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帰路
45.宵の花
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酒には強い方だと自認していたけれど、二人で瓶を空ける頃には気分がふわふわとしていた。
ふと見たラベルには酒の強さのような記述がある。五つの段階で記号が示すのは一番右端――最も酒の濃度が高い飲み物だという表示のようだ。
甘い味に騙されて気にもしていなかった。思った以上に強い酒を勢いよく飲んでしまったらしい。
「ら、ラズリウ……大丈夫か?」
「だいじょーぶ。ふわふわ~ふふ、きもちい~」
抱きついてくるラズリウ王子は機嫌良さそうに笑っているが、真っ赤な顔は明らかに酔っ払いのそれだ。
やはり一気飲みはまずかったのだろう。倒れてしまわなかったのは、彼の酒に対する強さがあってのことかもしれない。
とにかく休ませるべく、大人五人ぐらいは軽く並んで寝られそうな大きさの寝台へ運ぶことにした。ふにゃふにゃと何か言いながら抱きついてくるのを何とか宥めてシーツに降ろすと、じっと琥珀色の瞳がグラキエを見つめる。
「きぃえ」
頭の中に響くのは、飲んだ酒以上に甘い声。
くらくらと揺れる頭で思わず手を伸ばし、そのまま強く引かれ倒れ込む。再び首へ回ってきた腕に絡め取られるようにして甘い香りのする首筋へ顔を埋めた。
意識があるとはいえ、相手はどう頑張って見ても酩酊状態だ。無体を働くわけにはいかない。
そう何度も言い聞かせているけれど、うるさく跳ねる心臓は一向に落ち着く気配がない。それどころか触れる皮膚の感触と鼻をくすぐる香りに際限なく気持ちが昂っていった。
それを分かっているのだろうか。腕の中の番は甘えるようにじゃれついては口付けてくる。酔いが冷め切らない中ながら、どうにか抗ってはいるけれど。
「り、リィウ、リィウ待ってくれ……っ」
我を忘れそうになるのをどうにか抑え込みながら何とか身を起こす。けれど強く引き戻され、どこか寂しげな琥珀色と視線が合った。
「…………やっぱり……アイツに触られた後じゃ嫌……?」
「いや、そうじゃない、そうじゃなくて……」
くしゃりと表情を崩してしまったラズリウ王子に、慌てて首を横に振る。
むしろ逆だ。
二年間グラキエが独占してきたというのに、今になって他人に触れられた。そんな番についた手垢を落としたくて仕方がない。肌も、髪も、出来るなら姿を映した瞳にだって、全てに触れたい。
……なのに、唯一触れられない場所がある。
過去の男達が子種を注いだという場所へ直に触れることを、グラキエはまだアルブレアの習慣上許されていない。番である己だけが避妊具を通してようやく触れている。
その事に先の一件で気付いてから、どうにも気持ちがざわついて仕方がない。
いっそ決まりを破ってしまえばこの気持ちも落ち着くかもしれないと、自分勝手な思考がずっと顔を出しては引っ込んでいる。そんな頭に酔いが回って、果たしてラズリウ王子を気遣えるのか不安が膨らんでいく。
「こわい、んだ……君を乱暴に扱ってしまいそうで」
絞り出した声はあまりにも情けない。顔を見ていられなくてすがるように抱きつくと、腕の中からころころと笑う声が聞こえる。
「キーエは意外と怖がりだよね。魔法の時も、今も」
そんなつもりはなかったけれど……否定はできない。
返す言葉もなく黙っていると、微笑む顔が近付いてきて口元に唇が触れた。強く抱き返され、子供をあやすように背中を優しく手が撫でる。
「ヒートじゃないから大丈夫だよ。もしも本当に無理なら、殴り倒して止められる」
物騒な言葉を優しげな声で囁きながら、婚約者はそっとグラキエをシーツへ押し倒した。
まな板の上の鯉、とはどの文献で見かけた言葉だっただろう。
ぼんやりとそんな事を考えた瞬間、全身を電気のような刺激が走って言葉にならない声が口から転がり落ちた。ラズリウ王子の中に咥え込まれているものが強く刺激されて目の前がチカチカする。
「り、りぃう……っ」
助けを求めるように手を伸ばすと、上に跨って揺れていた番が女神のように微笑む。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ……っう!」
手を握ると同時に自身のものを締め付けられ、呼吸の仕方を忘れたかのように空気が入ってこなくなった。なのに心臓はどくどくと走り回って痛いほどの脈を打つ。
触れる事を躊躇するグラキエに、なら自分がやると言われて承諾したけれど。
優しい表情で容赦なく攻め立てられて息も絶え絶えだ。いわゆる「抱かれる側」はラズリウ王子のはずだけれど、この状況はもはや逆である。
「きーえ」
甘い声が己を呼び、恐る恐る目を開いた。
陽の色を溶かしたような肌は全体がほのかに赤く色付いている。浮かべている表情はどこか恍惚としていて、いつも寝台で見かけるそれよりもずっと眩しい。
いつになく積極的な様子にくらくらとしながら繋いだ手を引く。傾いだ顔が微笑みながらすぐ近くまできて、ふわりと甘い香りが鼻先をくすぐった。
ヒートの時に感じるフェロモンとも少し違う、砂糖のような甘い匂い。酒を飲んだ時に感じたものと似た匂いだ。
「リィウ……」
「大丈夫だよ、キーエ」
とろりと蜜のように甘い声が耳の中に入ってきて、じわりじわりとまた身が熱くなる。
溺れてしまいそうな強い香りに包まれ、グラキエを呼ぶ声と触れてくる熱い手に身を任せた。
ふと見たラベルには酒の強さのような記述がある。五つの段階で記号が示すのは一番右端――最も酒の濃度が高い飲み物だという表示のようだ。
甘い味に騙されて気にもしていなかった。思った以上に強い酒を勢いよく飲んでしまったらしい。
「ら、ラズリウ……大丈夫か?」
「だいじょーぶ。ふわふわ~ふふ、きもちい~」
抱きついてくるラズリウ王子は機嫌良さそうに笑っているが、真っ赤な顔は明らかに酔っ払いのそれだ。
やはり一気飲みはまずかったのだろう。倒れてしまわなかったのは、彼の酒に対する強さがあってのことかもしれない。
とにかく休ませるべく、大人五人ぐらいは軽く並んで寝られそうな大きさの寝台へ運ぶことにした。ふにゃふにゃと何か言いながら抱きついてくるのを何とか宥めてシーツに降ろすと、じっと琥珀色の瞳がグラキエを見つめる。
「きぃえ」
頭の中に響くのは、飲んだ酒以上に甘い声。
くらくらと揺れる頭で思わず手を伸ばし、そのまま強く引かれ倒れ込む。再び首へ回ってきた腕に絡め取られるようにして甘い香りのする首筋へ顔を埋めた。
意識があるとはいえ、相手はどう頑張って見ても酩酊状態だ。無体を働くわけにはいかない。
そう何度も言い聞かせているけれど、うるさく跳ねる心臓は一向に落ち着く気配がない。それどころか触れる皮膚の感触と鼻をくすぐる香りに際限なく気持ちが昂っていった。
それを分かっているのだろうか。腕の中の番は甘えるようにじゃれついては口付けてくる。酔いが冷め切らない中ながら、どうにか抗ってはいるけれど。
「り、リィウ、リィウ待ってくれ……っ」
我を忘れそうになるのをどうにか抑え込みながら何とか身を起こす。けれど強く引き戻され、どこか寂しげな琥珀色と視線が合った。
「…………やっぱり……アイツに触られた後じゃ嫌……?」
「いや、そうじゃない、そうじゃなくて……」
くしゃりと表情を崩してしまったラズリウ王子に、慌てて首を横に振る。
むしろ逆だ。
二年間グラキエが独占してきたというのに、今になって他人に触れられた。そんな番についた手垢を落としたくて仕方がない。肌も、髪も、出来るなら姿を映した瞳にだって、全てに触れたい。
……なのに、唯一触れられない場所がある。
過去の男達が子種を注いだという場所へ直に触れることを、グラキエはまだアルブレアの習慣上許されていない。番である己だけが避妊具を通してようやく触れている。
その事に先の一件で気付いてから、どうにも気持ちがざわついて仕方がない。
いっそ決まりを破ってしまえばこの気持ちも落ち着くかもしれないと、自分勝手な思考がずっと顔を出しては引っ込んでいる。そんな頭に酔いが回って、果たしてラズリウ王子を気遣えるのか不安が膨らんでいく。
「こわい、んだ……君を乱暴に扱ってしまいそうで」
絞り出した声はあまりにも情けない。顔を見ていられなくてすがるように抱きつくと、腕の中からころころと笑う声が聞こえる。
「キーエは意外と怖がりだよね。魔法の時も、今も」
そんなつもりはなかったけれど……否定はできない。
返す言葉もなく黙っていると、微笑む顔が近付いてきて口元に唇が触れた。強く抱き返され、子供をあやすように背中を優しく手が撫でる。
「ヒートじゃないから大丈夫だよ。もしも本当に無理なら、殴り倒して止められる」
物騒な言葉を優しげな声で囁きながら、婚約者はそっとグラキエをシーツへ押し倒した。
まな板の上の鯉、とはどの文献で見かけた言葉だっただろう。
ぼんやりとそんな事を考えた瞬間、全身を電気のような刺激が走って言葉にならない声が口から転がり落ちた。ラズリウ王子の中に咥え込まれているものが強く刺激されて目の前がチカチカする。
「り、りぃう……っ」
助けを求めるように手を伸ばすと、上に跨って揺れていた番が女神のように微笑む。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ……っう!」
手を握ると同時に自身のものを締め付けられ、呼吸の仕方を忘れたかのように空気が入ってこなくなった。なのに心臓はどくどくと走り回って痛いほどの脈を打つ。
触れる事を躊躇するグラキエに、なら自分がやると言われて承諾したけれど。
優しい表情で容赦なく攻め立てられて息も絶え絶えだ。いわゆる「抱かれる側」はラズリウ王子のはずだけれど、この状況はもはや逆である。
「きーえ」
甘い声が己を呼び、恐る恐る目を開いた。
陽の色を溶かしたような肌は全体がほのかに赤く色付いている。浮かべている表情はどこか恍惚としていて、いつも寝台で見かけるそれよりもずっと眩しい。
いつになく積極的な様子にくらくらとしながら繋いだ手を引く。傾いだ顔が微笑みながらすぐ近くまできて、ふわりと甘い香りが鼻先をくすぐった。
ヒートの時に感じるフェロモンとも少し違う、砂糖のような甘い匂い。酒を飲んだ時に感じたものと似た匂いだ。
「リィウ……」
「大丈夫だよ、キーエ」
とろりと蜜のように甘い声が耳の中に入ってきて、じわりじわりとまた身が熱くなる。
溺れてしまいそうな強い香りに包まれ、グラキエを呼ぶ声と触れてくる熱い手に身を任せた。
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