段々と自己嫌悪に陥りはじめ、吹雪を押し留めようとする魔力の出力が落ちていく。気温が下がるにつれ段々と視界が霞んできて、何故か目の前に番が姿を現した。

 ついに幻覚が見え始めたらしい。
 
 いよいよここまでかと俯いた瞬間、どかっと何かが突撃してきて後ろへ数歩たたらを踏む。
 何とか踏みとどまって突っ込んできた物体をあらためると、さらりと黒髪が揺れていた。そしてその濡羽色の中に一筋ずつ混ざる翡翠色。
 ――この色を、グラキエは知っている。
「ら、ず……りう……?」
 まさかと思いながら名を呟くと、ばっと見知った顔がグラキエの方を向いた。少し大きな琥珀色の瞳がじっと見つめてくる。
「やっと見つけた」
 ふわりと微笑む顔が近付いてきて、口元に柔らかいものが触れる。
 本物、なのだろうか。
 この暴風雪の中を通ってきたのだとしたら、どれだけ苦しい思いをしながらここまで来てくれたのだろう。

 ……喜んではいけない。
 ここに引き留めてはいけない。
 早く外へ逃さなければ。
 
「ラズリウ……はやく、離れて……ここから逃げるんだ」
 もう殆ど周囲の魔力に干渉できなくなっている。魔法が暴走しているこの状況では、いつ全身が凍りついてしまうか予測がつかない。
慌てて抱きついているラズリウ王子を引き剥がすと、その顔がむすりと拗ねたような表情を浮かべた。
「どうしてそんな事を言うんだ。やっと君の元に戻れたのに」
「魔法が止められないんだ……アスルヤ達と一緒に、はやく……」
「いやだ。僕は君と居る」
 力の入らない手ではラズリウ王子を押し留める事ができなかった。痛いくらいの力で抱きつかれて身動きが取れない。
 
 おまけに冷えた体には、人の体温というものはひどく暖かい。思わず抱きしめ返しそうになって、慌てて背に回した手を引っ込める。
「駄目、だ……この洞窟は熱を奪う鉱石が岩に混ざっている。氷結の進みが異常なんだ……ここに居るのは危ない」
「嫌。手を離さないでって言ったじゃないか」
「頼む……君を巻き込みたくない……」
 この状況は、グラキエの自業自得。
 大切な番を愚かな己の道連れにはしたくない。 
 祈るように琥珀の瞳を見つめるけれど、ラズリウ王子は見るからに不服そうな表情を崩さない。氷が体を覆い始めているのに、気にする様子もなく睨みつけてくる。
 
 あまりにも堂々とした婚約者の様子に、グラキエの焦りは加速していく。 
「そんなお願いはきいてあげない。巻き込みたくないなら早く氷結を止めて」
 煽るような言葉とともに、ラズリウ王子は抱きついたまま頬を擦り寄せてきた。火事場の馬鹿力とでもいうべきか、焦りがピークに達してその体を全力で引き剥がす。
「それが出来れば苦労しない! 無理なんだ! 俺は……ッ」
 たまらず怒鳴ってしまったけれど、目の前の番は少し驚いた顔を浮かべただけで悠然と微笑んでいる。
「出来るよ。グラキエは怖がって逃げてるだけだ」
 するりと、ラズリウ王子の腕がグラキエの首にまた巻きついてきた。子供をあやすように温かい手がゆっくりと頭を撫でる。

 ラズリウ王子の、柔らかい匂い。
 どこか甘さを含んだ花のようなそれに、意識が朦朧としかけていたグラキエは抗うことは出来なくて。
 今までずっと詰めていた息をひとつ、小さく吐き出した。すがるように抱きしめると手のひらが背中を撫でてくれる。
「どんな時でも、道を探すのがアルブレア王家なんでしょう?」
「それ、は……」 
 耳が痛い。
 ずっと言い聞かされて育ってきた言葉。けれど少し前に、諦めて投げ捨ててしまった言葉。
「大丈夫だよ。道なら僕も一緒に探すから……一人で残るなんて、言わないで」
 
 ふわりと、魔力の気配がした。
 暖かい何かがグラキエの周りを包んで、冷え切っていた体にじんわりと熱が染み込んでいく。

 そういえば、抱きしめたラズリウ王子の体は術者であるグラキエよりもずっと暖かい。あの吹雪の中を向かってきていたはずなのに。
「……まさかこれは……ラズリウの魔法……?」
 彼は確か、光の属性を得意としていたはず。  
 おっかなびっくり婚約者を見つめると、悪戯っ子のような笑顔が大きく頷いた。
「まだ時間はあるよ。ゆっくり、僕に意識を合わせて」
 そっと絡められた指から暖かい魔力が伝ってくる。導かれるように意識をその流れに向けると、周囲の魔力に絡め取られたグラキエの魔力が少しずつ解けていく。
 ……ここまで手を差し伸べられて、諦めたままではいられない。
 何としても腕の中の番をアルブレアへ連れて帰らなければ。

 流れるように、踊るように。
 見えない道を照らす光の魔力のお陰で、吹き荒ぶ吹雪が徐々に落ち着いていった。 
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