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出立
02.道中
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グラキエ王子の首元に揺れる、銀色の飾り。
それをじっと見つめながら、ラズリウは緩む頬を引き締められずにいた。
「そ、そんなにまじまじと見なくても……」
戸惑うような声音にハッと我にかえると、何処となくそわそわした顔の婚約者と目が合った。
ラズリウは誰かとの揃いの品なんて持ったことがない。しかも初めて揃えた物が唯一の存在と番である証になる品で。そうなると頭の中は盛り上がらずにはいられなかったのである。
バカップルめと幼馴染の声が聞こえたけれど、声の主を睨む頃には脛を押さえて背中を丸めていた。スルトフェンは護衛で来ているはずなのに、一人で早々にダメージを受けすぎではないだろうか。
「結局、婚約から一年経ってしまったな。今更の挨拶で大丈夫なんだろうか」
ぽつりと隣から聞こえた声に、ラズリウは思わず目を瞬かせた。
ラズリウに婚約の話が舞い込んだのは二年前。
一年間はお試し期間で仮の婚約者として滞在していたけれど、正式に婚約をしてからも一年が経つ。本来は正式な婚約が成った際に報告と挨拶に出向くものらしい。大国のプライドにうるさい儀礼派の貴族達なら、確かに眉を顰めそうな話だとは思う。
しかし。
「そういうの、グラキエも気にするんだね」
初対面の時に堂々の遅刻をしてきた王子の台詞とは俄かに信じがたい。
礼儀なんて気にしないタイプだと思っていた。だからこそラズリウを受け入れてくれたのだと、そう思っていたから。
「一応は、な。はなから帰すつもりはないとはいえ、なし崩しに君と家族を二年も離してしまったから」
毎朝食事を共にするほど家族仲が良い王室の子供からすれば、年単位で離れているのは一大事なのかもしれない。父親の顔を何年も見ていないラズリウにとってはたった二年なのだけれど。
「今度はきちんと貰い受けて、君をアルブレアに連れて帰る」
「……ぐらきえ……」
そっと頬に触れた手の感触と向けられる微笑みに頬がぼわりと熱を持った。時折前触れもなくグラキエ王子からあふれ出す、蕩けるような甘い言葉にはつくづく弱い。
どさくさに紛れてそっと抱き寄せられ、そのまま身を預ける……と、ゴホンと向かいに座る老紳士の大きな咳払いが聞こえた。
「仲がよろしいのは結構なことですけれども。居合わせる人間にも多少の意識は向けて頂きたいものですな」
眉ひとつ動かすことなく向けられる言葉で我にかえったラズリウは、頬どころか全身が熱くなっていく。二人して慌てて離れ、気恥ずかしい気持ちのまま沈黙が落ちた。
一行が目指すのは大陸の南端にあるラズリウの祖国、ネヴァルストだ。
北の端にあるアルブレアからは正反対の位置に在り、その間には巨大な内海と山脈が横たわっている。
とはいえ内海は昔から、ネヴァルストと反対側に位置する諸国との重要な交易ルートでもあった。故に各国との海上交通が発達していて、国交の有無にかかわらず商人たちは各地へ渡り商いをしている。
その拠点の一つ――アルブレアから最も近い港町で、軽快に走っていた馬車は音もなく静止した。
開いたドアの向こうからふわりと漂ってくる潮の香り。
その空気をなんだか懐かしく思いながら、グラキエ王子が差し出してくれた手を取って馬車から降りた。
すると上空から二羽の鳥が高度を下げてくるのが視界に入る。目視で判別できるようになったその姿は、大きなタカかワシの類とフクロウだろうか。習性も活動時間も違うはずなのに妙な組み合わせだ。
その上真っ直ぐ人間に向かってくるものだから、おっかなびっくりその様子を見守る。上空で二周ほど旋回した二羽が着地するか否かというところで、ぼわんと白い煙が鳥の小さな体を包んだ。
「ご紹介申し上げます、ラズリウ殿下」
テネスが言うが早いか、降りてきていたはずの鳥は姿も形もなくなっていた。代わりにその場所で立っていたのは人間が二人。ラズリウと視線が合うと、息を合わせたように揃ったタイミングで頭を下げる。
「この度の護衛として同行いたします、騎士のグノールトと魔法師のアスルヤにございます」
濃灰の髪と鈍い青の目に、いかにも騎士然とした装いのグノールト。対して魔法師のアスルヤは白に近い金の髪と橙色の瞳に、いくつもの装飾が揺れる上衣を纏っている。
「お初にお目にかかります」
「御身の警護ができて光栄にございます」
人の身なのに直角に近い関節の角度をきっちりと作り出して跪く騎士と、舞うように衣を翻らせて深く一礼をする魔法師と。本人の持つ色といい服装といい、見事なまでに対象的だ。
こうして並ぶと同じアルブレアの民でも違うものだ。何だか不思議な気持ちで見つめていると、アスルヤの橙色の瞳がぱっとラズリウの方を見た。
「いやぁ、遠目に見るよりもずっと可憐な方だ。殿下の婚約者でなければ是非ともデートにお誘いしたかっ――あイッテテテテ!」
「あっ。す、すみません、つい」
あまりにも急に距離を詰めてくるものだから、握りられた手を振り解いて腕を捻り上げてしまった。
大袈裟に声を上げたアスルヤは己の腕が無事か確かめるように動かしている。そこまで力一杯にしたつもりはなかったけれど、やはり不意をついた形だったのがまずかったようだ。
「……申し訳ございません。此奴は腕は良いのですが、なにぶん気性がですな、そのぅ、軟派でございまして……」
アスルヤの脳天にひとつ拳を落としたテネスが眉をハの字に下げながら振り向いた。ラズリウが先に捻り上げてしまった手前、今更何も言えるはずがないのだけれど。
心底申し訳なさそうな顔がラズリウを見つめている。グラキエ王子の時も似たような顔をしていた事を思い出して、思わず笑いをこぼしてしまった。
「僕は大丈夫です。こちらこそ申し訳ない、驚いてしまって」
「それはお気になさらず。自業自得ですので」
しれっと言うグノールトにアスルヤは何か言おうとしたようだけれど、じろりと睨まれて渋々口を閉じた。
……なかなか、賑やかな旅路になりそうである。
それをじっと見つめながら、ラズリウは緩む頬を引き締められずにいた。
「そ、そんなにまじまじと見なくても……」
戸惑うような声音にハッと我にかえると、何処となくそわそわした顔の婚約者と目が合った。
ラズリウは誰かとの揃いの品なんて持ったことがない。しかも初めて揃えた物が唯一の存在と番である証になる品で。そうなると頭の中は盛り上がらずにはいられなかったのである。
バカップルめと幼馴染の声が聞こえたけれど、声の主を睨む頃には脛を押さえて背中を丸めていた。スルトフェンは護衛で来ているはずなのに、一人で早々にダメージを受けすぎではないだろうか。
「結局、婚約から一年経ってしまったな。今更の挨拶で大丈夫なんだろうか」
ぽつりと隣から聞こえた声に、ラズリウは思わず目を瞬かせた。
ラズリウに婚約の話が舞い込んだのは二年前。
一年間はお試し期間で仮の婚約者として滞在していたけれど、正式に婚約をしてからも一年が経つ。本来は正式な婚約が成った際に報告と挨拶に出向くものらしい。大国のプライドにうるさい儀礼派の貴族達なら、確かに眉を顰めそうな話だとは思う。
しかし。
「そういうの、グラキエも気にするんだね」
初対面の時に堂々の遅刻をしてきた王子の台詞とは俄かに信じがたい。
礼儀なんて気にしないタイプだと思っていた。だからこそラズリウを受け入れてくれたのだと、そう思っていたから。
「一応は、な。はなから帰すつもりはないとはいえ、なし崩しに君と家族を二年も離してしまったから」
毎朝食事を共にするほど家族仲が良い王室の子供からすれば、年単位で離れているのは一大事なのかもしれない。父親の顔を何年も見ていないラズリウにとってはたった二年なのだけれど。
「今度はきちんと貰い受けて、君をアルブレアに連れて帰る」
「……ぐらきえ……」
そっと頬に触れた手の感触と向けられる微笑みに頬がぼわりと熱を持った。時折前触れもなくグラキエ王子からあふれ出す、蕩けるような甘い言葉にはつくづく弱い。
どさくさに紛れてそっと抱き寄せられ、そのまま身を預ける……と、ゴホンと向かいに座る老紳士の大きな咳払いが聞こえた。
「仲がよろしいのは結構なことですけれども。居合わせる人間にも多少の意識は向けて頂きたいものですな」
眉ひとつ動かすことなく向けられる言葉で我にかえったラズリウは、頬どころか全身が熱くなっていく。二人して慌てて離れ、気恥ずかしい気持ちのまま沈黙が落ちた。
一行が目指すのは大陸の南端にあるラズリウの祖国、ネヴァルストだ。
北の端にあるアルブレアからは正反対の位置に在り、その間には巨大な内海と山脈が横たわっている。
とはいえ内海は昔から、ネヴァルストと反対側に位置する諸国との重要な交易ルートでもあった。故に各国との海上交通が発達していて、国交の有無にかかわらず商人たちは各地へ渡り商いをしている。
その拠点の一つ――アルブレアから最も近い港町で、軽快に走っていた馬車は音もなく静止した。
開いたドアの向こうからふわりと漂ってくる潮の香り。
その空気をなんだか懐かしく思いながら、グラキエ王子が差し出してくれた手を取って馬車から降りた。
すると上空から二羽の鳥が高度を下げてくるのが視界に入る。目視で判別できるようになったその姿は、大きなタカかワシの類とフクロウだろうか。習性も活動時間も違うはずなのに妙な組み合わせだ。
その上真っ直ぐ人間に向かってくるものだから、おっかなびっくりその様子を見守る。上空で二周ほど旋回した二羽が着地するか否かというところで、ぼわんと白い煙が鳥の小さな体を包んだ。
「ご紹介申し上げます、ラズリウ殿下」
テネスが言うが早いか、降りてきていたはずの鳥は姿も形もなくなっていた。代わりにその場所で立っていたのは人間が二人。ラズリウと視線が合うと、息を合わせたように揃ったタイミングで頭を下げる。
「この度の護衛として同行いたします、騎士のグノールトと魔法師のアスルヤにございます」
濃灰の髪と鈍い青の目に、いかにも騎士然とした装いのグノールト。対して魔法師のアスルヤは白に近い金の髪と橙色の瞳に、いくつもの装飾が揺れる上衣を纏っている。
「お初にお目にかかります」
「御身の警護ができて光栄にございます」
人の身なのに直角に近い関節の角度をきっちりと作り出して跪く騎士と、舞うように衣を翻らせて深く一礼をする魔法師と。本人の持つ色といい服装といい、見事なまでに対象的だ。
こうして並ぶと同じアルブレアの民でも違うものだ。何だか不思議な気持ちで見つめていると、アスルヤの橙色の瞳がぱっとラズリウの方を見た。
「いやぁ、遠目に見るよりもずっと可憐な方だ。殿下の婚約者でなければ是非ともデートにお誘いしたかっ――あイッテテテテ!」
「あっ。す、すみません、つい」
あまりにも急に距離を詰めてくるものだから、握りられた手を振り解いて腕を捻り上げてしまった。
大袈裟に声を上げたアスルヤは己の腕が無事か確かめるように動かしている。そこまで力一杯にしたつもりはなかったけれど、やはり不意をついた形だったのがまずかったようだ。
「……申し訳ございません。此奴は腕は良いのですが、なにぶん気性がですな、そのぅ、軟派でございまして……」
アスルヤの脳天にひとつ拳を落としたテネスが眉をハの字に下げながら振り向いた。ラズリウが先に捻り上げてしまった手前、今更何も言えるはずがないのだけれど。
心底申し訳なさそうな顔がラズリウを見つめている。グラキエ王子の時も似たような顔をしていた事を思い出して、思わず笑いをこぼしてしまった。
「僕は大丈夫です。こちらこそ申し訳ない、驚いてしまって」
「それはお気になさらず。自業自得ですので」
しれっと言うグノールトにアスルヤは何か言おうとしたようだけれど、じろりと睨まれて渋々口を閉じた。
……なかなか、賑やかな旅路になりそうである。
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