籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

文字の大きさ
54 / 54
帰還

54.手紙

しおりを挟む
 ラズリウ王子がヒート期間に入って五日目。
 今日の差し入れをシーナへ預けると、グラキエに向けられる微笑みがやけに深くなった。
 
「本日はラズリウ殿下よりお届け物がございます」
 
 今度は何事かと思わず身構えたけれど、差し出されたのは一通の手紙。
 シンプルなデザインの封筒に、しっかりとした筆跡の綺麗な字で宛名が綴られている。その字は見慣れた婚約者のものだ。
「……ラズリウ、から?」
「ええ。先日の大きな包みについていた手紙を受け取って思い立たれたご様子で。症状の辛い時期ですのに、少しずつ書き溜めていらっしゃいましたわ」
 大きな包みといえば、いつも側に置いていたテディベアを贈った昨日の差し入れのことだろう。
 何を贈るか考えあぐねて、綴る内容にも困ってしまった時だ。思いついた勢いに任せて大きな人形を包み、今までで一番短い文章を送りつけた。
 一体あれのどこを気に入ったのだろう。
 
 ……むしろ、お叱りだろうか。
 自室に戻ったグラキエの脳裏に過去のやらかしで詰められた苦い記憶が蘇ってくる。彼女らの言い分もラズリウ王子と過ごす内に腹落ちし、あの頃よりは成長したつもりなのだけれど。
 どうか落胆させていませんようにと、思わず心の中で祈った。
 恐る恐る封を切り、収められた便箋を開いて。
「っ……リィウ……」
 気がつけば、書かれている内容を繰り返し目で追いかけていた。

『気にかけてくれてありがとう』
『毎朝届く贈り物が嬉しい』
 
 そんな感謝の言葉から始まって。
 
『スルツを送ってしまって寂しくないか』
『きちんと生活しているか』
『テネスに怒られていないか』

 少しからかうような言葉が続く。
 体調や今回のヒートの様子についての簡単な近況報告の後、こう締め括られていた。
 
『はやく君に会いたい』
  
 まっすぐな言葉。
 けれどどこか恥じらうように小さくなる字を、グラキエは飽きることもなく見つめる。
 かつて令嬢へ送った手紙の判で押したような文章に苦言を呈された時、たかが文字の書かれた紙ひとつで何が変わるのかと不思議に思っていた。
 けれど、今なら。
 自分のためだけに紡がれた文字の群れに、どれほどの威力があるのか痛いほどに分かる。手に持った紙に並ぶ言葉をじっと見つめながら、いつもスルツの横に置いていた黒いテディベアを手繰り寄せて抱きしめた。
 ――次は何を書こう。
 そんなことを、とりとめもなく考えながら。


 
 あの日以来、ヒートで会えなくなる時は決まって手紙のやり取りをするようになった。
 大した中身は書いていない。
 むしろ交わす数が増えるほど簡素になっていく。
 けれど初めの頃の様なぎこちなさが無くなってくると、まるで会話をするように手紙をしたためるようになっていった。
 あれだけ書く内容を捻り出すのに苦心していたのに、今はどの話題にしようか絞り込む方に時間がかかっている。
 
 そうやって何通も、何十通も。
 飽きることもなくやり取りは続いてきた。 
 直接言葉を交わす代わりに始まったはずのそれは、いつの間にか習慣化してしまって。
 婚儀を挙げて正式な伴侶になっても、離れる時の習慣はあの時のまま。何年経っても変わることなく、途切れずに続いている。
 
 ……ひとつ、変わったことがあるとすれば。

「ちちうえ。ははうえのおなまえ、どうやるの?」
「うん? ああ、綴りか。最初の文字は――」
 
 いつの頃からか、ラズリウ宛の手紙の通数が増えたことだろうか。
 字を覚え始めた我が子からの手紙を、彼はどんな表情で受け取っているのだろう――子供が幼い間はと部屋で一人過ごす番に思いを馳せながら、幼い手で懸命にペンを走らせる小さな頭をそっと撫でた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

ヒートより厄介な恋をα後輩に教え込まれる

雪兎
BL
大学三年のΩ・篠宮湊は、何事も理屈で考えるタイプ。 ヒート管理も完璧で、恋愛とは距離を置いてきた。 「フェロモンに振り回されるのは非合理的」 そう思っていたのに――。 新学期、同じゼミに入ってきた後輩は、やたら距離の近いα・高瀬蒼。 人懐っこくて優秀、なのに湊にだけ妙に構ってくる。 「先輩って、恋したことないでしょ」 「……必要ないからな」 「じゃあ俺が教えますよ。ヒートより面倒なやつ」 余裕のあるα後輩と、恋に不慣れなΩ先輩。 からかわれているはずなのに、気づけば湊の心は少しずつ乱されていく。 これは、理屈ではどうにもならない “ヒートより厄介な恋”を教え込まれる物語。

元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜

水凪しおん
BL
現代日本で喧嘩ばかりしていた不良の青年は、交通事故から子供をかばって命を落とした。 目を覚ますと、そこは中華風の文化が息づく架空の国「龍凰帝国」。 彼は、名門校・天耀学舎に通う華奢なオメガの少年「飛燕」として転生していた。 亡き祖母との「今度こそ真っ当に生きる」という約束を守るため、波風を立てずに平穏な学園生活を送ろうと心に誓う飛燕。 しかし、理不尽な身分制度がはびこる学園で、弱者が虐げられるのを黙って見過ごすことはできなかった。 「オメガだからって、舐めんじゃねえぞ」 我慢の限界を迎え、前世で培った喧嘩の腕と無意識に発現した気の力で、アルファの不良たちをぶっ飛ばしてしまった飛燕。 退学を覚悟するが、その現場を学園の絶対的支配者である生徒会長のアルファ「蒼龍」に見られてしまう。 怒られるかと思いきや、蒼龍は飛燕の強さと真っすぐな瞳に強烈に惹きつけられ、彼を生徒会役員に任命。 そこから、冷酷無比と噂される生徒会長による、異常なまでの激甘・過保護な溺愛生活が始まってしまった! 「お前は俺の宝だ。髪の毛一本すら、誰にも触れさせはしない」 最高級の食事を与えられ、少しの怪我でも大騒ぎされ、休日は密室に閉じ込められて甘やかされる日々。 理不尽な身分制度を壊そうとする最強の生徒会長と、彼に愛されすぎている元不良のオメガ。 喧嘩上等の華奢な少年が、最強の番として絶対君主の隣で幸せを掴む、中華風異世界オメガバース開幕!

塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた

雪兎
BL
あらすじ 全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。 相手は学年でも有名な優等生α。 成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに—— めちゃくちゃ塩対応。 挨拶しても「……ああ」。 話しかけても「別に」。 距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。 (俺、そんなに嫌われてる……?) 同室なのに会話は最低限。 むしろ避けられている気さえある。 けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、 その塩対応αだった。 しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。 「……他のαに近づくな」 「お前は俺の……」 そこで言葉を飲み込む彼。 それ以来、少しずつ態度が変わり始める。 距離は相変わらず近くない。 口数も少ない。 だけど―― 他のαが近づくと、さりげなく間に入る。 発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。 そして時々、独占欲を隠しきれない視線。 実は彼はずっと前から知っていた。 俺が、 自分の運命の番かもしれないΩだということを。 だからこそ距離を取っていた。 触れたら、もう止まれなくなるから。 だけど同室生活の中で、 少しずつ、確実に距離は変わっていく。 塩対応の裏に隠されていたのは―― 重すぎるほどの独占欲だった。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

処理中です...