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14-4
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今夜は一人ぼっちだった。
ついさっき今日の貸し切りが終了し、片付けも終えた。
いつもよりも少し早い二十二時半、エプロンを外したマスターが上着を羽織る。
「風花さん、ごめんね。留守番お願いしてもいい? 鍵持って出かけるし、少し遅くなるかもだから先に寝てて」
「はい、わかりました」
いってらっしゃい、と見送る私にマスターは店を出る前に振り向いた。
「吉野さん、祥太朗とちゃんと話せた?」
「少しだけ、一緒に珈琲を飲みました」
榛名家にとって必要だと言われたことは、なぜか言い出せない。
それにすがってる自分がみじめに見える気がして、気づかれないように笑ったら。
マスターは何も言わずに私を見て、そして。
「マスター?」
突然、抱きしめられた。
「俺もヘタレだけど、祥太朗は多分もっとヘタレ。でも、それじゃダメな時もあってさ。だから、ちょっと行ってくるわ」
一瞬、強く私を抱きしめた後、逃げるように店を出て行くマスターに、いってらっしゃいも言えず。
突然の抱擁にヘナヘナと崩れ落ちた。
百メートルダッシュを決めたような心臓を落ち着かせ、ヨロヨロと店の鍵を締め、電気を消して二階へと上がる。
思えば、今日榛名家から戻ってきた私の顔を見て、おかえりと苦笑いしてた。
その後、必要以上のことを話す暇もなく今に至って。
でも、どうして?
お風呂に入り、洗濯を終えて二十四時を回り、そろそろ寝ようかな、と思った頃に。
家の方の玄関先で音が聞こえて、階下に降りた。
「おかえりなさい、あの?」
玄関に座ったまま動かずにいるマスターは、私の声でようやく気付いかのように立ち上がる。
「ただいま、風花さん」
振り向いたマスターの顔は少し赤い。
どこかで飲んできたようだった。
「珈琲淹れましょうか?」
酔っているせいか、なかなか上着を脱げずにいたマスターを手伝ってあげたら。
「祥太朗と飲んでたんだ」
小さなため息とともに寂しそうに笑ったマスターは。
「風花さんのこと、話してた」
私の事を祥太朗さんと?
ああ、また胸の奥でジクジクと痛むもの。
その話は自分にとってはいいことではない気がして俯いた。
「ごめん、眠れるわけないよね」
酔い覚ましに風呂入ってくると言ったマスターのことを、パンをこねながら待っていた。
なんで捏ねるのか、落ち着かないからだ。
そんな私を見てお風呂から上がったマスターが申し訳なさそうに見ていた。
『私のことって?』
『ん、まあ、また明日ね、今日は遅いし』
誤魔化したマスターに余計に不安が募って、眠れなくなってしまった私。
パンの種をホームベーカリーにセットし終えた私にマスターがミルクティーを淹れてくれた。
「少しだけ、話そっか」
気になっていたくせに、いざとなったら弱腰の自分がいて逃げ出しそうになってる。
祥太朗さんとどんなことを話したんだろう?
不安になる私にマスターがほほえんだ。
「今日、祥太朗に『風花さんは、榛名家に必要』って、そう言われたんだって?」
唇をかみしめて、うなずいたまま顔を上げられなくなる。
「それで風花さんは午後からずっと元気なかったってわけだ」
あわててフルフルと否定するように首を振ったらマスターが苦笑した。
「風花さん、うちに住まない?」
「え?」
「引っ越してきちゃえばいいじゃん、本格的に」
「マスター、あ、あの」
「祥太朗に伝えてきた。明日、風花さんのことちゃんと迎えに来なきゃ返さないけど、自分の都合のいいように誤魔化して振り回すなら来るなって」
「どうして……」
自分の都合のいいようにって、一体!?
「だって、祥太朗はさ、優しいフリして臆病だから逃げてるだけ」
「……」
「俺と同じだから、わかる。俺も逃げてるし、まだ」
私の顔を見てから、ふっと小さく笑ったマスター。
「祥太朗が臆病なのは、あの日。風花さんが来なかったって思い込んでるせい」
「あの日って?」
「ロッジで、風花さんが祥太朗と高野さんを見た日。だから祥太朗は何も言えなくなってるわけ。でも、俺は教えてあげなかったよ? 風花さんが、本当は祥太朗に会いに行ったってこと。俺、そこまでお人よしじゃないし、それは祥太朗が迎えに来たら風花さんが教えてあげて」
立ち上がったマスターが、グシャグシャっと私の頭を撫でてやさしく微笑んだ。
「おやすみ、風花さん」
「おやすみなさい」
頭がひどく混乱している。
私は、榛名家に戻れる? 戻れない?
それは、祥太朗さん次第?
マスターと祥太朗さんが何をどう話したのか。
明日の夜が怖くて仕方がないのだ。
こちらを覗いているように、丸く黄色い月が窓の向こうに見えた。
ゴールデンウィーク最終日は、ディナー貸し切りもなくお客さんの足も遠のく。
きっと皆、明日からの日常に控えてのことだろう。
今朝、少しだけ異変があった。
フユさんの絵がリビングから消えていた。
きっとマスターの部屋にあるのだろうけれど、どうしたんですか? なんて聞けるはずはなく。
あるべきはずだった場所を見ないようにして、いつも通りの会話を交わした。
仕事を終えて、朝に詰めておいたスーツケースをお店に降ろし、マスターが淹れてくれた珈琲を飲みながら、祥太朗さんを待つ。
お店が終わったのは二十時。
マスターは「祥太朗に、今店閉めたって連絡しといたよ」と、既読になったメッセージを見せてくれたけれど。
それから一時間、まだ現れないのは、そういうことなんだろうか?
「ごちそうさまでした」
「ん? 祥太朗、まだ来てないけど」
カップを下げにキッチンに行ったら、マスターが明日の仕込みをしていた。
「祥太朗さんと待ち合わせすることになりました」
「そうなの?」
「はい、だから帰ります。お世話になりました」
深く頭を下げ、顔をあげた私をマスターが困ったような顔をして見ている。
「祥太朗のことだから、迎えに来れないんじゃないかって思ってた」
「え?」
「ビビリだし、ヘタレだし、優しいからさ」
「優しいのは確か、ですよね」
苦笑いしたら、マスターもうなずく。
「優しいから俺に遠慮するかと思ってた」
「遠慮?」
「うん、風花さんのこと俺に譲って、そう祥太朗に伝えたから、夕べ」
一体、どういう?
「俺は風花さんが、店員としても必要だけれど、それとはまた違う必要があって」
「あ、の」
朝のリビングの風景がフラッシュバックして、これ以上聞いちゃいけない気がした。
聞いてしまったら、私はもうここにも来られなくなってしまう、そんな気がして、マスターの顔を見ていられずうつむいた。
「最初はフユに似てるかも、だから惹かれてるのかもしれないってそう思った。だけど風花さんのことを知っていく度に、守りたいって思いと一緒にいて落ち着くというか……、つまり、……、うん、いつからか好きになってた」
胸の奥がキリキリと痛みだす。
うれしくて、悲しい。
大好きだけど、祥太朗さんを想う気持ちとはまた違う。
そんな自分が悔しい。
「ん~な、困った顔しないでよ、風花さん」
いつの間にか頬を濡らしていた涙をマスターが指先でなぞるように拭いてくれる。
「もしも、祥太朗が迎えにこなかったら、俺はただのいい人でいようって思ってた。まあ、ホラ、俺がヘタレなのもあるけどさ。でも祥太朗に振られた風花さんをなぐさめて、側にいたら、いつか俺の事好きになってくれるかも、って、そんなズルイこと考えてたけどさ」
マスターの笑顔がボヤけてる。
「でも、祥太朗がちゃんと風花さんのこと大事にしてくれるってんなら、俺もちゃんと自分の気持ちに区切りつけとくかって。ごめんね、困らせたりなんかして」
何度首を振っても、一つの後悔がずっと頭をよぎる。
私が、マスターに助けを求めたりなんかしなきゃ、こんな告白をさせなかったかもしれない。
ごめんね、なんて。
謝るべきなのは、私の方なのに。
マスターは、私とのことを考えてくれたから、フユさんの絵を片付けて……、なのに。
「風花さんさ、祥太朗と一緒の時、いつも笑顔だったってわかってる?」
いいえと頭を振る私をマスターは否定するように笑う。
「俺、その笑顔が好きだったんだよね。でも、俺じゃそれ引き出せなくて。だから祥太朗が迎えに来てくれて本当に良かった」
「マスタ―……」
「最初の頃、ひどい笑顔だったもん、風花さん。ずっと泣いているみたいに笑う子だなって思ってた。毎朝、少しずつ笑顔になっていったのは祥太朗と一緒だったから。で、笑顔が無くなって行ったのも、祥太朗と離れたから」
そうでしょ、と本格的に泣き出した私の顔を隠すようにマスターに抱きしめられた。
「幸せになってよ、風花さん。ずっと笑ってて? あ、仕事のパートナーとしては、これからもよろしくね」
何もかも申し訳なくて、小さくうなずくだけの私をそっと引き離して。
「ホラ、祥太朗が待ってるんでしょ? 早く行ってあげないと。アイツ、あの時も風花さんのこと待ってたんだから。あんまり待たせるとまた高野さん来ちゃうよ?」
笑えない冗談に、苦笑いしたらまた涙が落ちる。
「泣いたら引き留めるよ?」
大好きな笑顔がボヤけてしまわないように、あわてて涙をこすった。
「じゃあね、風花さん。お疲れ様! また明日から、よろしくね」
「ありがとうございました」
それ以外の言葉が出て来なくて自分自身が嫌になる。
スーツケースの中身はそんなにもないのに、どうしてこんなに重たいのだろう。
店の入り口で私を見送ってくれるマスターに、何度も何度も振り返って見えなくなるまで頭を下げた。
ついさっき今日の貸し切りが終了し、片付けも終えた。
いつもよりも少し早い二十二時半、エプロンを外したマスターが上着を羽織る。
「風花さん、ごめんね。留守番お願いしてもいい? 鍵持って出かけるし、少し遅くなるかもだから先に寝てて」
「はい、わかりました」
いってらっしゃい、と見送る私にマスターは店を出る前に振り向いた。
「吉野さん、祥太朗とちゃんと話せた?」
「少しだけ、一緒に珈琲を飲みました」
榛名家にとって必要だと言われたことは、なぜか言い出せない。
それにすがってる自分がみじめに見える気がして、気づかれないように笑ったら。
マスターは何も言わずに私を見て、そして。
「マスター?」
突然、抱きしめられた。
「俺もヘタレだけど、祥太朗は多分もっとヘタレ。でも、それじゃダメな時もあってさ。だから、ちょっと行ってくるわ」
一瞬、強く私を抱きしめた後、逃げるように店を出て行くマスターに、いってらっしゃいも言えず。
突然の抱擁にヘナヘナと崩れ落ちた。
百メートルダッシュを決めたような心臓を落ち着かせ、ヨロヨロと店の鍵を締め、電気を消して二階へと上がる。
思えば、今日榛名家から戻ってきた私の顔を見て、おかえりと苦笑いしてた。
その後、必要以上のことを話す暇もなく今に至って。
でも、どうして?
お風呂に入り、洗濯を終えて二十四時を回り、そろそろ寝ようかな、と思った頃に。
家の方の玄関先で音が聞こえて、階下に降りた。
「おかえりなさい、あの?」
玄関に座ったまま動かずにいるマスターは、私の声でようやく気付いかのように立ち上がる。
「ただいま、風花さん」
振り向いたマスターの顔は少し赤い。
どこかで飲んできたようだった。
「珈琲淹れましょうか?」
酔っているせいか、なかなか上着を脱げずにいたマスターを手伝ってあげたら。
「祥太朗と飲んでたんだ」
小さなため息とともに寂しそうに笑ったマスターは。
「風花さんのこと、話してた」
私の事を祥太朗さんと?
ああ、また胸の奥でジクジクと痛むもの。
その話は自分にとってはいいことではない気がして俯いた。
「ごめん、眠れるわけないよね」
酔い覚ましに風呂入ってくると言ったマスターのことを、パンをこねながら待っていた。
なんで捏ねるのか、落ち着かないからだ。
そんな私を見てお風呂から上がったマスターが申し訳なさそうに見ていた。
『私のことって?』
『ん、まあ、また明日ね、今日は遅いし』
誤魔化したマスターに余計に不安が募って、眠れなくなってしまった私。
パンの種をホームベーカリーにセットし終えた私にマスターがミルクティーを淹れてくれた。
「少しだけ、話そっか」
気になっていたくせに、いざとなったら弱腰の自分がいて逃げ出しそうになってる。
祥太朗さんとどんなことを話したんだろう?
不安になる私にマスターがほほえんだ。
「今日、祥太朗に『風花さんは、榛名家に必要』って、そう言われたんだって?」
唇をかみしめて、うなずいたまま顔を上げられなくなる。
「それで風花さんは午後からずっと元気なかったってわけだ」
あわててフルフルと否定するように首を振ったらマスターが苦笑した。
「風花さん、うちに住まない?」
「え?」
「引っ越してきちゃえばいいじゃん、本格的に」
「マスター、あ、あの」
「祥太朗に伝えてきた。明日、風花さんのことちゃんと迎えに来なきゃ返さないけど、自分の都合のいいように誤魔化して振り回すなら来るなって」
「どうして……」
自分の都合のいいようにって、一体!?
「だって、祥太朗はさ、優しいフリして臆病だから逃げてるだけ」
「……」
「俺と同じだから、わかる。俺も逃げてるし、まだ」
私の顔を見てから、ふっと小さく笑ったマスター。
「祥太朗が臆病なのは、あの日。風花さんが来なかったって思い込んでるせい」
「あの日って?」
「ロッジで、風花さんが祥太朗と高野さんを見た日。だから祥太朗は何も言えなくなってるわけ。でも、俺は教えてあげなかったよ? 風花さんが、本当は祥太朗に会いに行ったってこと。俺、そこまでお人よしじゃないし、それは祥太朗が迎えに来たら風花さんが教えてあげて」
立ち上がったマスターが、グシャグシャっと私の頭を撫でてやさしく微笑んだ。
「おやすみ、風花さん」
「おやすみなさい」
頭がひどく混乱している。
私は、榛名家に戻れる? 戻れない?
それは、祥太朗さん次第?
マスターと祥太朗さんが何をどう話したのか。
明日の夜が怖くて仕方がないのだ。
こちらを覗いているように、丸く黄色い月が窓の向こうに見えた。
ゴールデンウィーク最終日は、ディナー貸し切りもなくお客さんの足も遠のく。
きっと皆、明日からの日常に控えてのことだろう。
今朝、少しだけ異変があった。
フユさんの絵がリビングから消えていた。
きっとマスターの部屋にあるのだろうけれど、どうしたんですか? なんて聞けるはずはなく。
あるべきはずだった場所を見ないようにして、いつも通りの会話を交わした。
仕事を終えて、朝に詰めておいたスーツケースをお店に降ろし、マスターが淹れてくれた珈琲を飲みながら、祥太朗さんを待つ。
お店が終わったのは二十時。
マスターは「祥太朗に、今店閉めたって連絡しといたよ」と、既読になったメッセージを見せてくれたけれど。
それから一時間、まだ現れないのは、そういうことなんだろうか?
「ごちそうさまでした」
「ん? 祥太朗、まだ来てないけど」
カップを下げにキッチンに行ったら、マスターが明日の仕込みをしていた。
「祥太朗さんと待ち合わせすることになりました」
「そうなの?」
「はい、だから帰ります。お世話になりました」
深く頭を下げ、顔をあげた私をマスターが困ったような顔をして見ている。
「祥太朗のことだから、迎えに来れないんじゃないかって思ってた」
「え?」
「ビビリだし、ヘタレだし、優しいからさ」
「優しいのは確か、ですよね」
苦笑いしたら、マスターもうなずく。
「優しいから俺に遠慮するかと思ってた」
「遠慮?」
「うん、風花さんのこと俺に譲って、そう祥太朗に伝えたから、夕べ」
一体、どういう?
「俺は風花さんが、店員としても必要だけれど、それとはまた違う必要があって」
「あ、の」
朝のリビングの風景がフラッシュバックして、これ以上聞いちゃいけない気がした。
聞いてしまったら、私はもうここにも来られなくなってしまう、そんな気がして、マスターの顔を見ていられずうつむいた。
「最初はフユに似てるかも、だから惹かれてるのかもしれないってそう思った。だけど風花さんのことを知っていく度に、守りたいって思いと一緒にいて落ち着くというか……、つまり、……、うん、いつからか好きになってた」
胸の奥がキリキリと痛みだす。
うれしくて、悲しい。
大好きだけど、祥太朗さんを想う気持ちとはまた違う。
そんな自分が悔しい。
「ん~な、困った顔しないでよ、風花さん」
いつの間にか頬を濡らしていた涙をマスターが指先でなぞるように拭いてくれる。
「もしも、祥太朗が迎えにこなかったら、俺はただのいい人でいようって思ってた。まあ、ホラ、俺がヘタレなのもあるけどさ。でも祥太朗に振られた風花さんをなぐさめて、側にいたら、いつか俺の事好きになってくれるかも、って、そんなズルイこと考えてたけどさ」
マスターの笑顔がボヤけてる。
「でも、祥太朗がちゃんと風花さんのこと大事にしてくれるってんなら、俺もちゃんと自分の気持ちに区切りつけとくかって。ごめんね、困らせたりなんかして」
何度首を振っても、一つの後悔がずっと頭をよぎる。
私が、マスターに助けを求めたりなんかしなきゃ、こんな告白をさせなかったかもしれない。
ごめんね、なんて。
謝るべきなのは、私の方なのに。
マスターは、私とのことを考えてくれたから、フユさんの絵を片付けて……、なのに。
「風花さんさ、祥太朗と一緒の時、いつも笑顔だったってわかってる?」
いいえと頭を振る私をマスターは否定するように笑う。
「俺、その笑顔が好きだったんだよね。でも、俺じゃそれ引き出せなくて。だから祥太朗が迎えに来てくれて本当に良かった」
「マスタ―……」
「最初の頃、ひどい笑顔だったもん、風花さん。ずっと泣いているみたいに笑う子だなって思ってた。毎朝、少しずつ笑顔になっていったのは祥太朗と一緒だったから。で、笑顔が無くなって行ったのも、祥太朗と離れたから」
そうでしょ、と本格的に泣き出した私の顔を隠すようにマスターに抱きしめられた。
「幸せになってよ、風花さん。ずっと笑ってて? あ、仕事のパートナーとしては、これからもよろしくね」
何もかも申し訳なくて、小さくうなずくだけの私をそっと引き離して。
「ホラ、祥太朗が待ってるんでしょ? 早く行ってあげないと。アイツ、あの時も風花さんのこと待ってたんだから。あんまり待たせるとまた高野さん来ちゃうよ?」
笑えない冗談に、苦笑いしたらまた涙が落ちる。
「泣いたら引き留めるよ?」
大好きな笑顔がボヤけてしまわないように、あわてて涙をこすった。
「じゃあね、風花さん。お疲れ様! また明日から、よろしくね」
「ありがとうございました」
それ以外の言葉が出て来なくて自分自身が嫌になる。
スーツケースの中身はそんなにもないのに、どうしてこんなに重たいのだろう。
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