15 / 20
妖精とうたう少年
ミュンフェの妖精
しおりを挟む
正体のわからない幼い二人に連れられて、夜の林を黙々と進みます。
積もった雪と落ち葉で、歩きにくいことこの上ないのに、二人は滑るように進んでいきます。対するリリーは、額に玉になった汗が出てきました。呼吸も早くなっていきます。
「……年の差ではないと思いたい」
早足に近い歩みを続けた結果、さすがに息が辛くなってきて、リリーは足を止めます。
近くにあった木の幹に手を当て、息を落ち着かせていると、小さな燐光が川を流れるようにして獣道を照らしていることに気づきました。
目を凝らしてみると、燐光はこの森に住まう妖精でした。
落ち葉よりも小さな身体。人と同じ作りですが、胴体はふっくらとしていて、本来手足の指がある先端部分には指がなく、風船のような丸みがありました。頭の部分は五つの角がある星のようになっていて、淡い光がちらちらと点滅しています。燐光だと思った物の正体は、どうやらこの頭だったようです。
妖精たちは、胴体を透かしたり現したりしながら、雪や落ち葉の上を跳ねるように移動します。
現れた妖精は彼らだけではありません。視線を僅かにあげれば、落ち葉に足が生えた妖精が木の幹を駆け上がっています。頭上を見れば、身体が透けたふくろうが複数羽ばたいていきました。彼らの軌跡が星屑に変わって、林に降り注いでいます。
星屑を浴びた林の木々が、あたたかな光を発しました。
歩いている時は二人を追うのに必死で、妖精たちの息吹に気づいていなかったのです。
『ニュンフェの村』と名づけられる理由はこれかと、舌を巻きました。
「モミの木だけに妖精がいたのだと思っていたけど、村全体に妖精がいたのね……」
そして、妖精たちはモミの木が伐採されると、この林の移り住んだのでしょうか。それとも、元々林に住んでいたものが村に移っていたのでしょうか。
妖精たちはリリーを急かすように、前へ前へと進んで行きます。
ここまで誘った幼い二人は、リリーから数歩先で立ち止まって、回復するのを待っていました。
大きく吸い込んだ息を、肺の底から全てかき出す勢いで吐き出し、リリーは前を見据え再び歩き出しました。
リリーが動き出したことを認めた二人も、再び前を向いて足を進めます。
歩けば歩くほど歩む速度がはやくなる二人でしたが、リリーは今度は立ち止まらずに追いかけました。
似た景色の中を進みに進んで、林が森へと変わった地点で、二人が足を止めました。
二人が止まった場所は、そこだけ木が生えておらず、円を描く形で開けた場所になっています。その開けた場所に、伐採された木が転がっていました。
ついてきた妖精たちも、広場を囲う形で立ち止まり、中央に横たわる大きな樹木に視線を注いでます。
リリーがこの木をよく見えるようにと、幼い二人が身体をずらしました。
木の存在を認めて、リリーは息を呑みました。
倒れている木は、立派なモミの木です。
きっと、ニュンフェの村にあったものでしょう。
伐られたモミの木はこの場所まで運ばれて、弔いも再利用もされず捨てられたのです。
呪いを放っている男は、この状態を知って憤り、暴走しているのでしょうか。
それとも、モミの木を伐ったことに対して怒っているのでしょうか。
どちらの理由にしても、男を止めなければいけません。
呪いを弱めないと、呪詛を返した時に男は死んでしまいます。
「呪いを弱めるヒントがあればいいのに……せめて過去に何があったかがわかれば……」
リリーが歯がゆい気持ちで呟くと、妖精たちがざわりと身を震わせました。
妖精たちが顔を見合わせると、控えている幼い二人の方へ視線を向けました。
輪郭を縁取る形で光を放つ二人を、リリーも視界に入れます。
ただの人ではないことは、歩いている間に察していました。
幼い二人が、魔法も使わず夜の闇に包まれている林の中を、リリーも息が上がるはやさで黙々と進めるわけがないのです。
二人は妖精たちの輪から抜けて、リリーの前に進み出ました。
輪郭を縁取る光が延びて、モミの木へと繋がります。
やがて、男の子の方がパクパクと口を開きました。
──ワタシハ、ボクラハ、ズットミテキタ。
──アノムラデ、アノイエデ、アノキョウカイデ、ソシテ……アノヒロバデ。
──ウタガ、トテモ、キレイダッタ。
──オマツリ、タノシイ。
──ダイスキ。
──ミンナ、ヤサシイ。
──ボクラヲ、ダイジニ、シテクレタ。
少年の口から、妖精たちの言葉が発せられました。
──デモ、キラレテシマッタ。
──ジャマダト、イワレテシマッタ。
──ソレハ、シカタナイ。
──ソウ。シカタナイ。
──ボクラハ、モトモト、コノモリデ、ウマレタ。
──ダカラ、キラレルノハ、シカタナイ。
──ウマレタバショニ、モドルダケ。
モミの木は、伐られたことを理不尽だと思うこともなければ、伐った貴族たちを恨んだこともこともないと告げました。
──ケレド、ムラノヒトハ、オコッテクレタ。
──ボクタチガ、オコラナイカラ、オコッテクレタ。
──コノ、オトコノコモ、ソノヒトリ。
積もった雪と落ち葉で、歩きにくいことこの上ないのに、二人は滑るように進んでいきます。対するリリーは、額に玉になった汗が出てきました。呼吸も早くなっていきます。
「……年の差ではないと思いたい」
早足に近い歩みを続けた結果、さすがに息が辛くなってきて、リリーは足を止めます。
近くにあった木の幹に手を当て、息を落ち着かせていると、小さな燐光が川を流れるようにして獣道を照らしていることに気づきました。
目を凝らしてみると、燐光はこの森に住まう妖精でした。
落ち葉よりも小さな身体。人と同じ作りですが、胴体はふっくらとしていて、本来手足の指がある先端部分には指がなく、風船のような丸みがありました。頭の部分は五つの角がある星のようになっていて、淡い光がちらちらと点滅しています。燐光だと思った物の正体は、どうやらこの頭だったようです。
妖精たちは、胴体を透かしたり現したりしながら、雪や落ち葉の上を跳ねるように移動します。
現れた妖精は彼らだけではありません。視線を僅かにあげれば、落ち葉に足が生えた妖精が木の幹を駆け上がっています。頭上を見れば、身体が透けたふくろうが複数羽ばたいていきました。彼らの軌跡が星屑に変わって、林に降り注いでいます。
星屑を浴びた林の木々が、あたたかな光を発しました。
歩いている時は二人を追うのに必死で、妖精たちの息吹に気づいていなかったのです。
『ニュンフェの村』と名づけられる理由はこれかと、舌を巻きました。
「モミの木だけに妖精がいたのだと思っていたけど、村全体に妖精がいたのね……」
そして、妖精たちはモミの木が伐採されると、この林の移り住んだのでしょうか。それとも、元々林に住んでいたものが村に移っていたのでしょうか。
妖精たちはリリーを急かすように、前へ前へと進んで行きます。
ここまで誘った幼い二人は、リリーから数歩先で立ち止まって、回復するのを待っていました。
大きく吸い込んだ息を、肺の底から全てかき出す勢いで吐き出し、リリーは前を見据え再び歩き出しました。
リリーが動き出したことを認めた二人も、再び前を向いて足を進めます。
歩けば歩くほど歩む速度がはやくなる二人でしたが、リリーは今度は立ち止まらずに追いかけました。
似た景色の中を進みに進んで、林が森へと変わった地点で、二人が足を止めました。
二人が止まった場所は、そこだけ木が生えておらず、円を描く形で開けた場所になっています。その開けた場所に、伐採された木が転がっていました。
ついてきた妖精たちも、広場を囲う形で立ち止まり、中央に横たわる大きな樹木に視線を注いでます。
リリーがこの木をよく見えるようにと、幼い二人が身体をずらしました。
木の存在を認めて、リリーは息を呑みました。
倒れている木は、立派なモミの木です。
きっと、ニュンフェの村にあったものでしょう。
伐られたモミの木はこの場所まで運ばれて、弔いも再利用もされず捨てられたのです。
呪いを放っている男は、この状態を知って憤り、暴走しているのでしょうか。
それとも、モミの木を伐ったことに対して怒っているのでしょうか。
どちらの理由にしても、男を止めなければいけません。
呪いを弱めないと、呪詛を返した時に男は死んでしまいます。
「呪いを弱めるヒントがあればいいのに……せめて過去に何があったかがわかれば……」
リリーが歯がゆい気持ちで呟くと、妖精たちがざわりと身を震わせました。
妖精たちが顔を見合わせると、控えている幼い二人の方へ視線を向けました。
輪郭を縁取る形で光を放つ二人を、リリーも視界に入れます。
ただの人ではないことは、歩いている間に察していました。
幼い二人が、魔法も使わず夜の闇に包まれている林の中を、リリーも息が上がるはやさで黙々と進めるわけがないのです。
二人は妖精たちの輪から抜けて、リリーの前に進み出ました。
輪郭を縁取る光が延びて、モミの木へと繋がります。
やがて、男の子の方がパクパクと口を開きました。
──ワタシハ、ボクラハ、ズットミテキタ。
──アノムラデ、アノイエデ、アノキョウカイデ、ソシテ……アノヒロバデ。
──ウタガ、トテモ、キレイダッタ。
──オマツリ、タノシイ。
──ダイスキ。
──ミンナ、ヤサシイ。
──ボクラヲ、ダイジニ、シテクレタ。
少年の口から、妖精たちの言葉が発せられました。
──デモ、キラレテシマッタ。
──ジャマダト、イワレテシマッタ。
──ソレハ、シカタナイ。
──ソウ。シカタナイ。
──ボクラハ、モトモト、コノモリデ、ウマレタ。
──ダカラ、キラレルノハ、シカタナイ。
──ウマレタバショニ、モドルダケ。
モミの木は、伐られたことを理不尽だと思うこともなければ、伐った貴族たちを恨んだこともこともないと告げました。
──ケレド、ムラノヒトハ、オコッテクレタ。
──ボクタチガ、オコラナイカラ、オコッテクレタ。
──コノ、オトコノコモ、ソノヒトリ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる