1 / 1
さよならの選択肢
しおりを挟む
私は高橋真里、17歳。
少し前までは普通の女子高生ですって自己紹介してたけど、今は普通って言えないかな・・。
私は小さい頃から心臓の持病を抱えていた。
拡張型心筋症。
今まで内科的治療で病状の進行を抑えて、普通に学校に通っていたんだけど、2週間前に学校で倒れて緊急入院してからは、ずっと病院で暮らしている。
主治医の田中先生は子供の頃からずっと診てくれていた方で とても仲良しだけど、病室に来ても私の状況について あまり詳しく説明してくれず、私なりに病状はあまり良く無いんだろうなって思っていた。
そして今日、両親と田中先生の診察室に行き、私の病状の説明を受けた。
「拡張型心筋症が大きく進んでいる。残念ながらこれまでβブロッカーやアンギオテンシンII阻害剤で抑えていた進行を止められなくなっている。真里君の心臓はあと1年持たない可能性が高い」
「まずは心臓の負担を抑える為、入院を継続して安静を保つこと。そして時期を見て、埋め込み型の人工心臓の手術をさせて欲しい。その間に心臓移植のドナーが現れるのを待つ事になる」
田中先生は真剣な眼差しで、でも私にも分かり易く説明してくれた。
横で母が涙を流している。父も大きく目を見開いている。
私は思いの外、冷静だった。
「先生、説明してくれてありがとう。でも私は余命宣告を受けたんじゃないわよね。だから、まだ充分希望があると言ってくれたと思っている。これからも治療を頑張るからサポートをお願いします」
私は田中先生に頭を下げた。
病院での毎日はとても退屈だった。
唯一の気晴らしは病院の外の庭に出て散歩する事。
この病院のお庭にはたくさんの植物が植えられていて、
そこのベンチで寛ぐのが私の日課になった。
私は右手に緊急事態を知らせる無線ボタンを握っていた。
いつ心臓が止まるか分らない私には最後の命綱だ。
だから私の行動範囲は、この無線ボタンの電波が届く病院の敷地内だった。
今日はいつもと違う事が起こった。
私の座ったベンチの足元に、突然サッカーボールが転がって来たんだ。
それを追い掛けて男の子が走ってくる。
私と一緒の病院服を着ているからすぐに入院患者だと分かった。
歳は私と同じくらいか。
私は立ち上がると、そのボールを拾い上げた。
「ごめん。拾ってくれてありがとう!」
彼は満面の笑顔で言った。
私の心臓がドクンと大きく高鳴った。
それは私の弱った心臓にとって久しぶりの衝撃だった。
「はいどうぞ。この病院に入院してるの?」
私はボールを渡しながら彼に聞いた。
「そう。プロのサッカー選手になる為には、しっかり治さないといけないからね。ちょっと左目の視力が落ちていて、さっきもリフティングの途中でボールを落としちゃったんだ」
彼はボールを受け取るとハニカミながら応えた。
その様子からは、とても入院する様な病気とは思えない。
「元気そうだけど、本当に病気なの?」
彼は頭でボールをバランス取りながら言った。
「脳に腫瘍があるんだって。それに視神経が巻き込まれていて視力に影響が出てるって先生が言ってた。手術しないと失明しちゃうし、もっと大きな影響が出るって言われている」
彼はもう一度ボールを手に持って言った。
「君は? 君も元気そうだよね? 名前は? 」
突然、名前を聞かれてびっくりしたけど、私は意を決して言った。
「真里・・私の名前は高橋真里。私は心臓の病気なの。多分、心臓移植しないと治らないって」
彼は私を見つめながら言った。
「そうか・・お互い大変な病気なんだね。俺は小山内友也。友達になってくれる?」
そう言うと彼はボールを左手に持ち替えて右手を伸ばした。
私は彼の手を取って頷いた。
「うん友也君、ありがとう。お願いします」
彼が満面の笑みで頷いた。
また私の心臓が性能を超え”ドクン”と打った。
それから毎日の散歩がとても楽しみになった。
友也は毎日やって来て、ベンチの隣に腰を降ろして色んな話をしてくれる。
彼は高校サッカーのエースで、県大会の準優勝チームのキャプテンだったこと。
高校を卒業したらプロに入る夢を持っていること。
その為にも脳腫瘍と戦って完治しなければいけないこと・・
彼は深刻な病気を持っていると思えない程、明るく前向きで本当にキラキラしていた。
自分の病気に少し落ち込んでいた私も励まされた様で、日に日に明るくなっていった。
「真里の心臓は手術で治るんだろう? いつ手術の予定なんだ?」
その日、友也が突然聞いて来た。
私は空を見上げて少し考えて言った。
「まずは人工心臓の埋め込み手術があって、それが成功すれば退院できるかもしれないって。でも本当に普通に暮らすには心臓移植が必要なの。でもドナー登録はしてるけど、まだ順番は回ってこないみたい」
「そうか。俺の手術の日、決まったんだ。3日後」
私は大きく目を見開いた・・
(そうか。手術が終わったら友也は退院しちゃうんだ・・)
「良かったね。手術が終わったら学校に戻ってプロのサッカー選手の夢叶えられるね。おめでとう」
私は、目に涙が浮かんで来るのを抑えて言った。
「そうでも無いんだ・・」
友也が呟く。
「えっ?どういうこと?」
「脳腫瘍が大きくなっていて、視神経だけでなく脳幹にも浸潤していて、結構、難しい手術になるんだって」
「えっ?」
「成功する確率は五分五分だって・・」
私はびっくりして友也を見つめた。
「でも、俺、必ず成功すると信じている。そして真里も手術が成功したら、俺とデートしてくれるかい?」
友也は真っ直ぐな目で私を見ていた。
「あっ、えっ・・もちろん・・」
私は、彼の手術の難しさを聞いて、そして突然のデートの誘いにパニックだった。
心臓が高鳴る。
でもそれは、私の心臓には耐えられない負荷だった。
急に左胸に鋭い痛みが走る。
急激に意識が遠のいて来た。
私は右手の緊急ボタンを押した。
「真里! 真里!」
友也の声が聞こえた。
私が気がつくとICUのベッドの上だった。
私の身体には沢山のチューブが繋がれていた。
顔にも酸素マスクが取付けられている。
横を見ると母が立っていた。
私を見て涙を流している。
「真里、気づいた?」
私は頷いた。まだ意識ははっきりしなかった。
「うん・・お母さん・・どうなったの・・?」
母がゆっくり説明してくれた。
「あなたは倒れてから一週間も眠っていたの。あなたの心臓は限界を超えて、もう人工心臓のサポートでも、あなたの命を繋ぐ事が出来なくなっていた。でも幸いな事にドナーが見つかって心臓移植手術が出来た。そして成功したの」
(そうかドナー・・見つかったんだ)
「お母さん・・私が倒れた時・・お、男の子一緒だったでしょ・・友也、くん・・。彼は、お見舞・・来てくれた?・・」
母が首を振る。
「誰、その子? あなた、病院の庭で倒れていた時、一人だったわよ」
私は目を見開いた。
「えっ・・? だって・・友也君は・・」
私は少しずつ回復して行った。
その間も友也は一度も姿を見せなかった。
それから二週間で、私はやっと起き上がれる様になって、病院の庭にも毎日出かけた。
でも友也に逢う事は出来なかった。
私は、この突然の”さよなら“の理由が理解出来なかった。
本当に友也は私の幻想だったの?
倒れていた間に見た”ただの夢“?
私は1ヶ月で退院した。
私の新しい心臓は、本当に私に合っていたみたい。
拒否反応も無く、私は完全に新しい日常を取り戻した。
今まで出たことがなかった体育の授業にも参加できた。生まれて初めて全力疾走で走った。
本当に幸せな瞬間だった。
でも・・ 私にはやる事がもう一つあった。
「必ず友也を捜し出すんだ」
そう心に決めていた。
彼が夢の存在でない事はすぐに分かった。
彼は高校サッカーの準優勝のキャプテンだったから、新聞にもその名前が出ていた。
新聞に載った写真を見た。
「やっぱり友也は居る・・」
私はとても嬉しかった。
高校もすぐに分かった。
その高校には中学の同級生が行っていたので、調べてもらって彼の自宅住所も分かった。
その日、私は電車で30分程離れた友也の自宅を訪ねた。
玄関でインターフォンを鳴らす。
「どなた様ですか?」
友也のお母様らしき声がする。
「高橋真里と言います。友也君の友達です。友也君はいらっしゃいますか?」
インターフォン先で驚きの声が上がる。
「真里さん? どうして・・ここに??」
私は首を捻った。
(私は友也のお母様に面識ないんだけどな・・?)
すぐに玄関のドアが開いた。
「上がって下さい。結局、説明をするしかないと言う事ですね」
達也のお母様は俯きながら言った。
通された部屋で私は衝撃を受けた。
仏壇に友也の写真が飾られていたのだ。
「えっ? 友也君は亡くなって・・」
「そう。脳腫瘍の手術が失敗したの。あっと言う間だったわ・・」
私は手で口を押さえた。
絶え間なく涙が頬を流れるのを感じる。
そのあと友也のお母様は、私をリビングに通しソファに座る様に促した。
そしてお茶を淹れてくれると、ポツリポツリと話し始めた。
「友也の手術は最初からとても難しいものだった。だから友也は最初、手術をするのを躊躇っていた。いつも塞ぎ込んで、そこら中にあたり散らしていた。でも、あなたに会って見違えるほど元気になって、手術を受ける決心もした」
「あなたが倒れた日、友也はあなたを病院の中に運び込んだみたい。それで、何とかあなたの処置が間に合ったと聞いている。あなたのお母様から何度も何度もお礼を言われたわ。でも、あなたの容態が非常に悪いって友也は聞いて、とても落ち込んでいた」
「友也は自分の手術の前に、もしもの事があったら全ての臓器を他の人に移植する同意をしていたわ。そして心臓だけは特別の対応をする様に、担当の医師にお願いをしていた。心臓が適合すれば、”あなた“に友也の心臓を移植する様に・・」
「えっ??」私の新しい心臓がドクンと波打った。
「友也の手術は腫瘍の脳幹への浸潤が酷くて失敗した。友也は脳死状態になったの。私達は本当に悩んだけど、友也の意志を大事にしたくて、移植に同意した。網膜は九州の女の子に、肝臓は埼玉の男性に、腎臓は青森の女性に移植されたと聞いている。そして”心臓”は適合してあなたに・・」
私は、左胸を押さえた。ドクンドクンと音がする。
(そうか、この命は友也が繋いでくれたんだ)
「普通、ドナーの家族は移植先を知らされる事はないのだけど、あなたの移植は友也が望んだものだったから、私達もあなたのご両親も知っている。でも友也が死んだ事をあなたに知らせない様に、友也の存在は無かったことにしようと私があなたの両親に提案したの」
私は大きな声を上げて泣き崩れた。
涙が枯れ果てる程、泣いて泣いた。
私が落ち着くと、お母様は私を友也の部屋に案内してくれた。
「友也、入院中に日記つけてたのよ。今時、手書きなんてと私も思ったけど、脳腫瘍が右手の動きにも影響を与えていたから、リハビリも兼ねて・・ あなたに読んで欲しくって・・」
その日記は入院初日から始まっていた。
最初は、苦痛、怒り、不安に綴られていた日記がある時から大きな変化を見せていた。
それは・・
「今日も、あの子はベンチに座っていた。声を掛けようと、もう3日もグズグズしている。本当に、意気地無しな、俺・・」
「やった、声をかけたぞ。名前も聞いた。高橋真里。友達になった。でも心臓病だって。苦しんでいるのは俺だけじゃ無いんだ」
「彼女を見ていると元気が出てくる。俺も手術の決断をしなくちゃいけないな。元気になって、彼女も元気になって、一緒にデートするのが夢だ」
「真里が倒れた。深刻な状況だと聞いた。手術まで毎日お見舞いに行こう」
「もう心臓移植しか真里を助ける手段は無いと真里の母さんが泣いていた。俺の手術も明日だ。成功率は五分五分どころか20%未満だって知っている。手術が失敗した時は、真里に俺の心臓を使って欲しい。もし手術が失敗しても真里が元気になるなら・・」
「今から、手術だ・・ 臓器移植の同意をした。そして、心臓はまず、真里との適合を確認する依頼を先生にした。これで心置きなく手術に行ける。成功も失敗もそれは運命だから」
「二人とも死んでしまうのか? 俺だけ生き残るのか? 真里が俺の心臓で生き残るのか? この3つ選択肢なら、真里が生き残るオプションが望みだ。それが自分の命より大事なのは、とても変な気持ちだけど、これが本当に素直な想いだ。だって結局、二人で居られる唯一のオプションだから・・」
日記を読みながら頬を伝う涙が止まらなかった。
私の命を救い、普通の日常生活をくれた友也に本当に感謝した。
そして彼の最期の想いが実現できていた事にも感謝した。
私は、もう一度、左胸を押さえて友也の心臓の音を確かめた。
「そうだね、友也。この結果は”さよなら“じゃなかった。これからはいつも一緒だね・・」
私は左胸の奥に居る友也の存在を感じていた。
FIN
少し前までは普通の女子高生ですって自己紹介してたけど、今は普通って言えないかな・・。
私は小さい頃から心臓の持病を抱えていた。
拡張型心筋症。
今まで内科的治療で病状の進行を抑えて、普通に学校に通っていたんだけど、2週間前に学校で倒れて緊急入院してからは、ずっと病院で暮らしている。
主治医の田中先生は子供の頃からずっと診てくれていた方で とても仲良しだけど、病室に来ても私の状況について あまり詳しく説明してくれず、私なりに病状はあまり良く無いんだろうなって思っていた。
そして今日、両親と田中先生の診察室に行き、私の病状の説明を受けた。
「拡張型心筋症が大きく進んでいる。残念ながらこれまでβブロッカーやアンギオテンシンII阻害剤で抑えていた進行を止められなくなっている。真里君の心臓はあと1年持たない可能性が高い」
「まずは心臓の負担を抑える為、入院を継続して安静を保つこと。そして時期を見て、埋め込み型の人工心臓の手術をさせて欲しい。その間に心臓移植のドナーが現れるのを待つ事になる」
田中先生は真剣な眼差しで、でも私にも分かり易く説明してくれた。
横で母が涙を流している。父も大きく目を見開いている。
私は思いの外、冷静だった。
「先生、説明してくれてありがとう。でも私は余命宣告を受けたんじゃないわよね。だから、まだ充分希望があると言ってくれたと思っている。これからも治療を頑張るからサポートをお願いします」
私は田中先生に頭を下げた。
病院での毎日はとても退屈だった。
唯一の気晴らしは病院の外の庭に出て散歩する事。
この病院のお庭にはたくさんの植物が植えられていて、
そこのベンチで寛ぐのが私の日課になった。
私は右手に緊急事態を知らせる無線ボタンを握っていた。
いつ心臓が止まるか分らない私には最後の命綱だ。
だから私の行動範囲は、この無線ボタンの電波が届く病院の敷地内だった。
今日はいつもと違う事が起こった。
私の座ったベンチの足元に、突然サッカーボールが転がって来たんだ。
それを追い掛けて男の子が走ってくる。
私と一緒の病院服を着ているからすぐに入院患者だと分かった。
歳は私と同じくらいか。
私は立ち上がると、そのボールを拾い上げた。
「ごめん。拾ってくれてありがとう!」
彼は満面の笑顔で言った。
私の心臓がドクンと大きく高鳴った。
それは私の弱った心臓にとって久しぶりの衝撃だった。
「はいどうぞ。この病院に入院してるの?」
私はボールを渡しながら彼に聞いた。
「そう。プロのサッカー選手になる為には、しっかり治さないといけないからね。ちょっと左目の視力が落ちていて、さっきもリフティングの途中でボールを落としちゃったんだ」
彼はボールを受け取るとハニカミながら応えた。
その様子からは、とても入院する様な病気とは思えない。
「元気そうだけど、本当に病気なの?」
彼は頭でボールをバランス取りながら言った。
「脳に腫瘍があるんだって。それに視神経が巻き込まれていて視力に影響が出てるって先生が言ってた。手術しないと失明しちゃうし、もっと大きな影響が出るって言われている」
彼はもう一度ボールを手に持って言った。
「君は? 君も元気そうだよね? 名前は? 」
突然、名前を聞かれてびっくりしたけど、私は意を決して言った。
「真里・・私の名前は高橋真里。私は心臓の病気なの。多分、心臓移植しないと治らないって」
彼は私を見つめながら言った。
「そうか・・お互い大変な病気なんだね。俺は小山内友也。友達になってくれる?」
そう言うと彼はボールを左手に持ち替えて右手を伸ばした。
私は彼の手を取って頷いた。
「うん友也君、ありがとう。お願いします」
彼が満面の笑みで頷いた。
また私の心臓が性能を超え”ドクン”と打った。
それから毎日の散歩がとても楽しみになった。
友也は毎日やって来て、ベンチの隣に腰を降ろして色んな話をしてくれる。
彼は高校サッカーのエースで、県大会の準優勝チームのキャプテンだったこと。
高校を卒業したらプロに入る夢を持っていること。
その為にも脳腫瘍と戦って完治しなければいけないこと・・
彼は深刻な病気を持っていると思えない程、明るく前向きで本当にキラキラしていた。
自分の病気に少し落ち込んでいた私も励まされた様で、日に日に明るくなっていった。
「真里の心臓は手術で治るんだろう? いつ手術の予定なんだ?」
その日、友也が突然聞いて来た。
私は空を見上げて少し考えて言った。
「まずは人工心臓の埋め込み手術があって、それが成功すれば退院できるかもしれないって。でも本当に普通に暮らすには心臓移植が必要なの。でもドナー登録はしてるけど、まだ順番は回ってこないみたい」
「そうか。俺の手術の日、決まったんだ。3日後」
私は大きく目を見開いた・・
(そうか。手術が終わったら友也は退院しちゃうんだ・・)
「良かったね。手術が終わったら学校に戻ってプロのサッカー選手の夢叶えられるね。おめでとう」
私は、目に涙が浮かんで来るのを抑えて言った。
「そうでも無いんだ・・」
友也が呟く。
「えっ?どういうこと?」
「脳腫瘍が大きくなっていて、視神経だけでなく脳幹にも浸潤していて、結構、難しい手術になるんだって」
「えっ?」
「成功する確率は五分五分だって・・」
私はびっくりして友也を見つめた。
「でも、俺、必ず成功すると信じている。そして真里も手術が成功したら、俺とデートしてくれるかい?」
友也は真っ直ぐな目で私を見ていた。
「あっ、えっ・・もちろん・・」
私は、彼の手術の難しさを聞いて、そして突然のデートの誘いにパニックだった。
心臓が高鳴る。
でもそれは、私の心臓には耐えられない負荷だった。
急に左胸に鋭い痛みが走る。
急激に意識が遠のいて来た。
私は右手の緊急ボタンを押した。
「真里! 真里!」
友也の声が聞こえた。
私が気がつくとICUのベッドの上だった。
私の身体には沢山のチューブが繋がれていた。
顔にも酸素マスクが取付けられている。
横を見ると母が立っていた。
私を見て涙を流している。
「真里、気づいた?」
私は頷いた。まだ意識ははっきりしなかった。
「うん・・お母さん・・どうなったの・・?」
母がゆっくり説明してくれた。
「あなたは倒れてから一週間も眠っていたの。あなたの心臓は限界を超えて、もう人工心臓のサポートでも、あなたの命を繋ぐ事が出来なくなっていた。でも幸いな事にドナーが見つかって心臓移植手術が出来た。そして成功したの」
(そうかドナー・・見つかったんだ)
「お母さん・・私が倒れた時・・お、男の子一緒だったでしょ・・友也、くん・・。彼は、お見舞・・来てくれた?・・」
母が首を振る。
「誰、その子? あなた、病院の庭で倒れていた時、一人だったわよ」
私は目を見開いた。
「えっ・・? だって・・友也君は・・」
私は少しずつ回復して行った。
その間も友也は一度も姿を見せなかった。
それから二週間で、私はやっと起き上がれる様になって、病院の庭にも毎日出かけた。
でも友也に逢う事は出来なかった。
私は、この突然の”さよなら“の理由が理解出来なかった。
本当に友也は私の幻想だったの?
倒れていた間に見た”ただの夢“?
私は1ヶ月で退院した。
私の新しい心臓は、本当に私に合っていたみたい。
拒否反応も無く、私は完全に新しい日常を取り戻した。
今まで出たことがなかった体育の授業にも参加できた。生まれて初めて全力疾走で走った。
本当に幸せな瞬間だった。
でも・・ 私にはやる事がもう一つあった。
「必ず友也を捜し出すんだ」
そう心に決めていた。
彼が夢の存在でない事はすぐに分かった。
彼は高校サッカーの準優勝のキャプテンだったから、新聞にもその名前が出ていた。
新聞に載った写真を見た。
「やっぱり友也は居る・・」
私はとても嬉しかった。
高校もすぐに分かった。
その高校には中学の同級生が行っていたので、調べてもらって彼の自宅住所も分かった。
その日、私は電車で30分程離れた友也の自宅を訪ねた。
玄関でインターフォンを鳴らす。
「どなた様ですか?」
友也のお母様らしき声がする。
「高橋真里と言います。友也君の友達です。友也君はいらっしゃいますか?」
インターフォン先で驚きの声が上がる。
「真里さん? どうして・・ここに??」
私は首を捻った。
(私は友也のお母様に面識ないんだけどな・・?)
すぐに玄関のドアが開いた。
「上がって下さい。結局、説明をするしかないと言う事ですね」
達也のお母様は俯きながら言った。
通された部屋で私は衝撃を受けた。
仏壇に友也の写真が飾られていたのだ。
「えっ? 友也君は亡くなって・・」
「そう。脳腫瘍の手術が失敗したの。あっと言う間だったわ・・」
私は手で口を押さえた。
絶え間なく涙が頬を流れるのを感じる。
そのあと友也のお母様は、私をリビングに通しソファに座る様に促した。
そしてお茶を淹れてくれると、ポツリポツリと話し始めた。
「友也の手術は最初からとても難しいものだった。だから友也は最初、手術をするのを躊躇っていた。いつも塞ぎ込んで、そこら中にあたり散らしていた。でも、あなたに会って見違えるほど元気になって、手術を受ける決心もした」
「あなたが倒れた日、友也はあなたを病院の中に運び込んだみたい。それで、何とかあなたの処置が間に合ったと聞いている。あなたのお母様から何度も何度もお礼を言われたわ。でも、あなたの容態が非常に悪いって友也は聞いて、とても落ち込んでいた」
「友也は自分の手術の前に、もしもの事があったら全ての臓器を他の人に移植する同意をしていたわ。そして心臓だけは特別の対応をする様に、担当の医師にお願いをしていた。心臓が適合すれば、”あなた“に友也の心臓を移植する様に・・」
「えっ??」私の新しい心臓がドクンと波打った。
「友也の手術は腫瘍の脳幹への浸潤が酷くて失敗した。友也は脳死状態になったの。私達は本当に悩んだけど、友也の意志を大事にしたくて、移植に同意した。網膜は九州の女の子に、肝臓は埼玉の男性に、腎臓は青森の女性に移植されたと聞いている。そして”心臓”は適合してあなたに・・」
私は、左胸を押さえた。ドクンドクンと音がする。
(そうか、この命は友也が繋いでくれたんだ)
「普通、ドナーの家族は移植先を知らされる事はないのだけど、あなたの移植は友也が望んだものだったから、私達もあなたのご両親も知っている。でも友也が死んだ事をあなたに知らせない様に、友也の存在は無かったことにしようと私があなたの両親に提案したの」
私は大きな声を上げて泣き崩れた。
涙が枯れ果てる程、泣いて泣いた。
私が落ち着くと、お母様は私を友也の部屋に案内してくれた。
「友也、入院中に日記つけてたのよ。今時、手書きなんてと私も思ったけど、脳腫瘍が右手の動きにも影響を与えていたから、リハビリも兼ねて・・ あなたに読んで欲しくって・・」
その日記は入院初日から始まっていた。
最初は、苦痛、怒り、不安に綴られていた日記がある時から大きな変化を見せていた。
それは・・
「今日も、あの子はベンチに座っていた。声を掛けようと、もう3日もグズグズしている。本当に、意気地無しな、俺・・」
「やった、声をかけたぞ。名前も聞いた。高橋真里。友達になった。でも心臓病だって。苦しんでいるのは俺だけじゃ無いんだ」
「彼女を見ていると元気が出てくる。俺も手術の決断をしなくちゃいけないな。元気になって、彼女も元気になって、一緒にデートするのが夢だ」
「真里が倒れた。深刻な状況だと聞いた。手術まで毎日お見舞いに行こう」
「もう心臓移植しか真里を助ける手段は無いと真里の母さんが泣いていた。俺の手術も明日だ。成功率は五分五分どころか20%未満だって知っている。手術が失敗した時は、真里に俺の心臓を使って欲しい。もし手術が失敗しても真里が元気になるなら・・」
「今から、手術だ・・ 臓器移植の同意をした。そして、心臓はまず、真里との適合を確認する依頼を先生にした。これで心置きなく手術に行ける。成功も失敗もそれは運命だから」
「二人とも死んでしまうのか? 俺だけ生き残るのか? 真里が俺の心臓で生き残るのか? この3つ選択肢なら、真里が生き残るオプションが望みだ。それが自分の命より大事なのは、とても変な気持ちだけど、これが本当に素直な想いだ。だって結局、二人で居られる唯一のオプションだから・・」
日記を読みながら頬を伝う涙が止まらなかった。
私の命を救い、普通の日常生活をくれた友也に本当に感謝した。
そして彼の最期の想いが実現できていた事にも感謝した。
私は、もう一度、左胸を押さえて友也の心臓の音を確かめた。
「そうだね、友也。この結果は”さよなら“じゃなかった。これからはいつも一緒だね・・」
私は左胸の奥に居る友也の存在を感じていた。
FIN
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
王の影姫は真実を言えない
柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。
けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。
一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
コメントありがとうございます。
励みになります。