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帰路
47.開き直り
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「まったく、後始末ぐらいなさいませ!! いやそもそも婚前交渉は忌避事項だという事を覚えておられますかな!? こんなに山ほど、見て見ぬふりをするにも限度がありますぞ!!!」
言いたいことが一挙に雪崩れ込みすぎたのかもしれない。横になったままの主を起こすことすら忘れて、内容が団子のようになった説教が飛んでくる。
「あ、あのっ、違うんです! 僕がお酒に酔って、その、たくさん誘ってしまったから……っ」
庇おうとしてくれているのか、ブランケットから顔を出したラズリウ王子が起き上がろうとする。
が、その下は素っ裸だ。
火に油を注ぐ前にと慌てて引き戻し、何とか落ちかけた布をかけ直す。
ラズリウ王子に食い下がられると弱いらしいテネスが口ごもっている間に、少し不思議そうな表情になったヴィーゼル卿が酒瓶を拾い上げた。まじまじとラベルを見て、ああ、と呟きながら頷く。
「なるほど、媚酒をお飲みになったのですか」
「びしゅ……?」
件の瓶は昨日開けた酒。
あれをいたく気に入っていた様子のラズリウ王子が素早く反応した。そこまで気に入ったのなら、帰りがけに買って帰ろうかと思いながら話を聞いていると。
「媚薬を甘い酒で割ったものでございます。通常ならコップに数杯程度を使用するものですが、丸々一本を空にするとは豪快ですな!」
快活に笑うヴィーゼル卿に、びしりと腕の中に収まっている身体が強張った。
「く、薬……? それって飲みすぎたら体に悪い……?」
「いえ、これ自体には別段悪いものはございません。まぁ興奮状態が長く続きますゆえ、体の弱い者が多量に飲むと腹上死となる可能性はありますが」
にこやかに返された答えだが、その中身は全く笑えない。二人とも健康優良児で何よりだった。
「ああ、あと効きすぎると足腰がしばらく立たなくなるそうです。行為が激しくなるのも要因のひとつかと思われますが――」
ほっと胸を撫で下ろすラズリウ王子から、ヴィーゼル卿の視線がグラキエに移る。
「グラキエ殿下、もしや?」
ふいと向けられた言葉と視線に、今度はグラキエの身が強張った。
疑問系だがその顔はどこか確信めいている。実際横たわったまま少しも動けていない。
……これは完全にバレていると考えてよさそうだ。
「恥ずかしながら、その……察しのとおりで」
誤魔化す適当な理由もなく、これには頷くしかなかった。流石に羞恥で顔が熱い。
この失態にどんな反応がくるのかとビクビクしていたけれど、上げた視線の先は満面の笑顔。この上なく渋い顔のテネスとは対照的だ。
「これはこれは、仲睦まじいご様子で喜ばしい限りですな!」
「ヴィーゼル卿! 笑い事ではありませぬ!」
朗らかに笑う高位貴族へ歯軋りしそうな勢いで噛み付く教育係は、もはや身分の差など意識から吹き飛んでいるようだ。
無礼者のグラキエから見てもさすがにどうかと思うけれど、人の良い笑い声で返すだけのヴィーゼル卿はよくできた人物だと思う。
「両殿下は既に番でございますからな。我が国においては何も問題はございません! むしろ一晩でも子作りに励む事が出来るという証左。これは僥倖にございましょう」
それは皮肉なのか、褒め言葉なのか。
どちらにせよ、そうも露骨に言われると返す言葉に困ってしまった。
目的の鉱石を入手すればすぐにでも加工作業をと思っていたものの、自滅したグラキエはまた一日宿で過ごすことになった。
せめて加工方法の検討実験ができればよかったのだけれど。万が一にも失敗して宿を破壊されては困ると、さすがにヴィーゼル卿の許可が下りることはなかった。
急にできてしまった時間は手持ち無沙汰だ。寝たまま動けないせいで何もする事がない。
「ただいま」
仕方ないのでもうひと眠りするかと諦めの境地に達した頃、スルトフェンとアスルヤを連れて出ていたラズリウ王子が戻ってきた。その手にはどっさりと本が抱えられている。
アルブレアでは滅多に見かけない、背表紙に凝った装飾のされている本。遠目にも色鮮やかで目立つ物体に自然と意識が釘付けになってしまった。
はたと我に返ってラズリウ王子を見ると、その顔はにんまりと笑っている。
「ラズリウ、そ、それは」
「本だよ。君が好きそうなものを施設から借りてきたんだ」
「ぶん取ったの間違いだろ」
ラズリウ王子の倍以上の本を抱えているスルトフェンの悪態をじろりと睨んで制し、本を抱えた婚約者が微笑みながら近づいてくる。
ベッドサイドに置かれた本はどれも背表紙に細かい装飾が入っている。中には布張りの表紙に金糸の刺繍という、本なのか調度品なのか分からない装丁のものすら混ざっていた。
「凄いな……これは魔法の本か」
本の山の一番上にあった書籍を手に取ると、古めかしい魔法文字でタイトルが記載されている。
ページをめくる手が止まらないグラキエに、ラズリウ王子はにこりと微笑んだ。
「全部そうだよ」
「そうか。…………え、全部?」
まじまじと積まれた本の山を見る。
祖国の図書館に魔法に関する本はかなり収集されていると思っていたけれど、積まれているものはパッと見た限り蔵書にはなさそうなものばかりだ。
しかし、わざわざそういった種類のものばかり集めたということは。
「せっかく時間もできたし、魔法の勉強しようよ」
……やはりである。
しかし動けない今の状況では逃げる選択肢などない。
かつて騎士を目指して厳しい訓練をしていたからか、魔法に関しては鬼とも評されるグラキエの次兄に師事しているからか。彼は訓練と名のつくものに嬉々として励む癖がある。
これはスパルタになるぞと内心ごちながら、積み上がった本を遠い目で眺めるしかないのだった。
言いたいことが一挙に雪崩れ込みすぎたのかもしれない。横になったままの主を起こすことすら忘れて、内容が団子のようになった説教が飛んでくる。
「あ、あのっ、違うんです! 僕がお酒に酔って、その、たくさん誘ってしまったから……っ」
庇おうとしてくれているのか、ブランケットから顔を出したラズリウ王子が起き上がろうとする。
が、その下は素っ裸だ。
火に油を注ぐ前にと慌てて引き戻し、何とか落ちかけた布をかけ直す。
ラズリウ王子に食い下がられると弱いらしいテネスが口ごもっている間に、少し不思議そうな表情になったヴィーゼル卿が酒瓶を拾い上げた。まじまじとラベルを見て、ああ、と呟きながら頷く。
「なるほど、媚酒をお飲みになったのですか」
「びしゅ……?」
件の瓶は昨日開けた酒。
あれをいたく気に入っていた様子のラズリウ王子が素早く反応した。そこまで気に入ったのなら、帰りがけに買って帰ろうかと思いながら話を聞いていると。
「媚薬を甘い酒で割ったものでございます。通常ならコップに数杯程度を使用するものですが、丸々一本を空にするとは豪快ですな!」
快活に笑うヴィーゼル卿に、びしりと腕の中に収まっている身体が強張った。
「く、薬……? それって飲みすぎたら体に悪い……?」
「いえ、これ自体には別段悪いものはございません。まぁ興奮状態が長く続きますゆえ、体の弱い者が多量に飲むと腹上死となる可能性はありますが」
にこやかに返された答えだが、その中身は全く笑えない。二人とも健康優良児で何よりだった。
「ああ、あと効きすぎると足腰がしばらく立たなくなるそうです。行為が激しくなるのも要因のひとつかと思われますが――」
ほっと胸を撫で下ろすラズリウ王子から、ヴィーゼル卿の視線がグラキエに移る。
「グラキエ殿下、もしや?」
ふいと向けられた言葉と視線に、今度はグラキエの身が強張った。
疑問系だがその顔はどこか確信めいている。実際横たわったまま少しも動けていない。
……これは完全にバレていると考えてよさそうだ。
「恥ずかしながら、その……察しのとおりで」
誤魔化す適当な理由もなく、これには頷くしかなかった。流石に羞恥で顔が熱い。
この失態にどんな反応がくるのかとビクビクしていたけれど、上げた視線の先は満面の笑顔。この上なく渋い顔のテネスとは対照的だ。
「これはこれは、仲睦まじいご様子で喜ばしい限りですな!」
「ヴィーゼル卿! 笑い事ではありませぬ!」
朗らかに笑う高位貴族へ歯軋りしそうな勢いで噛み付く教育係は、もはや身分の差など意識から吹き飛んでいるようだ。
無礼者のグラキエから見てもさすがにどうかと思うけれど、人の良い笑い声で返すだけのヴィーゼル卿はよくできた人物だと思う。
「両殿下は既に番でございますからな。我が国においては何も問題はございません! むしろ一晩でも子作りに励む事が出来るという証左。これは僥倖にございましょう」
それは皮肉なのか、褒め言葉なのか。
どちらにせよ、そうも露骨に言われると返す言葉に困ってしまった。
目的の鉱石を入手すればすぐにでも加工作業をと思っていたものの、自滅したグラキエはまた一日宿で過ごすことになった。
せめて加工方法の検討実験ができればよかったのだけれど。万が一にも失敗して宿を破壊されては困ると、さすがにヴィーゼル卿の許可が下りることはなかった。
急にできてしまった時間は手持ち無沙汰だ。寝たまま動けないせいで何もする事がない。
「ただいま」
仕方ないのでもうひと眠りするかと諦めの境地に達した頃、スルトフェンとアスルヤを連れて出ていたラズリウ王子が戻ってきた。その手にはどっさりと本が抱えられている。
アルブレアでは滅多に見かけない、背表紙に凝った装飾のされている本。遠目にも色鮮やかで目立つ物体に自然と意識が釘付けになってしまった。
はたと我に返ってラズリウ王子を見ると、その顔はにんまりと笑っている。
「ラズリウ、そ、それは」
「本だよ。君が好きそうなものを施設から借りてきたんだ」
「ぶん取ったの間違いだろ」
ラズリウ王子の倍以上の本を抱えているスルトフェンの悪態をじろりと睨んで制し、本を抱えた婚約者が微笑みながら近づいてくる。
ベッドサイドに置かれた本はどれも背表紙に細かい装飾が入っている。中には布張りの表紙に金糸の刺繍という、本なのか調度品なのか分からない装丁のものすら混ざっていた。
「凄いな……これは魔法の本か」
本の山の一番上にあった書籍を手に取ると、古めかしい魔法文字でタイトルが記載されている。
ページをめくる手が止まらないグラキエに、ラズリウ王子はにこりと微笑んだ。
「全部そうだよ」
「そうか。…………え、全部?」
まじまじと積まれた本の山を見る。
祖国の図書館に魔法に関する本はかなり収集されていると思っていたけれど、積まれているものはパッと見た限り蔵書にはなさそうなものばかりだ。
しかし、わざわざそういった種類のものばかり集めたということは。
「せっかく時間もできたし、魔法の勉強しようよ」
……やはりである。
しかし動けない今の状況では逃げる選択肢などない。
かつて騎士を目指して厳しい訓練をしていたからか、魔法に関しては鬼とも評されるグラキエの次兄に師事しているからか。彼は訓練と名のつくものに嬉々として励む癖がある。
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