だからウサギは恋をした

第五章 うさぎ、天敵に身をすくめる

5-3

「質問がなければ、ここまでで」
「あの」

　早く打ち切ろうとした私の声をさえぎったのは、その前川さんだった。

「ドッジボールって当たるとすっごく痛いんですよね」
「はい、そうですよね」
「泣いちゃう人がいたら、どうします？　まるで赤ちゃんみたいに。しゃがみこんで、耳をふさいで、泣いてしまうような人がいたら」

　全身の血がスッと引いていく気がした。
　一年クラス委員の名簿が目に入る。
　前川まえかわ五月さつき、その名前に心臓がドクンドクンと大きな音を立てて暴れはじめる。

「ちょっと質問の意味がわかりませんけれど。もし、しゃがみこんで泣いてるくらい痛そうなら、保健委員が救護しますが？」

　なにも言えなくなってしまった私に代わり、大樹くんが応えると前川さんは、ふうんと頷き、こちらをチラリと見て口元だけ笑って見せた。
　間違いない、彼女はあの時のサツキちゃんだ。

『ねえ、待ってよ。待ちなさいよ！』

　校門の前で私を待っていたあの女の子と姿が重なる。

『baby don't cry（泣かないで、赤ちゃん）』

　あのメールを出したのは、この人だ。私の直感がそう告げていた。
　それきり毎日通っていた放課後の生徒会室通いを私はパッタリと辞めたのだった。
　彼女が直接生徒会室にやって来るのを恐れて……。