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遭遇
42.贖い
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「ね? 君はできないんじゃないんだよ。魔力が強すぎて制御に時間がかかるだけなんだ」
すっかり吹雪も氷結も落ち着いた空間に少し弾んだ声が響く。抱きしめていたラズリウ王子の体を離すと、太陽のような眩しい笑顔がグラキエを見つめていた。
けれど彼が身につけている衣服は酷く乱れ、留め具は外れて裂けている箇所もある。吹雪の中を通ってきたというだけでは説明がつかない、散々な状態だ。
「……すまない……助けるのが遅くなってしまって……」
目の前の顔は謝るグラキエにキョトンとした表情を浮かべていたけれど、はだけた服を整える様子を見て「あ」と小さな声をもらした。
「あああの、大丈夫だからっ! 何もされてないよ。ちょっと触られたぐらいで」
「触っ……一体どこを」
「えっ、その……ええと……こ、このへん?」
ちらちらと様子をうかがうような視線を向けつつ、ラズリウ王子はグラキエの手を自身の素肌へいざなった。胸元から腰をするりと移動していく手に眉を顰めずにはいられない。
全くもって大丈夫ではない。
人の婚約者の肌を暴いた挙句、ベタベタと触るなんて。そしてそれを大丈夫だと言わせている己の情けなさにも腹が立つ。
じいっと顔を覗き込んできたラズリウ王子は、ぽすりと頭をグラキエの肩に乗せた。
「……本当に、大丈夫だと思ってたんだよ。離宮でずっとお役目をしてたんだから」
甘えるように頬を擦り寄せる体を抱き寄せると、背中に腕が回ってくる。グラキエの服を掴む手は微かに震えているように思えた。
「でも……あいつに触られた時、物凄く気持ち悪かったんだ。嫌で仕方なくて……君にはたくさん触って欲しいって思うのに」
わずかに潤んだ琥珀色の瞳が再びグラキエを見つめ、心臓がにわかに騒ぎ始めた。額に口付けるとくすぐったそうに目を細め、頬に唇が触れてくる。
じわじわと高揚感のようなものが滲み出してきて、そのまま唇に口付けようと顔を近づける。けれどあともう少しというところで、視界の端ににんまりと笑う顔が映り込んだ。
「そりゃあ番を持ったΩは、番のα以外を受け付けなくなると言いますし。だからこその守りの首輪ですよ」
「うわっ!? い、居たのか……」
てっきり外へ撤退したと思っていただけに、思わぬ登場で飛び上がってしまった。
「まさか王子殿下を二人とも置いて撤退出来るわけないじゃないですか。だというのに、寒さに震えながら耐えていた従者を忘れてお二人の世界とは」
テネス様にまた怒られますよと笑うアスルヤに、上手く反論できる言葉などあるはずもない。悔し紛れにじとりと睨むのが精一杯だった。
少し遅れて駆け寄ってきたテネス達から話を聞くと、皆難を逃れて無事でいるらしい。
盗賊の残党たちも、氷が入り口まで広がった洞窟から慌てて這い出た所を一網打尽――もとい、保護されたそうだ。
唯一グラキエによる魔法の被害を受けたのが、半身氷に覆われていた例の大男。
今は氷も取り除かれ、拘束魔法に文句を言っている様子はピンピンとして見えるけれど。生身のまま氷漬けにされた体には影響が残るかもしれない。
あの男がしでかした事は大きい。
けれど半ばグラキエの私刑とも言える魔法の後遺症が、報いとして適正かというと……それには少なからず疑問が残る。
「おい! おいテメェ! テメェだ白い化け物!」
何だかんだと喚いていた男が急にグラキエの方を見たかと思えば、右手を激しく突きつける動作をしながら指差してくる。
呼びかけられているのが己だと理解すると同時に、周囲の顔色がさっと変わった。
「何をしている! さっさと猿轡を噛ませろ!」
まぁ、当然の反応である。
相手の身分を知らずとはいえ「おいテメェ」に「白い化け物」だ。一般的な人間関係においても、よほど仲が良くない限りはかなりの悪口だろう。
けれど。
「構わない」
「何を仰います!」
「突然氷漬けにされそうになったんだ。化け物と大して変わりない」
術者自身ですら手がつけられない魔法を振るうのは、魔法を使う者の正しい姿ではない。
魔力が制御できない現象になってしまってはただの災害で、御伽話に出てくる魔物や化け物と同じだ。今思えば、それらは術の制御を失った魔法使いが描かれたものではないだろうか。
目の前の男は得体の知れない相手に半ば氷漬けにされても、怯える事なく睨み返してくる。数ある物語の主人公の多くが、そんな風に困難へ対峙する不屈の精神性を描かれていなかったか。
「しかし……あっ、いけません近付かれては」
それに対して自分のした事を棚に上げてしまっては、それこそ言葉を持たない化け物だ。
「身を守るにしても、さすがに過剰だった。申し訳ない」
素直に頭を下げてみたけれど、男はしばらく妙な顔で固まってしまって。少し経ってようやく、やたらと大きな咳払いをしながら動きだした。
「ふん、なら落とし前つけて貰わねぇとな。体が上手く動かねぇと働けやしない」
強盗の割に不遜な態度だが、言うことはもっとも。
良くも悪くも体ひとつで身を立ててきた相手なのだ。半身の自由を奪ってしまったのなら、それに対する補償は必要になる。
……両親や兄達にどう説明をするか、今から頭が痛いけれど。
考え込んでしまったグラキエを庇うように、ラズリウ王子が半歩前に出た。
慌てて引き戻そうと視線を向けた先には、冷たい表情を浮かべた婚約者の姿がある。グラキエが見たことのない顔。怯えも何ない、ただただ見下すような目。
「動いてるじゃないか」
「アァ? 凍らされた方は動かねぇんだぞ! テメェのご主人様のせいでな!」
ばしばしと己の手を叩きながら凄む男だったが、ラズリウ王子はふんと一笑に付した。
「じゃあその右手は何なんだ。凍っていたのは武器を持ってた方だろ」
「は?」
はたと目を丸くした男は、先ほどまで叩いていた左手を見る。
言われてみれば、抜き放たれた武器を真っ先に凍らせたはずだ。ならば最も魔法の影響を受けていたのは武器と――その柄を握っていた、右手。
しかし先ほどから不自由なく動いているように見える。
あっと小さな声を漏らす男を、ラズリウ王子は軽く鼻先で笑い飛ばしたのだった。
すっかり吹雪も氷結も落ち着いた空間に少し弾んだ声が響く。抱きしめていたラズリウ王子の体を離すと、太陽のような眩しい笑顔がグラキエを見つめていた。
けれど彼が身につけている衣服は酷く乱れ、留め具は外れて裂けている箇所もある。吹雪の中を通ってきたというだけでは説明がつかない、散々な状態だ。
「……すまない……助けるのが遅くなってしまって……」
目の前の顔は謝るグラキエにキョトンとした表情を浮かべていたけれど、はだけた服を整える様子を見て「あ」と小さな声をもらした。
「あああの、大丈夫だからっ! 何もされてないよ。ちょっと触られたぐらいで」
「触っ……一体どこを」
「えっ、その……ええと……こ、このへん?」
ちらちらと様子をうかがうような視線を向けつつ、ラズリウ王子はグラキエの手を自身の素肌へいざなった。胸元から腰をするりと移動していく手に眉を顰めずにはいられない。
全くもって大丈夫ではない。
人の婚約者の肌を暴いた挙句、ベタベタと触るなんて。そしてそれを大丈夫だと言わせている己の情けなさにも腹が立つ。
じいっと顔を覗き込んできたラズリウ王子は、ぽすりと頭をグラキエの肩に乗せた。
「……本当に、大丈夫だと思ってたんだよ。離宮でずっとお役目をしてたんだから」
甘えるように頬を擦り寄せる体を抱き寄せると、背中に腕が回ってくる。グラキエの服を掴む手は微かに震えているように思えた。
「でも……あいつに触られた時、物凄く気持ち悪かったんだ。嫌で仕方なくて……君にはたくさん触って欲しいって思うのに」
わずかに潤んだ琥珀色の瞳が再びグラキエを見つめ、心臓がにわかに騒ぎ始めた。額に口付けるとくすぐったそうに目を細め、頬に唇が触れてくる。
じわじわと高揚感のようなものが滲み出してきて、そのまま唇に口付けようと顔を近づける。けれどあともう少しというところで、視界の端ににんまりと笑う顔が映り込んだ。
「そりゃあ番を持ったΩは、番のα以外を受け付けなくなると言いますし。だからこその守りの首輪ですよ」
「うわっ!? い、居たのか……」
てっきり外へ撤退したと思っていただけに、思わぬ登場で飛び上がってしまった。
「まさか王子殿下を二人とも置いて撤退出来るわけないじゃないですか。だというのに、寒さに震えながら耐えていた従者を忘れてお二人の世界とは」
テネス様にまた怒られますよと笑うアスルヤに、上手く反論できる言葉などあるはずもない。悔し紛れにじとりと睨むのが精一杯だった。
少し遅れて駆け寄ってきたテネス達から話を聞くと、皆難を逃れて無事でいるらしい。
盗賊の残党たちも、氷が入り口まで広がった洞窟から慌てて這い出た所を一網打尽――もとい、保護されたそうだ。
唯一グラキエによる魔法の被害を受けたのが、半身氷に覆われていた例の大男。
今は氷も取り除かれ、拘束魔法に文句を言っている様子はピンピンとして見えるけれど。生身のまま氷漬けにされた体には影響が残るかもしれない。
あの男がしでかした事は大きい。
けれど半ばグラキエの私刑とも言える魔法の後遺症が、報いとして適正かというと……それには少なからず疑問が残る。
「おい! おいテメェ! テメェだ白い化け物!」
何だかんだと喚いていた男が急にグラキエの方を見たかと思えば、右手を激しく突きつける動作をしながら指差してくる。
呼びかけられているのが己だと理解すると同時に、周囲の顔色がさっと変わった。
「何をしている! さっさと猿轡を噛ませろ!」
まぁ、当然の反応である。
相手の身分を知らずとはいえ「おいテメェ」に「白い化け物」だ。一般的な人間関係においても、よほど仲が良くない限りはかなりの悪口だろう。
けれど。
「構わない」
「何を仰います!」
「突然氷漬けにされそうになったんだ。化け物と大して変わりない」
術者自身ですら手がつけられない魔法を振るうのは、魔法を使う者の正しい姿ではない。
魔力が制御できない現象になってしまってはただの災害で、御伽話に出てくる魔物や化け物と同じだ。今思えば、それらは術の制御を失った魔法使いが描かれたものではないだろうか。
目の前の男は得体の知れない相手に半ば氷漬けにされても、怯える事なく睨み返してくる。数ある物語の主人公の多くが、そんな風に困難へ対峙する不屈の精神性を描かれていなかったか。
「しかし……あっ、いけません近付かれては」
それに対して自分のした事を棚に上げてしまっては、それこそ言葉を持たない化け物だ。
「身を守るにしても、さすがに過剰だった。申し訳ない」
素直に頭を下げてみたけれど、男はしばらく妙な顔で固まってしまって。少し経ってようやく、やたらと大きな咳払いをしながら動きだした。
「ふん、なら落とし前つけて貰わねぇとな。体が上手く動かねぇと働けやしない」
強盗の割に不遜な態度だが、言うことはもっとも。
良くも悪くも体ひとつで身を立ててきた相手なのだ。半身の自由を奪ってしまったのなら、それに対する補償は必要になる。
……両親や兄達にどう説明をするか、今から頭が痛いけれど。
考え込んでしまったグラキエを庇うように、ラズリウ王子が半歩前に出た。
慌てて引き戻そうと視線を向けた先には、冷たい表情を浮かべた婚約者の姿がある。グラキエが見たことのない顔。怯えも何ない、ただただ見下すような目。
「動いてるじゃないか」
「アァ? 凍らされた方は動かねぇんだぞ! テメェのご主人様のせいでな!」
ばしばしと己の手を叩きながら凄む男だったが、ラズリウ王子はふんと一笑に付した。
「じゃあその右手は何なんだ。凍っていたのは武器を持ってた方だろ」
「は?」
はたと目を丸くした男は、先ほどまで叩いていた左手を見る。
言われてみれば、抜き放たれた武器を真っ先に凍らせたはずだ。ならば最も魔法の影響を受けていたのは武器と――その柄を握っていた、右手。
しかし先ほどから不自由なく動いているように見える。
あっと小さな声を漏らす男を、ラズリウ王子は軽く鼻先で笑い飛ばしたのだった。
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