この心が死ぬ前にあの海で君と

東 里胡

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1巻

1-2

「っつ!!」

 身を切るような冷たさとはこのことを言うのだろう。
 つま先から頭の天辺までしびれ、凍りつきそうになり身をすくめた。
 戸惑って、でも冷たさに慣れなくちゃ、と踏ん張って左足も入れる。
 痛い、冷たくて痛い……。全身が震え出し、足がすくむ。刺さるような痛みに後悔ばかりがおそってくる。
 でも、もう引き返せない。これで楽になれるから、きっと。
 ねえ、母さん……。私がいなくなったら、母さんはもう泣かなくていいんだよね?
 胸までかれば、一瞬で心臓も麻痺まひしてしまうだろう。足首だけでも気が遠くなってきた。
 母さん、足が痛いよ、冷たいよ、どうして?
 助けて、母さん、何で私にばかり冷たいの?
 海の中、一歩進むたびに涙がボロボロと流れ出す。
 痛いのは心? 足裏に感じるゴツゴツしたもののせい? それとも海水の冷たさか。
 あの手紙を読んだなら、母さんは『全部、私のせいなの!? 私のせいだっていうの?』と怒るかもしれない。
 そうじゃない、そうじゃないけれど! 
 だったら私はどうしたらよかったのかな? どう生きていけば母さんに受け入れられるの? わからないよ、わかんなくなっちゃったよ。
 だって私の顔なんか見たくなくて、じっちゃんに捨てたんでしょう? 家族の中からはじかれたんでしょう?
 膝の裏まで海水に浸かったあたりで、意識が少しずつ朦朧もうろうとしてきた。
 全ての血液が流れを止めてしまうような感覚、そしてひどく眠い。
 やっと楽になれるのかな。楽になれるんだよね?
 ごめんね、母さん。
 終わりが近づく予感の中、目を瞑り一気に波の中に身を投じようとした、その時だった。

「……やとー! おーい! 電話鳴ってるって、あやとー!」

 人の気配がなかったはずの海水浴場でそんな声が響く。
 その声にギョッとして、真っ白になりかけていた意識が現実に引き戻される。岸辺を振り返ると、右手には私のスマホ、左手にはあの手紙、それを持ち大きく私に手を振りながら。

「あやと、電話鳴ってるって、ホラ!」

 笑ってこちらに近づいてくる見知らぬ男の子の姿が目に入った。
 ってか、あやとって誰!? もしかしてを、あやとって読んでる!?

「あ、あやと、じゃないってば!」

 慌てて手紙とスマホを取り返しにきびすを返した瞬間、冷たさで麻痺していた足がもつれ、海の中につんいで転んでしまった。

「冷たいっ!」

 最悪だ、意図せずに太ももと二の腕まで海水に浸かってしまう。

「大丈夫?」

 海の中でひざまずいたまま声の主を見上げたら、手紙を持つ左手にスマホを持ち替え、いた右手を私に差し伸べてきた。
 見下ろすその顔に能天気な微笑みすら浮かんでいるところを見れば、今がどういう状況なのかわかってはいないようだ。
 この手に掴まったら負けな気がする、という妙な対抗意識から、自力で岸に上がる。
 もっとも、知らない人間にこんな無様ぶざまな姿をさらしている時点で十分負けている気もするけれど。

「返してよ」

 スマホと手紙を、と寒さで震える右手のひらを上に向け、彼に突き出すと。

「ハイ、どうぞ」

 ニッコリ笑った彼がくれたのは、スマホでも手紙でもなく、まだふたの開いていない温かい缶コーヒーだった。
 何の冗談? 全然笑えないんだけど! 睨み上げても全然動じてなさそうで、腹が立つ。
 いつもより私が強気なのは、彼の話し言葉を聞いたからだ。
 イントネーションが違う。地元の人ではない。聞く限りでは標準語、つまりは観光客だ。

「いらない」
「え? だって寒いでしょ? さっき買ったばっかだし温かいよ? どうぞ」
「そうじゃなくてさ」
「ん?」
「私のスマホと手紙、返してって言ってんの!!」

 ん? コレ? と自分の手に持っているものを見て「どうしようかなあ」とふにゃりと笑いながら首をかしげている。
 は? どうしようって、それは私のだし!

「さっきさ」

 そう言ったまま、しばらく何も言わなくなった彼を睨むと。

「死のうとしてたり、しないよね?」

 その言葉に凍り付く。
 柔らかな笑みを浮かべたままだけど、その目は全然笑っていなかった。私の心の奥底まで見透かしているような視線に、耐え切れずうつむいた。

「そんなこと、してないし」

 波の音でかき消されそうな呟きは、目の前の彼にだけは聞こえたようだ。

「じゃあ、これは遺書いしょじゃないよね?」

 ニヤリと笑った彼は躊躇ちゅうちょせず、封筒をビリビリと破り開けだす。

「止めて! 返してよ!」

 手紙を奪おうとしたら、ニッと笑って一つ後ろの石へと飛びのく。負けじと近づけば今度はピョンピョンと岩場を跳ねながら私から遠ざかっていく。
 裸足の自分じゃそれに追いつけない。少し遠のいた石の上で彼は、封筒から便箋を取り出した。

「え~っと? 母さんへ?」
「止めてよ!!」

 私の怒鳴り声にこちらを一瞥いちべつした後、声に出して読むのは止めてくれたけれど。
 一枚目、そして二枚目と手紙をめくっている手は止めてくれない。さっきまで浮かんでいた笑みは、三枚目にかかる頃にはすっかりと鳴りをひそめ、眉間に皺が寄っている。四枚目を読み終えるまで、私が目の前まで近づいたことにも気付かないほど、真剣に読んでいたようだ。

「もう、止めて、お願いだから」

 力無くうったえる私の声に、彼は「わかった」と封筒の中に手紙を戻してくれた。

「名前は、えっと? あやと、じゃないんだよね?」
「……、リツ」
「じゃあ、リッちゃん」

 初めて会った男にれ馴れしく「ちゃん」付けで呼ばれるのに顔をしかめたら。

「リッちゃんが死んだって解決しないんじゃないの?」

 近くで見たら年は私と変わらないぐらい? 
 解決しないことなんか、知ってる、わかってる。なんで、初対面で同じくらいの年の人にそんなこと……。

「手紙に書いてあったようなこと、お母さんに話したことある?」
「言ったって変わるわけないもの」
「なんで? 一度ぐらい言ったらいいじゃん、お母さんに弁解のチャンス与えずに文句だけ投げつけて自分一人死ぬの? 楽になろうって思ってるでしょ? 残された周りのことなんか何も考えてないんじゃない?」
「そんなの言われなくたって、わかって──」
「わかってない、全然わかってない! 残された人がその後どんな思いで生きていくかなんて。自分にできたことがあったはずなのに気付けなかった、って一生後悔するんだよ! もしかしたら気付いて助ける機会があったかもしれないのにって。大丈夫だよ、なんていつも笑ってたりなんかしたら尚更ね。まだ、大丈夫、って周りは思っちゃうんだから! リッちゃんは、友達や他の家族にそういうヘルプ出したことある? きっとないんでしょ?」

 助けて、なんて言えるわけがない。初対面のこの人が私の何を知ってるって言うの? 何も知らないくせに!

「あんたに何がわかるのさ! 自分でも親に嫌われてる理由もわかんないし、どうしたら好かれるかもわかんない! 友達に相談したら、母さんが悪く言われるっしょや! あんた、うちの母さんのこと何も知らないでしょ! 優しい時だってあるんだからね? よそから来たくせに人の家の事情に首突っ込むな! 迷惑だ! なして勝手に手紙読んだのさ!」

 さっきの海水のせいで、頭の中が漏電ろうでんしてショートしているんじゃないかな? 
 私はこんな大きな声で支離滅裂しりめつれつなことをわめいたり叫んだりしたことなかった。
 まるで自分じゃないみたいに、溢れ出した想いを止められない。
 いつ以来だっけ? こんなに声を出したのは。
 自分の中では絶叫に近いほどの声量だったからか、言い終えた後、目の前が暗くなり呼吸が荒くなった。息継ぎもせずに叫んだせいか、立ちくらみを起こしてるみたい。
 岩場にしゃがみ込み、抱えた膝に顔を埋めた私の頭に、何か温かいものが載った。

あさ、朝昼晩の朝に太陽の陽って書いて朝陽って言うの、俺の名前」

 どうやら頭の上に載っているのは、朝陽というこの男の手のようだ。
 動物か子供でもでるように優しく、いたわるようなその手つきに、目頭めがしらが熱くなって涙がこみ上げてくる。

「ねえ、リッちゃん、俺と友達になってくんない?」

 絶対やだ! と顔を伏せたまま首を振ると、「え~っ」と少しも嫌がってはいない笑っているような声が聞こえた。

「なってくれないと、この手紙、どこかにアップしちゃおっかなあ」
「ちょ、何考えて!」

 顔を上げたら、すぐ目の前にあのふざけた笑顔があって私を覗き込んでいた。

「春休みの間だけでいいから友達になってよ。で、函館案内してくれない?」
「なんで私がそんなことしなくちゃ──」
「ん? だってリッちゃんは俺に弱みを握られているでしょう?」

 いたずらっ子のように目を細めた彼は口元に笑みを浮かべると、手に持っていた私の手紙を自分のコートの胸ポケットにしまい込んだ。

「ちょっと! 返してよ!」

 掴みかかろうとした私の手を軽々と手繰たぐり寄せて。

「返すよ、春休みが終わる前に。リッちゃん次第だけどさ?」

 言うなり、手を引かれバランスを失った私は彼に抱きしめられた。
 待って、何コレ!? 十六年間生きてきて、こんな状況一度もなかった。だって彼氏なんかできたことないもの!!

「離して、触らないで!」

 彼は胸の中で暴れる私を逃がさないように強く抱きしめて。

「俺はきっとリッちゃんに呼ばれてここに来ちゃったんだよ。だから絶対に死なせないから、死なないで? リッちゃん」

 ――今、思うとその時の朝陽は自分の泣き顔を見られないように、私を抱きしめていたんじゃないかな?
 だって私を抱きしめてくれた腕は力強いのに震えていたから。
 出逢った日の朝陽の言葉には、たくさんのヒントが隠されていたんだよね。
 それなのに、私は自分のことばかりで、それを忘れてしまっていた。
 朝陽が、あの日あの海にいたことは偶然なんかじゃなかった。
 ねえ、きっとそうだったんでしょう?


 倉田くらた朝陽、十六歳。東京の高校に通う四月から高二、同い年だったみたい。
 春休み中は函館のいとこのところに遊びに来ていて、ガイドブックを片手にあの場所を訪れて、偶然私を見つけたのだという。
 デニムの後ろポケットに入っているスマホのSNSアプリの通知が、さっきからブーブーうるさい。
 多分また朝陽だろう。夕方帰宅してから何度もくだらないメッセージが届く。

「リツ、電話鳴ってんど? 友達からでないのかい?」
「うん、いいんだ。たいした用事でもないから」

 そういえば最初に朝陽が言っていた『電話が鳴っている』はうそだった。
 着信履歴には何もなくて、私の注意を引こうとしたんだろう。


 ◇◇◇


「リッちゃん、SNSのID交換しよ」
「やだ」
「リッちゃんってばさっきから、やだやだばっかり。まあ、女の子はそういうのも可愛いと思うけど」

 私を抱きしめたことといい、その言い草といい、東京の男はダメだ。とんでもないタラシだ! 軟派なんぱな男だ! テレビで見るような軽い男ばっかりだ、きっと! 
 朝陽がその代表みたいなもんだろう。
 薄茶色の髪の毛はパーマなのか、くしゅっと毛先を遊ばせていて、着ている服も何だか東京の人ですって感じでお洒落しゃれだし、可愛く整った顔立ちをしている。実はモデルって言ってもおかしくない気さえした。
 でも私はそういうの好きじゃないもん。男の人は優しくても口がうまくなくて、ちょっとぶっきらぼうな感じがいい、父さんみたいな。
 ふんっと軽蔑けいべつするように顔をそむけたら。

「まあ、やだって言うなら仕方ないけどさ?」

 言葉とは裏腹に自信ありげにニヤリと笑うのは、手紙を人質に取っているからだろう。
 絶望のため息の中で渋々ID交換をさせられた。

「時々生存確認するから返事してね? 拒否ったらどうなるかはわかっているとは思うけど?」
「……」
「って、ことでさ、リッちゃん。明日は大沼おおぬまに案内してくれる?」
「はぁ!? 函館って言ったっしょ? 大沼は市内じゃないからね?」
「でも、ほら見て? ガイドブックに載ってるの! 行きたいなあ、いい景色だもんね、ねえリッちゃん」

 ふにゃりとした微笑みの向こうに見える圧力、私はそれに屈したのだった。


 ◇◇◇


『リッちゃん、もう寝た~?』

 寝る間際まで、日に何度も朝陽は私にメッセージを送ってくる。
 明日はどこに行きたい、何を食べたい、と。私よりも朝陽の方がこの街にくわしいんじゃないかと思うほど行きたいという場所が多かった。学校が始まるまでのたったの五日間、それは私の人生の中で一番色濃いものだった気がする。
 初日、大沼に行くために函館駅前の赤いモニュメントで待ち合わせをした時はとっても緊張した。
 彼氏いない歴イコール年齢の田舎いなかの女子高生が、モデル雑誌から飛び出してきたような東京の男の子と二人で観光地に行く。生まれて初めてデートみたいなことをするのだ。
 そんな一大行事に緊張しない方がおかしいと思う。

「お待たせ、リッちゃん」

 現れた朝陽を見て、ほら、やっぱりと小さいため息をつく。
 東京の人というのは、立っているだけでお洒落に見えてしまう。
 私だってダサイと思われないように持ってる服の中でそれらしく今どきコーデにしてみた。でも、こうして並ぶとやっぱり朝陽はあかぬけていて、私は田舎の人。自分を卑下ひげしてしまいそうになるのに。

「やっぱリッちゃん、可愛いなあ! ちっちゃいから何着ても可愛い」

 よしよしと私の頭を撫でる手から必死に逃れた。
 どうせ私の身長が百五十センチなことをバカにしてるんでしょうが? めちゃくちゃ腹が立つ! 
 百七十五センチ以上はありそうな朝陽の顔をふくれ面で睨み上げたら。

「ほら、その顔も可愛いもんね」

 両の頬っぺたをムギュウと挟まれてパンパンだった空気を抜かれてしまう。
 この人スキンシップ多い、多すぎる! 
 こんなところ、学校の誰かや知り合いにでも見られたら? と周囲を警戒する私と違って、朝陽はマイペースだった。大沼行きの鉄道に乗ろうと切符売り場に向かう途中、駅弁コーナーで立ち止まっちゃうし、何かにつけて記念撮影をしたがる。
 私にはそこにあって当たり前の物が朝陽には珍しいようだ。
 四十五分間の列車の旅、見慣れた景色を薄ぼんやりと見る私の真向かいでは、目をキラキラさせて身を乗り出して、それを楽しむ同い年の男の子。『楽しそうでよかった』と思うのは、私の中にある地元愛のせいなんだろうか。
 私にとっては日常にある景色、いつもと変わらぬ人の言葉、街の匂い。自分の生まれ育った街を楽しんでくれる様子を、こうして間近で見ているのは嬉しく思えるんだ。
 あんなことがあった翌日だというのに、そういった感情がいて出ることに不思議な気持ちになる。
 大沼・小沼湖こぬまこを周遊する三十分の遊覧船に乗りたいと朝陽は言っていたけれど、残念ながら冬場は休みで四月半ばからじゃないと動かない。仕方ないと、遠くに霞む駒ヶ岳こまがたけを眺めながら近くのベンチに腰を降ろす。
 幼稚園や小学校の遠足や、家族での少しの遠出によく来ていた場所で、すっかり見慣れているはずなのに、出会って二日目の人と見る景色はなぜか新鮮に思えた。
 いつ来ても穏やかな場所、緑がいっぱいで静かで私は好きだ。晴れててよかった。昨日よりも最高気温は五度も高いらしくて、陽の光にホッとする。

「リッちゃんの通っている高校ってどんな感じ?」
「どんなって、東京の高校と比べたら小さいんでない?」
「一学年何クラス?」
「六クラス」
「俺の通ってる高校も同じだよ。そんな変わりないね。可愛い子は多い? リッちゃんみたいな」
「可愛い子はいっぱいいるさ。私なんかだよ」
「ええ? リッちゃん以上の可愛い子がいっぱいなんて、すごいよ! 東京でもそんな学校ないと思うよ?」

 遠くの島を眺めていた朝陽がこっちを見てニコッと笑う。

「東京の人って皆、あんたみたいなの?」
「へ?」
「軽いと思う」

 誰にでも可愛い可愛いって言うんだろうな。こっちは言われるたびに、一瞬に受けそうになってドキドキしてしまうから余計に腹が立つ。

「ええ? 俺軽くないよ? 本気で言ってるのになあ、傷ついた……。それに『あんた』はやだよ、リッちゃん。朝陽って呼んでよね?」
「……、無理」
「そんな即答しないでよ! 泣きそう、何か今すっごく悲しい」

 全然泣きそうじゃない顔で私をじっと見つめている。そう、あの圧をかけてくる微笑みを浮かべて。

「朝陽って呼んでくれる? リッちゃん」

 小首を傾げる朝陽だけれど、私にはその言葉は『呼んでくれなきゃどうすると思う? リッちゃん』に聞こえた。

「……、朝陽、くん」
「くん、いらない」
「朝陽! これでいいんでしょうや!」
「よくできました! はい、ご褒美ほうび! リッちゃん」

 あーんと、私に食べさせようとしているのは大沼名物のぬまの大沼だんごだ。
 箱の中には、くしにささっていない、みたらしと餡子あんこの団子が、半々にギッシリ敷き詰められている。さっき『美味おいしそう』と朝陽が購入したものだ。
 爪楊枝つまようじに刺さった餡子の団子、じっとそれを見て私は口を閉じた。

「ええ? 何で?」

 朝陽の残念そうな顔を見て思わず。

「……餡子、苦手なんだもん」
「そういうこと!?」

 プッと噴き出した朝陽は刺さっていた餡子の団子を自分で食べて、それからみたらし団子を取って。

「はい、どうぞ」

 素直に口を開けてしまった後で、この状況が相当恥ずかしいことだと気付いた。
 みたらし団子の甘じょっぱさが口の中で広がる。小さい頃から何度も食べている味なのに、今日のは何だか特別美味しい。

「美味しいよね! 餡子も美味しいから、いつかまた一緒に食べよ」

 嬉しそうに私に味の感想を求める朝陽の目をちゃんと見ていられない。
 いつかなんて……、そう思いながらも頷いて反対方向へと顔を背けた。
 こうして初日は大沼、二日目は五稜郭ごりょうかく、今日は函館山はこだてやまへと朝陽に付き合わされ続けている。
 真昼のロープウェイは夜よりも断然いている。ただ寒い、今日はなまら寒い。春なんて絶対に名ばかりだ。
 函館山はいつもそこにあるから「登るぞ」と思ってここに来たことはない。
 遠足の時や、昔家族で登ったことがあったかな、くらい。
 久しぶりに登ろうとして思い出したのは、ロープウェイの山麓駅に『FMいるか』というラジオのオープンブースがあること。中には、パーソナリティーらしきお姉さんとお兄さんがいて、私と朝陽に気付くと親指をピッと立てた。
『デート、楽しんでね』の口パクとハートマークを指で作って私たちに微笑んでる。
 違う、違うと慌てて首を振る私と調子に乗って私の肩を抱き寄せた朝陽。
 離れて、と必死で抵抗を見せる私を見てお二人はずっと笑っている。
 恥ずかしくて、そこから逃げるようにロープウェイに乗り込んだ。
 春とはいえ、寒い。展望台から見下ろす函館の街も寒そうだ。

「朝陽、わかる? 扇に広がった先の、少し左側にあるタワー」
「うん?」
「昨日行ったとこだよ、五稜郭タワー」
「へえ、ここから見えるんだ! 夜景しか見たことなかったから昼間の景色もいいね、函館って」

 昼間、夕方よりも少し早い時間に家に帰れるようにと朝陽は気遣ってくれた。
 じっちゃんと二人暮らしで、できるだけ春休みの間は夕飯の支度したくもしてあげたい、という私の事情を朝陽が理解してくれたから。

「そういえば朝陽のいとこって何歳なの?」
「ん? 同い年だよ、部活ばっかやってんの! 全然遊んでくれない」
「仲悪いの?」
「まさか、どっちかっていうとめちゃくちゃ仲良しだよ。大好き」

 大好き? もしかして、いとこって。

「あー、その目! 男だよ、男! リッちゃん、ひょっとして今ちょっといてくれてたり」
「違うよっ!」

 妬いたとかそんなんじゃないもん! ムキになる私の話なんかスッと流されて話はまた戻っていく。

「リッちゃんは部活やってる?」
「やってない、けど」
「けど?」
「時々手伝いに行ってるの、友達がサッカー部のマネージャーで」
「サッカー部!?」
「何?」

 突然サッカーに反応した朝陽に驚く。


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