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遭遇
43.抵抗
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掘った墓穴に顔色を変えていく男を見据え、ラズリウ王子は口角を釣り上げて笑う。
「お前に影響なんかあるはずがないんだ。僕の魔法が守ってやってたんだから」
「……ラズリウが……?」
聞き捨てならない。わざわざ乱暴されていた相手を守っていたというのか。
一体何故。どうして。
あえてここで聞く必要はないと分かってはいるけれど、疑問が溢れて止まらない。けれど憮然とするグラキエへ振り返った顔は、微笑みを浮かべてひとつ頷いた。
「誰かを傷つけたら、君は絶対気にすると思ったから」
「それは……確かに」
他ならぬ己のせいで半身不随にしておいて、何も気にせずに居るというのは無理がある。
そんな可能性まで鑑みて先回りをしてくれていたのだ。どこまでも優しい婚約者の気遣いに、何も言葉が出てこない。
言葉の代わりに力いっぱい抱きしめたグラキエの腕の中で、ラズリウ王子は苦しいよと笑う。
「いつまでも君の心にあいつが居座るなんて、そんなの許せない。だったら助けてやる方がマシ」
「て……テメェ……さっきまでぷるぷる震えてたくせに……ッ!」
悔し紛れに掴み掛かろうとしたのか、男が一気に身を起こす。拘束されているにも関わらず何人かの騎士が跳ね飛ばされ、騎士団の魔法師と思しき面々から更なる拘束魔法を受けて地面に倒れ込んだ。
それでも身を起こそうと、陸に打ち上げられた魚のようにもがいている。
「よかったじゃないか。積み重なった罪状と不敬の分、監獄で嫌ってほど働かせてくれるよ。報酬はないけど」
拘束魔法の重ねがけで動きが鈍っていく男を見下ろすラズリウ王子は、後から追いついてきた増援と思しき騎士に「早く連れて行って」と短く言い放つ。
「こンのっ……不良品のクソΩが!! くたばれドチクショウッッッ!!!」
聞くに耐えない言葉にも、腕の中の番は微笑みを崩す事などなく。むしろ悠々と、挑発するように笑みを深くした。
「お前は何か勘違いしてるみたいだけど、僕は王族の一人としてこの人の国へ嫁ぐんだ。彼への暴言も、僕への罵りも、全部王族への侮辱。立派な不敬罪だから」
「は? 王族……?」
理解が追いつかない様子でラズリウ王子とグラキエを見やり、男は困惑しながら連行されていく。そんな姿を冷ややかな笑みで見送る姿は、傲慢と形容されてもおかしくはない。
けれど密かにグラキエの上着を握りしめるその手は、震えを静かに抑えていた。
男が姿を消して、しばらく。
奪われた馬車とその積荷を見つけ、グラキエ達は予定通りに港町へ馬を向けた。
取り戻した積荷には一切手をつけられておらず、蹴り飛ばしたような靴跡が外箱についている程度で済んだ。恐らく箱の重量に金貨や高額な品物の類を期待したのだろう。
まさか全ての箱がアルブレアぐらいしか売り先のない鉱石だとは思うまい。
荷馬車はヴィーゼル卿に返却し、荷物は積み込んだまま預けることにした。その話がまとまった頃、揺れが止まって御者が幌の向こうから顔を出す。
「皆様お疲れでしょう。今夜はこちらでお休み下さいませ」
そう笑顔を浮かべるヴィーゼル卿に案内されるまま降りた先は、王宮にも引けを取らぬ豪華な装飾が施された建物だった。
近付いてまじまじ見ると、建材としては高価なものではなさそうだ。魔法の気配もなく、王宮を手本にして作られたものだろう。しかし施された装飾は遠目に見ても分かるほど立派で――むしろ遠くから目を引くよう設計されているように見える。
「恐ろしく華やかな建物だな……ヴィーゼル卿、ここは一体?」
「この街随一の色宿にございます」
にこやかな笑顔が出した単語に聞き覚えはある。しかし詳しい意味を思い出す前に、ラズリウ王子が悲鳴に近い大声をあげた。
「ゔぃっ、ヴィーゼル卿!!」
「なに、念の為でございます。一時的にとはいえ番から無理に引き離されたのですから、王都の宿のように興奮が治まらず……という可能性も大いにありましょう」
そこまで聞いて、ようやくこの場へ連れられた意味に思い当たった。
ヴィーゼル卿が示しているのは、恐らく王都でグラキエが人攫いに遭った時の話だ。興奮状態が落ち着かず、普通の宿屋だというのに欲に駆られて抱き合ってしまった時の。
「そ、それは……でも……だからって……」
真っ赤になってもごもごと言葉を濁らせる婚約者に、恐らくこの推察は間違いないのだと確信する。前科者は色宿――つまり色事も許されている宿に収めておこうというのだろう。
「なるほど、合理的だな」
「グラキエっ」
ヴィーゼル卿の言うとおり、番を連れ去られてざわついた気持ちは元に戻っていない。それを鑑みると上手く踏み留まる自信もない。
腑に落ちたグラキエとは反対にラズリウ王子は納得がいかないらしく、無言で腕に拳をぶつけてくる。
「我が領の宿は王都と違い数が少ないのです。ご理解くださいラズリウ殿下」
この言い草は完全に何かしでかす前提である。
けれどテネスの雷を何度も食らった二人に反論の余地などなく。可愛らしい抵抗は従者一同の意見を受けて失敗に終わり、ヴィーゼル卿の提案どおり色宿で宿泊することになったのだった。
「お前に影響なんかあるはずがないんだ。僕の魔法が守ってやってたんだから」
「……ラズリウが……?」
聞き捨てならない。わざわざ乱暴されていた相手を守っていたというのか。
一体何故。どうして。
あえてここで聞く必要はないと分かってはいるけれど、疑問が溢れて止まらない。けれど憮然とするグラキエへ振り返った顔は、微笑みを浮かべてひとつ頷いた。
「誰かを傷つけたら、君は絶対気にすると思ったから」
「それは……確かに」
他ならぬ己のせいで半身不随にしておいて、何も気にせずに居るというのは無理がある。
そんな可能性まで鑑みて先回りをしてくれていたのだ。どこまでも優しい婚約者の気遣いに、何も言葉が出てこない。
言葉の代わりに力いっぱい抱きしめたグラキエの腕の中で、ラズリウ王子は苦しいよと笑う。
「いつまでも君の心にあいつが居座るなんて、そんなの許せない。だったら助けてやる方がマシ」
「て……テメェ……さっきまでぷるぷる震えてたくせに……ッ!」
悔し紛れに掴み掛かろうとしたのか、男が一気に身を起こす。拘束されているにも関わらず何人かの騎士が跳ね飛ばされ、騎士団の魔法師と思しき面々から更なる拘束魔法を受けて地面に倒れ込んだ。
それでも身を起こそうと、陸に打ち上げられた魚のようにもがいている。
「よかったじゃないか。積み重なった罪状と不敬の分、監獄で嫌ってほど働かせてくれるよ。報酬はないけど」
拘束魔法の重ねがけで動きが鈍っていく男を見下ろすラズリウ王子は、後から追いついてきた増援と思しき騎士に「早く連れて行って」と短く言い放つ。
「こンのっ……不良品のクソΩが!! くたばれドチクショウッッッ!!!」
聞くに耐えない言葉にも、腕の中の番は微笑みを崩す事などなく。むしろ悠々と、挑発するように笑みを深くした。
「お前は何か勘違いしてるみたいだけど、僕は王族の一人としてこの人の国へ嫁ぐんだ。彼への暴言も、僕への罵りも、全部王族への侮辱。立派な不敬罪だから」
「は? 王族……?」
理解が追いつかない様子でラズリウ王子とグラキエを見やり、男は困惑しながら連行されていく。そんな姿を冷ややかな笑みで見送る姿は、傲慢と形容されてもおかしくはない。
けれど密かにグラキエの上着を握りしめるその手は、震えを静かに抑えていた。
男が姿を消して、しばらく。
奪われた馬車とその積荷を見つけ、グラキエ達は予定通りに港町へ馬を向けた。
取り戻した積荷には一切手をつけられておらず、蹴り飛ばしたような靴跡が外箱についている程度で済んだ。恐らく箱の重量に金貨や高額な品物の類を期待したのだろう。
まさか全ての箱がアルブレアぐらいしか売り先のない鉱石だとは思うまい。
荷馬車はヴィーゼル卿に返却し、荷物は積み込んだまま預けることにした。その話がまとまった頃、揺れが止まって御者が幌の向こうから顔を出す。
「皆様お疲れでしょう。今夜はこちらでお休み下さいませ」
そう笑顔を浮かべるヴィーゼル卿に案内されるまま降りた先は、王宮にも引けを取らぬ豪華な装飾が施された建物だった。
近付いてまじまじ見ると、建材としては高価なものではなさそうだ。魔法の気配もなく、王宮を手本にして作られたものだろう。しかし施された装飾は遠目に見ても分かるほど立派で――むしろ遠くから目を引くよう設計されているように見える。
「恐ろしく華やかな建物だな……ヴィーゼル卿、ここは一体?」
「この街随一の色宿にございます」
にこやかな笑顔が出した単語に聞き覚えはある。しかし詳しい意味を思い出す前に、ラズリウ王子が悲鳴に近い大声をあげた。
「ゔぃっ、ヴィーゼル卿!!」
「なに、念の為でございます。一時的にとはいえ番から無理に引き離されたのですから、王都の宿のように興奮が治まらず……という可能性も大いにありましょう」
そこまで聞いて、ようやくこの場へ連れられた意味に思い当たった。
ヴィーゼル卿が示しているのは、恐らく王都でグラキエが人攫いに遭った時の話だ。興奮状態が落ち着かず、普通の宿屋だというのに欲に駆られて抱き合ってしまった時の。
「そ、それは……でも……だからって……」
真っ赤になってもごもごと言葉を濁らせる婚約者に、恐らくこの推察は間違いないのだと確信する。前科者は色宿――つまり色事も許されている宿に収めておこうというのだろう。
「なるほど、合理的だな」
「グラキエっ」
ヴィーゼル卿の言うとおり、番を連れ去られてざわついた気持ちは元に戻っていない。それを鑑みると上手く踏み留まる自信もない。
腑に落ちたグラキエとは反対にラズリウ王子は納得がいかないらしく、無言で腕に拳をぶつけてくる。
「我が領の宿は王都と違い数が少ないのです。ご理解くださいラズリウ殿下」
この言い草は完全に何かしでかす前提である。
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