籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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帰路

48.魔法師の受難

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 降ってわいた時間に、ラズリウはここぞとばかりに婚約者へ張り付いていた。
 
 ヴィーゼル卿に頼み込んで港街のあちらこちらからかき集めた、魔法に関する書物の山。それらを一冊ずつ開いて、内容について話しながら山を崩していく。
 教わる事がほとんどである未熟者にとって、文献を他人と共に紐解く機会は貴重なもの。グラキエ王子も洞窟の一件が影響したのか真剣に読み込んでいるものだから、この時間がたまらなく楽しい。
 その中でふと魔力コントロールの練習法を見つけた。グラキエ王子と同じトラウマを持つという筆者が残した手記に載っていたそれに、読み進める程に二人して釘付けになっていた。
 
「見て! ちゃんと水だけ凍ってる!」

 手に持ったグラスは中身だけが綺麗に凍結している。何度も入れ物ごと凍らせていたけれど、二十を超える試行でようやく中身だけが凍るようになった。
 はしゃぐラズリウとは反対に、グラスを見つめるグラキエ王子の表情は複雑そうだ。
「君は大丈夫なのか? その、何度も凍らせてしまって……本当にすまない……」
 魔力の強いグラキエ王子にとって、限られた対象物にだけ働きかけるという事はとても難しいらしい。通常は魔力を放出する訓練から始まるのに、彼の場合はむしろ制限する訓練が必要で。
 失敗のたびに部屋のあちこちへ彼の魔力が波及してしまうけれど、暖かいネヴァルストの気候ではラズリウの得意な光の防護魔法が容易くその影響を上回る。 
「平気。ちゃんと防護魔法が効いてるよ」
 腕を回したり、手を握っては開いてみたり。
 少し大げさに体を動かすと、どこか怯えたような金の瞳が安堵の色を浮かべた。
 
 ――昔、グラキエ王子が幼い頃。
 魔法の実技訓練が始まって、実際に魔力を放とうとした初日に制御を失い暴走させてしまったらしい。
 城の庭は一面氷漬けになり、植えられていた植物や庭に居合わせた動物もダメになってしまって。止めに入ってくれた魔法師は魔力の逆流を受けて片腕を失い、己が不甲斐ないと言い残して城を去ってしまったそうだ。
 それ以来ずっと恐怖感があるのだと、ぽつりぽつりと話してくれた。
 魔法技術に傾倒してから、より一層避けてきたという魔法。それでもラズリウを守るために使い、失敗を重ねながら向き合おうとしてくれている。
「君の助けになれて嬉しい」
 己の魔法ではアルブレアの雪すら溶かせないと一度は落胆したというのに。何が幸いするか分からないものだと思いつつ、婚約者の肩に頬を擦り寄せた。

 

 翌日。
 媚酒の影響も抜けて完全回復したグラキエ王子と共に、船のエンジンの修理にかかっているという工房へ足を向ける。
 製造元からの「代替品の納期は半年後」という回答に頭を抱えていたらしい現場の一同から熱い視線を浴びつつ、鉱石の加工が始まった。
 
「………………あの。ここは本来グラキエ殿下の見せ場なのでは?」
 周囲の期待を一身に受けて作業についていたアスルヤが、たまりかねた様子で後ろを振り向く。
「俺はまだコントロールが未熟だからな。ここはやはり修練を積んだ魔法師の出番だろう」
 大真面目な顔でそう返され、諦めたような表情になった魔法師はため息をつきながら作業へ戻っていった。 
 グラキエ王子の指示に従いながら魔力を流すだけ、と側から聞けば簡単そうに思えるけれど。
 彼に技師としての教えを乞うているラズリウでも聞いていて首を傾げる瞬間がいくつもある。時折要求の難度が急に上がる指示は、技師ではない人間が素早く理解するのは大変そうだ。
 
 二箱分ほどの鉱石を粉々にしつつも、じりじりと加工は進んでいく。
 しかしずっと集中を続けているアスルヤには負担が大きいのか、もう駄目だ、もう無理だと何度も音をあげ始めた。しかしそんなぼやきが熱中するグラキエ王子に届くはずもなく、華麗にスルーされたまま指示が飛び続ける。
「……お、鬼……」
 魔力の補充薬まで何本も飲み干していたアスルヤは、作業が終わるや否や机に突っ伏した。そんな魔法師の肩を叩き、はらはらとした様子で見守っていた職人たちが労っている。 
 随分な言い様だけれど、指示をしていた当人は親方と一緒にエンジンの動作確認に夢中だ。確かにこの無茶振りと協力者を省みない態度は鬼と呼ばれても仕方ない。
 
 後で釘を差しておかなければと考えている間に、グラキエ王子がすたすたと力尽きている魔法師の方へ戻ってきた。
 ……妙にわくわくした表情で。 
「アスルヤ、今度は少し違う手順で頼む」
「えっ。も、目的物は出来上がったのでは……?」
「それはそうなんだが、もう少し性能を上げられるのではないかという話になってな」
 せっかくなら良い物を作りたいじゃないか、と。
 にこやかにそうのたまう笑顔に圧され、アスルヤの顔はみるみる間にひきつっていく。 
 しかし主たる王族の命に背く裁量は護衛である魔法師にはない。護衛対象に危険のあることならばまだしも、この作業で危険があるとすれば魔力を使い続ける作業者――アスルヤのみである。

「こ……この……っ……魔法技術の鬼――――ッッッ!!!」

 そんな嘆きに近い叫びを不思議そうな顔で見つめ返したグラキエ王子は、次の鉱石の箱を容赦なくアスルヤの前に置いた。
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