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出立
01.首輪
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とある大陸の北の端に位置する、雪と氷の国アルブレア。
その国は冬になると暴風と豪雪が全土を覆い、外界との行き来が閉じられる厳寒の地。そんな国の冬が夏に切り替わった頃、一台の黒い馬車が王都を発った。
磨き込まれた木目の美しい内装に設えられたのは革張りの椅子。礼儀正しく座る四人の内二人は、窓の外で飛ぶように過ぎていく景色におおっと歓声を上げた。
「最初の馬車も速ぇと思ったけど、この馬車は段違いだな」
斜向かいに座っていた幼馴染のスルトフェンが若草色の瞳をキラキラと輝かせて、いの一番に感想を漏らす。けれどギロリと隣の老紳士テネスに睨まれ、申し訳ございませんと肩を丸めて背筋を伸ばし直した。
今のはスルトフェンが悪い。王族の前だというのに、あまりにも普段通りすぎるから。
従者として手を挙げてくれた幼馴染と共にこの国に来て、気がつけば二年になろうとしている。だというのに彼は相変わらずだ。異国に馴染むのを通り越して、いっそ慣れきってしまっている。
それでもアルブレア王家は寛大に微笑む人ばかり。その柔らかい雰囲気がそうさせるのも分からなくはないけれど。
スルトフェンの向かいに座るグラキエ王子も、やはり彼の態度は気にも留めていないようで。
「白馬車は国賓の送迎用で、速さがあまり出ないようになっているんだ。黒馬車はまぁ、普段使いというやつだな」
「なるほど、用途が違う訳だ……訳、です、ね」
金の瞳を細めて楽しそうに話すグラキエ王子の声に釣られかけ、テネスの刺すような視線に慌てて言葉を探し始めた。その様子にまた王子がけらけらと笑い声をあげる。
和やかな雰囲気の旅路。ラズリウは周囲の賑やかなやり取りを微笑ましく思いながら見つめていた。
しばらく車内の会話に耳を傾けていたけれど、ふと預かり物の存在を思い出す。
「そうだ。グラキエ、これ」
「うん?」
側に置いていた鞄から一つの箱を取り出して渡すと、不思議そうな顔で受け取った。
「国王陛下と王妃様からだよ」
贈り主の名を出した途端、箱を開けようとする手が固まって。微かに好奇心がこもっていた表情がみるみる渋いものに変わっていき、これは一体何だと怪訝そうな顔が語りかけてくる。
そのあまりの変化の早さに思わず吹き出してしまった。
「グラキエが無くしてたもの」
からうように言うと、金色の目は真剣に箱と睨めっこを始めた。開けてしまえば答えが分かるのに。
しばらくそうしていたけれど、痺れを切らしたスルトフェンに早く開けろよと急かされて手が動く。テネスの鋭い蹴りを脛に受けて悶絶する向かいの様子は気にも留めず、ゆっくりと箱の蓋が開いていった。
中に入っていたのはチョーカーだ。
薄い茶色の柔らかな皮に、ささやかな細工を施した留め具がついている。その金具からは小さな装飾がひとつ揺れていて。
ぱちぱちと金の瞳が瞬いた後、見るからにグラキエ王子の全身から緊張が抜けていった。一体どんな中身を想像していたのだろう。
「……ん? この飾り……」
ぽつりとそう呟くと、チョーカーに注がれていた視線がラズリウの方へ向いた。
あの装飾にはアルブレアの国章とグラキエ王子個人の紋章が刻まれている。ラズリウが着けている首輪に揺れているそれと同じ物だ。
――世界に二つだけの、一対になった装飾品。
「一体何処に? どれだけ探しても無かったのに」
「借りた本の栞に結ばれてたよ」
グラキエ王子の部屋にある本――特に資料の類には栞紐が沢山ついている。どうやら紙の栞では追いつかないようで、どの本も紐を結びつけて本数が増やされているのだ。
そして栞紐には錘として様々な物がつけられており、件の装飾品もその一つになっていた。
「栞……!? そ、そんな所に……」
それは見つからない訳だと疲れた溜息をこぼしながら、グラキエ王子は背もたれに全身でもたれかかった。
あの装飾品はアルブレアの王族が十歳になる頃に、将来の伴侶へ渡すために作られるのだという。けれど受け取った当時は紐を通す穴のついた重石にしか映らなかったんだろう。
険しい顔の王妃様に睨まれながら探し回っていた事を知っているから、少し申し訳ないけれど……あまりにもグラキエ王子らしくて笑えてきてしまった。
こっそり隠れて笑い声を漏らしたのが聞こえたのか、むすりとした顔がラズリウを睨んでくる。軽く謝る内に開かれていた箱の蓋が閉じてしまった。
「グラキエ、着けなきゃ。そのために渡されたんだよ」
「王宮への挨拶の時で良くないか?」
「守護の魔法がかかってるって仰ってたのに」
周りに影響を及ぼすΩのフェロモンも厄介だけれど、そのフェロモンに当てられると第二性別がαの人間は影響を受けて理性を飛ばしてしまうと言われている。
そのためΩのラズリウに贈られた首輪にはフェロモンを封じる魔法がかけられている。それを考えれば、αであるグラキエ王子のチョーカーはフェロモンの影響を防ぐものだと考えるのが妥当だろう。
王室の大切な王子だ。その辺のΩに籠絡されては困るのだから。
「……僕とお揃いは嫌、かな」
頑なに首を縦に振ろうとしない様子に、つい悪戯心が湧いてしまった。少し意地悪な言い方をすると予想どおりに言葉を詰まらせる。
しばらく何か言いたそうにしていたけれど、観念したらしい。
グラキエ王子は渋々といった様子で箱からチョーカーを取り出したのだった。
その国は冬になると暴風と豪雪が全土を覆い、外界との行き来が閉じられる厳寒の地。そんな国の冬が夏に切り替わった頃、一台の黒い馬車が王都を発った。
磨き込まれた木目の美しい内装に設えられたのは革張りの椅子。礼儀正しく座る四人の内二人は、窓の外で飛ぶように過ぎていく景色におおっと歓声を上げた。
「最初の馬車も速ぇと思ったけど、この馬車は段違いだな」
斜向かいに座っていた幼馴染のスルトフェンが若草色の瞳をキラキラと輝かせて、いの一番に感想を漏らす。けれどギロリと隣の老紳士テネスに睨まれ、申し訳ございませんと肩を丸めて背筋を伸ばし直した。
今のはスルトフェンが悪い。王族の前だというのに、あまりにも普段通りすぎるから。
従者として手を挙げてくれた幼馴染と共にこの国に来て、気がつけば二年になろうとしている。だというのに彼は相変わらずだ。異国に馴染むのを通り越して、いっそ慣れきってしまっている。
それでもアルブレア王家は寛大に微笑む人ばかり。その柔らかい雰囲気がそうさせるのも分からなくはないけれど。
スルトフェンの向かいに座るグラキエ王子も、やはり彼の態度は気にも留めていないようで。
「白馬車は国賓の送迎用で、速さがあまり出ないようになっているんだ。黒馬車はまぁ、普段使いというやつだな」
「なるほど、用途が違う訳だ……訳、です、ね」
金の瞳を細めて楽しそうに話すグラキエ王子の声に釣られかけ、テネスの刺すような視線に慌てて言葉を探し始めた。その様子にまた王子がけらけらと笑い声をあげる。
和やかな雰囲気の旅路。ラズリウは周囲の賑やかなやり取りを微笑ましく思いながら見つめていた。
しばらく車内の会話に耳を傾けていたけれど、ふと預かり物の存在を思い出す。
「そうだ。グラキエ、これ」
「うん?」
側に置いていた鞄から一つの箱を取り出して渡すと、不思議そうな顔で受け取った。
「国王陛下と王妃様からだよ」
贈り主の名を出した途端、箱を開けようとする手が固まって。微かに好奇心がこもっていた表情がみるみる渋いものに変わっていき、これは一体何だと怪訝そうな顔が語りかけてくる。
そのあまりの変化の早さに思わず吹き出してしまった。
「グラキエが無くしてたもの」
からうように言うと、金色の目は真剣に箱と睨めっこを始めた。開けてしまえば答えが分かるのに。
しばらくそうしていたけれど、痺れを切らしたスルトフェンに早く開けろよと急かされて手が動く。テネスの鋭い蹴りを脛に受けて悶絶する向かいの様子は気にも留めず、ゆっくりと箱の蓋が開いていった。
中に入っていたのはチョーカーだ。
薄い茶色の柔らかな皮に、ささやかな細工を施した留め具がついている。その金具からは小さな装飾がひとつ揺れていて。
ぱちぱちと金の瞳が瞬いた後、見るからにグラキエ王子の全身から緊張が抜けていった。一体どんな中身を想像していたのだろう。
「……ん? この飾り……」
ぽつりとそう呟くと、チョーカーに注がれていた視線がラズリウの方へ向いた。
あの装飾にはアルブレアの国章とグラキエ王子個人の紋章が刻まれている。ラズリウが着けている首輪に揺れているそれと同じ物だ。
――世界に二つだけの、一対になった装飾品。
「一体何処に? どれだけ探しても無かったのに」
「借りた本の栞に結ばれてたよ」
グラキエ王子の部屋にある本――特に資料の類には栞紐が沢山ついている。どうやら紙の栞では追いつかないようで、どの本も紐を結びつけて本数が増やされているのだ。
そして栞紐には錘として様々な物がつけられており、件の装飾品もその一つになっていた。
「栞……!? そ、そんな所に……」
それは見つからない訳だと疲れた溜息をこぼしながら、グラキエ王子は背もたれに全身でもたれかかった。
あの装飾品はアルブレアの王族が十歳になる頃に、将来の伴侶へ渡すために作られるのだという。けれど受け取った当時は紐を通す穴のついた重石にしか映らなかったんだろう。
険しい顔の王妃様に睨まれながら探し回っていた事を知っているから、少し申し訳ないけれど……あまりにもグラキエ王子らしくて笑えてきてしまった。
こっそり隠れて笑い声を漏らしたのが聞こえたのか、むすりとした顔がラズリウを睨んでくる。軽く謝る内に開かれていた箱の蓋が閉じてしまった。
「グラキエ、着けなきゃ。そのために渡されたんだよ」
「王宮への挨拶の時で良くないか?」
「守護の魔法がかかってるって仰ってたのに」
周りに影響を及ぼすΩのフェロモンも厄介だけれど、そのフェロモンに当てられると第二性別がαの人間は影響を受けて理性を飛ばしてしまうと言われている。
そのためΩのラズリウに贈られた首輪にはフェロモンを封じる魔法がかけられている。それを考えれば、αであるグラキエ王子のチョーカーはフェロモンの影響を防ぐものだと考えるのが妥当だろう。
王室の大切な王子だ。その辺のΩに籠絡されては困るのだから。
「……僕とお揃いは嫌、かな」
頑なに首を縦に振ろうとしない様子に、つい悪戯心が湧いてしまった。少し意地悪な言い方をすると予想どおりに言葉を詰まらせる。
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