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第三章 新しい自分
3-11
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「メイちゃん、可愛いね」
「うん」
「紅ちゃんも、可愛いよね」
「は?」
「いつも帰りたくないって顔、してる」
そう言って足を止めた宵に私も立ち止まる。
「どうしたの?」
「ん? オレならずっと一緒にいてあげられるのにって」
私の頬に手を伸ばした宵の瞳が紫色がかって揺れている。
その色があまりにもキレイで私は魅入られてしまったように身動きできなくなった。
「紅ちゃんの寂しいはオレじゃ埋めてあげられない?」
微笑んだ宵は、私の額にそっとキスをした。
ちょ、え?
躊躇する間もなく私は宵を引っ叩いて走っていた。
「えー? 待ってよ、紅ちゃん」
宵のそんな声が聞こえてきたけれど、待てるか!!
ゴシゴシと額を擦りながら家に向かって走る。
信じられない、何考えてるの!?
私も私だ、不覚にもあんなのに一瞬でも見惚れてしまった。
あれが宵だった、気をつけなくちゃいけないやつ。
人の心の隙間に無遠慮に、けれどスッと入り込む危険なやつ。
人たらしの甘い香りで人の心にズケズケ入り込んできちゃう男。
しばらく走って、もう追っては来ないだろうと息を整えながら、歩き出す。
心臓がドックドックと落ち着かない。
落ち着けようとしても、さっきのを思い出すと落ち着かないのだ。
「紅?」
自分を呼ぶ声にビクンとしてしまうのは別に後ろめたいわけじゃない。
自分以外はいないと思っていた夜道で、急に声をかけられたからビックリしただけだ。
それが碧だったからってわけじゃない。
「今、保育園の帰り?」
「そうっ、碧は?」
碧の恰好を見たらわかる、手に持っているのは買い物袋だもの。
白々しい質問をしてしまったのが恥ずかしい。
「ん? 明日の朝ご飯のパンを買いに。で、アイツは?」
いつも隣にいるはずの宵の姿を捜す碧に、首を横に振る。
「さっき別れた」
別れたというか巻いてきたが正解だ。
動揺を悟られないように目を反らそうとしたのに、碧の瞳が食い入るように私の真意を探そうとしているみたいで目が離せない。
「……紅、隙見せるなって言ったでしょ?」
「え?」
大きなため息をついた碧に急に手を引かれ止められた。
碧の目が冷たく私を見下ろしている。
「……黒臭い、すっごい臭い。このにおい、本当に嫌だ」
向かい合った碧が私の額をじっと見つめてゴシゴシとさっき宵にキスされた場所《おでこ》を擦った。
それから、まるで上書きするように、同じ場所をペロリと……え?
満足げに笑った碧に無表情のままで、私は今夜二度目の猛ダッシュをしたのだった。
「おはよ、紅」
よくもまあ何事もなかったような顔をしていられるな。
私はと言うとダブルショックで寝不足だというのに。
「もういいの? 明日まで休むつもりだったんじゃないの?」
全然何も気にしてません、通常運転です、と取り澄ました顔をしてみせた。
いつものように応対したはず、だったのに。
「いつまでも休んでるのも良くないだろうって、父さんがね。それと俺がいないと宵が好き勝手してるみたいなんで」
と、私の額に冷たい視線を這わせたので思わず顔を背けた。
「ん? 紅、もしかして昨日の気にしてる?」
「してるに決まって」
挑発するような碧の微笑に思わず応えてしまってから、ハッとして口を噤《つぐ》んだ。
「ごめんね、突然すぎたよね」
「っ、本当だよ」
「黒の印を取り消すには何か他の印が必要でさ」
「い、ん……?!」
「そう、契約の予約印みたいなもの、人がいない隙に何勝手なことしてんだか」
「えっと」
ちょっと待って?
私が夕べ、その印ってやつを、キ、キスだと思い込んで思い悩んで寝不足になったのは、印? そして、印の取り消しだと?!
「もう紅は誰の予約者でもないから安心して」
プツと何かがキレるような音がした。
「ああ、そうなのね。ありがとうございました! 最初から言っておいてよね、そんな大事なこと」
知ってたら私、あんなにドキドキなんかしなかったのに!
プイッと顔を背け歩き出す私の横で碧はいつものように飄々《ひょうひょう》としているのが何だか悔しい。
「大体ね、宵の色香にやられた紅が一番悪いんだよ?」
「え?」
「印の取り消しだって、……こっちだって勇気がいる」
いつも通りの碧のポーカーフェイス、だけど耳たぶが少し赤い気がした。
「うん」
「紅ちゃんも、可愛いよね」
「は?」
「いつも帰りたくないって顔、してる」
そう言って足を止めた宵に私も立ち止まる。
「どうしたの?」
「ん? オレならずっと一緒にいてあげられるのにって」
私の頬に手を伸ばした宵の瞳が紫色がかって揺れている。
その色があまりにもキレイで私は魅入られてしまったように身動きできなくなった。
「紅ちゃんの寂しいはオレじゃ埋めてあげられない?」
微笑んだ宵は、私の額にそっとキスをした。
ちょ、え?
躊躇する間もなく私は宵を引っ叩いて走っていた。
「えー? 待ってよ、紅ちゃん」
宵のそんな声が聞こえてきたけれど、待てるか!!
ゴシゴシと額を擦りながら家に向かって走る。
信じられない、何考えてるの!?
私も私だ、不覚にもあんなのに一瞬でも見惚れてしまった。
あれが宵だった、気をつけなくちゃいけないやつ。
人の心の隙間に無遠慮に、けれどスッと入り込む危険なやつ。
人たらしの甘い香りで人の心にズケズケ入り込んできちゃう男。
しばらく走って、もう追っては来ないだろうと息を整えながら、歩き出す。
心臓がドックドックと落ち着かない。
落ち着けようとしても、さっきのを思い出すと落ち着かないのだ。
「紅?」
自分を呼ぶ声にビクンとしてしまうのは別に後ろめたいわけじゃない。
自分以外はいないと思っていた夜道で、急に声をかけられたからビックリしただけだ。
それが碧だったからってわけじゃない。
「今、保育園の帰り?」
「そうっ、碧は?」
碧の恰好を見たらわかる、手に持っているのは買い物袋だもの。
白々しい質問をしてしまったのが恥ずかしい。
「ん? 明日の朝ご飯のパンを買いに。で、アイツは?」
いつも隣にいるはずの宵の姿を捜す碧に、首を横に振る。
「さっき別れた」
別れたというか巻いてきたが正解だ。
動揺を悟られないように目を反らそうとしたのに、碧の瞳が食い入るように私の真意を探そうとしているみたいで目が離せない。
「……紅、隙見せるなって言ったでしょ?」
「え?」
大きなため息をついた碧に急に手を引かれ止められた。
碧の目が冷たく私を見下ろしている。
「……黒臭い、すっごい臭い。このにおい、本当に嫌だ」
向かい合った碧が私の額をじっと見つめてゴシゴシとさっき宵にキスされた場所《おでこ》を擦った。
それから、まるで上書きするように、同じ場所をペロリと……え?
満足げに笑った碧に無表情のままで、私は今夜二度目の猛ダッシュをしたのだった。
「おはよ、紅」
よくもまあ何事もなかったような顔をしていられるな。
私はと言うとダブルショックで寝不足だというのに。
「もういいの? 明日まで休むつもりだったんじゃないの?」
全然何も気にしてません、通常運転です、と取り澄ました顔をしてみせた。
いつものように応対したはず、だったのに。
「いつまでも休んでるのも良くないだろうって、父さんがね。それと俺がいないと宵が好き勝手してるみたいなんで」
と、私の額に冷たい視線を這わせたので思わず顔を背けた。
「ん? 紅、もしかして昨日の気にしてる?」
「してるに決まって」
挑発するような碧の微笑に思わず応えてしまってから、ハッとして口を噤《つぐ》んだ。
「ごめんね、突然すぎたよね」
「っ、本当だよ」
「黒の印を取り消すには何か他の印が必要でさ」
「い、ん……?!」
「そう、契約の予約印みたいなもの、人がいない隙に何勝手なことしてんだか」
「えっと」
ちょっと待って?
私が夕べ、その印ってやつを、キ、キスだと思い込んで思い悩んで寝不足になったのは、印? そして、印の取り消しだと?!
「もう紅は誰の予約者でもないから安心して」
プツと何かがキレるような音がした。
「ああ、そうなのね。ありがとうございました! 最初から言っておいてよね、そんな大事なこと」
知ってたら私、あんなにドキドキなんかしなかったのに!
プイッと顔を背け歩き出す私の横で碧はいつものように飄々《ひょうひょう》としているのが何だか悔しい。
「大体ね、宵の色香にやられた紅が一番悪いんだよ?」
「え?」
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