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妖精とうたう少年
「冗談だと思いたいね」
しおりを挟む村を包んでいた魔力にひびが入る音を、アシュレイは耳にしました。
ふっ……と顔を上げて辺りを見回せば、ただの人には見えない清浄な空気が山の方から流れてくる様子が目に入ります。
ヒビが入ったところから山の空気が入り込み、これから少しずつ満たしてくれることでしょう。
黒く染まった魔力も、新しく入ってきた空気に流されて消えていきます。
頭上に現れていた黄金色に輝く光の幕も薄れ、空はいつもの夜に戻ろうとしていました。
光の中に妖精の力とリリーの魔力があったことを、アシュレイは光が出た瞬間から感じ取っています。
胸の内でリリーを労いながら、視線を落として地面に転がる男に向けます。
「良かったね、君。願いが叶ったよ」
村に漂う黒く染まった魔力が消えれば、妖精たちは村へと入ることができます。
目前にいる男の願いは叶ったようなものです。
出会った頃から継ぎ接ぎが目立ってた服は、今では滲んだ血で色が暗くなり、血が染みている箇所は破れています。
男の顔は蒼を通り越して、土気色です。それでも、呼吸はしていて胸が小さく上下しています。目は半分ほど瞼が上がっていますが、アシュレイを視界に入れている様子は感じられません。
リリーを、半ば強引に送り出してから始めた男たちの戦いは、アシュレイの圧勝で幕を下ろしていました。
願いのカケラを手に入れただけの素人が、呪術の専門ともいえる魔法使いに敵うわけがないのです。
魔力を制御する訓練を受けていない彼は、アシュレイに呪いをかければかけるほど、その分だけ呪詛を返され、体力も気力も消耗し、リリーが呪いを弱める前に力を使い果たして倒れてしまったのです。
普通ならここで死んでいてもおかしくないのですが、倒れる寸前にアシュレイが彼の体内に自分の魔力を流し込んだ為、命を繋ぎ止める事ができました。
流し込んだといっても、呪いを放てるほどではなく、呼吸をできる体力を魔力に変えて与えたようなものです。
そのおかげで、男は自身が持つ体力も気力も使い果たしていますが、生命を維持しています。
アシュレイは、男の傍らに転がっているカケラを拾い上げました。
解呪をしたカケラは赤く色づいた石へと変わりますが、このカケラは魔力を根こそぎ使われ、灰色に変化しています。「その辺に転がっている石」と言われて出されても気づかないでしょう。本来込められていたであろう願いも読み取れません。
「十年近く呪い続けていれば、カケラの魔力も尽きるか……」
アシュレイとリリーが村を訪ねなくても、この男はやがて力尽きて、命を落としていたでしょう。人を呪う行為は、自分の寿命も削るのです。
男は倒れましたが、貴族の屋敷にかけられた呪いはそのままになっています。
今のまま呪詛を返せば、男は本当に死んでしまいます。
死に至る呪いを放ったのだから、当然といえば当然です。
「僕は、このまま返してもいいんだけどね」
でも、それをやったらリリーは怒るだろうから。
目を三角の形にして「どうして弱まってからやらなかったの⁉」と怒る様子が目に浮かぶから。
彼女が怒りそうなことを、アシュレイは率先してやろうとは思いません。
目を瞑り、リリーを飛ばした方へと意識を集中させました。
村を抜けて、うっすらと雪を被った畑を抜けて、林を抜けて、森へと変わった山の中に彼女の姿はありました。
山に住む妖精たちに囲まれる中、肩を大きく上下させながら空を見上げています。
傍らで倒れている巨木は、ノース広場にあったモミの木なのでしょう。
モミの木に住まう小さな妖精たちは、魔法を終えた彼女を労い、誉めた称えていました。
そんな妖精たちに言葉を返していたリリーは、ふとアシュレイの方へ視線を向けます。
アシュレイが、リリーのことを見ているなんてわかっていないだろうに、彼女は真っ直ぐアシュレイを見ていました。
緩んでいた彼女の頬が、急に引き締まります。
『やってやったわよ! 私の苦労を無駄にしないでよね!』
この場にはいないはずなのに、リリーの声が耳に響いた気がしました。
ぷりぷりと怒る彼女の姿は、見ていてとても面白い。
表情もころころ変わって、顔の筋肉はこんなに動くのかと感動したほどです。
アシュレイに近づいてくる女は、大抵アシュレイの身分や容姿を狙った女(やつ)ばかり。気の利く女のふりをしているか、淑女のふりをしているかで飽きていたのです。
『後始末ちゃんとやりなさいよ!』と言わんばかりに、アシュレイを睨み付けるリリーを瞼の裏に封じて、アシュレイは目を開けます
「しかたないなあ」とぼやいてから、アシュレイは男に視線を戻しました。
「このカケラは、僕が預かるとしよう。君は、ゆっくり休むといい。もっとも、動きたくても動けないだろうけどね」
手のひらにのせている石を砕こうと、落ち着かせていた魔力を尖らせた時でした。
「あらあら、王子様。人様の物を横取りしようとしてはいけませんわ」
艶やかな、けれど毒を含んだ湿り気のある声が、アシュレイの耳を貫きました。
間髪入れずにアシュレイはその場から飛び、後退します。
石を守りながら杖を剣に変え、アシュレイは自分が今まで居た場所を睨め付けました。
「冗談だと、思いたいね」
「残念ながら、冗談ではないですよ」
くつくつと、喉を鳴らして笑う声に、冷たい汗が嫌でも背筋を流れ落ちました。
貴族の館を包んでいた呪いが動きだし、重たく漂っていた霧が一ヶ所に集中しようと流されていきます。
その集中しようとしている場所が、先程までアシュレイが居た場所の傍ら。倒れたままの男の上でした。
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