籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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帰還

53.贈り物

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 テネスを巻き込んだ会話をよそに、ラズリウはただただ心の中で胸を撫で下ろしていた。
 離宮の話が出た時はどうなるかと手に汗を握ってしまった。
 失言も憚らないグラキエ王子が、周囲の騒ぎに乗じて許可を取る程度には後ろめたさを持っていた行動だ。王妃の逆鱗に触れるのももっともな話である。
 
「ラズリウ王子」
「は、はいっ!?」 

 完全に思考が明後日の方へ向かっていたラズリウは、唐突に名を呼ばれて飛び上がってしまった。
「そなたには確かに負担をかける。しかしこれ以上は示しがつかぬのだ」
「い、いえ、そんな……こちらこそ申し訳ございません……」
 向けられるのは気遣わしげな瞳。
 だというのに浮かんでくるのは「よかったバレていない」という安堵。現金なものである。
「客人であれば口煩いのは野暮であるが。ネヴァルストより正式に貰い受けてきた以上、今後はアルブレアの人間として扱うことになる」

 ……一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 硬直するラズリウに、王はゆったりとした微笑みを向ける。
「よいな? いずれアルブレア王家に連なる者として、グラキエと共によく学ぶように」

 アルブレア王家の一員。
 この国に来た時に、いつか混ざることが出来るのだろうかと憧れた家族。グラキエ王子と手を繋いでいても、どこか蜃気楼のように揺らいでいた場所。
 目の前の人間から出てきたのは、その席はラズリウのものだと示す言葉だ。 
「は、はいっ! ……ありがとうございます!」
 思わず声を弾ませると、深い頷きが返ってくる。
 受け取った言葉で天にも昇ろうかという気持ちのラズリウだったけれど。
 
「他国の王宮では、あまり考え事をせぬように」
 
 ……やっぱりバレていたらしい。 
 ぎくりと身を強張らせるラズリウに、国王はまるで子を見守るように微笑んでいた。



 ネヴァルストから戻ってしばらく。
 二人は言い渡されたとおりに大人しく過ごしていた。
 ……正確に言えば、テネスの制止が入る場面も多少はあったけれど。総合的に見ればおおよそ何事もなく過ごせている。
 問題は定期的に訪れるΩの発情期だ。
 
「本当に部屋へ戻るのか?」
 
 グラキエ王子の部屋に持ち込んだ荷をまとめるラズリウに、部屋の主人がおずおずと声をかけてきた。
 ラズリウ個人にも部屋は与えられているけれど、いつの間にか日々の殆どを過ごすようになっていた番の部屋。いつも一緒に過ごしている二人の巣。
 すっかり離れがたい場所になっていたけれど。 
「うん、戻るよ。ヒートの時は自制が難しいから」
 こればかりは致し方ない。
 
 ヒートで発せられるフェロモンの影響を受けるのはΩだけではない。αであるグラキエ王子にも及ぶことを考えれば、ずっと同じ部屋に居るのは無理がある。
「リィウ……」
 寂しそうな声と共に白い指がラズリウの頬を撫でた。そんな顔をされると、何だかこちらまで寂しくなってきてしまう。
「またね」
 じっと見つめてくる金の瞳に微笑みかけ、軽く頬に口付けて扉を開ける。
 落ち着く香りに満たされた空間を名残惜しく思いながら、たくさんの荷物と共に廊下へ出た。


 一人で過ごす発情期は久しぶりだ。
 婚約してからはずっと傍にグラキエ王子が居てくれた。彼の温度が近くにないのは少し肌寒く感じる。
 けれど借り受けた番の服で作った巣の中にいる今は、祖国で過ごした離宮のような孤独感はどこにもない。
「ラズリウ殿下。グラキエ殿下からのお届け物でございます」
「あ……ありがとうございます」
 一日に一つ届く、番からの小さな包み。
 目が覚めた頃に届けられるそれが、いつもラズリウを気にかけていると示してくれる。
 中身は花だったり、菓子だったりとまちまちだ。必ず短い手紙が添えられていて、要約すれば大体「君に合うと思って」という意味合いの文章が綴られている。
 以前は令嬢にぞんざいな扱いをして叱られていたと聞き及んでいるのに、まるで別人のようなマメさである。
 
 今日届いたのは腕で抱えるくらいの大きな包み。一体何を見つけてきたのだろうと包装を開くと、白い毛足のテディベアが収まっていた。
「スルツ……?」
 ふわりと鼻をくすぐる番と同じ香りに、この存在の正体がすぐに思い当たる。いつもグラキエ王子の部屋に佇む、ネヴァルストの童話がモチーフになった人形だ。
 特別なんだと言っていた相棒を寄越した事に驚きつつ、スルツの入っていた包みに入っていた手紙を開ける。

 『君のそばに』

 たったそれだけの手紙。
 けれどその文面からは「会いたい」と言われているような気がして。
 枕元に置いていた呼び鈴を取り落としそうになりながら掴み、音を鳴らして別室に控えているシーナを呼び出した。
「あ、あのっ! その、レターセットはありますか……?」
「まあ、御返事ですの? グラキエ殿下がお喜びになりますわ」
 にこにこと微笑むシーナが持ってきてくれた便箋を受け取り、症状の落ち着いているひとときに少しずつペンを走らせる。 
 
 今は何も贈り物を返すことはできないけれど、せめて言葉だけでも返したい。
 
 持ち込んでいた魔法技術の文献もそっちのけで、ただただ机の上の便箋に向かい続けたのだった。
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