ラストゲート

仙道 神明

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第2話 負け癖

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 夜の厩舎は静かだった。馬房の灯りがひとつ、またひとつ落とされていく。

 真司は最後まで残り、スターライトゼリーの顔を拭いていた。
 濡れタオルを絞る音が、やけに大きく響く。

 「……悪かったな、今日もダメで」

 ゼリーは首を振るように鼻を鳴らした。その仕草に、真司は苦笑した。

 「お前に慰められてるようじゃ、俺も終わりか」

 厩舎の奥から、沢邦夫調教師がゆっくりと歩いてきた。
 地方一筋30年のベテランだが、今では管理馬も減り、昔のような活気はない。
 手に缶コーヒーを持ち、無言で真司の隣に立った。

 「……やっぱり、次がラスト……ですか」

 真司の言葉に、沢は短くうなずいた。

 「馬主さんも、もう厩舎に置いとく余裕がねえってさ。勝てば続けるが、負けたら引退。はっきり言われた」

 「……そうですか」

 沈黙が落ちる。外の風が戸を揺らし、ゼリーが小さく耳を動かした。

 「なあ、真司」

 沢が低く言った。

 「お前、自分のこと、どう思ってる?」

 「え?」

 「まだ一度も勝ってない。そろそろ……決めなきゃな」

 その言葉に、真司は息を飲んだ。

 「……引退、ですか」

 「俺は止めねえ。ただ、勝てない奴がこの世界で居場所を作るのは難しい。お前、ゼリーに似てるんだよ。悪い意味でな」

 「悪い意味……」

 「真面目で、素直で、でも勝負どころで怖がる。そういう奴は、どっちの世界でも置いてかれる」

 沢は言い終えると、缶コーヒーを一口飲み、ぽんと真司の肩を叩いた。

 「まあ……次、やってみろ。お前とゼリーがどこまで行けるか、見せてみろ」

 それだけ言って、厩舎を出ていった。

 残された真司は、ゼリーの背を見つめた。照明に照らされた毛並みは、少しくすんでいる。
 だが、その目はまだ死んでいなかった。

 「俺、さ……」

 小さくつぶやく。

 「ゼリーがいなくなったら、どうすればいいんだろうな」

 ゼリーは静かに耳を傾けていた。まるでその言葉を聞き取っているかのように。

――翌朝。

 調教後の休憩所で、同じ騎手仲間が話しているのが耳に入った。

 「唐沢、また負けたのか?」
 「お前、そろそろヤバいんじゃねぇの?」
 「ゼリーなんか乗ってたら運まで吸われるぞ」

 笑い声が混じる。

 真司は何も言わず、紙コップのコーヒーを飲み干した。

 その時、ポケットのスマホが震えた。通知の一件――

 “スターライトゼリー推し”

 〈次も応援します。ゼリーも唐沢騎手も、まだ諦めないで〉

 短いメッセージだった。けれど、その文末の“も”という一文字が、胸の奥にじんと残った。

 「……俺も、か」

 思わず呟いたその声は、コーヒーの湯気に紛れて消えた。
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